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74.【鋭き角の一角獣】屋

 なんだかんだ奔走する人、しない人。

 反省する人、しない人。

 今日はとっても楽しい城下町見物でした(結論)。


 時間も結構経ってしまいましたし、そろそろ帰りましょうとシズリスさんが言います。

 しかしそれに真っ向から否を唱えたのは、むぅちゃんでした。


「まだ、薬局に行ってない」

「そういえば」

 

 ポンと手を打ち、私も同意です。

 何としてでも、そこに行かねば。

 行かないことには、今日は終わりませんよ!

「薬草の卸販売している店も確認しないと…」

「あと香草を扱っている店も欠かせませんね。鉱物や香木も見てみたいです」

「変わり種だと、動物を売ってる…肉屋?」

「むぅちゃん、お肉屋さんだったら食肉しか売ってないと思うんだ」

「じゃあ…」

 トントン拍子に話をすすめ、私達はさかさかといつしか早足。

 案内板を確認しながら、薬局のありそうな界隈に当たりをつけて向かいます。

 他の皆も仕方ないみたいな顔でついてきます。

 ただ一人、シズリスさんが困り果てた顔。

「あの、帰りの時間が…」

「シズリス、諦めろ。ああなったらあの二人、こちらが何をしようと無駄だから」

 以前、アスパラ祭りな迷宮で。

 私とむぅちゃんと三人で行動した際の記憶が蘇っているのでしょう。

 勇者様は遠い目で、そっとシズリスさんの肩を優しく叩いて諦めを促すのでした。


 どちらからともなく、言った言葉。

「庶民向けの薬局よりも、ちょっとマニアックなところを確認したい」

 その言葉に従い、私達は現在胡散臭くもいかがわしい界隈に来ております。

「………ここは、女性や子供を連れてきたい場所じゃないな…」

 勇者様は渋い顔。

 でも気にしないでください!

 変なことをする人が現れたら、漏れなく瞬殺です。

 まぁちゃんが。


 この辺は魔法使い御用達の一画だと、シズリスさんが説明してくれました。

 まあ、人間の国の魔法使いなんて大したものじゃないらしいですし。

 魔法関連の品々の質はそこまで期待しませんが。

 でもこの界隈に、スピノザさん推薦の薬局があるのだと言います。

「物凄く興奮して、鼻息荒く絶賛してたし」

「それは期待大…かな」

 あのぶっ飛んだマッドな薬師さんのおススメですか。

 …どんないかれた店なのかと、期待が膨らみます。


「………行きたくない、な」

「じゃ、勇者だけ待ってろよ」

「それはそれで……目を離した隙に店の一件二件壊滅しないか心配だ」

「じゃ、しっかり見てれば☆」

「殴りたい」

「だから何で俺だけ扱いそんな酷いの!?」

「胸に手を当ててよく考えろ、この破廉恥性犯罪者」

「俺そんな言われるほど、酷いことしたっけ?」

「やっぱり殴ろう」

「あ、俺も殴るわ」

「ダブルで酷い! 宿敵同士が結託しちゃったよ! 俺相手に!」

「いいからもう、黙れお前は」


 …なんだか、男の子達が騒いでますね?

 首を傾げて振り返ってみれば、渦中はどうやらサルファの様子。

 うん。

 一つ頷き、無視を決め込みました。

「えーと、この店…ですか」

 私とむぅちゃんがわくわくしながら見上げた先。

 そこには胡桃材で作られた、立派な木の看板が下がっています。

 それは透かし彫りに一角獣(ユニコーン)を模ったもので。


  【鋭き角の一角獣屋】


 薬屋を示すリーフの紋章と組み合わせ、屋号がかけられていました。

「立派な看板だね。薬屋というには一角獣が猛々しすぎるけど」

「本当に鋭い角…でもこの一角獣、どっかで見たような…?」

 ん?

 なんだかこの看板、初めて見るのに既視感が…

 首を傾げながらも、私はむぅちゃんに続いて扉を潜り、薄暗い店内に足を踏み入れました。


 

 お店の中は、外観からは予想もできないくらいに、広く。

 扉を開けた途端に複雑で深みのある薬の臭い。

 種々様々な植物が、乾燥してもなお褪せない香りを競い合っています。

 所狭しと木の棚に並べられた薬草や薬瓶の数。

 かけられたタグは丁寧に薬の情報が記されています。

 よく手がかけられた、店主の思い入れ溢れる店だと一発で分かります。

「………良い店だ」

「うん」

 言葉が少なくなる代わりに、目が、手が。

 忙しなく動き、陳列棚の内容を確認に走ります。


「あ、爆炎茸」

「――なんだって!?」

 

 ふと目に留まった危険物茸。

 思わず呟いたその名前に、勇者様が反応しました。

 これ、魔境に生える茸ですが…

「なんて危ないものを町中に置くんだ…! これ、生茸は御禁制じゃないか!」

 ………あ、やっぱり。

 この茸、扱いが危なすぎて加工前はどこでも歓迎されないんですよねー。

 爆炎という名前の通り、この茸は普通じゃありません。

 魔境でも割と浅い地域に生える茸なので、人間でも手を出しやすい植物の一つです。

 しかしこんな遠地にも普及してるんですねぇ…輸送代だけで莫大な金が費やされますね。

 でも、その特性が危険すぎて…この茸をそのまま持ち去る人は、余程の猛者です。

 この茸、茸の癖に汗の滲んだ手で触ると、爆発炎上するんですよね…

 ざっと半径、二百mくらいの規模で。

 周囲を巻き込んで自ら焼き茸になる爆炎茸。

 ちなみに薬効は酔い止めです。

 燃え尽きて炭化した部分を粉末にして、他の茸と調合すると無敵の酔い止めになります。

 身近だと、空を飛ぶことを覚えたばかりの魔族さんがよくお世話になっています。

 空を飛べるようになって、気分が最高潮に盛り上がるんでしょうね…

 調子に乗って無茶な曲飛びなんてやらかして、酔う子供が多いんですよねー…。

 しかしさっきも言いましたが、加工しないことには危険すぎる茸。

 人間さん達は爆発しないよう、持ち運びの際は特殊な薬液で瓶漬けにして運びます。


 ちなみに陳列棚のキノコは、 加 工 前 です。


 うん、超危険。

 どこからどう見ても、危険物です。

 危険な違反物を見つけた王子様(&騎士)としては回収したいのでしょう。

 しかしモノが物だけに、警戒して遠巻きです。

 何しろ素手で触ったらドカンですからね。

 回収しようにもできずに困っているようです。

「あ、でも…」

 ふと気付いた様子で、むぅちゃんが爆炎茸を注視します。

 それから何気ない様子で、ひょいっと…


 ………ひょい、っと……………


 む、むぅちゃぁあああああんっ!!?

 

 流石に、吃驚しました。


 見ていた皆も、ずざざざざっと退避!

 しかし店を脱出する前に不審なことに気づき、そろりと恐る恐るむぅちゃんを窺います。

 そこにいたむぅちゃんは、火傷どころか炙る炎すらどこにもなくて。

 爆音がしないと思ったら…あれ、爆発しないの?

「これ、表面に薄い膜がコーティングされてるね」

「え、膜?」

「うん。不可視の、風の膜。油や水や、塩分を弾いてる」

「つまり…?」

「触っても爆発はしないねぇ」

 その言葉にほっと胸を撫で下ろしたのは、きっと私だけではありませんでした。


「でもこれ、魔族が好んでよくやる爆炎茸封じだよね」


 …なんですと?


 まあ、風の膜って時点で、確かに只者の業じゃありませんが。

 こんなお店に陳列しておくくらいです。

 半永久的に持続するような効果が必要でしょう。

 でも人間さんの魔法使いに、そんなことが出来るでしょうか。

 そんな長期効果を持つ魔法を、商品の陳列の為だけに使用するとも思えません。

 人間さんの少ない魔力の容量を思えば、大いに無駄です。

 だって、この魔法だけで半年は潰れてもおかしくないんですから。

 そんな無駄な魔力の使い方を惜しみなくやるのは、魔力無尽蔵の体力オバケ…

 ……魔族さん達くらいです。

 でもそんな、魔族の手による茸が何故ここに…?

 不思議に思って首を捻っていると、パタパタという足音がしてきました。

 やがて店の奥から顔を出したのは、チョコレート色の瞳の女の子。


「あれ、お客さんですか? うわぁ珍s…」


 ………そして、硬直。

 中途半端に声も途切れて。

 ただただ、硬直しています。

 彼女の瞳は、真っ直ぐと。

 まぁちゃんの顔を、貫く様に凝視していました。

 でもその目は何と言うか…まぁちゃんの美貌に見惚れて、という感じじゃ……ない?

「…ん?」

 見られているまぁちゃん本人が、おや?という顔をしました。

 空気を読んだサルファが、咄嗟にシズリスさんの耳をがっちりと塞ぎます。

 それと、ほとんど同時でした。

 女の子が、まぁちゃんを指差して叫んだのは。


「へっ 陛下!? 何故、こちらに…!?」


 ………やっぱり、魔境の関係者…ですか。

 こんな意外な場所で、発見☆魔境の住民!

 勇者様が、深刻な顔で頭を抱えて蹲りました。

 サルファの腕を振り払おうと藻掻いていたシズリスさんの背後に、むぅちゃん追加。

 二人がかりで、まぁちゃんの事情を知らないシズリスさんの耳を塞ぎにかかっています。

 そんな異様な光景を背景として、女の子の驚愕が顔を彩っています。

 小柄な彼女の顔をまじまじと眺め下し、まぁちゃんが頷きました。


「あ、やっぱベルバトレスの妹か」

「兄を御存知なんですね、光栄です…何て言いませんよ!?

あの兄は魔王陛下に名前を覚えられるような、どんな馬鹿をやったって言うんですか!」

「リアンカにちょっかい出して、角を折られてたな」

「あ、あにぃいいいっ!?」

 何やってんだ兄貴と、叫んで嘆く女の子。

 頭の抱えぶりが、勇者様とよく呼応しています。


 しかし、角?

 つの、ツノ、角………あ、思い当りました!

 私が角折りやらかした相手に、この子とよく似たチョコレート色の瞳の野郎がいます!

 良く見れば顔立ちもどことなく似て…うん、似てない。

 でも思い出してみれば、もっと似ている物があります。

 この店の、表に。


 そうですよ。

 そうですよね。

 どこかで見たことあるなって、思ったんです。

 似てます、似てました。

 あの看板の、一角獣。

 私が前に角折りやらかした、一角獣のベルバトレスさんにそっくり!

 

 そして今、私の目の前に。

 あの一角獣の妹さんとやらがいる訳ですね…?


「俺の国が、いつの間にか魔空間に汚染されて…っ」

 

 頭を抱える勇者様の苦悩は、なんだか結構深そうでした。


 魔族さんが、人間の国の色々な場所にこっそり潜伏していることは知っていました。

 でも、実感として分かっている訳じゃなくて。

 本当に、到る所にいるんだなぁと。

 私は今日、深く納得するにいたったのでした。



 【鋭き角の一角獣屋】には、豊富な取り揃えで薬が置かれています。

 その売れ筋として陳列されていたのは…


「これ、めぇちゃんの美顔化粧水じゃない?」

「こっちは日焼け止めクリームだね」

「めぇちゃんの美容商品が、こんなに…」


 深刻な顔で、知らない内に転売されていたらしい薬瓶。

 物凄く見覚えのあるそれを、私とむぅちゃんは手に取り、転がして弄びます。

「あ、あ、あ! お客様…っ」

 慌てふためいた様子の、一角獣娘を片手でいなし。

 私とむぅちゃんは、店内を大冒険です。

 まるで家宅捜査のように、店内の怪しい部分に切り込みながら嗅ぎまわりますよ。

「あ、むぅちゃん! むぅちゃんの魔法薬があったよ。一番の目玉商品だって」

「こっちにはリアンカの薬もあった。表示枠に細工がされてるんだけど…」

「どれどれ…? あ、獣人用って表示が削られてる!」

「代わりに劇薬注意の文字があるね。希釈して使ってくださいだって。

普通の人間には効果の強すぎる薬の、殆どに希釈しろって書いてあるけど」

「希釈したら効能の何割が死ぬと…! 水に反応して無効化されちゃう効能もあるのに!」

「土台、人間用に売るには無理があるんだよ」

 結構、好き勝手にされていますねー…。

 私達の薬は雑な扱いをしているように見えて、繊細なモノも多いのに。

 こんな台無しな扱いをされては、気分も良くありません。

 ちゃんとお薬の用法・用量は守ってもらわないと…!

 それって、作る側と使用する側の最低限のお約束じゃないんですか…!?

 それに、もう一つ。

 もう一つ、私達が黙っていられないことがあります。


「人間の国々に…こう、正式な店舗を相手に卸す契約なんてしてないよね…?

時々行商の人には売ってたけど」

「うん。どこか特定の店舗と契約した覚えはないかな」

「「……………」」


 私とむぅちゃんが、にっこりと笑顔で。

 笑顔で視線を向けると、売り子の女の子がとっても引き攣った顔をしました。


 いえね、転売事態は構わないんですよ?

 数は多くないけど、行商の人に売ることもあるし。

 でもね?

 正式な契約を結んでいない状態でこんなことをされたら、どこに責任を追求したらいいの?

 何か問題が出た時、苦情を申し立てられても困ります。

 それに、何より…


 この末端価格は………暴利じゃないかなぁ?


「ま、まさかガサ入れですか、これぇ…!」

「違うけど。でも結果的に、そうなりつつあるね」

「あ、あ、あ、貴方がた…っ ももももももしや、ハテノ村の!?」

「ハテノ村の薬師三人衆が一人、リアンカでーす」

「ムルグセスト、参上。本人が来たんだから、観念しなよ」

「あ、あわわわわぁ…っ」


「この末端価格、詐欺じゃない?」

「こっちじゃ適正価格ですよぉ! 流通なんて、ハテノ村の方々には分からないでしょうけど!

魔境と違って、原料がこっちじゃ超高級品で価格ウナギ登りなんですから!」

「なるほど………当然、私達にも取り分あるよね?」

「はぅ…!?」


 今日はどうやら良い日だったようです。

 懐がぬっくぬくになるくらい、臨時収入がありましたから♪





【鋭き角の一角獣】屋

 勇者様のお国に潜伏する、魔族の諜報員達御用達の薬屋であり、隠れ家の一つ。

 一角獣の少女が店を守っている。

 うら若き乙女(独身)と香水で体臭を消した女装男には優しく親切だが、それ以外の客には冷淡な態度を取るという。




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