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68.歌う楽師




 名前を呼ばれたような気がしました。

 振り返ると、そこには人垣。

 何にそんなに集まっているのだろうと、意にも止めていなかった現象に好奇心がうずり。

 人々の頭の隙間から覗き込んで見ると、思いがけない人を見つけました。


「あれ、バードさん?」

「あ、やっぱりリアンカさんだ」


 ぽけっと、気の抜けたような。

 驚きに、バードさんは目をぱちぱち。

「なんでこんなところに、バードさんが…」

「いや、それはこっちの台詞なんですが」

 魔境から遠く離れた、大陸の向こう。

 人間の国々の中心地、勇者様の故郷。

 その、王都で。

 私は何故か、魔境の知り合いに偶然にも遭遇してしまいました。

 でも本当に、なんでこんなところにいるんだろう…。


 勇者様のお国の、大通りの真ん中で。

 偶然にも再会したその人は、バードの呼び名で知られるお兄さん。

 しかして魔境において、彼の名が知られている訳は…


「ねえ、バードさん。


サポートコーナーは放っていて良いんですか…?」


「ははははは…サポートコーナー、ですか……」


 魔境の男達に親しみを込めて呼ばれる彼の肩書は、女達には馴染みのないもので。

 それもそのはず。

 彼は、画伯のお客様サポートコーナーの窓口職員さんなんですから。


 私はひょんなことで、彼の怪我を手当てしたことがあります。

 なんか、厄介なクレーマーが窓口に押し掛けて、結果的に二人まとめてまぁちゃんに二、三撃喰らってしまったそうです。

 いや、バードさんは巻き添えだったそうですけど。

 その時、サポートコーナーは一時的に壊滅。

 怪我を負ったバードさんは私達の作業場に運び込まれました。

 後遺症の残るような怪我じゃなかったので、治療が終わってお別れしたきりでしたけど…。

 姿を見ないと思ったら、何故人間の国(こんなとこ)に?


 ふ、と。

 疲れた顔で、遠い目をするバードさん。

「もしかして、まだ再建進んでないんですか?」

「ええ、ちょっと場所が問題になりまして…

流石にもう、城内の空き部屋を勝手に使うのはまずいだろうと」

「じゃ、場所探しから一から…?」

「その辺りは、ヨシュアン殿にお任せしたので私もよく知らないんですが…

どうにも暫く時間がかかりそうだったので、久々に本業に専念することにしたんです」

「本業? あれ? 画伯の手下じゃないんですか?」

「全然違いますから。吟遊詩人ですから、私」

「ギンユウシジン?」

 

 え、サポートコーナーの窓口係じゃないの?


 でも、確かに良く見ると手には竪琴…って、ちょっと待って下さい!

「え、大丈夫なんですか!? 怪我の経過は…!」

 あの騒動の中、とばっちりで怪我をしたバードさん。

 その怪我は、局部的に酷い個所もあって…


 私はその時、気付きませんでした。

 私の叫びに反応した聴衆の存在にも。

 私の叫びで、軽く目を見開いたバードさんがほっと息を吐き出したことにも。

 私との遭遇を、幸運と見て取ったバードさんが内心で快哉を叫んでいたことにも。


『けが…』

『え……ガラ様、お怪我なされて?』

『もしかしてずっと姿が見えなかったのは、それで…?』


 さわさわ、さわさわと吟遊詩人の身を案じる声が細波を作ります。

 でも、そんなことには気づかない私。

 ちらりと聴衆を見て、何食わぬ顔のバードさんが笑顔で私に頷きかけました。


「その節はありがとうございました…お陰さまで、大分調子も戻ってきたんです」

「でも、手指の関節と骨ばっきばきにしちゃったのに、楽器弾けるんですか!?」

「ああ…問題ないとは言いませんが、今でも結構弾けますよ。

リアンカさんは本当に腕の良い薬師ですよね。助かりました」

「まぁちゃんも悪気は…うっかり間違えてネックブリーカーかましちゃったとしても。

でも歌い手さんだったなんて…そんなの喉に打撃を与えちゃうなんて、なんてこと…!」

「顔を上げてください、リアンカさん…あの方も私に謝罪してくれましたし、見舞金まで出してくださったんです。城内の一室を不法占拠か、とヨシュアン殿と連座で叱られてもしまいましたけど」

「首に一撃かまされて、吹っ飛んだ挙句に受け身に失敗して…手を付いて受け身を取ろうとした結果、指をばっきばきにしちゃって………職業人を再起不能にさせちゃったんじゃないんですか!?」

「大丈夫ですって。リアンカさんが奇麗に治してくれたじゃないですか」


 私が何事か喋るごとに、聴衆のざわめきが大きくなります。

 何故でしょう?

 

 不安げに眉根を寄せる私に、バードさんはからからと心地よさそうに笑います。

 一時は声が出なくなっていた喉も、調子は良さそう。

 改めてこうして聞くと、軽やかな良いお声をしています。


 こうしている、その裏で。

 バードさんが安堵の息をつきながら命拾いしたと冷汗を拭っていようとは。

 気付かなかったので、今後も私が知ることはないでしょう。


 従兄がしでかした惨事に、珍しく狼狽える私。

 まさかとばっちりで吟遊詩人の手と喉を奪いかけたとは…

 それ、職業生命を断とうとしていますよね。容赦なく。

 申し訳なさそうな顔をする私の鼻を、ちょんっとバードさんが突っついて。

 それからニコッと笑って言いました。


「どうやら心配性らしいお嬢さんに、それでは捧げて御一曲♪」


 往時ほどの勢いも、実力もありませんがと。

 歌うような高い声…不自然に大きい声で言い置いて。

「それは私の実力が落ちたのではなく、怪我の為でもなく、ただただ療養に当てた時間の私を怠惰だったとお笑いください」

 そう言い置いて、吟遊詩人は竪琴を取り直す。

 しゃらん…っ と、きらきらした音を掻き鳴らして。

 

 そうして、バードさんが歌い出す。


 往時ほどの実力ではないと言うけれど。

 それは、聴き惚れずにはいられない魅惑的な声で。


 歌われる情景…春の雲雀が、目の前にいるような。

 春の雲雀、夏の白雲、秋の落葉、冬の銀月…そしてまた、春の雲雀。

 巡る四季を歌い上げる声に、誰ひとり声を漏らすこともなく酔い痴れた。


 気付いたら、あっという間に時間が過ぎていました。


 見事な歌声にぽけっと呆ける私と聴衆。

 最後の一音を余韻に震わせながら、そんな私達の様子にバードさんが笑う。

 まるで、自信を取り戻したかのような…

 自身の本分を、見出したかのような?

 なんというか、先程とは種類の違う笑みでした。

 それが何かは、知りませんけれど。

 でも吟遊詩人は、笑いながら言うのです。


「どうです? 大丈夫でしょう」


 そう言いながら、何とか遣り遂げた…

 否、遣り過せたと、吟遊詩人は胸を撫で下ろしていた訳ですが。

 やはり、私はそのことに気付くことなく。

 溢れるほどの自信と、甘い声。

 歌い手としての貫録に満ちた姿に、私は素直に拍手をしてました。


 とたん、背後から割れるような大歓声。

 大きな拍手の洪水が、私を背中から圧倒しました。

 

 すごい。

 すごいすごいすごい!


 一日中窓口に座っているだけの人だと、思っていた訳ですが。

 画伯、何をやっているんですか…!?

 こんな人を窓口に一日中座らせているだけなんて、宝の持ち腐れじゃないですか!

 人材の飼殺しに近い状況に、私は魔境の画伯をシメたくなります。

 …今度会ったら、頭に生えた羽根をむしってやりましょう。

 そうしたらきっと、少しは耳のあたりの風通りが良くなるはずですから。


 私は、知りませんでした。

 バードさんのこの物凄い歌声と竪琴の音。

 しかしそれが、本当に往年の比ではなかったことを。

 本来のバードさんの実力は、もっと遥か遠く計り知れないことを。

 本人の手指と喉が、実は単なる練習サボりで滅茶苦茶鈍っていたことを。

 そして聴衆の内、かつてを覚えている者達は物足りなさそうな顔をしていたことも。

 そんな人達が怪我なら仕方ないと、不満を溜めこんでこれからに期待していたことも。


 知らないから、私は呑気に拍手をするのみ。

 知らない内に吟遊詩人に結構な恩を売っていました。


 彼が本格的に本業復帰に身を入れて…

 その凄まじい歌声に全身鳥肌を立てて硬直してしまうのは、まだまだ先のことでした。


 



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 声をかけ、駆け寄る足音軽やかに。

 しかし地をしっかりと踏みつけ、力強く。


「まぁ殿!」

「お、おう勇者か」


 駆け寄ってきたのは、青年。

 背後に面差しの似た少年と、長身の青年を一人ずつ従えている。

 

「………着替えたのか?」

「まあ、追手を振り切るのに…な」

「勿体ねぇなぁ。目に麗しかったのに…

あの姿なら、いつもよりちょっとは優しく出来そうな気がするぜ?」

 にやりと笑うのに、青年は嫌そうな顔で。

「本音を言えば、ただ単に着替えたかった」

「…それに、殿下は暴れた実行犯ということで…

その、憲兵隊に若い金髪の修道女が探されている状況でしたからね」

「ふふ…あにうえの存在を誤魔化す為に、いの一番で服屋に飛び込みましたよ」

「レオングリス、シズリス、それは言わなくて良いだろう…?」


 青年が駆け寄った先には、下級騎士の姿をした超絶美青年。 

 妖艶な雰囲気を漂わせる、背筋のぞくりとしそうな美貌。

 普段ののほほんと呑気で、そして大雑把な姿を見ていると忘れそうになるが。

 だが、こうしてふと改めて見やると、その美貌に息を呑まざるを得ない。

 ………例え、その膝に超巨大猫(着ぐるみ)を乗せていようとも。

「にゃーん、ですの~」

 着ぐるみ猫は、ご機嫌な様子。

 しかしふと身を擡げ、青年達の方を見る。

「姉様は、ご一緒ではありませんの…?」

 心持ち、不安そうに。

 首をめぐらし、猫は何者かの姿を探す。


 噴水大広場の、大きな噴水の縁で。

 全員の間に沈黙が落ちた。


 この場にいるのは、元から噴水前で待ち人を待っていた三人。

 まぁちゃんとせっちゃん、むぅちゃんの三人で。

 新たに参入し、駆け寄ってきたのも三人。

 勇者様とレオングリス君、シズリスさんの三人で。



 ひとり、たりない。



 ちなみにサルファの存在は、最初から除外されている。


「…俺、噴水大広場(・・・・・)って言いました……よね?」

「確かにそう言ったな。だから俺らもここにいんじゃねーか」

「あの時、リアンカ…凄く焦って慌ててたよね」

「「「……………」」」


「俺のせいだ…!」


 突如、いきなり。

 勇者様がガバッと身を伏せて膝をつき、崩れ落ちた。

「お、おおう!? どうした勇者!」

「勇者さん、目立つから派手な反応(リアクション)はちょっと…」

 勇者様のいきなりの行動に、仲間達が一歩引く。


「おれが、俺が不甲斐無くも怒りに我を忘れ、乱闘なんてしてしまったから…!!」


「いや、そこはナイスだ、勇者。

うちの可愛いリアンカを不埒な目で視姦するような下種の目など抉ってしまえ」

 ぐ、と親指を突き出し、健闘を称えるまぁちゃん。

 どうも基本的に、憲兵隊に追われる羽目になった原因を理解していない。

「乱闘如き、気に病むようなことでもないでしょう。魔境じゃ日常茶飯事じゃないですか。

ちょっと散歩すれば日に十件は目にします」

 むぅちゃんまでもがそう言って、ひょいと肩を竦めて見せる。

 己を責めて肩を落とす勇者様に対して、何と見当違いの言葉達。

 悔いる勇者様に、そんな魔境の野郎共の言葉は驚くほどに響かない。

 むしろ、傍にいる護衛の心に響いた。

 それも駄目な方向で。

「いや、いやいやいやっ! そんな物騒な場所と一緒にしないでくれませんか!?

ってか、魔境ってどんな紛争地帯!?」

 とんでもないことを言い出した、魔境の野郎二人に慌てふためく護衛のシズリスさん。


「侮るな。のどかで牧歌的で、平和な場所(ハテノ村限定)だ」

乱闘(ストリートファイト)が日常茶飯事で!?」


 実際の魔境を目にしたことのない彼の脳内で、魔境の印象がどのように歪んでいっているのか是非とも目にしたい。

 実際の魔境もおかしいが、脳内魔境もきっとおかしいことだろう。

 その齟齬もわからない、混乱する護衛にむぅちゃんまでもが尤もらしく頷いた。


「勇者さんだって平和すぎて愕然としたほどだよ。

何しろみんな働き者で、畑と家畜を愛するアットホーム村人の巣窟だから」

乱闘(ストリートファイト)が日常茶飯事なのに!?」


 魔王だって畑で鍬を振るって、ジャガイモを育てています。


 ちなみに、(もっぱ)乱闘(ストリートファイト)に精を出しているのは魔族の皆さんである。

 ハテノ村の住人は、むしろ傍観しながら勝敗に賭けて一杯やっていることの方が多い。


「まあ、でも。魔境とこっちが色々違うのは仕方ねーか。

こっちにはこっちの規則もあるし、郷に入っては郷に従えって言うしな」

「村だったら、いきすぎた喧嘩を自警団が収める…

………と見せかけて乱闘拡大とかしちゃうところなのにね」

「俺も積極的に煽った記憶しかねーな。仲裁とかした覚えがねぇ」

 …とかなんとか言っちゃう、まぁちゃん。

「あんたらも危険人物なのか! 本当に大丈夫なのか、その村!」

「「問題ない」」

 驚き騒ぐ護衛に、二人は断言した。

「大体、参加者の精と根が尽きはてるまで続くけどね。あとは勝敗が決まるか」

「日常茶飯事すぎて、誰も止めねぇんだよなー。実害が出ない限り」

「実害が出ても、損害を被った人が乱闘に参加しちゃうじゃないか」

「ああ、拡大するだけだな。後は問答無用で伯父さんが止めたりとか?」

「あと、まぁ兄のお目付け役が喧嘩両成敗で本当に成敗していくよね」

「うちのリーヴィルは働き者だからな」


「だ、駄目だこいつら……魔境出身者って」

 

 がっくりと肩を落とし、落ちつかなげにうろうろする護衛。

 平常心を保てないでいる主従に、まぁちゃんは呆れ顔だ。

「まあ、もしかしたらリアンカも単に遅くなっているだけかもしれねーし。

考えてみたら落ち合う時間も決めてねぇしな」

「うん、しばらく様子を見ようか」

「一人は心配だが……それで良いか、せっちゃん?」

「はいですのー!」

 不安げに、心配げに。

 身をよじりながらも、せっちゃんは再び兄の膝でころりと丸く転がった。




吟遊詩人ガラハッド・イルスタン。通称バード。

………番外編に以前出てきた、サポートコーナーのお兄さん。

彼が実は凄かったという話。

ちなみに吟遊詩人業での放浪は画伯の作品布教もかねています。

どうやら、新しい販路を開発したいもよう。

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