76.サルファ始動!
サルファの運動性能、戦闘力を見るだけのつもりだった勇者様。
ですが、自分もまた過酷な運動に身を投じなくてはならなくなった勇者様。
普通にそのままでも動くに難はなさそうな格好でしたが…
相手がまぁちゃんともなると、そのままという訳にはいかないのでしょう。
より、本気を必要とする…そういうことでしょうか。
本気戦闘に備えて準備…着替えに行ってしまいました。
その間、サルファの監督に対して全権を与えられたらしいシズリスさん。
うん、護衛なのに勇者様を追わないでいいの?
ねえ、護衛の意義ってなに?
疑問は尽きません。
なので、本人に聞いてみました。
「ねえねえ、護衛なのに護衛対象に置いていかれて良いんですか?」
率直に聞きすぎですかね?
シズリスさんを筆頭に、騎士さん達の動きがぎしっと止まりました。
それから、数秒。
何でもないような顔をして、シズリスさんが答えてくれましたよ。
「傍にサディアスがいるので、俺はこっちでも支障ないし」
「それつまり、護衛職の癖に侍従のサディアスさんに仕事丸投げした…と」
「悪意ある解釈!」
「若しくは護衛なのに、侍従のサディアスさんの方が強いとか」
「違うし! それはないし! 俺の方が強いって!」
「うん、でも勇者様の方が強いんだよね?」
「ぐ…っ 俺の精神に100ダメージ受けた………」
「偽りようのない事実じゃないですか」
「くぅ…っ」
勇者様を護衛する上で、最大の警戒対象は女性。
王宮内、貴族や使用人といった女性を退けるだけなら、武力は重要じゃないんでしょうか?
ううん? でも護衛ですし。
そんなこと…ないですよねぇ?
…と、じっとりとした目で見てみます。
シズリスさんの顔が、嫌そうに引き攣りました。
「………サディアスも、護衛が務まるくらいの腕はある」
「だからって仕事丸投げしちゃ駄目でしょ」
「お仕事サボっちゃ、駄目ですのー」
「給料ドロボー、ですね」
「タダ飯ぐらい、だよな」
「侍従と役柄反対じゃないか。交代しなよ、護衛」
「うぐっ…余所からも追撃が来た!」
うん、本当に皆とってもノリが良いというか…調子が素敵!
誰かがいじられている時に、すかさず乗ってくる皆が大好きです。
私達に口々に駄目だしされて、シズリスさんはよれよれ。
逃げるように、待たせていたサルファ達の方へと向かいます。
せっちゃんが、手に握っていた鎖を楽しそうにじゃらじゃら。
「ぐ…ひ、姫さぁん? 俺、犬じゃないからー…」
「わんわん? わんわん、ですの?」
サルファが墓穴を掘りました。
勘違いしたせっちゃんが、鎖を更にじゃらじゃらじゃらら。
「いや、だから違…」
「わんわんわわ~ん♪」
「せっちゃん、それだと猫ちゃんが迷子になっちゃうよー?」
「それは嫌ですの! でも、でもじゃらじゃらら~ですのっ」
完全に、飼い犬のノリです。
じゃらじゃらじゃらじゃら、楽しそうに鎖を操ります。
その度、少なくない負荷がサルファの足首にかかっていそうなんですが…
せっちゃんの楽しそうな輝く笑顔に、サルファががっくりと肩を落としました。
うん、このキラキラ笑顔を見たら何も言えなくなるよね!
「………俺、もう犬でいいや」
「この駄犬! 這い蹲って主様の偉大な可愛さを敬い褒め称えなさい!」
「すかさず子竜が乗ってきた!」
「ちなみに前言撤回は受容しません」
「俺、永世的に愛玩動物決定?」
「何を言っているの? 貴方が愛玩動物なんておこがましいにも程があるでしょう?」
「親切に優しく教えさとされた!?」
「はいはい、あんた方。お遊びはそこらへんにしてノルマの方にとっかかりますよー」
疲れ果てたのか、シズリスさんは肩を落としてぐったり。
かなり適当に、おざなりに。
ぱんぱんと手を叩いてぎゃいぎゃい騒ぐサルファを封じにかかりました。
「それじゃあ、お前ら」
「「「はい」」」
おお…びしっと声も動きも揃いましたよ?
シズリスさんの呼びかけに、集められていた三人の騎士が姿勢を正し、敬礼!
あれ、シズリスさんってもしかして偉い?
よくよく思い出してみれば考えるまでもなく偉い筈なんですけど…
思い返して見ても私達に振り回されている姿しか思い出せませんね。
うん、全然偉そうな気がしない。
それでなくても普段から偉ぶる人とも、畏まる必要のある相手とも無縁の私達。
それにこの国で上から数えた方が断然早い偉い人(勇者様)とお友達付き合いですから。
勇者様よりも下位に当たる人、という意味では誰でも皆、同じです。
敢えて偉いかどうかなんて意味のない基準で考えたことがありませんでしたが。
えーと、確か…侯爵家の嫡子さんで、世継の王子付きの近衛騎士? だっけ?
うん、もう字面だけで偉そうですね!
敬礼されていても、全然不思議じゃない感じ!
あくまで、字面の印象的に…の話ですけれど!
シズリスさんの号令の元、サルファに向かって構える三人。
「ちょ、初っ端から三人がかり!?」
「意外に丈夫だから加減はいらないと、殿下が…」
「勇者の兄さん、俺になんか恨みでもあんのー!?」
恨みなら、私がありますが。
しかしサルファに対して手厳しいのは、私達共通で暗黙の了解です。
シズリスさんも喚く姿など物ともせず、サルファに対して訓練用の模擬剣を転がしました。
「――さて、騎士の家系ならば剣の一つも使えよう」
「いや、全然だけど」
あっさりと期待を裏切るサルファ!
ちょいちょいと、眼前で手を振り否定します。
「………騎士の家系、だよな?」
「武門の生まれでも、まともに訓練に参加したことないよ?」
わあ、お家泣かせの嫡子さま!
シズリスさんも、頭を抱えています。
「旅暮らしをしていたんなら自衛手段として何かしら戦う術は持っているんじゃないか?」
「あ、シズリスさん! その男は魔境で元武将だったお婆様に扱きにしごかれていたはずなので、何かしらの戦闘手段は確立しているはずですよ!」
「ちょっ リアンカちゃん、ばらさないでよ!」
あ、此奴…さては、ばっくれる気でしたね?
元武将のお婆様(注:魔族)の訓練は熾烈を極めたはずです。
今でも五体満足、健康のまま。
それだけである程度の実績を示していますが…
「よし、わかりました!」
「あれ、何をわかられちゃった!?」
「シズリスさーん! 得意武器がないってことは、肉弾戦が得意ってことじゃないですか?
素手でいいですよ、もう素手で」
さあ、極論に走ってみよう!
裸一貫! とはいかないけれど、両の拳に何も握らず!
武器の一つもなしに、立ち向かってみましょうか♪
「剣と槍と鎚を相手に、肉体一つでGO!」
「わあ! 絵に描いたように不利じゃん、俺!」
「素直にどんな武器が使えるか白状しないからでしょ」
それでも武士の情け、手首に革を巻くくらいは許しますよ?
素人宣言及び、無手を宣告した相手に、武器完備で飛びかかる。
その状況に三人の若い騎士さん達は戸惑いますが…
ここ数日で私たちのやりように慣れたのでしょうか。
それともシズリスさんもサルファにうんざりしていたのか。
彼は口にくわえたホイッスルを吹き鳴らし、言いました。
「GO!」
「うわぁ無情な宣告がマジで!?」
叫び嫌がるサルファですが、上官の命令は絶対でしょう。
騎士達も戸惑っていましたが…彼らも互いの顔を見合わせると、うんと頷き合って。
「お?」
勇者様の帰りを待って、私達とお茶をしていたまぁちゃんも、面白がる声をあげました。
「惨殺ショーとか、殺戮ショーにならないと良いんだけど…」
「お茶が不味くなるしね」
「僕としては、怪我してくれた方が後々好都合…」
むぅちゃんが、救急箱の中身を漁りながらうきうきしています。
待って、むぅちゃん。
「その紫色の瓶、ピンクの煙が漏れてるけど…栓、ちゃんと締まってる?」
「あ、本当だ」
鞄から出して置いていた瓶から、もっくもっくと怪しい煙。
色がピンク色なだけに、なんだかちょっといかがわしい。
その煙を目にして、サルファが悲壮なお顔。
足にはまった足輪と鎖を、ガチャガチャ言わせるけれど…
「元気なわんわん、ですの~」
にこにこほわほわ笑うせっちゃんの実力は、鉄壁です。
そんな軽い抵抗では、微塵も揺るぎませんよ!
そう、これはもう、完璧に。
―― 逃 げ ら れ な い 。
ひくり、と。
サルファの口が、引き攣りました。
今までも十分わかっていた己の状況を、改めて再認識したのでしょう。
そして再認識の結果、改めて思ったはずです。
ヤバい、と。
「ぜ、絶対に怪我だけはしないからな~!!」
「あ、本気になった」
「ポーズだけ、じゃないと良いですね」
「深刻に命がかかってるからなぁ…」
「まあ、むぅちゃん! そのお薬、不思議な色をしていますのね?」
「これ? これは土留色って言うんだよ…ちなみに煙の色はピーコックグリーン」
「煙、キラキラですのねー」
ちゃぽちゃぽと水音を立てて揺らされるフラスコの中。
封印された線の中、ガラスの向こうで液体と一緒に不思議な色の煙がたゆたっています。
言われてみれば、その煙は確かにキラキラと煌いていて…
「ふふふ…微小な金属が混じっているからね」
「まあ、何と言う石ですの?」
「うん? 何だったか…すいg……………うん、何だったかなぁ」
「絶対ヤバい絶対ヤバい絶対ヤバい………俺、死ぬ!」
なんだかよく分かりませんが。
とりあえず、サルファが物凄く追い詰められていることだけは確かです。
しかし、状況は依然として素手のまま。
さあ、サルファはこのまま潰れてしまうのでしょうか(物理)!?
わくわくとドキドキが止まりません。
私達観客席は、身を乗り出してごくりと息を呑みますが…
期待は、裏切られました。
仕方ないと、サルファがそう呟いて…その手が、伸びたんです。
何も物など隠せそうにない、腰の後ろに据えたポーチへと。
そこから、鎖が伸びて…
「………実は鎖好きなのかな?」
「うわぁ、マニアック。真似したくないね」
「ヨシュアンと仲良くなれそーだよな、あいつ」
「うわぁ…野次に気が散る!」
「お前、そんな殊勝な奴じゃねーだろ!」
「そうよね、この鋼の心臓!」
「勇者さんにその強心臓ぶり、分けてやりなよ!」
私達が好き勝手に野次を飛ばすので、全然深刻にならない中。
口だけは気にしている素振りを装いながら、サルファの身体の動きは淀みなく。
手に握った何かのパーツを、流れるような滑らかさで組み立てる。
姿を現したのは、鎖鎌でした。
…うん。
あんた、どこの忍者だ。
サルファ…軽業師ですけど、そのスペックは盗賊よりです☆




