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71.販路拡大

 バードさんの広範囲状態異常付与(うたごえ):恐怖で、ようやっと一息つけました。

 呼ばない限り、今後この部屋に従業員が来ることはなさそうです。

 …まあ、近くの部屋のお客さんも逃げちゃったみたいなので、軽く営業妨害ですが。

 しかしお店側の人間にたっぷり煩わされたので、良いですよね!

 そのくらいは容認してもらわないと割に合いませんよね。

 それにバードさんのせいだという、確固たる証拠もありませんし?

 お店の中で歌わないでなんて注意されていないので、ここは気にしないでおきましょう。


 ちなみに部屋の中にいる仲間達は状態異常の範囲外にしていてくれたようです。

 その効果か、過剰な恐怖を感じている人はいません。

 そもそも、魔境出身組には大体耐性がありますしね。

 歌詞も魔王を強調していたので、尚更私達には害にならない歌声です。

 だって魔王(まぁちゃん)本人が隣にいるし。


 …レオングリス君と、シズリスさん以外。


 さっきも言いましたが、バードさんは私達を範囲外にしてくれていました。

 意識して状態異常をかける相手とかけない相手に分けられると言うんですから凄いです。

 でも、それでも。

 あまりに凄まじい歌声でしたしね。

 範囲外に指定していた相手にも、大なり小なり影響を及ぼしてしまったようです。

 純粋に、その歌声から畏怖を感じ取って。

 歌唱力が、歌の表現力が耳の肥えた貴族二人に作用したっぽい。

 レオングリス君はまだ、表情を取り繕っていますが…

 ……なんだか、やけに顔が白くなっています。

 シズリスさんに至っては、歯の根がかみ合っていませんよ。がちがち。

「あはは…すみません。ブランクがあるせいか、加減が甘くなっているみたいですね」

「というか、お前ってこんな芸当できたんだな」

「あふっ は、はははっはははい…!」

「バードさん、笑ってるみたくなってるよ」

「あー…まだ、平気じゃねぇか。悪いな」

「い、いいいいいいいえっ そ、そそそんなことはっ!」

「無理しない方がいいよ、バードさん…」

 まぁちゃんに声をかけられた途端、びくっと竦み上がるバードさん。

 だったら何故、魔王の歌を歌うのか…。

 魔王本人を前に貶めるような歌を選んだことを、気に病んでいるのかと思ったのですが…

 違いました。

 うん、全然違った。

 

 よくよく考えてみれば、バードさんは何カ月か前にまぁちゃんに指の骨を(結果的に)へし折られ、喉に打撃を与えられたばかりで。

 …詩人生命を、断たれかけたばかりで。

 そのことが、尾を引いているんでしょうね。

 どうやらバードさんは、まぁちゃんが傍にいると反射的に挙動不審になってしまうようです。

 まあ、半殺しとまではいかなくても、結構な被害だったし。

 怯えるのも、仕方ありませんよねー…。



 最初に切り出したのは、勇者様でした。

「ところでリアンカ、その方は…?」

「あ、そう言えば勇者様もお会いしたことありませんでしたね」

「勇者様?」

 仰々しくも偉大な伝説を内包する、勇者という呼び名。

 それに反応して、吟遊詩人も身を乗り出してきます。

「もしや、貴方様が…!」

 息を呑む吟遊詩人。

 ちょっとからかいたくなりますね。

 ここは軽く、冗談みたいなノリで勇者様の素情を明かしてみましょう!

「バードさーん、こちらの超絶美形は勇者様。この国の王子様なんですよー」

「やはり!」

 あれ、あっさり信じたよ。

 バードさんも、勇者様とは初対面で知らない相手でしょうに。

 私だったら、道端で出会った野郎の身分なんて証拠でもなければ信じませんけどね。

 私が嘘をつかないと、信頼でもされているんでしょうか。

 どうなんだろうと思うけれど、わざわざ聞き出すような内容でもないですね。

 しかし、バードさんの反応は私の予想を超えました。


「この方が、ヨシュアン殿が次回作のヒロイン候補として推している、勇者様なんですね…!

成程、この顔この性質…納得です!」

「ちょっと待てぇえええええっ!!」


 …いや、ある意味、予測できた反応でした。

 とっても聞き捨てならない台詞に、勇者様ががばっと身を跳ね上げて抗議行動に移ります。

「待て、待て待て待て! それはどういうことだ!?」

「文字通りの意味ですが」

「バードさーん、魔境を離れてたのに画伯と情報のやり取りが?」

「ええ、ヨシュアン殿の眷属を使って伝書の遣り取りをしています。

やはり情報の共有は密に、細かくしておかなくては」

 ヨシュアンさんの、眷属…

 頭の中で、二対の翼をばっさーとやるヨシュアンさんが思い出されます。

「鳥ですか?」

「鳥です」

「呑気なところ悪いが、それより先刻の言葉の意味を追及させてもらいたいんだけど!?」

 必死に言い募る、勇者様。

 しかしご自身も、意味などとうに分かっておられるでしょうに…

 これ以上語ることはないと、言葉よりも雄弁に。

「本当に、お分かりにならない?」

「……………」

「私はヨシュアン殿の同志ではありますが、作品の中身や傾向に関しては私の関与するところではありませんよ。あくまで私は情報の取りまとめ役、作品はヨシュアン殿の領域です」

 勇者様の切実な追及は、笑顔のバードさんにするりとかわされてしまっていました。

 しかし関与しないって…

 私の記憶では、サポートコーナー職員兼ご意見番として結構関与していたような……

 裏などなさそうな笑顔でさらりと騙すバードさんは、やはり強かな人なんでしょうね。


 これ以上この話題を続けても、話は進まないばかりでしょう。

 私はくるりと勇者様の方に振り向いて、今度は勇者様にご説明。

「勇者様、こちらはバードさん。魔境じゃ珍しい吟遊詩人の方です」

「吟遊詩人が珍しい?」

「ほら、詩人ってもやしが多いから…魔境じゃ環境が厳しすぎて到達できない」

「本人前にして、もやし呼ばわり!?」

「あ、もやしです」

「本人まで認めるのか!」

「事実ですから」

「い、いいのか、それで…」

 普段から、バードさん本人が事あるごと自分のことを「もやし」と称していますからね。

 今更他人に言われたところで、バードさんは気にもしないでしょう。

 そんな事情を知らないから、驚くのは勇者様やレオングリス君ばかりです。

「それと、バードさんは魔境の誇る芸術家(笑)にとても関わりの深い人なんですよ」

「へえ、そうなんですか? 魔境の芸術ってどんな感じの…?」

 無邪気に、純粋に。

 言葉通りに受け取ったのか、素直に感心するレオングリス君。

 しかしその隣で、勇者様の顔が引き攣ります。

「げ、げいじゅつか…ね。(笑)ってところが、嫌な予感しかしないんだが」

 勇者様も、察しているでしょうに往生際の悪い。

 私は笑顔でスパーッと言いました。


「もちろん、野郎共の希望の星☆カリスマエロ画伯(ヨシュアンさん)のことです」


 画伯は画伯でも、エロがつきます。エロが。

 あの崇拝者、信者の数はもう魔境の芸術第一人者で間違いじゃないと思うんですよね…。

 下手したら宗教に発展しそうな勢いで崇拝されてますし。

 …(エロ)本崇拝とか、嫌な宗教の発生は何としても防がないと。

 故郷にそんな宗教が発生したら恥ずかしくて出歩けません。

 ………そのくらいなら、そうなる前に全てを灰燼に帰してもらいますよ。


 私の言葉にシズリスさんは能面のような顔で固まり、動きません。

 レオングリス君はぎこちない笑顔で首を傾げています。

 そんな彼らを、尻目に。

 勇者様が疑惑の目つきをバードさんに送っています。

 まあ、画伯と関わり深いと言ったらそうなりますよね。

 不信感たっぷりの勇者様に、私はバードさんが何者かを明かします。

「バードさんはですね、勇者様」

「な、なんなんだ…?」

「画伯のお客様サポートコーナーで窓口係をしている、画伯の無二の同志なんですよ☆」

 

 あ、勇者様が頭抱えて潰れた。


 それとは反し、バードさんの方は輝かんばかりにキリッとしたお顔。

 どこか誇らしげな様子で、恭しくお辞儀を一つ。

 吟遊詩人という職業柄か、とても様になったお辞儀でした。

「どうも、ご紹介に預かりました。ヨシュアン殿のお客様サポートコーナー係のバードと申します。ヨシュアン殿とは夢を共有する同志であると自負しております」

「その同志で、サポートコーナー係が何故ここに…!?

というか、サポートコーナーってなんだ、サポートコーナーって!」

 勇者様はまるで二日酔いに苦しむ人みたいな顔で。

 バードさんに食ってかかるようにして、己の疑問をぶつけます。

「サポートコーナーというのは、文字通りお客様のサポート及び要望の調整を行っているコーナーでして…主な活動としてリクエストの集計、ファンレターやお客様からのプレゼントの受付、会員様への会報誌の作成、次回作の宣伝や通販制度の取り纏め等をしていまして…」

 そしてそれに律儀に答えるバードさん。

 流石その道の人だけあって、説明が堂に入っています。

 しかし説明の活動内容、全部バードさんと画伯の二人だけでしているんですよね…

 ………体保つの?

 有能な人は、専門以外の分野にもそれなりに能力があるんでしょうか。

 絶対に、面倒臭いと思うんだけど…その活動。

 画伯の信奉者、多岐にわたるし。

「そ、それでそのサポートコーナーの係が、何故ここに…!?」

 あ、流石に説明全部を聞いていられないと思ったのでしょうか。

 勇者様がバードさんの続く説明に割り入って、もう一つの疑問を投げかけます。

 それにバードさんは、あっけらかんと答えました。


「それが壊滅しちゃったんですよ」

「「「……………」」」


 事情を知らない、人間三人が無言のままに互いを窺います。

 うん、視線で意味を分析し合っても、言葉通りだから。

「……壊滅?」

「はい。奇麗さっぱりと壊滅しました」

 いっそ晴れやかなほど、スパッと直球!

 ちなみにその元凶は、いま私の隣でジャスティス(正体不明)を口に運んでいます。

紫色でぷるぷるしていますが、意外に美味だそうです。

「ちょっとお客様から無茶な要望を突き付けられて…

それが魔王様の逆鱗に触れ、壊滅させられちゃったんですよ」

「「ま、魔王…!?」」

 事情を知らない人間のお二人が、深刻な顔で硬直して。

 一方勇者様は何か察するものがあったのか、頭を抱えています。

「再建に暫く掛かりそうなので、その間は手隙状態ですよ。なので久々に、

 販 路 の 拡 大 ・取引先の 新 規 開 拓 がてら本業に精を出そうかと」

「こ、今度こそ待てぇぇええええっ!!」

 勇者様が、真っ青な顔で。

 がくがくと、バードさんの襟首を掴んで前後に揺さぶります。

「それでなんで、なんでこの国にいるんだ…!?

その販路だの取引だのって、ヨシュアン殿のアレのことだろう!」

「ははは…それ以外に何があるんですか?」

「な・ん・で、大陸の反対端(こっち)まで来ているんだ…!」

「魔境にはほぼ普及させ終わっているからですが」

「人間の国々にまで広める必要があるのか!?」

「必要としてくださっている方がいれば、どこまでも行く。それが商売人というものです」

「お・ま・え・は! 吟遊詩人だろう…っ」

「かつての巡業ルートで旅をしていたら、いつの間にかこんなところまで来ていた次第。

とても不思議ですね?」

「不思議はどうでもいいから、撤退しないか、ここは…!」

 おやおやおやおや…勇者様が、物凄く必死です。

 知らない間に自分の故郷が魔境に…

 いえ、ヨシュアンさんに魔汚染されつつあると知って、取り乱しておられるようです。

 心安らかにはいられない勇者様。

 こんな時、こんなところにも苦悩の罠が待ち受けていようとは…!

 流石、勇者様です。

 その不運ぶり…とても幸運の女神の加護があるとは思えません。

 むしろ見放されていないのが不思議です。

 これで女神の加護がなかったら、どんな人生を歩まれていたんでしょう…。

 その場合、確実に大きくなれてそうにないことが、ちょっと怖い。

 

 ………はて、そう言えば。

 未だ販路拡大に物申す勇者様と、のらりくらりといなす吟遊詩人。

 そんな二人を見ていて、ふと思い至ったことが一つ。

「そう言えばバードさんは、どうしてこんなところにいるんですか…?」

「え、いちゃ駄目でした?」

「いえ、ちょっと不思議で…」

 というか、不思議以外の何物でもありませんよ。

 だって、思い出してみてください。

 勇者様でさえ、魔境へ到達するのに形振り構わず半年費やしたって言っていたのに。

 目の前の、バードさん。


「バードさん…四ヶ月くらい前まで魔境にいませんでした?」


 あれが分身の術か何かでなければ、私の錯覚じゃないと思うんですけど…

 私の言葉にぎょっと目を剥き、動きを止める勇者様。

 勇者様より格段に身体能力に劣り、このおっとりぶりを身に纏うもやしが…何故か、勇者様よりも短期間で勇者様の故郷に到達しているんですけど。

 旅慣れた年季の違いというには、ちょっと時間の短縮に成功し過ぎでは?


「それはですね?」

 バードさんが、人の良さそうな笑みで小首を傾げます。

 不思議なことなど何もないと、穏やかな慈悲の顔。

 そうして、その口から発せられた説明は。

「まずヨシュアン殿に鳥を貸していただいて、お空をひゅんと飛んで経路短縮。後に同乗していた熊の獣人さんに背を貸していただきまして。それから近くの国まで、里帰りから戻るところだという魔境の諜報員が手引きしてくれて…」

「待て、最後の一つが聞き捨てならない…!」

 諜報員ってなんだ、諜報員って…!

 そう言って、魔境名物・姿を隠さない偽らない諜報員の存在に血相を変えるシズリスさん。

 そんな反応にも、バードさんはさらりとした顔で。

「全部、ヨシュアン殿の信奉者ですよ? 皆さん欲望に忠実で従順な下僕志願者さん達で…

私が販路拡大の話をすると、快く経路短縮のお手伝いをしてくれました」

 画伯………あなたの作品は、どこまで偉大なの?

 あまりに偉大すぎて、影響力が強すぎて私、泣いちゃいそうだよ。笑いで。

 まぁちゃんも魔王として思うところがあるのか、物凄く微妙そうなお顔です。

 自分の部下とは言え、そのあまりの影響力に何か虚しいものを感じているのでしょうか。


 ちなみに魔境の諜報員は、主に喧嘩を売ったら楽しそうなお国や、魔境の愉快なお仲間さんを違法売買しているお国がないか探っています。

 あれです、因縁つけやすそうな国がないか、粗探しです。

 何か見つけられちゃったお国はご愁傷様☆ですね?


 そんな事情は知らずとも、魔族達の性質を知る以上は察するモノがあったのでしょう。

 勇者様は頭を抱えて、テーブルに突っ伏してしまうのでした。




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