65.地上の月
女装勇者様に、受難が襲う…!
先に手を出したら負けだよ、勇者様!
――うざい人間とは、どこにでもいるものです。
私達は現在、どうしたものかと物憂げな気持ちで。
まぁちゃんとせっちゃん(猫)の有していた影響力の偉大さを思い知っていました。
そう、うんざりな気持ちとご一緒に。
「ねえ、君らさ? この辺じゃ見ない子だよね」
「そうそう、どこから来たの?」
名も知らぬ、行きずりの人がしつこく声をかけてきます。
もうこれで、三組目。
まぁちゃんとせっちゃんが席を離れてから、五分くらいしか経ってませんよ!?
「ねー、良いじゃん。名前くらい教えてよ」
「そうだよ。無視されると悲しくなっちゃうだろ?」
しつこく、軽い男達。
私は丁度斜めはす向かいに座るシズリスさんに、 ぎっ ときつい視線を注ぎます。
睨んでますよ? 睨んでますが、何か?
私の視線に、びくっと肩を揺らすシズリスさん――この場で唯一の、男装。
そして、護衛であるはずの男。
なのにナンパされてるじゃない!
一緒にいるのにナンパされてるじゃない!
護衛の意味がないじゃないですか、この護衛!
見た目が学生の衣装チョイスということもあってか、頼りなく見えるはずはないんですが…道行くナンパ男どもに舐められているのでしょう。
魔王兄妹がいれば、その比べるのも虚しくなる明らかな男としての格の差と、巨大着ぐるみの異様さで男なんて近寄ってこなかったのに。
あの二人がいなくなった途端に、これなんですから!
麗しき美貌の乙女が、勇者様とレオングリス君と二人もいます。
全く、地上の月の如き絶世の美人さんは苦労が絶えませんね。
その美しさに、こんなに蛾が寄ってくるんですから。
虫も虫で、もっと身の程を知った方がいいと思います。
一所懸命にナンパして、勇者様やレオングリス君みたいな上玉と遊べるとでも思っているんでしょうか!
格が違うんですよ、格が!
まあ、レオングリス君はちょっと若すぎますが。
それでも上手く二~三年も養殖することに成功すれば、この上なく大きい魚になるでしょう。
ただし、ナンパ野郎共の想像している姿とは真逆の進化を遂げるでしょうが。
絶対に華奢で繊細で可憐には育ちません。
普段の勇者様を見れば分かります。
でかくて凛々しくて、格好良く育つはずです。
そう、ナンパ男どもよりも。
グループでナンパなんてしちゃってる点で、程度の知れた男どもよりも!
その現実を思えば溜飲が下がるというか…
ナンパ男どもの節穴ぶりと不憫さに笑いが込み上げるんですけどね?
でも、それでも癒せない不愉快というものがありまして。
折角、仲の良い人同士でお茶を楽しんでいるところだったのに。
目立ちたくない(女装)勇者様は、先程からなんとか穏便に追い払おうとしています。
しかしやんわり言葉で追い払おうなんて、土台が無理な話。
こういう輩は…尼さんにでも美貌なら平気で声をかけるような不埒な男は、ある程度の強硬策に出ないと屈しません。
もうこれで三組目なんだから、勇者様も学べばいいのに。
席を立とうとしたシズリスさんを目線で制してから、勇者様は言葉を継いでいたんですが…
「だから、此方は構う気も、関わる気もないと言っている。
いい加減にしつこい。連れを待っているんだ…遠慮してくれ」
「えぇー? こんな美人さん達を待たせるような釣れない相手なら、待つ価値もないってぇ」
「そうそ、俺達と遊ぼー? 絶対に楽しいって!」
ナンパ男はめげません。
いや、めげたんでしょうか?
今になって気付きましたが、さっきと男の顔が違います。
いつの間にかナンパグループが四組目にバトンタッチしていました。
勇者様、いつ追い払ったんだろう…
声をかけてくる男達の群れが途切れないので、消えたことにも気付きませんでした。
本当に、キリがない。
私とレオングリス君は、面倒を引きうけ奮闘する勇者様に生温い目線をプレゼントです。
勇者様曰く、か弱い女性の私。←(?)
そして勇者様の従弟で、年若いレオングリス君。
勇者様にとって庇護の対象らしいです。
さっきから私達が前面に出ないようにと、勇者様が庇ってくるんですよ。
その背に私達を庇い、体を張って。
しかも一番の美形だから、ナンパ男の注意も無駄に引き寄せてしまうという誘蛾灯ぶり。
庇ってくれるのは嬉しいんです。
でも勇者様、その程度の相手は私だって追い払えると思います。
勇者様はどうやら、私が何をするかわからないという思いもあって、私を前に出さないようにしている部分もありそうですが…
私だって、そんな。
普通の人間に対して、そんな無体な真似はしませんよ?
精々が、ちょっと効き手の指の関節を一本増やしてあげるくらいです。
そう、言葉通りの意味で。
「………絶対に、任せられない」
ぼそっと呟いた勇者様の瞳は、悲壮な決意に濡れていました。
絶え間ないナンパの波に、正攻法で抵抗する勇者様。
毅然とした姿は美しくても、儚い。
「勇者様、もうここは一回くらいついて行っちゃいません?」
「リアンカ!?」
だから、その負担が軽くなればと馬鹿な提案もしてしまいます。
「おー♪ ノリいいね、良いね、お姉さん!」
「黙れ馬鹿ども」
勇者様…女装でドスの利いた低音ボイスはちょっと…。
押し黙るナンパ野郎を押しのけ、勇者様が私の両肩をぐっと握ります。
「リアンカ、ここは魔境じゃないんだ。こんな輩について言っても、楽しく平和に遊んでさようならとはいかない。自分をゴミ集積場に捨てるようなことはしちゃ駄目だ!」
勇者様、自分のとこの国民相手にこの言い分。
男としての発言なので、王子様としての発言じゃないんですけど…
王子様として自分の国民をゴミ呼ばわりし出したら、誰か止める人いるのかな?
「リアンカ?」
ちょっと余所事を考えていたら、心配そうな勇者様の声。
私は不安そうな勇者様を安心させようと、ちょっと笑います。
「いえ、私も自分を無碍にするつもりなんてありませんよ?」
「じゃあ、なんで」
「いえ……野郎どもがどこかへ連れ込むなり何なりして、勇s…
……シルヴィ様やシルフちゃんを剥いたら面白いことになるかなぁと」
「は?」
「うん、特にシルヴィ様の過酷に鍛え抜かれた大胸筋や上腕二等筋、腹筋などをお目にかけたら、とても笑えることになりそうだなぁと」
「はあ!?」
勇者様は細身なのでちょっとわかりにくいんですが。
前にお着替えシーンに遭遇してしまったこともありますし、一緒に旅行している時にもずぶ濡れにしちゃったりとか手当とかありましたし。
全体的に細く見えるけれど、勇者様に筋肉がないはずがありません。
薄くしなやかな筋肉が凄いことになっていることを、私は知っています。
到底勝てぬ筋肉を前に、ナンパ野郎どもがどれだけ狼狽するか…
是非とも、高みの見物をしてみたい。
どうせいざとなれば、勇者様はご自分で切り抜けられるんです。
勇者様は私もレオングリス君も完璧に守りきれるだけの力量があるんですから。
そう、人間達の中に置いて、勇者様に敵はない。
だからこそ、安全平和に笑える状況を観覧できるかなぁ~と。
そんな欲求にかられての一言でしたが、余計に勇者様を不安にさせてしまいました。
この上は、やはり自分がしっかりしないと、と。
そう、決意を更に固められて。
自分達に声をかけてくる男に、きつい眼差しを向けています。
しかし相次ぐナンパ攻勢に、勇者様も疲弊が目立ちます。
男なのに男からナンパされ、しつこく付きまとわれるのは精神的にくるでしょう
何度もシズリスさんが立ち上がろうとしましたが、血の気がちょっと大目なシズリスさんがしゃしゃり出ると大事になると言って、勇者様が目線で制してしまいます。
おい、護衛。
目線で負けるなよ、護衛。
相手は主でも護衛対象ですよ、護衛。
そこは反骨精神を見せて逆らってでも矢面に立てよ、護衛。
元々自分より強い相手に護衛なりに悩んでいるのかも知れませんが、護衛が護衛対象に守られるのは終わっています。
勇者様も、護衛の仕事取っちゃ駄目ですよ。
流石に勇者様が草臥れてくると、先程までの面白味もなくなってしまいます。
まあ、元より不愉快でしたし。
折角、遊びに来たのに。
勇者様にだって、少しは楽しんでほしい。
なのにこのままじゃ、お出かけ自体に嫌気が差してしまいます。
もう、さっきまでふざけた気分も鳴りを潜めて。
勇者様の雰囲気が、とってもお疲れだから。
何とかしてあげたいと、いつしか思うようになって。
ここは護衛に立ちあがる勇気を与えて進ぜましょう。
私は再びシズリスさんを ぎっ と睨みつけ、くいっと顎でしゃくります。
そう、この無謀で自分の顔も品位すらも顧みない、明らかに分不相応で考えの浅いナンパ野郎どもを地の果てまでも追い払えと…!
………本当に、このナンパが鬱陶しいので。
私自身、ちょっと我慢の限界に近づきつつありました。
だってナンパグループ、いつの間にか九代目に突入してるんだもん。
このまま十の大台に乗られるなんて、冗談じゃありません。
まだまぁちゃん達が帰ってくる様子もないし…むぅちゃん、どんだけ駄々こねてんの?
私はさり気無くシズリスさんの手に、角を握らせました。
「リアンカ嬢……………これは?」
「斑毒沼に棲む地蜂の角です」
「あれぇ!? 蜂って角あったっけ!? っていうか、大きいんですけど!」
「たった十五cmですよ?」
「たった、っすか……」
「ええ、たった」
「………それで、この角は?」
「先端に毒が分泌されていまして」
「危っ! 先端触るとこでしたよ!?」
「効果は混乱・狂戦士化です」
「……………これで、どうしろと」
「刺すんですよ?」
そんなことも分からないんですか?
「って! 暴徒化するじゃないか!」
「そうしたら取り押さえて憲兵につき出しやすいじゃないですか」
「大騒動になる! 他国から沢山のお客様が見えている、この時期に!」
「それが、 問 題 で す か ? 」
「でん…っ シルヴィ嬢! この方怖い! 怖いです!」
「抑えろ、シズリス! その感想は正しいけれど、間違っていないけれど、抑えろ!」
「なんでこんな方とご友人に!?」
「悪い子じゃない、悪い子じゃないんだ! 良い子は良い子なんだよ、言動が酷いだけで!
今だって多分、俺のことを案じてくれているだけだ! 多分!」
「それ全っ然、良い子じゃないですよね!?」
「シルヴィ様こそ酷い…! 私、お友達の身を真剣に案じているだけなのにっ」
「………案じて、どうしようと思ったんだ?」
「ここで暴徒が発生すれば、騒ぎに便乗して逃げられるかと」
「それ、結果的に俺の仕事が倍増するだけだからな!? 六倍くらいに!」
「別に眠らせても良かったんですけど…
平穏なままじゃ、キリがないから事件でも起きないかなって…そう思って」
「リアンカ…殊勝な顔で、言ってること酷いからな!?」
いつしかナンパ男そっちのけで、騒ぐ私達。
いきなり猛烈な勢いで掛け合いを始めた私達。
その切れ目なく続く会話に、ナンパ男どもはぽかーんとしていたんですが…
それは、じわじわと時間とともに変質していきます。
声をかけているのに。
こんなに、気を引きたいのに。
なのに。
なのに、無視される怒りへと
「なんなんだよ、お前ら! 俺達が折角こうして声をかけてやってるってのに!!」
「そうだ! 俺達が声をかけるなんて、いつもだったら絶対にないんだぞ!?」
「俺達に声をかけられたがってる女は、一杯いるってのに!」
「だったら、その声をかけられたがっているお嬢さんに声をかければ良いじゃないですか。
こんな無理目の、難攻不落の、明らかに自分達の手に負えない高嶺の花を選ばずに」
おっと!
ついうっかり、ツッコミどころ満載の声が聞こえたので心の声が出てしまいましたよ!
でも後悔はありません。
身の程知らずに慢心して、傲慢にも勇者様に声をかけた男どもです。
私や勇者様を煩わせる、騒音程度にしか思えません。
穏便という言葉は、完璧に私の頭から吹っ飛んでいました。
「り、リアンカ…!」
慌てた勇者様が私の口を塞いでも、時遅し。
そこには、完全に激昂した男達がいました。
わあ、顔が真っ赤!
「…発情したお猿みたいですねぇ」
発情期が来ると、猿の顔って凄く赤くなりますよねー…
丁度、あんな感じに。
「だからリアンカ、ちょっと黙って…!」
あわあわと慌てながら、勇者様は引き攣ったお顔で。
お立場上、戦う力のない臣民に手を上げることのできない御方です。
気まずそうな顔をしながらも、自分から手を上げることのできない勇者様。
穏便な態度を望んでも………
ナンパ男どもは、血管が破裂しそうな勢いで怒りをあらわにしていました。
わあ! 見ず知らずの相手にお怒りですね! 無理もないけど!
でも女の子相手に本気で怒るなんて器が知れますね!
罵られたり貶されたくないんなら、よく知らない相手に声なんてかけなきゃ良いのに。
外見から相手の人品なんて、深く測れるはずがないんですから。
時にはこうして罵られることもある。
今日のナンパでそれを学んで帰って下さい!
「っくそ、もう許さねぇ!」
「優しく声をかけてやったってのに……頭おかしいんじゃねぇの!?」
「その口の悪さ、躾けてやる…!」
そう怒鳴るナンパ男達は、勇者様に声をかけた時の優しげな仮面をかなぐり捨てていて。
私相手に、憎悪交じりの強い視線。
しかし私は見た目通り、か弱い女の子で。
睨まれるのは、苦手です。
まあ、今までにはもっと強くて鋭くて怖い目に睨まれた経験もありますが。
本気で洒落にならない殺気交じりの奴とかあったし。
お陰で人間如きが相手なら、怖いとは欠片も思いませんが。
それでも、気持ちの良いものではなくて。
じっとりと粘着質で、気持ち悪いって言うんでしょうか?
もっとカラッとした殺気なら、笑って受け流せるのに。
ちょっと、直視されたくない感じ。
なので、盾。盾がなくっちゃ!
ちょっと身を縮めて、勇者様の背後に隠れます。
「勇者様ー、バリアー」
「うんうん…怖いんなら、挑発するのは止めような」
「怖いわけじゃないんです…睨まれるの、苦手です」
「じゃあ、尚更のこと止めような…」
「でもいい加減、煩わされる状況に、ちょっとつい嫌気が差して」
「ついうっかりで喧嘩を売ってたら、いつか痛い目を見るだろう?」
「うー…でも、厭らしい目でじろじろ見られるの、もう嫌だったんですよ…
それぐらいだったら、まだ嫌悪の目の方が良いかなぁと」
「………」
こそこそ、小声で話を交わしながら。
私は勇者様の背に身を寄せます。
そうやって、背に隠れる姿が気弱に見えたのでしょう。
途端、男達の眼尻に浮かんだのは…
愉悦。
うん、これは愉悦ですね。
この人達、変な性癖でもあるんでしょうか。
私が気弱な態度を見せたら、いきなり目に変な熱がこもったんですけど。
私が口は悪くても弱い女と見て取った為でしょうね。
生意気な女を甚振りたいという、意地の悪い欲求が隠せていませんよ。
目が爛々と光ってますから。
性格悪いなぁ…
普段、性格の大変よろしい紳士な勇者様と一緒にいるので、呆れ見下げる思いで。
見下しの視線が隠せていなかったのでしょう。
男達の目が、更に残忍になりました。
うん、やっぱり性格が悪い。
意地を張った女がナンパ男に悪態をついた位で、この様子。
碌な男どもじゃないですね!
…本当に、身の程を知った方がいいと思うんですよね。
一方的に、こっちに気がないのに話しかけてきたのは向こう。
気のない私達に無視されたとしても、仕方がないでしょうに。
どうやら九組目のナンパさん達は、ちょっと自意識過剰だったみたいで。
自分達が声をかけているのに、かけてやっているのに、無視。
そのことが、男達の怒りに触れたようでした。
まあ、起爆剤は私の暴言ですが。
本当に、自意識過剰!
よくよく見れば九組目のナンパ野郎共は、今までのナンパどもよりはちょっと洗練されていて、ちょっと顔が良い男達で。
何かしら自負でもあったんでしょうか。
程度の低い男達が撃破されていく中、万を持して現れた~みたいなノリでしたしね。
自分達ならば断られないと思ったのでしょうか。
井の中の蛙め。
大海を知らないのは仕方ありません。
しかしその程度の顔で、顔が良くても集団ナンパに乗り出すような程度で。
それで、勇者様を落とせると思っているんでしょうか。
そもそも勇者様、男なのに。
彼らがどれだけ自分に自信を持っていようと。
勇者様とレオングリス君が本性:男の時点でナンパ成就の目は当然ありません。
そこを無視されたからって、キレられても…ねえ?
大体、彼ら如きの野郎は、まぁちゃんや勇者様を見慣れている此方としては………
まさに、井の中の蛙?
極上の美貌に囲まれて育った身としては、そんな感想しか持てませんでした。
次回、とうとう勇者様が罪なき一般市民に暴力を…!?




