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70.歌声響く

 たらったらったらん♪


 バードさんの歌声は、高く遠くまで響きます。

 私達は無節操に掻き鳴らされる音、音、音の波に乗って踊っていました。

 鈴の音、笛の音、琴の音、太鼓の音、音楽の音。

 老いも若きも男も女も関係なく。

 手拍子、足踏み、弾ける体の音。

 お腹に力を入れて、喉を張り上げ歌う人々。

 

 正直に言います。

 楽しかったんです。

 そう、決して…皆のことを、忘れていた訳では……


 いえ、嘘を言いました。

 率直に言うと、楽しすぎて忘れていました。


「 リアンカ! 」


 人の波、複雑にうねる肉の壁。

 絶対に通り抜けにくいだろうそこを、すり抜けて。

 私に向けて、大声で呼びかける人がいました。

 その声は、何となく切羽詰って聞こえて…


「あ」


 ――やべぇ。

 それが、最初に思った第一のこと。

 うん、顔を見るまで思い出しませんでした。

 そう言えば私、皆と合流しなきゃいけなかったんですよねー…


 それがいつの間にやら、気付いてみれば場所がお祭(イベント)会場化していました。

 うん、決して私だけのせいじゃないと思う!


「あー…えぇと、うん」


 私は向かってくる姿にどうしたものかと、逡巡して。

 開 き 直 る ことに決めました。


「もう、みんな遅いですよー? 私、ずっと待ってたんですから!」

「嘘つけ。目茶目茶楽しそうだったじゃねーか」

「楽しんでいたって、待っていた事実に変わりはないの!」

 まぁちゃんに額を小突かれたけど、そのくらいでぼろは見せませんよ!

 頬を意図的に少し膨らませて、不機嫌を装います。

 でもそんな私に、勇者様が気まずそうに声をかけてきて…

「あー…と、リアンカ? 待っていたって言うが、此処は待ち合わせ場所とは違うぞ?」

「え? でも、皆、来たじゃないですか」

「俺達は待ち合わせ場所で落ち合ってから、こっちに来たんだ。リアンカは来なかった」

「えー…!?」

 え、これって言いがかりとは違うんですよね!?

 一体どういうことでしょう?


 答えをくれたのは、目立たぬ護衛。

 影の薄いシズリスさんでした。

「えーと…リアンカ嬢?」

「? なんですか、シズなんとかさん」

「俺まだ名前も覚えてもらってない!?」

「冗談です。それで、何でしょうか」

「あ、ああ…その、リアンカ嬢は待ち合わせ場所をどこだと?」

()噴水広場、ですよね?」

 言った瞬間、皆が「あちゃー」という感じで顔を覆ってしまいました。

 勇者様なんて特にそれが顕著で、両手で顔を覆って蹲ってしまいます。

 何なんですかね、失礼な。

「リアンカ…あのな?」

「ん、なに? まぁちゃん」


「待ち合わせ場所は、噴水()広場だ」


 …あれ?

 私、勘違い?


 恐る恐ると皆の顔を見てみると…

 ………そこには、沈鬱な顔。


「「「「「……………」」」」」


 何という、重たい沈黙!

 せめて笑ってくれませんか!?


 私、リアンカ・アルディーク十七歳。

 この日、いい年して迷子の果てに勘違いという、痛い称号を手に入れてしまいました……。




 脱兎の如く逃走したい気持ちを、ぐっと抑えて。

 私達は改めて落ち着く場所を探します。

 今度は騒動になんてならないように注意を払います。

 間違っても行きずりのナンパ行列ができないようにしないと!

 シズリスさんが大通りに面した御用達の店を紹介してくれました。

 全室完全個室!

 これでナンパに煩わされることなんて、ない!

 そんな前評判で利用に踏み切った訳ですが、結果…やっぱり勇者様がナンパされました。

 逃走の為と聞いて仕方なく諦めましたが、今の勇者様はもう女装はしていません。

 ナンパも、女性からの逆ナンパです。

 勇者様の脅威は、去ったかに見えていました。

 しかしそれはそう見えていただけだったようで。


 今度は、女性従業員が目をハート(笑)にしてふらふら寄ってくるんですけど…。


 恐るべし、勇者様。

 恐るべし、魅了に偏った神の加護。

 まさか勤務時間中の、職務に忠実な店員さん達までも引き寄せるとは。


「勇者様は都会で生きていくには、真剣に魅了の制御を習得した方が良いと思う」

「………面目ない」


 寄って来る度に、騒動が起きないよう穏便に追い払いますが。

 それでも、凄いしつこい。

 おまけに一緒にいるせいで、私まで睨まれる…。

 せっちゃんは着ぐるみなので、誰も頑ななまでに視線を向けませんでしたけど。


 今はお忍びということもあり、いつもの肩書や身分が通用しません。

 あれも一種の抑止力になっていたらしく、貴族や使用人に二の足を踏ませているそうです。

 踏み切っちゃった一部の人が、犯罪に走るそうですが。

 それでも随分と、勇者様に近寄ってくる女性を振り分ける役割をしていたらしく。

 それが前面に押し出せない、今。


 わかりやすく言うと、入れ食い状態です。

 勇者様は、受け入れ拒否していますけど。

 勇者様の方に近寄らせるとますます、メロメロ(笑)になっちゃって。

 話も聞かなくなってキリがなくなるそうです。


 だからさっきから、追い払うのにはシズリスさんが頑張っています。

 ああ、役立たず護衛なんて思ってごめんなさい、シズリスさん…。

 貴方の真価が発揮されるのは、こんな時だったんですね。

 私から見ても、かなりの手際の良さです。

 男性には舐められまくってましたけど…

 女性を追い払うのが、まさかこんなに上手いとは。

「慣れです、慣れ…」

「女性を追い払い、蹴散らすのに慣れた男…ですか」

「その言い方はあんまりだ……っ」

 そう言うシズリスさんの背中には、たっぷりと哀愁が。

 寄ってくる女性を追い払うという職務も、男性としては辛いものがありそうでした。


 女性入れ食い状態の、勇者様。

 彼に少しでも近付こうと、さっきから引切り無しの女性従業員。

 それを来る端から追い払う、シズリスさん。

 後(たま)に、追い払い作業に参加するまぁちゃん。

 その美貌に気づいた女性や、私を睨みつける女性を面倒そうに追い払っています。

 

 忙しない。

 忙しないですよ…。

 お陰で全然落ち着けないし、のんびり話もできません。


「あ、これ美味しそう。『マカローン伯爵の陰謀』って品名が怪しいけど」

「僕は少しあったかいのが欲しいので…焼きたてパンケーキも美味しそうかな?」

「せっちゃんはサンダー(ソン)パフェに決めましたのー。リャン姉様は何になさいますの?」


 ………せっちゃんと、むぅちゃんとレオングリス君以外!


 いつの間にか、三人の少年少女が仲良くメニュー表と睨めっこ。

 しかし選んでいるのは全部デザート類ですね。


「あ、これも旨いよ☆ 俺のおススメ~」

「なに? ピリ辛ゲシュタルト崩壊メロン…? なにこれ」

「意外にいけるよ」

「趣味悪いね」


 キリッとした顔で主張するサルファを、むぅちゃんが一言でずばっと!

 でもサルファも特にダメージは受けていない様子…へらへら笑ってるし。

 そのまま何事もなかったように、会話を続ける二人の心臓はきっと図太い。


「僕はそれよりジャスティスサイダーっていうのが気になるんだけど」

「あ、それって確かジャスティスが刺さってるヤツじゃん」

「ジャスティスって刺さるようなものなの…?」

「この店のジャスティスは歯応えあって食感ぷるぷるだよ~☆」


 …この部屋を取り巻く混沌を、サルファも全然気にしてなさそうです。

 そう言えばこいつ、いつの間に合流したんでしょう…?

 っというか、ジャスティスってなんですか? 何なんですか!?

 固形物!? 固形物なの、ねえ!

 き、気になる…。


 場の状況は混迷を極め、混沌へと走り出します。

 まあ、いつものことですが。

 しかし今回は外部からの介入(逆ナン志願者)があるせいか、ちょっと困惑気味。

 それぞれのグループで凄まじい温度差が生じています。

 我関せずを決め込むメニュー表閲覧組。

 迫りくる侵略者たちの対応に追われ、うんざり気味のナンパ撃退組。

 撃退されようとめげず、小さなな用事を捻出しては介入に来る逆ナン従業員組。

 

 そして捕食者のギラギラな目に、さり気無く私の背中に避難している勇者様。


 待て、そこで何故に私の背に隠れるの?

 疑問に首を傾げてしまいますが、位置が丁度良かったようです。

 私の座っている位置が、この部屋で一番奥まった場所でしたから。


 逆ナン集団の熱を冷ますには、距離を取って決して目を合わせないことが肝要だそうです。

 反応したら、つけ上がって図々しくなるとは過去の経験から学んだお言葉でしょうか。

 ここにお布団があったら、布団を被って震えていそうです。

 あくまで、私の想像では…ですが。

 私は勇者様を背に庇いながら、時折向けられる女性の鋭い視線にうんざりです。

 あまりに苛々したので、精々余裕たっぷりに微笑んで差し上げました。

 おお、殺意すごー…

「り、リアンカ…っ 煽ってどうするんだ!」

 まったく君ってやつは、と勇者様は仰いますが。

「そもそも勇者様が、私の後ろに隠れなければ良いじゃないですか」

「こ、ここが入口から一番遠いんだ。仕方ないだろう?」

「…魔物相手なら、あんなに勇敢に立ち向かっていける人なのに」

 相手が人間の、女性というだけでこの怯えぶり。

 王国は勇者様の結婚&世継ぎ誕生を諦めた方が良いんじゃないかな?

 本人これで結婚願望がない訳じゃないって言うんですから意外ですよねぇ…。

 まあ、勇者様の望むような結婚相手は、きっと現実には存在しない幻想ですよね。

 十中八九霞か雲かといった夢幻の如き存在だと思いますけど。

 勇者様、どこかで妥協が必要だと思いますよ?

 しかし混乱の中、そこまで言う気にもなれませんで。

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ女性の声を耳に遠く聞きながら、はてどうしたものかと思いましたが。

 現状の打開は、思わぬ人がしてくれました。


「はいはい皆さん、冷静に♪」


 掻き鳴らされる、竪琴。

 しゃらんら~という音色に、艶やかな男性の声が重なります。


 それは、ちゃっかり私達についてきた、バードさんの物で。

 

 その場にいた全員の視線が、バードさんに集中しました。

 近くの部屋にいたお客さんの耳までも、掻っ攫ったのでしょうか。

 近隣の部屋から聞こえていた賑わいが、ぴたりと止みました。

 聴衆を得た吟遊詩人は、水を得た魚。

 心得たとばかりに、竪琴の音色が連なっていきます。

 誰もが動きを止め、耳を傾けて。

 静かな中に、竪琴の音色は色鮮やかに響く。


 そして


「――魔王が、魔王がいるよ~♪」


 選曲に、かなりの問題がありました。


 その歌声はあまりにおどろおどろしくおぞましく、恐怖という感情を濃縮したような声で。

 耐性のない人間であれば、耳を塞いでも魂揺さぶる歌声に打ちのめされることでしょう。

 歌声から(もたら)されるままに、強制的に感情を受け取らせられて。

 きっと、自分でも訳のわからない内に恐怖に支配される。


 気がついたら、付近から人の気配が遠ざかっていました。


「……人払い、成功ですね」


 そう言って、二コリと笑うバードさん。

 ………確信犯ですか。

 海千山千の魔境で埋没することなく、サポートコーナーを切り盛りしていただけあります。

 クレームにも負けることなく、魔族のお客様方相手に主張を保ち続ける男。

 その存在を確固たるものとして魔族に印象付ける、サポートコーナーのお兄さん。

 魔境に平然と馴染んでいるだけ、あります。

 吟遊詩人のバードさんは、中々にどうして(したた)かな人のようでした。




 バードさん(もやし)が魔境で生きのび、最深部ともいえる魔王城まで辿り着いた秘訣。


バード

「道行く上で会う魔物、会う魔獣、会う盗賊…全部、歌って眠らせて素通りさせてもらっちゃったんですよね(笑)」


 望みの効果を、望んだ相手だけに作用させる歌声の持ち主。

 腕っ節は弱くても、侮れない実力者がここにいました…。

 彼とヨシュアンさん(セイレーン混血)が合唱していると、凄いことが起きるらしい。


 この上は将来的に、嫁さんに先立たれて冥府まで大冒険☆なんて運命を歩まないように祈るばかりですかね。


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