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63.雑踏注意

いよいよ城下町に繰り出したリアンカ嬢たちは…?

 シャピネー通り38番街。

 私達はシズリスさんの提案で、そう呼ばれる地区に来ていました。

 このあたりは、そう呼ばれる界隈だそうです。

 大通りや広場のある一番大きな通りの、一本内側にあたる場所。

 比較的下町よりの、賑やかな商店街。

 広い道の真ん中に列をなす形で市が立ち並び、様々な人と商品で活気に満ち溢れています。

 お忍びで紛れている人はいるかもしれません。

 でも貴族めいた貴族は一人もいない。

 庶民御用達の通りです。

 王子として勇者として名と顔の売れた勇者様。

 でも、このあたりに紛れこんでしまえば正体に気付かれる確率がぐっと下がる。

 シズリスさんの分析通りであれば、ですけれど。


 そして、この人通りの中。

 大勢が互いに関わることなく、通り過ぎて行くばかりの雑踏の中。

 勇者様とレオングリス君の可憐さ、まぁちゃんの妖艶さ。

 そういった輝きに目を留め、振り返ったり立ち止まったりする人は少なからずいます。

 しかし後ろから押し寄せる人いきれに追いやられ、急に立ち止まるのは容易ではなく。

 こちらへと接触もできないまま人の波の中で見失う。

 これは、立ち止まったらきっとナンパの嵐ですね。

 もうちょっと落ち着くまで、店を冷やかしながら歩き続けましょう。


 誰も相手には興味を持たず、干渉しようとしない中で注目されるだけでもとっても凄い。

 でももっと凄いのは、注目しようが何だろうが問答無用で押し流していく人の波。

 こんな中ではぐれたら洒落にならない…ような。

 町に不慣れな自分を顧み、ぎゅっと気を引き締めました。


 庶民御用達であるだけに、人通りはかなりの賑わいで。

 今にもはぐれてしまいそうな人波の中。

 この人通りに慣れていない私達が、この人数でばらばらにならずにいるのはとても凄いことのように思えます。

 …その結果に一役買っているのは、どう見てもせっちゃんです。

 彼女のその、素晴らしい存在感!

 凄い功績だと、こくり息を呑む私。

 せっちゃんの着ぐるみは、どう見ても二足歩行 猫 。

 巨大な黒猫を誰もが避けようとする為に、せっちゃんは一人だけ悠々状態。 

 レオングリス君はあざといことこの上ありません。

 自分の容姿を冷静に計算して、可愛いマスコットと一緒にいることの相乗効果も計算。

 結果、黒猫の着ぐるみと手を繋ぎ、可憐な笑みを浮かべています。

 …着ぐるみが大きいので、ちょっと異様だけど可愛いのは可愛いです。

 あざといけど。

 

 レオングリス十三歳。

 己の容姿を冷静に観察する男。


 そんな少年の一歳年上に当たるむぅちゃんなんて、比べてみると随分と違います。

 先程から軒を連ねる屋台から屋台に何を見ているのかと思えば、まあ納得のモノばかり。

 考えるまでもなくそれらは怪しい薬草の類で。

「どうして、あんな如何わしい店ばかり冷やかすんだ…?」

「興味でも引かれるんでしょーね…」

 勇者様の驚きに染まった声は、掠れていました。

 私はそれに、肩を竦めて返します。


 見るからに胡散臭い黒いローブの男が片言で客を引く、謎の乾物屋。

 胡散臭い笑みの浅黒いターバンおじさんがインチキ臭い効能を喧伝する謎の香辛料売り。

 縄でぐるぐる縛られたシンプルこの上ない人形に、針をザクザクと突き刺しては悦に入る胡散臭い老人が喉の奥で低く笑いながら勧めてくる呪物屋。


 ………胡散臭い。

 問答無用で胡散臭いよ!

 しかしそんな店ばかりピンポイントで狙って突撃していく、むぅちゃん。

 貴方は今、最高に輝いています…!

 後で私にも報告とお土産をよろしくお願いしたい次第です。


「リアンカ、これ食うか?」

「いただきます!」


 むぅちゃんのガッツに感じ入っていると、視界も狭くなっちゃう。

 だから、ひょいっと脇から差し出されるモノに気づくのが遅れました。

 見ると、まぁちゃんが人数分のお菓子を買ってくれています。

 さっきからまぁちゃんは興味の赴くまま気の向くまま。

 何をしているのかといえば、まあ定番の食べ歩きです。

 屋台の食べ物(大概は駄菓子)を買い漁り状態。

 でも自分一人の分だけ買うんじゃなくて、その都度人数分を買ってきてくれています。

 大きい物やお腹に溜まるものじゃなくて、小腹が空いている時に摘みたいような、食べやすくて量の少ないものが主です。

 今回のそれは、棒が刺さった果物に水飴の絡められたお菓子でした。



 ちなみにサルファは人波に入るや否や、どこかに消えました。

 どっかでナンパでもしているんだろうというのが、私達の共通の見解です。




「はあ…本当に、賑やか! 人もすっごく沢山で……勇者様のお国って、凄いね」

「人混みに疲れたのか?」


 感嘆か、疲労か。

 自分でもどちらとも取れない溜息をついてしまいます。

 それを見て取り気付いた勇者様が、心配そうに私の顔を覗きこみました。

 …本人、とっても大真面目、何ですけど。

 格好が格好なのでいきなり目にしてしまうと、アレです。

 噴出さないように瞬間的な忍耐力が問われます。

 心構えばっちりで目にすれば、普通に接することができるんですけど…

 やっぱり、いきなりは駄目ですね(笑)

 また、傍目にとても良くお似合いなもので(笑)

 道行く人の誰も、違和に気付かず見惚れている現状にも笑いが込み上げそうです。

「おーい、そこ。パッと見、危なく見えっからー」

 まぁちゃんの呆れ声に、またまたその『パッと見』がどんなものか想像して腹筋さんが弾みださないように我慢するのが大変で。

 そんな私の張りつめた顔をどう見てとったのか。

「どこか、座れる場所に行こう」

 現在麗しの修道女様は、私達に休憩を宣言したのです。


 まさか私自身、人混みにこんなに疲弊するなんて、思ってもなかったんですけど。

 考えてみれば、こんなに『人間』ばかりがいる雑踏を味わうのは初めてです。

 魔境だと『人間』はむしろ少数種族。

 普通に接する分には分かりにくくても、幼少から魔境で多くの種族と接して育つと、種族ごと気配からして違うものですし。

 こんなに沢山の人間に囲まれると、何故か逆に緊張します。

 それに大勢で集まる機会があったとしても、多数派は圧倒的に魔族だし。

 魔族や人間だけじゃなくて、獣人や妖精や小人等々と、様々な種族がとりどり入り乱れて雑多すぎる状態になるのが常でした。

 こんなに人間しか(・・)いない人間の国には、息苦しいほどの違和感を覚えてしまいます。

 だから、ちょっと疲れてしまったんです。きっと。

 体じゃなくて、心の方が。

 私は人間に生まれ、人間として育ったはずなんですけどね…

 ちょっと、人間しかいない環境って、気持ち悪いかもしれません。

 それほど大きい訳じゃないんですけど、常に付きまとう小さな違和感が生じさせる齟齬に、今日初めて気付きました。

 こんな人混み、雑踏に混じらなければこれからも気付かなかったかも知れません。

 前にシェードラントに行った時は引き籠っていましたから、気付きませんでしたしね。

 それに人混みの規模自体、あの国とは比べ物にもなりません。

 都市国家だったあの国の総人口より、この町に住む一般市民の人口が軽く上回るそうですし。

 人口過密度とか、密集具合で条件も変わりそうです。

 どの程度の規模の人混みから参ってしまうのか、今度検証してみましょうか…今後の為に。


 私が真剣に疲れていること、勇者様には見抜かれてしまったようです。

 参ってしまった神経を休める為と、ちょっと強引に座らせられます。

 私達が席を求めたのは、大通りに近い場所のオープンテラス。

 席料も勿体ないし、その辺のベンチで良いって言ったんですけどね…

「ああいう場所は、もっと切羽詰った人の為に空けておくものだろう? それに確実に座れるとも限らない。俺自身が、ちょっとこの慣れない衣捌きに疲れてしまったんだ。休息に付き合ってくれると嬉しいんだけど」

 勇者様にそうまで言われてしまっては、お付き合いせざるを得ません。

 丁度いいからと、皆で席を占領しました。

 テーブルを二つ合体させて、ちょっとした小会議のよう。

 ちょっと、楽しいですね。

 こんな賑やかな環境で、頭突き付け合わせて一つのテーブルなんて。

 こういう賑やかな都会は初めてなので、そこも新鮮です。

 村だったら、御店の軒先じゃなくて誰かの家ですからね、こういう時の避難先。

 人混みに疲れるという嫌な新鮮さとは違う、気持ちの良い新鮮さに顔が綻びそう。

 いえ、無意識に既に笑ってました。

「冷たい飲み物を呑もう。気分がすっきりするはずだから」

 人が沢山集まると、熱気も集まります。

 その熱気に中てられた部分もあるんじゃないかと、勇者様。

 率先して店員さんに注文をお願いしています…人数分。

 甲斐甲斐しく王子様が給仕しようとしていますよ、護衛!

 主の働き者な様子に、シズリスさんが慌てて押し留めています。

「自分が働きますって!」

「だが…」

「ああ、もう殿k…貴方が休憩したいって言い出したんじゃないか!

言い出しっぺは大人しく座る! 良いですか!?」

「………そう言えば、この修道女(シスター)のお名前を考えていませんでしたね。此方のお嬢様の分も」

 流石に、一日外を連れまわすのに男あからさまな名前は駄目ですよね?

 女装させたことに満足して、うっかり名前を忘れていました。

 いつも勇者様のこと、名前で呼ばないし。

 でもその肩書きも、お忍び中はまずいでしょうし…

「あ、僕はもう自分の名前決めてありますから」

「え!?」

 レオングリス少年が、自己申告。

 にこにこ笑って、自分で考えたという偽名を披露してくれます。

「シルファリナ・エリス…シルフと呼んでいただけますか?」

 そう言って、小動物の様な愛らしい仕草で首を傾げつつはにかみ笑い。

 何処までが計算ですか?

 でも………やけに気合が入った偽名ですね。可憐です。

「あにう…あねうえは僕の親戚設定ですから、姓は同一の物を使って、名前もちょっとお揃いっぽく韻を踏んでみても…」

 そのまま勇者様のお名前まで考えだしましたよ、この子!

 しかも細々設定考えていそうなのに、一人称「僕」のまま!

「一人称、直さないの?」

「このままの方が意外性(ギャップ)あって、可愛いと思いません?

女の子はどこかにちょっとした隙がある方がもてるんですよ?」

「レオングリス、何を計算しているんだ!?」

「やだ、あねう…お姉様! 今の僕はシルフだって言っているじゃないですか。

シルフって呼んでくださいよ」

「少年、完全に遊んでいますね」

「ノリノリだな。本当に勇者の身内かね、あれ」

 勇者様の随分と性格の違う従弟君。

 少年公爵は、勇者様が目を丸くしても澄ました顔でお茶を呑んでいるだけ。

「このお茶美味ですね…この茶葉、アイスにしても美味しいとは知りませんでした。不覚」

「レオングリス、聞いているのか?」

「だからシルフですってば、お姉様」

 本当に、随分と肝の太そうな男の子です…。


 笑顔で思いつめた顔の勇者様を受け流す、可憐なお嬢様。

 ご令嬢に真面目な顔で何事か言い募りながらも、聞き届けてもらえずに困った様に眉尻を下げる麗しき修道女。

 言っては何ですが、傍目にとても眼福でした。

 これで男の子なんだと言って、何人が信じるかなぁ…?

 信じた男は発狂して世を儚みそうな、美しい光景を見つつ。

 私は勇者様が注文してくれた、冷たいお茶をくぴりと啜りました。


「あ、本当に美味しい…」


 お茶に混ぜられた薄荷が効いていて、すっきり喉越し爽やかで。

 疲れ果てていた神経が、ちょっと元気になりました。





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