69.物々交換
いつまで経っても噴水大広場に現れないリアンカ。
その姿を待ちわびて、仲間達が痺れを切らしつつあったその頃。
私は、大噴水広場の噴水前にいました。
こちらはこちらで、現れない仲間達を待ってじりじり。
まさか待ち合わせ場所を間違えていようとは…その、思わなかった訳で。
「まぁちゃんも勇者様もいないなぁ…」
あの目立つ美形コンビと、大きな猫さん。
何よりの目印がいないので、きっとまだここに来ていないのでしょう。
私は憂鬱な気分で、そっと膝を抱えます。
「リアンカさん、そんな風にしたらスカートがめくれますよ?」
隣には、竪琴を爪弾く潤い楽師。
さっきから、何故か拝まれ貢物が積まれている。
何故に。
「バードさん、何その……喜捨?」
「私、別に宗教人じゃないんですけどねー…」
でも何故か、拝まれている。
でものその気持ちが、リアンカにわからない訳じゃない。
だってさっきの歌声は、本当に凄かった。
思わず、拝んじゃう気持ちだって分かるくらい。
「さて、次は何を歌いましょうか」
「オセロの太陽賛歌がいい」
「良いですね、歌いましょう」
すっかり暇を持て余した私は、さっきからずっとバードさんの隣に座っていて。
いつの間にやら、リクエスト係みたいな感じになっていました。
まだ勘を取り戻すために練習中ということで、本格的に復帰した訳じゃないそうです。
ただ、実践に則して練習しないと勘は戻らないとのこと。
今は技量に不安があるので、聴衆からリクエストは取らないそうです。
でも思うままに弾いていたら、ついつい無意識に得意ばかり選んでしまうとのこと。
そこで先程から、私が曲名を気紛れに頼んでいます。
無作為に羅列する曲名を一つ一つ。
他人任せの選曲を演奏していくことで、現在の能力を測っているみたいですね。
………さっきから、気紛れに難易度の高い曲も混ぜているんですけどね?
無造作に告げるそれを、難なく平然と歌い上げるバードさん。
彼の力量が、ちょっと面白くありません。
いつしか選曲は挑むような物になり、挑戦を困難など知らないような顔で達成していくバードさんと私の勝負の様な展開になっていました。
…でも私が知っているような歌って、大概バードさんも知ってそうなんですよね。
ちょっと心の折れる系の、面白ソングも混ぜてみましょう。
「じゃあ次、ミュゼの姪っ子(エリナ:六歳)作詞作曲…ばばんばの歌」
「……………歌いましょう」
……それはもう、意地と意地の張り合いになっていました。
それも、くだらない系の。
でも、こうやってはしゃぐのも悪くない、というか…
歌いに歌い、笑いに笑っている内に、なんだか楽しくなって。
気付いてみれば、
「はい、ごいっしょに!」
聴衆自由参加型の、大合唱。
いつの間にかお客も通行人も他の芸人達も巻き込んで、イベント化していました。
「リアンカさん、踊りなさい」
「そう言うバードさんこそ、踊りなさい」
「私は演奏と歌声参加で手一杯です」
「足は自由じゃないですか、足は。
その腕前なら、今更足の一本二本が飛び跳ねようと演奏に支障はないでしょう」
「これは無茶を仰せで。姿勢って大切なんですよ?」
「前、お祭の時にへべれけに酔って竪琴弾き語りながら踊ってましたよね?」
酔っ払ってそれが出来るのなら、素面の今ならもっと上手にやれると思うんですけど?
「うわ、見られてましたか…」
「うん、踊れ」
「仕方ないですねぇ…」
老いも若きも歌い、飛びはね踊ります。
無認可のイベントを注意に来た憲兵も、踊りの輪に引きずり。
これまた楽しそうに、いつしか一緒に踊っていました。
まるで蟻地獄みたいでした。
楽師の一人がパフォーマンスに走れば、曲芸師が一緒に踊り、踊り子が神業を見せ、素人喉自慢が始まる。広場全体を巻き込んで、渦のようです。
発起人たるバードさん(全責任押し付け)は、苦笑しつつ仕方なさそうに一緒に踊っていて。
踊りながらも、その手指は別の生き物のように異常な高速で何重にも音を連ね奏であげる。
歌声は、どこまでも響きました。
そう、異常な熱気を巻き上げながら。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
「ん、あれ…?」
なんだか、往来の流れが変わった気がした…
流れというか、空気だろうか…何か、あったのか?
深刻な雰囲気はない。
だけど、道行く人は頬を赤くし、楽しそうにさざめきながらどこかを目指す。
何か今日は特別な行事でもあっただろうか…?
待ち人、未だ現れず。
焦り、走り出しそうになる体を抑えながら、俺は噴水の傍に佇む。
「勇者ー、今日って何かあんの?」
まぁ殿も気になった様子で、俺に声をかけてくる。
だけど、
「分からない…。俺は知らないけれど、もしかしたら何かあるのか?」
俺はまだ帰って来たばかりで、周囲もばたばたしている。
周囲のスケジュールも、ざっとは確認できたがまだ完璧とは言えない。
今は式典の前だ。
もしかしたらそれを祝して、町で何かやっているのかと思ったけれど。
顔を向ければ、シズリスも首を振っている。
「いや、今日の予定は何もなかったと…」
「そうか」
じゃあ、これはどうしたことだろう?
予め定められていた行事ではなく、なにか突発的な事態?
俺達は首を傾げるけれど、確かめる為に噴水前を離れるわけにもいかず。
未だ、リアンカは来ていないから。
待ち合わせ場所から離れることなんて、できない。
むしろさっきまで壁のように往来を埋め尽くしていた人の数が減って来て…
まばらとは言わないが、随分と視界が確保しやすくなった。
これでリアンカが来たら発見しやすくなったと言えるかな?
しかしお祭り騒ぎは、リアンカも好きだし。
もしかしたらこっちに来ずに、ふらふらあっちに行っちゃうんじゃないかとも思う。
様子を確かめに、誰かが行った方が良いか?
「…リアンカが来たら、様子を確かめに行くか」
「何事かが終わる前に、リアンカが来れば良いな」
「だな」
どちらが様子を見に行くとも言わずに、思案を巡らせる。
連絡係と、留守番を決めた方がいいよな。
二手にわかれるんなら、確実に合流できるように図らないと。
こういう時、身軽な奴がいれば連絡をつけやすいんだが…
「あっれ、勇者の兄さんにまぁの旦那? 何やってんの」
…折よく、丁度身軽な奴がやってきた。
人通りの少し減った、人行く広場の真ん中で。
俺達に気付いて声をかけてきたのは…
下町についた途端、姿をくらませていた軽業師(自称)。
サルファの平和そうな顔を見ていると、何故かイラッとするんだよな…。
…どう考えても、最初の印象が良くなかったせいだ。
むしろ、悪すぎた第一印象。
それが今はこうやって慣れ合っている…そのことを、不思議に思う。
それもこれも、間にリアンカや副団長殿がいたからだと思う。
まぁ殿は………まあ、彼の立場を思えば当然だろう。
サルファに対しては俺と同じく手厳しく接した同士だ。
きっと今も、簡単には許していない。
俺も、言わないだけでまだ蟠るものがあるんだから。
それがまぁ殿なら、尚更だろう。
だってサルファは、リアンカの入浴を覗くなんて破廉恥な凶行に及んだんだから。
それでもそれを表面上にはっきりとは出さないくらいには…
場を取り繕い、当たり障りなく接する程度には、空気を読んでいる訳だけど。
素性が知れて、殴りにくくなったということも当然あるんだが。
「サルファ、お前どこに行ってたんだ…?」
というか、むしろ。
「どこかで、リアンカを見なかったか…!?」
「え?」
俺の切羽詰った声に、奴はきょとんと首を傾げた。
くそ…っ 殴りたい。
我ながら余裕のない俺に、サルファは困惑の顔だ。
「まあまあ、落ち着けよ勇者」
とりなすまぁ殿も、眼差しは猛禽のように鋭い。
しかし表面上は、彼もまた平静を装っている。
「なあ、サルファ……………それ何だ?」
気を取り直した様子で語りかけようとした、まぁ殿。
その仕草が、何故か途中でぎしっと軋んで、ぎこちなくなる。
やがて困惑を滲ませながら、された問いは…
サルファの手元を見て、俺も固まった。
「なんだ、それ?」
「ん? ブロンズ像」
その手には、何故かライオット王子の像が握られていた。
え、なんで…?
自分では生まれてこの方、一度もしたことのないようなポーズで格好つける、俺の像。
なんで、口に薔薇をくわえているんだ…。
こんな像の制作許可を出した覚えはないが…誰が、こんなモノを。
製作者を見つけ出して、誰の依頼か聞き出したい。
また、像の各所に埋め込まれた宝石を見て、げんなりする。
誰がどう見ても、本気の品だ。
「………サルファ?」
「あ、誤解しないでよ、勇者の兄さん。これ俺の趣味じゃないから」
「じゃあどうしたんだ、それ…」
ああ、駄目だ。
力が抜ける…。
俺は思わず脱力しそうになりながら、像の由来を尋ねるが。
サルファの答えは、簡潔だった。
「反物と交換した」
「どんな状況で…?」
物々交換するほど、それが欲しかったのか?
「ああ、物々交換を持ちかけてきたのは向こうだーって。なんか変な黒覆面の半裸のおっさんに追われてて、手裏剣で怪我をしたから包帯代りに手に持った反物を交換してほしいって言われてさー」
「事件じゃないか! それ、間違いなく事件じゃないか!!」
くそっ…そんな場合じゃないのに!
というか、この馬鹿はその事件を放置してきたのか!?
「あ、黒覆面のおっさんだったら縛り上げて川に突き落としといたから。亀甲縛りで」
「って、おい!」
縛ったら泳げないだろう!?
放置したらそれはそれで怒るが、その対処にも物申したい。
「川って言っても、足着くよ?」
「なら、よし」
「よしじゃないだろ、まぁ殿…!?」
本当に、魔境の基準はどうなっているんだ!?
そういう時は捕獲した容疑者と保護した被害者双方の話を聞かなきゃだろう!?
「俺はいつでも、可愛い女の子☆の味方!」
「ああ、追いかけられている方が若い女性だったんだな…」
それでも、話は聞かないと…だろう?
この男なら連絡先くらい聞き出していないものか。
「それで、その女性は?」
「なんか、闇に消えちった。こう、すうーっと溶けるように」
「どう考えても不審人物!?」
そんな相手が、こんな怪しい俺の彫像を!?
………ちょっと、背筋がぞわっとした。
「んで、反物とそれ交換して良かったのか?」
「んー…可愛い女の子の求めには応じないとね☆」
「お前、そう言うところは立派だよな…悪い意味で」
「それにそもそも反物も貰ったばっかで、惜しくなかったし?」
「「ん?」」
「なんかねー、道端で亀拾ってぇ…そしたら亀の飼い主の小母さんに星柄の小手鞠もらってー…小手鞠欲しいって言う女の子にあげたら、代わりに葡萄もらって…喉の渇いたってお姉さんに葡萄あげたら、引き換えに硝子の首飾りくれてぇ…そうしたらお母さんの首飾り無くしたって泣いてる女の子がねー…硝子の首飾りあげたら、そのお母さんが申し訳ないって反物を……」
「お前どこの藁しべ長者だ!?」
「果てにゃ土地屋敷に化けるぞ!? 嫁付きで!」
俺とまぁ殿はミラクル起こした軽業師に、軽く戦慄した。
そして物々交換の相手が悉く、女性なんだが!
驚きおののく、俺とまぁ殿。
「あ、そういえば」
そんな俺達に、軽業師はケロリとした顔で。
「この先の大噴水広場で、イベントやってるらしーよ」
「へえ…」
「あれ、なんか反応薄いなぁ」
不満そうに、頬を膨らませても、サルファがやると小憎らしい。
「なんか十年姿を見せなかった不出の天才吟遊詩人がパフォーマンスしてるんだって」
「そうか、よかったな…」
「あれー? なんか気のない返事しかないの?」
そして、何でもない顔で宣った。
「なんか聞くにリアンカちゃん主催っぽいんだけど…あんた達、なんでここに居んの?」
「「それを早く言えーっ!!」」
俺とまぁ殿は、異口同音。
重なり合った言葉は、空気をびりびり振動させた。




