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75.騎士たちの訓練場

今回から、お城の訓練場のしごき編です(笑)

サルファの出し惜しみする実力を、勇者様達は見ることができるのか…


「昨日は、散々だった…」

「朝っぱらからうんざりした顔で、何を言ってるんですか」

 

 ぐったりと疲れた様子の勇者様が、朝食の前に卓に突っ伏しています。

 こらこら、そんなことをしていたらお皿が置けませんよ?


 あの騒々しく駆け抜けた城下町散策から一夜明け、今日。

 勇者様は儚い風情で遠い目をしています。

「予想はしてた。リアンカ達を連れてきたらどうなるか、予想はしていたが…」

「実際に思うのと体験するのとは別ってことだろ」

「その通り…」

 ぐったり弱っている勇者様を憐れんで、せっちゃんがちょこちょこと近づきます。

「よしよし、ですの!」

 そのまま小さな白い手で、勇者様の頭を撫で撫で。

 いつも撫でられる側だから、(たま)に撫でる側に回るのが楽しいようです。

 労わりというより、可愛がる感じの撫で方。

 疲労困憊の勇者様は、せっちゃんの好きにさせています。

 その背後に、忍びより…

 サルファが、

「そぉ~れ☆ こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ♪」

「ぐふぁ…っ!?」

 いきなり背中から脇腹をくすぐりあげ始めたサルファ。

 その指の、絶妙な動き。

 まるでピアノでも弾いているかのような、軽やかさ。


「ふふふっはっははっ あはははははははははっはははっはははははは…っ」


 勇者様が、苦しそうに悶絶しました。



「――で? 何がしたかったんだ、お前は?」


 今まで見たこともないくらい、冷たい声です。

 勇者様に通常装備されていない『冷酷な眼差し』が、サルファを貫きます。

 現在、サルファは床に直に正座させられていて。

 その眼前に、勇者様が仁王立ちです。

「いや、空気が和むかな~って?」

「何故疑問形。何故、疑問形なんだ…」

「勇者様、たぶん勇者様が頭を抱えてもサルファのことは理解できませんよー?

勇者様とサルファじゃ、精神構造が違いすぎますって。絶対」

 それはもう、ビックフットとドードー鳥くらい違うんじゃないかな?

「ビックフットとドードー鳥!? どこから出た、その二つ!」

「どっち!? どっちがビックフットでどっちがドードー鳥なのリアンカちゃん!」

「そこは二人で仲良く決めてください」

「よーし★ それじゃ俺、ビックフットね! 勇者の兄さんはドードー鳥!」

「いや、別に俺はどっちでもいい…強いて言うなら、人間が良い」

 

 →勇者は 朝から 疲労が 溜まっている!

  精神が80下がった!

  体力が50下がった!

 

 お疲れの勇者様を労わる様に。

 その日の朝食は、胃に優しい献立となっておりました。




「それじゃあ、約束の件なんだが」

 勇者様はいきなり、そんな言葉で話を切り出しました。

 食後の一杯をお代わりしながら、拝聴するサルファ。

 この面子で、約束。

 それだけでサルファは察したようです。

 …本来は、察しの良い男なのでしょう。

「それって、サルファの勝利に対する根回しのことですよね?」

「そんな可愛く首を傾げながら、リアンカちゃんってば言葉の内容は黒いね!」

 黙れという言葉の代わりに、サルファの顔面を鷲掴み。

 …手の大きさが足りなかったので、まぁちゃんに代わりにやってもらいました。

 ぎりぎりぎりぎり…っ

「絞まる! 絞まってるよー!?」

「シメてんだよ」

「それで勇者様、改まってどうしたんですか?」

「………あの騒ぎを背後に流して、平然と話すのも凄いな」

「いつものことじゃないですか」

 今更、気にするだけ無駄でしょう。

 釈然としない顔の勇者様に、私は首を傾げて促します。

「それで、どうしたんですか?」

「ああ…止むを得ないとはいえ、手伝うと約束してしまったからな。

いかさまに手は貸さないが、サルファの実力くらいは確認しておこうと思って」

「え、わざわざ確認するところですか、それ」

「大事なことじゃないか。勝ち上がる手伝いをするのなら、知っておくべきだ。

そうじゃないと手伝うにも方針が決められない」

「ちなみに、もし勇者様の想定を大きく下回る位、弱かったら…?」

「その時は想定の強さに少しでも近づけるよう、連日特訓かな?」

 そこまで言って、言葉を区切ってから。

 私と勇者様は、揃ってサルファに視線を流しました。

 

 幼少期から、実家慣例の武術訓練が嫌で逃げ回り続けたという男。

 マルエル婆のところでも、度々脱走しているらしい軽業師。

 こんな朝から目標に向かって特訓☆とか言ったら、例に漏れず逃げそうですが……


「ギブ! ギブギブギブ! ギブだってば、まぁの旦那!!」

「あ゛? まだ余裕あるみてーだな」

「腕がっ 腕がぁああっ!!」


 …うん、今のところ逃げるのは物理的に不可能そう。

 私達は絞め上げられて、サルファがぐったりとなったタイミングで席を立ちます。

 それから軽業師をず~るずると引きずって、練兵場へと向かうのでした。





 やって来ました、練兵場。

 勇者様のお国の、王城に詰める兵士さんや騎士さん達の訓練場です。

 お城の中にはいくつかの練兵場があり、階級などで使用場所が分かれるそうです。

 私達はその中でも勇者様やまぁちゃんの姿に騒がれないよう、場所を選びます。

 基本的に王子様の勇者様は、どこでも出入り可能。

 それでも普段から騒がれないよう、使用場所は偉い人用の場所に限られるそうですが…

 勇者様だけならまだしも、私達が王族専用の場所に行く訳にもいきませんしね。

 そんな訳で私達は今、ある程度高位の騎士さん達用の場所に来ています。

 意外に女性の姿もちらほらちらり。

 女性は女性で、専用の場所があると聞いていましたが…

 騎士のお姉様方…嬉しそうに、遠目に勇者様の姿を窺っていますね。

 目が、目が鷹のようです…。

 肉食猛禽系のお姉さま方が、こちらには何人もいらっしゃるようで。

「くっ…殿下が城内にいらっしゃる時は、女性の立ち入りを制限していたはずなのに」

「城を離れている間に、いつの間にか緩んでいたようだな…」

 悔しがるシズリスさんと、遠い目で黄昏る勇者様。まだ朝なのに。

 女性専用の練兵場があるのって、もしかしなくても隔離政策ですか?

「……………」

 眼差しで問いかけると、シズリスさんのにっこりとした笑顔。

 …聞かずとも、答えはわかりきっているような気がしました。


 逃亡防止に、足輪をつけて。

 繋いだ鎖が、じゃらりと伸びる。

「リアンカちゃん! これじゃ動けないって! 俺、絡まっちゃう☆」

「大丈夫! だってサルファ(あんた)、器用だもん!」

 その器用さをもってすれば、鎖に絡まらずに動けると確信しております。

 鎖の端は、せっちゃんが握ってくれました。

「良~い? せっちゃん、絶対に逃がしちゃ駄目だよ?」

「はいですの! がんばりますのー」

 せっちゃん、大張りきり(笑)

 意気揚揚と太い鎖をぎゅっと握りしめ、キラキラ輝いた目で見上げてきます。

「くぅっ お姫さんみたいな可愛い女の子に手綱握られたら、何にもできない…!!」

 せっちゃんのキラキラ光線をまともに受け止めて、呻くサルファ。

 勿論、その辺のことは計算してのことです。

 サルファを逃がさない為には、女の子が手綱を握るのが一番だって…!

 奴は、女性に手荒な真似なんてできませんから。

 それにせっちゃんが手綱を取れば、実力的にも脱出は不可能! 

 普段の可愛さの陰に隠れた、魔王姫の実力は伊達じゃありません。


 …ちょっと、見た目的に危ない構図になっちゃったけど。

 なんか、奴隷の青年を従えた女の子、みたいでシュール………。

 

 異様な光景からはそっと目を逸らし、シズリスさんが肩を震わせています。

 何事もなかったような顔で、彼は訓練中の騎士から適当なのを呼び寄せました。

 サルファの実力を測る為、まずは彼らと戦わせるつもりのようです。

 騎士の人数は、三人。

 剣を持った騎士さんと、槍を持った騎士さんと、鎚を持った騎士さん。

 訓練していた騎士さん達の中でも一際目立つ動きをしていた人達です。

 剣の人が遊撃し、槍の人が牽制し、鎚の人がトドメを刺す。

 そういう連携を、只管(ひたすら)訓練していたようですが…

 さっきまで彼らが相手にしていた、鎧で武装した案山子の群れを見ます。

 ………粉砕するように叩き潰され、へたってました。

「サルファ、頑張れ! 潰されるだろうけど!」

「リアンカちゃん、応援は嬉しいけど本音が隠せてないよ!?」

「大丈夫! 挽肉になったらお墓くらいは建ててあげる! 卒塔婆でいいよね?」

「そこはちゃんと墓石立ててよ、リアンカちゃん! あと婆ちゃんへの連絡もお願いします!」

「………戦う前から死ぬ気か、お前ら」

 呆れ顔を隠しもせずに、まぁちゃんが苦笑しています。

 まぁちゃんも久しぶりに体を動かそうと思ったのでしょうか。

 いつの間にやら、その手には木剣。

 ひゅんひゅんひゅんと、軽やかに片手で回しています。

 上着を脱ぎ捨てると、そこには魔境の魔族特有の、露出を気にしない薄着のお姿。

 こちらの国では考えられないような薄着ですね。

 その扇情的なお姿に、周囲で傍観していた騎士達がどよめくのが分かりました。

 うん、まぁちゃんの顔と体で、あんな薄着ですからね。

 勇者様に釘付けだった女性陣も、気付けば真っ赤な顔でまぁちゃんを凝視しています。

 此方の人達、露出少ないですからね…

 こっちの感覚で見れば、驚くのも仕方がないのでしょう。

 今のまぁちゃんの姿は艶めかしいと言っても過言ではないかもしれません。


 首元のチョーカーで、襟もとを押さえて。

 そこから胸の前へと続く布地は、腰で緩く留められています。

 でも肩と背中は、丸っと露出しています。

 薄物のシャツをその上に着ていますが、布が薄いので肌色が奇麗に透けています。

 足の線に沿う、薄く収縮性に富んだズボン。

 いつの間に靴を脱いだのか、足は裸足になっていました。


 うん、肌色率高いですね。

 今日は元より、運動するつもりだったのかもしれません。

 その格好は、まぁちゃんが鍛錬をする時の格好そのものでした。


「まぁ殿?」

「おー…勇者、ちょっと打ち合わねぇ?」

「……………着替えてくるから、待っていてくれ」

 

 まぁちゃんの気軽な誘いに、勇者様は張りつめた顔で。

 覚悟を決めたように、踵を返します。

 まぁちゃんにとってはお手軽でも、勇者様にはそうじゃありません。

 互いの実力差を思えば、まぁちゃんには手軽でも勇者様には厳しいシゴキ同然です。

 勇者様は彼我の実力差をよく理解していますからね…覚悟も、必要でしょう。

 でも立ち去る前に、釘を刺すのは忘れませんでした。


「無用な破壊は困る、から…」

「分かってるって。ちゃんと加減してやらぁ」

「俺を叩きのめすのは構わない。だが、城の破壊や他の者への被害は控えてくれ」

「おいおい勇者ぁ? お前、俺が加減もできねぇ程、不器用だとでも?」

「いや、とても器用だよな、まぁ殿…」

「んじゃ、心配すんなって。リアンカ達もいるし、下手は打たねぇよ」

「……………」


 おやおやー? これは…

 今日は面白いものが見物できるかなー?


 そう思ったのは私だけではないみたいです。

 お子様竜達は観戦を決め込み、いつの間にか茣蓙を敷く位置の相談中。

 お茶とお茶菓子と、軽食まで用意してるよ…

「このお茶とかお菓子、どうしたの?」

「「サディアスにたかった」」

 子竜達の声が揃いました。

 そうですか、サディアスさんにたかったんですか…

 無情なお答えだね☆


「あ、でもお茶だけは自前」

「ん? そうなの?」

「ええ、ロロイがこう、自前で水を作り出しまして」

「それをリリフが、丁度いい温度まで沸騰させた」

「茶葉は魔境から持ってきた分ですわ」

「それは…自前だね! 見事なまでに自前だね!」

 

 自前としか言いようのないお茶をカップに注ぎ、優雅に啜る子竜ちゃん。

 加えてクッションの配置に気を配りだすリリフ。

 仲良く子竜達と座り込んだせっちゃんが、私を手招きしています。

「姉様もご一緒に♪ 一緒に、此方で涼みましょうなの!」

 今日は良い陽気です。

 日差しを遮るもののない、練兵場。

 光の竜であるリリフが陽光に干渉して茣蓙のところだけ、光量を加減しています。

 更に水の竜であるロロイが、大気中から生み出した水を周囲にぽよぽよと浮かべて…

 物凄く、楽しそうな空間になっています。

 冷たい水の塊が周囲を漂っているお陰で、そこだけ凄く涼しそう。

 私は喜んで、そちらにお邪魔することにしました。


 むぅちゃんも私達と一緒に茣蓙の上。

 でも、手元には愛用の救急箱。

「丁度いいや…良い機会だから新薬を試させてもらおうかな」

 虎視眈々と、怪我人を待ちわびているようでした。

 …私も、見習って便乗しようかな。


 という訳で、私とむぅちゃんが救急箱完備でお待ちしております。

 怪我人を。




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