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64.禁忌の恋

 一頻り、相談の後。

 よしとレオングリス少年が頷きました。

「それではあにう…お姉様の名前はシルヴィアンナお姉様で」

 決定事項として語られるのは、勇者様の偽名。

「愛称シルヴィですね。素敵な名前で良かったね、シルヴィ様!」

 笑いかけた先では、勇者様が頭を抱えていました。

 テーブルの上、肘をついた両腕の中に頭を伏せています。

 私はそんな勇者様を見て、うんと一つ頷きました。

「嬉しかったんですね?」

「どこをどう見たら、そんな解釈に!?」

「あ、復活した」

 本当に、勇者様の復活力は高いなぁ(笑)

 感心しちゃう私の前で、勇者様は深い溜息。

 幸せ、逃げちゃうよ?

 …逃げる以前に、元からないかもしれませんが。



「ねえ、リアンカ」


 皆で人波を眺めながらまったりしていると、むぅちゃんがこちらに頭を(もた)げました。

 どうしたんだろう?

「どうしたの、むぅちゃん」

「うん。このミントフレーバーなんだけど、隠し味があるね」

「あ、むぅちゃんも気付きました?」

「うん。…でも、この味がなんだったか思い出せないんだ。リアンカならわかる?」

「この独特の風味に、隠せない存在感…【アスラの首】か【ケルベロスの舌】じゃない?」

「なんだその物騒な名前!?」

 聞き捨てならないと、勇者様が声を上げます。

 その目は、手元のグラスをじっと凝視中。

 そこまで暑くないのに額に浮いているのは、冷や汗ですか?

「ああ、そっか。アスラの首に、ケル舌か…

だったら【サンクリストの血】とか【スコルピオの心臓】でも合いそうだよね」

 そして何事もなかったように流す、むぅちゃん。

「更に何か危険な名称が…」

 戦慄する勇者様の手が、ちょっとかたかた震えています。

「まさか、祖国にまで魔境の魔手が…!?」

「魔手って言い方は酷いと思います」

「あ、済まない。言葉が悪かったな…って、俺がそう言うのも仕方なくないか!?

なんだよその残忍ワードの羅列は! このお茶にそんな摩訶不思議な物が入っているのか!?」

「植物の名前ですよ! 魔境じゃそう呼んでいるんですけど…

こっちではどういう名前で呼ばれているんでしょうね?」

 所変われば、一緒に色々な物も変わります。

 物の名称なんて、その最たるものじゃないですか?

 同じ植物でも名前が違うものは多いでしょうし…使われ方の違いもあると思います。

 今回は風味や匂いの特徴で判断したけれど…

「もしかしたら、私達の知らない全く違う植物かもしれませんよ?」

 そう言うと、勇者様は明らかにほっとした様子。

 安堵を隠しもせず、椅子に深く座り直します。

 騒いでいた自分が恥ずかしくなったのか、問題のお茶をくぴっと一口。

 爽快な味わいは、冷静さを連れて来てくれます。

「ん、美味しい…」

 ほうっと味わいに溜息をつく姿は、衣装のお陰もあって可憐。

 でも、どことなく色気を感じさせる憂いが混じっていました。


 さてさて安堵の勇者様。

 しかし逆に活発さを取り戻したのは、むぅちゃん。

 誰に何を言うこともなく、急にがたっと立ち上がります。

「むぅちゃん?」

「ちょっと確かめてくる。うん、他にどんな香辛料やハーブを使っているのかも気になるし」

「ああ、店員さんに聞きに突撃するんですね…」

 可哀想な店員さん!

 私も気になるから止めませんけどね!

「後でリポートよろしく!」

「ん、頼まれた」

 私自身はまだちょっと草臥れているので、まだ大人しくしていようかと思います。

 突撃はむぅちゃんにお任せして、まだまだここで一休みです。

 下手したらむぅちゃんが厨房の中まで押し入ろうとするかもしれませんが…

 店員さん、がんばれ☆ ←無責任。


 さっきも言いましたが、私は止めません。

 だって私も気になるから。


 言葉を交わし、手を振って別れる私達。

「お、おいおい止めなくて良いのか!?」

 混乱する、勇者様。

 成り行きについて行けていない様子で、おろおろしています。

 うん、可愛い。

「大丈夫ですよ。むぅちゃんも十四歳、街中で魔法を乱発しないだけの分別はありますし」

「その程度の分別しかないのか!?」

 勇者様、驚愕。

「知的好奇心が満たされれば、自分で戻ってきますよ?」

「それはお店の極意とか、味の独自性を出す為の機密事項に当たるでしょう。

素直に教えてくれるわけがないと思うけど? むしろ抵抗されるよ」

 首を傾げながら、会話に混じってきたレオングリス君がさらっと言います。

 あ、抵抗されますか…。

 お店の人に聞けば教えてくれるかと思ったんですけど…

「都会のお店は、そこまで親切じゃないんだよ?

自分達の切り札、自分達のオリジナリティを守るのは店を守ることだもの。

お店の味を他で再現されたら、商売あがったりじゃない」

 そう言いながら、レオングリス君自身もまったりとお茶を呑んでいるんですけど…

「抵抗されたら強硬手段に出ちゃうかも…むぅちゃん、探究心の為なら手段を選ばないし」

「リアンカもな………」

「まあ、手段を選んでいたら私の場合は何も出来ませんからねぇ…」

 手段を選ばない、むぅちゃん。

 そして、外聞も気にしない。

 ある意味、とっても男らしいのですが…

 この場合、押し込み強盗のように性質(タチ)悪いですね。

 私とレオングリス少年の呑気な会話に、勇者様の(かんばせ)がみるみる青褪めていきます。


 ――その時、遠く、店の奥から声が聞こえました。


『あ、お客様…困ります……っ!』


 それは、切羽詰った店員らしき若い女性の声で。


 ガタッと。

 勇者様が、無言で立ち上がりました。

 そのお顔は、厳しく引き締まっています。

「――回収してくる」

 今にも走り出しそうだけど、お店だから走れない。

 そんなもどかしさを抱えながら、急ぎ足に進もうとするけれど。

「まあ、待て」

 その肩をぐっと掴んで引き留めたのは、まぁちゃんでした。

 勇者様の勢いを片手一つで完全に抑え込んでいます。

 むしろ抵抗されないよう、ぐいっと引き戻して。

 絶世美青年が、美しい修道女の肩を抱いているような姿勢。

 うん、不埒。

 他意はなく、何の意識も必要ないのですけれど。

 周囲、誰ともなく息を呑む気配が伝わってきます。

 …どうやらさり気無く、此方の様子を皆様窺っていたようで。

 いえ、さり気無くなんか全然ないですね。

 衆人環視の皆さん、がっちり観察していましたね。知っていましたけど。

 これだけの美形揃い、注目するなという方が無理でしょう。

 美男美女(笑)の取りあわせに、老若男女が見惚れて観察していました。

 人数が多いし、着ぐるみがいるしで誰も声をかける勇気がなかったようですけど


 肩を引き寄せる美青年と、引きとめられる美しい修道女。

 相手が修道女という、禁忌のようなシチュエーションを連想しますね。

 魔境に帰ったら、早速ヨシュアンさんに報告しておきましょう。

 …デザインに助力してもらう代わりに、お約束した記憶はまだ遠くありません。

 出先で起こった面白そうなアレコレを報告する約束しましたしね(黒い契約)。

 色々な意味で見られることに慣れきっている二人。

 彼らは自分達への注目に気付かないのか、気付いても気にならないのか。

 私達の前で修羅場じみたやりとりを繰り広げています。

 実際は、何でもないんですけどね!

 

 腕と肩を掴まれ、もがく修道女(雄)。

 余裕の顔で、抵抗をあっさりと封じながらいなす美形騎士。

「まぁ殿、離してくれ…っ 早くいかないと、店が……っ」

 その続きは、「滅ぶ」ですよね?

 言葉を呑みこんでいましたが、わかりますよ?

 必死な様子の勇者様に、まぁちゃんは宥めるような声をかけます。

「まあまあ待て待て。よく、自分を顧みろ」

「?」

「いや、お前、いま修道女じゃねーか。諍いに首突っ込んでも、歓迎はされねーぜ?

むしろ怪我しねぇようにって遠ざけられるだろ」

「!!」

 はっと息を呑む、勇者様。

 きっと、ご自分がそんな状況に居合わせた場合を考えたのでしょう。

 何事かが原因で、揉める客と店員。

 その間に割り込もうとする、修道女。

 まあ、良識のある人なら修道女を止めるでしょうね。

 この場合、その修道女が美しいことも問題です。

 絶対に、いさかいの現場から締め出されます。

 そのことがご自分でもわかったのか、勇者様の顔は悲愴なもので。

 苦悩に、眉がきゅっと寄っています。

「…いま思い至ったって顔か?」

「………迂闊、だ。この服を着替えに戻る時間もないというのに…!」

 くっと息を詰める勇者様。

 多分、今の勇者様が涙目で「誰か、争いを止めてください…っ」と道行く人に懇願すれば哀れな生贄志願者の五十匹くらいは捕まりそうですが。

 しかし有象無象の紙の様な抑止力じゃ、むぅちゃんは止まりませんよねー。

 勇者様も、それに気付いているようです。

「………まぁ、殿」

 苦しげに、切なげに。

 まぁちゃんに何かを言おうとするけれど、躊躇いがちに引き結ばれる唇。


 …いつの間にかグロスが落ちてますね。

 後で塗り直してあげましょう。


 可憐な修道女の、物言わぬ瞳。

 しかし懇願の入り混じった、躊躇いの顔。

 言うに云えないでいる勇者様に、まぁちゃんが苦笑交じりにニヤッと笑いました。

 その安心できる大きな手で、ぽんぽんと勇者様の頭を叩く様に撫でて。

「じゃ、代わりに俺が行ってきてやんよ。ここで騒ぎを起こされちゃ、せっかく美味いもん呑ませてもらったってのに店側に対して不義理だからな」

 まぁちゃんが、頼もうにも頼みきれないでいた勇者様に、寛容な態度を取っています。

 言葉で頼めていなかったのに、頼まれずとも動こうというんですから。


 原因は、わかります。

 まぁちゃんも、あのお茶が気に入ったんだね。

 美味しいものや、それを作ってくれた相手にまぁちゃんは敬意を払います。

 美味しいお茶のお礼に、店の危機を救おうというのでしょう。

 まあ、危機をもたらしたのも私達ですが。

 あと、この騒ぎで出入り禁止にされたら嫌だという打算もあるんじゃないかな。

 考えてみれば、確かにそれは嫌です。

 今更、むぅちゃんと他人のふりをしようにも、手遅れでしょうし。

 がっつり一緒のテーブルでお茶を楽しんだ後ですし。

 この上は精々お行儀よく振舞って、お店側の好感を引き出そうという作戦でしょう。

 それに、今回は確かにまぁちゃんが適任。

 勇者様は格好が論外だけど、まぁちゃんは格好がぴったりです。

 だって、町の治安を守る騎士(下級(したっぱ))の格好をしているんですから。

 街の治安維持を司る騎士の姿なら、困っている人も助けを求めやすいかと。

 それに揉め事の仲裁も適役です。

 今までは明らかにお嬢様という風情のレオングリス君がいたので、その護衛と見なされて誰も声をかけなかったんだと思いますけど。

 あと、その美貌に圧倒されて見ているだけだったんでしょうけど。

 でもまぁちゃんの側から関わりに行く分には、誰もが喜んで従うでしょう。

 スピード解決の未来が見えたな、と。

 私はもう、それで全てが解決した気になりました。

 知的好奇心うずうず状態のむぅちゃんは、ちょっと厄介かもしれませんけれど。

 要領の良いまぁちゃんなら、ちゃっかり味の秘密も手際よく聞きだしてくれると思います。

 そう、揉め事を収めることを、恩に着せてでも。

 むしろ、確信。

 むぅちゃんを止めるなら、それを聞きだすのが手っ取り早いですからね。

 多分お店側を丸めこんで、当たり障りのない部分だけでも掴んで来てくれますよ。

 むぅちゃんには手掛かりだけ与えて、後は自分で考えてみろとでも言いそうです。

 そうしたら好奇心と向上心に火がついて、意地でも自力で研究し始めそうな気がするし。

 うん、これできっと万事解決。


 すたすたと騒ぐ声の聞こえる店の奥へと向けて、まぁちゃんが歩み去り。

 それに、何故か大きな猫さんが続きます。

「あに様、せっちゃんもご一緒しますの!」

 そう言って、ぱたぱた。

 尻尾も歩みに合わせて弾んで、ぱたぱた。

 ちょっと足を止めて待ってくれたまぁちゃん。

 そんな兄の腕に、せっちゃんのもこもこした着ぐるみ(腕)が絡みついて。

 人を圧倒する超絶美形の騎士さんと、可愛いけれど正体不明で不審な着ぐるみという、物凄く迫力のあるコンビが誕生いたしました。

 それを見送りながら、お茶をすする私とレオングリス君。

 勇者様は落ち着きを取り戻して席に座り直しました。

 ですが、尚も不安そうに争いの場へと向かう美形騎士の背を見つめます。

 立場上勇者様のお傍を離れるわけにもいかないシズリスさんは、そんな主に心配そうな視線を注いでいて。

 ………なんでしょう、とっても傍観している私達ですが。

 物凄く、雰囲気のある一場面が目の前で繰り広げられている気がします。

 私とレオングリス君は目を見交わし、ひょいっと肩を竦めました。

「あにう…お姉様も罪作りな方です。主に、衆人環視に対して」

「うん、私も今回はそれ、同感かな」

「でしょう?」

 ちょっと周囲を見回して、頷き合う私達。

 

 だって、ね。

 場の状況が…ね。

 

 なんだか戦場に向かう想い人を見送る修道女の禁忌の恋。

 そしてそんな修道女に一途な想いを向ける学生の片思い。

 …そんな、現実とはかすりもしない光景に見えたことは、本人達には内緒です。


 うん、錯覚です。

 だからうっとりと見惚れる観衆の皆さんは、さっさと我に返った方が良いんじゃないかな?



そういえば、みてみんに久々に投稿しました。

あまり上手くはありませんが、勇者様やレオングリスの変装(コスプレ)の図を出しています。

もしかしたらイメージと異なるかもしれませんが、あくまでイメージということで。

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