73.商売上手
勇者様の不憫:身内ネタ編
熱っぽく目を潤ませ、頬を赤らめたレオングリス君。
まるで発熱したような、その顔。
でも妙な色気が漂っているのは、ぶっ倒れた原因が原因だからでしょうか。
うん、正直居た堪れません。
倒れた従弟の身を案じる勇者様。
彼はエロ本云々を咎めるどころじゃなくなっちゃったみたいですけどね。
大人のお兄さん達は、勇者様ほどレオングリス君を案じていないみたいで
いえ、むしろどうしたもんかと顔を見合わせています。
まぁちゃんとシズリスさんも、なんだか居た堪れない様子で顔をそっぽ向けていました。
しかしエロ本という単語を知った次の瞬間に、こうなるとは展開速すぎますね。
まさか画伯の傑作閲覧という形でその真実を知ってしまうとは…。
まあ、けしかけたのは私ですけどね。
それでもまさか、あんな問題作が出てくるとは流石に思っていませんでしたけど…!
というか、あの本ってヨシュアンさん半殺し事件の起爆剤ですよね!
りっちゃんの命令によって、回収処分になったんじゃありませんでしたっけ…!
なんでこんなところに、あんな物騒な地雷が…。
それも滅茶苦茶売る気満々の状態で生きのびているんでしょうか。
食い違い、入れ違いの罠ですかね?
こんなものを未だに売っていることがバレれば……うん、恐ろしい未来しか感じない。
今度こそ、ヨシュアンさんの翼と利き腕がもぎ取られちゃうんじゃないですかね?
そうなったら、ヨシュアンさんも副業廃止ですね。
そんなことになったら、エロ画伯を信奉する魔境のモテない哀れな野郎どもが、暴動でも起こすんじゃないかと思えますけど。
「レオングリス、大丈夫か…?」
「はい、あにうえ。申し訳ありません、取り乱しました」
「いや、あれは取り乱すのが普通だと思う」
取り乱すという割に、レオングリス君の反応は静かだった印象です。
うん、乱れる前にぶっ倒れたし。
というか指先はしっかりページをめくっていたあたり、どうなんでしょう。
真っ赤になっていながらこの少年は中身をがっちり見ているのでは…。
倒れる前の行動に、ついつい疑惑の目を向けてしまいます。
そして私の予想は、大当たりでした。
ふらり、レオングリス君は状態を起こして、ひたとバードさんに視線を注ぎます。
心配した私達の作った簡易寝台(椅子とクッションで作成)を起き上がり…
勇者様の厳命で床に正座していた、バードさんの元までふらふら。
やがてバードさんの眼前に膝をつくと………
ぐ、と。
力強くバードさんの手を両手で握り、熱く語り始めたのです。
待て、十三歳の少年(思春期)…!
新たな信者の誕生か、と。
私達は息を呑み、戦慄に顔を引き攣らせ…
「この作家さんには、未来を感じます…! この人の作品は、確実に売れますよ!」
――そしてレオングリス君の発言に盛大にずっこけました。
え、そっち…!?
そっちなの、少年公爵様!
予想外の方向へと混迷を極めようとしつつあるような、今日この頃。
混沌へ続く道のりへと、十三歳の迷える少年が大爆走…!?
待て、待って…!
そっちは、茨道ぃー!!
驚愕に打ち震える私達。
そんな私達など目に入らぬとばかり、目に熱い光を宿らせるレオングリス君。
私の見間違いでないのなら、そこには希望に満ちた使命感がありました。
「新しい取引先を探していると言いましたね?」
「ええ、販路の拡大も、今回の私の巡業では大きな目的でして」
「それでは僕が、そう僕が融資致しましょう! いえ、させてください!
取扱や仲介業でも、僕の方から良い取引先を紹介させてください。これは確実に儲けの返ってくる話です! 扱いを任せていただけるのなら、いくらでも援助致しますよ!」
…訂正。
希望に満ちた使命感、ではなく野望に満ちた投資話だったようです。
というか、公爵様がこんなに商売魂を発揮するのって普通なんでしょうか?
随分と商魂逞しいお貴族様がいたものです。
少年の穏やかそうな、優しそうな見た目。
それに反した、利益追求と世俗の垢に塗れまくった俗っぽさ。
…うん、軽く詐欺入ってると思う。
いきなり欲望に目を輝かせるレオングリス君に、私は圧倒されてしまいます。
しかしバードさんはレオングリス君の態度にも頬笑みは失せることなく。
平然、飄々とした態度で。
「おや、良いんですか。そんないきなり話を決めて…
融資となれば、もう少し慎重に決められてもよろしいのでは……」
「いえ、これは時機を逃すにはあまりに惜しい。
何しろ利益を十分に回収できる商談とこんな突発的に出会える確率はあまりに低い。
これも偶然、いえ天運でしょう。こんな運命の出会いは、逃すだけ馬鹿を見ます…!」
「そこまで…我が同志の理解者は多くとも、こんなに熱心に才能を買ってくださるとは。
これこそ慧眼というべきでしょう! しかしもっと冷静に話を詰めるべきでは…」
「そうだね。その点は賛成です。いきなり突発的に契約を決めると後々問題が出てしまう。
十分にお互いの利益を追求する為にも、お互いの要望を話し合う時間が必要ですね!」
「それでは後日改めて、相互理解を深める為に食事でも…」
「それなら僕の屋敷に来ませんか? 理解力の確かな業者も呼びましょう。
その本の装丁は、もっと相応しい別の形があるはずです!」
「いえ、外装に力を取り入れるよりは価格を安定させることで、より多くのお客様に…」
「最初に庶民の読み物として流行させるより、貴族にまず流しましょう。
貴族達の自尊心を甘く見てはいけません。庶民の物と思うだけで忌避する者はいるでしょう。
逆に庶民の方は、貴族の領域から降りてきた流行は好んで取り入れるんですから」
「なるほど。言われてみると確かに一理あります。では、それなら……」
「あ、その場合は………」
混乱に陥る私達になど、目もくれず。
レオングリス君の熱さが止まらない。
熱すぎて、私達の脳は溶けそうです。
ええ、それはもう、とろ~りどろりと。
「勇者様………なんでいきなり商談が始まってるの?」
「俺にも、わからない…」
「勇者様の従弟君、凄いね」
「レオングリスは………昔から、こういうことには聡かったから」
「こういうことって…?」
「金儲けと、融資の話」
「……………」
王子様の従弟にあたる、少年公爵様。
彼はとんだ商売人気質であるようでした。
いきなり商談に入ってしまった、レオングリス君とバードさん。
しかし取り扱うブツがブツなので、勇者様は複雑そう。
というか、健全な青少年の育成に不適当だと、真っ向から止めに入ったんですが…
「僕には、将来があって才気煥発な芸術家を保護・発展させる義務があります…!
これは経済的支援によって他人の才能を引き延ばすことのできる貴族の、何より重要な使命の一つではないですか?」
「あれを芸術と呼んじゃうのか、レオングリス…っ」
「そうは思えなくても、それと同じ位に崇拝する顧客は現れると信じております…!」
「そろそろ金儲けのためなら手段を選ばない性質とはお別れしないか…!?」
「そんなつもりは…申し訳ありませんが、全然ありません!」
「………っ どうして、こんな子に育っちゃったんだ、レオングリスっ」
「勇者様、しっかり! 目頭押さえてる場合じゃないよ!」
青少年の健全な未来は、貴方の肩にかかっています…!
「ではあにうえにお伺いしまうが、世にある芸術はエロチシズムを排除したものばかりとお思いですか? この世に、エロティックな芸術は存在しないのですか」
「………っ」
あれ、勇者様ったら言い負かされかけてますよ。ははっ(笑)
レオングリス君ったら、問題のすり替えが上手いですね!
あの口の回りよう、将来を思うと末恐ろしいものがありますよ。
「そ、それは問題が違うんじゃないか。大体、エロ本は芸術目的の書ではないだろう? その本はもっとこう、風俗的な…!」
「では、あにうえは市井から芸術が生まれることはないとお思いなのですか?」
「ぐっ…!?」
………なんだか、言い負かされる光景が予測できました。
でも勇者様は諦め悪く、まだ足掻いているし。
満足いくまで、足掻けば良いと思います。
とりあえず勇者様、がんば☆
「少なくとも、外聞は悪いだろう…!? その若い身空で、家名を地に落とすのか!?」
「あ、その点はご心配なく。抜かりなく隠れ蓑として代理人を立てますから」
「それでも、出資元は突き詰めれば名が知れてしまうぞ…?」
「抜かりはないですよ? ちゃんと専用の会社を作って、そちらに運用させるつもりです」
「は、犯罪だけはするなよ…!? 分かってるな? 分かっているよな?」
「いやですね、人を介して会社を興すことは罪に問われませんよ」
「俺はいつか、お前が洒落にならない犯罪を起こさないか心配だ…」
「大丈夫です。そんなどじっ子じゃありませんから、僕」
「……………っ 本当に、なんでこんな子に育っちゃったんだ…!」
目頭を押さえ、嘆く勇者様。
そんな彼の苦鳴は聞きなれたものですが、今日はいつにも増して悲痛です。
しかしそれを一番勇者様が届けたいだろう相手…レオングリス君の決意は固く。
結局、この日の内に勇者様が説得に成功することはありませんでした。




