61.生贄二人
リアンカちゃんが選んだ、勇者様の変装が今、明らかに…!!
突然の闖入者、レオングリス少年は愕然としていました。
自分が突然乱入してきて、驚かせたはずだったのに。
少年は少年で、開いた途端に繰り広げられた扉の先の光景に驚き唖然と固まっています。
それも、そうでしょうけどね!
若さと元気!
そう主張するような豪快な扉の開け放ち方。
貴方、本当に貴族ですかと聞きたくなるぐらいに超豪快。
それもきっと、身内故の甘えがあるからだとは思いますけど。
そうやって相手が驚くのは当然みたいな登場でしたけどね?
まさか、扉を開けた途端に敬愛する従兄が自分と負けず劣らず豪快に真っ赤なスープ(鳥ガラ)をぶっかけられるとは思ってもみなかったでしょう!
少年の従兄であり、王国第三位の敬われるべき王子である勇者様。
彼は今、とてもスパイシーでトマトな芳香を纏っていました。
うん、食欲をそそるね!
そう言って満足げに笑う、犯人であるところの私。
ちなみに全然悪びれておりません。
むしろ気分爽快。
やったぜ☆遣り遂げたーという達成感で一杯です。
うん、スープを鍋ごとぶっかけただけだけど!
汁だく勇者様は、あまりのことに茫然。
王子と生まれて十九年、下にも置かず尊まれて育ったはずです。
自国の王宮においてこんな扱いを受けたのはきっと初めてのことでしょう。
わお、予期せず初めて奪っちゃった(笑)
勇者様 (トマト)は、髪からも服からも赤い汁を滴らせていて。
眼鏡の縁に、赤い水滴が溜まっています。
どう贔屓目に見ても、入浴と着替えの必要がありました。
やったね、それを待っていた☆
してやったりとほくそ笑む私。
敗北に膝を折る勇者様。
やっぱりこうなったかと、納得顔の仲間達。
こうして、朝っぱらから勇者様のお色直しが決定いたしました。
そして、観念したのでしょう。
抵抗しても無駄だと悟ったのでしょう。
「………どうせ違うものに着替えても、また台無しにされるだけか」
勇者様の遠い目は、諦めの色に染まっていました。
進む場の状況に置いてきぼりの、レオングリス君。
「え、え、え…? あ、あにうえ…???」
なんでこうなったと、無理解の混乱におろおろしています。
そんな彼の、勇者様に似ているけど美貌度六割の姿。
見て、ピンときました。
来た! 天啓が降りてきましたよ!
素知らぬ顔で、私はレオングリス君に朝のごあいさつ。
「ぐりぐり君、おはよー」
「ぐ、ぐりぐり!? や、それより平然と挨拶するの?」
目を白黒させる、レオングリス君。
いきなり勇者様にスープをぶっかけた私は、彼にどう見えているのでしょうか。
そんなこと意にも止めないと、彼の疑問は流して進めちゃいましょう。
「こんな朝からどうしたの? 勇者様のご機嫌伺い?」
「いえ、不都合がなければあにうえと今日の予定をご一緒させてもらおうと思って…」
少し強引ではありますが、淡々と畳みかければ人がいいのか律儀に返すレオングリス君。
「一緒に?」
茫然とした姿勢から、のろりと顔をあげた勇者様。
そのままレオングリス君の提案に怪訝なお顔。
「レオングリス、公爵としての責務はどうしたんだ?」
「久しぶりにあにうえと過ごす時間を捻出する為に、今日の分の仕事は纏めて全部終わらせて来ました! 昨日は書類に埋もれて死ぬかと思いましたよ!」
「そ、そうか…」
良く見たら、少年の目の下にはうっすらと 隈 。
ああ、テンション高いと思ったら…
どうやらレオングリス少年は、徹夜明けでハイになっているようです。
勇者様を慕う気持ちは、気分の高揚でより高まっているのでしょうか。
何だか、尻尾を振って遊んでほしいとじゃれつく子犬の様に見えてきました…。
何はともあれ一先ずは風呂だろうということで。
勇者様が入浴の間、お茶を啜りながら少年に色々と事情説明です。
「変装が気に入らないからと、やり直させる為にあの暴挙ですか。
リアンカ嬢は見た目によらず豪快というか、細腕に似合わぬ乱暴さというか…
男の目があるところでは、少し装った方が長い目で見て利潤を得られるんじゃないかな。
世の男性というものは、儚く可憐でか弱い女性を好ましく思う方が多数派だからね。
男は単純で思い込みが激しいんだから、騙しておいた方が後々利用しやすいよ?」
「うわ-…少年の言う事じゃないですねー。勇者様の従弟なのにどんな教育受けたんですか。
レオングリス君は中々世の女性というものを理解しておいでのようで」
「あにうえのお傍にいれば、自ずと女性の負の側面が見えるからね」
きっぱりと言い切る少年の、その顔に翳りなど一つもなく。
そこが末恐ろしいと思った次第ですが。
あの勇者様の女難ぶりに則した諸々を見て育って、この成長。
勇者様とは対照的で面白いなぁと思ったのが、正直な感想です。
王子様である従兄に懐いている少年公爵君。
彼は今日の城下町お忍び見学の計画を知ると、自分も是非にと言ってきます。
現在のその姿はどこからどう見ても、押しも押されぬ大貴族。
そんな格好で城下町になど、護衛もなしにふらふら出られる訳もなく。
そしてこんな展開をこそ、私は笑顔で待っていました。
私の手には、二つの布包み。
中に入っているのは、それぞれ趣向の違う衣装。
勇者様が二人いればって、思っていたんですよね。
そして今、目の前には勇者様の劣化版ともいえる美少年がいます。
瓜二つとは言いませんが、兄弟かと思う程には似ています。
うん、天は我に味方した。
中々素敵な展開ですね?
勇者様の採寸で誂えた衣装は、どう見ても少年の発展途上ボディには大きすぎますが…。
幸い、大きすぎるだけなら何とでも手の直しようがあります。
もしもこれが逆の立場で、サイズの小さい服となると手の施しようがありませんでしたが。
要はサイズを詰めれば良いだけなので、そんなに時間はかかりません。
だから私は。
輝かんばかりの笑顔で、言いました。
それはもう、親切さを装ったような笑顔で。
「今回はお忍びってことで………これに着替えてきてくれる?」
少年は、私の渡した包みを何の疑いもなく受け取ってくれました。
とりあえず着替えてくると、別室に向かうレオングリス公爵。
包みを開けば吃驚するでしょう。
私は満面の笑みで言いました。
「いってらっしゃい!」
それから残っている方の包みを、勇者様に渡すよう侍従の人に託て。
後は後の楽しみとばかり、カリカの背を撫でながら結果を気楽に待ちました。
用意した衣装は二つ。
画伯一押しのマニアックな衣装と、サイさんお勧めの清純派。
ここは全力で楽しもうと、可憐なお嬢さんの出来上がりを希望します。
ちなみに画伯一押しの衣装は、勇者様の方へ渡しました。
それから、ほんのちょっとの時間をかけて。
お昼まではまだまだ余裕の、朝といえる時間帯の内に。
廊下から、誰かの全力疾走の足音が聞こえてきました。
それからスパーンッと、勢いよくドアが乱暴に開けられて。
今度、乱入してきたのは。
「この衣装は何だぁぁぁあああああああっっ!!」
怒声とともに転がり込んできたのは、青い衣の勇者様でした。
その身、可憐にはためく青と白の布。
勇者様と組み合わせるのに、最も見慣れた色。
それがシックでストイックな衣装に、爽やかな清冽さを添えていて。
私は一瞬、聖女が降臨したのかと思いました。
勇者様が身につけていたモノ。
軽やかさとは無縁なれど、ぱりっとした清潔感。
滑らかな頬を横合いから滑る、煌めく金色の鬘 (ロング)。
その鬘を外側から囲い込む、およそ装飾と呼ばれるものを全て省かんとした結果、それ自体が装飾と成り果てたベール。
清楚な白は、風にはためき涼しげです。
顔は張り切って悪乗りしたサルファが、その本気を見せてくれました。
もてる限りの全てを駆使して形成した、自信満々なその出来栄え。
自信に思うのも無理の無い、神々しさです。
真価を発揮してやろうとばかりに、凄いことになっています。
美少女です。
色づき匂いたつ美少女がいます…!
元々化粧の必要などないような美形ですけれど。
男性的な部分を隠し、まろく柔らかみを帯びた少女らしさを偽装する化粧。
美青年を美少女に偽装する為に、化粧は凄まじい効果を出していました。
整えるというよりも、印象を変える為の化粧です。
赤く塗られた唇も、つやつや!
目元も薄らと色が乗せられ、ドキッとしそう!
過剰な化粧は印象が違うと思ったのでしょう。
それはあくまでもさり気無い、薄化粧『風味』のお化粧です。
可憐です。
清楚で麗しい、可憐さです。
普段の格好良い勇者様、どこいった…!?
本気で別人かと一瞬思って吃驚しちゃいましたよ。
化粧を使った印象操作までできるなんて…
サルファ、侮り難し………。
衣装の詰襟は高く、首全体を覆い、首の線を引き締めて肌を隠します。
全体的に青や黒、白の色が使われたシンプルな色合い。
それは、特徴的なデザイン部分を省けばワンピースのようにも見えたでしょう。
実際にそれは、無駄の省かれた質素なワンピースともいえますが。
ごてごてとした飾りがなくて、すっきりしているだけに素材の魅力を生かします。
当初、私はヨシュアンさんが過剰にやり過ぎないか心配していたんですけど…
そこは流石、ヨシュアンさん!
スカート丈も短すぎることなく。
過剰に露出することもなく。
そこはむしろ、いっそ隠すことで禁欲的な雰囲気。
淑女の隠された部分にこそ神秘を見出すような絶妙さ。
以前、彼が力強く言っていた言葉を、私はこの時になって理解しました。
「どんなに魅力的な素肌だろうと! 必要以上に曝していたら有難味なんて欠片もない!
隠すからこそ、いざちらりと垣間見えた時の感動も一入なんだ!
チラリズムとは! まずは隠さなくちゃ成立しないんだ………!!」
うん、全身全霊で言う事じゃないと思いました。
私には理解できない話だと、聞き流した記憶しかありません。
どんな会話の流れでそんなことを力強く言われる展開になったのか…
…うん、全然思い出せませんが。
力説されて困った記憶が、俄かに思い出されて笑うしかありません。
そんな画伯の言葉を証明するように、衣装は必要以上の露出を限界まで削られていて。
そして隠されているからこそ、背徳的な魅力が活きてくる衣装だったのです。
長い袖も、長い裾も、肌を隠すことでより背徳的な色気を出しているように感じます。
これは錯覚でしょうか。
すらりと長い裾の下に覗く足は、黒いタイツに覆われて引き締まった印象を受けます。
率直に言って細く見えます。
決して細くは無い、戦士の足のはずなのですが…。
黒い編み上げのショートブーツが、固い踵の音を響かせました。
デザインに細工をしていて踵が高いように錯覚しますが、実際にはベタ靴みたいに踵は殆どない靴が、見た目に身長の高低を錯覚させる仕掛けの一つです。
禁欲的な、その衣装。
細部を良く見れば、正式なものとは色々と異なると思いますが。
この世に存在する如何な『それ』とも違う独自のデザイン性を持っているのですが。
それでも全体を見て、受ける印象も答えも、正式なものに比べて遜色なく。
それは何かと聞かれたら、人々の答えは概ね全て一致することでしょう。
そう、誰もがその衣装を見て、『それ』を言い当てるはずです。
受ける印象も、抑えるべきツボも、本物に劣ることなく取り込まれているんですから。
ヨシュアンさんがデザインした、その衣装の正体。
それが何を下地にデザインされたものか。
それが何を模してこの世に存在しているのか。
勇者様が纏い、今…彼を激情に駆り立てる『その衣装』。
それは――
「よくお似合いですよ! それはもう、禁欲的な勇者様の清廉さに誂えたように!」
「似合って堪るか!」
そう言って、勇者様が拒む…『それ』は――
率直に言って、修道女でした。
一般に、修道服と呼ばれるそれ。
結構、かなり、若い娘さん向けのデザインに改造されていましたけれど。
でもそれも、よくよく注視しないと分からないさり気無さで。
見事なまでに、ヨシュアンさんの意図する全てが調和しています。
マニアックな方向へ、画伯の描いた男の夢的な方向へ目指して作り上げられた衣装。
モチーフは禁欲、禁断、清廉。
罰当たりなこと、この上ありませんけれど。
いま私の目の前には…男の夢を具現化した、清楚な修道女もどきが一人。
本人自身の不服を呑みこみ、二本の足で立って存在を誇示しておりました。
「良くお似合いですよ☆ …流石、ヨシュアンさん」
「褒められても全然嬉しくない…って、ヨシュアン殿も一枚噛んでるのか!?」
「じゃなかったら、こんな『男の夢☆』な衣装、誰も考えませんよ」
「あの人は何を考えてるんだ………!」
「それは今の勇者様のお姿を見れば、自ずとお分かりになられるかと。
多分、鏡を見て受ける印象のイメージと然程変わりませんよ?」
「……………」
男なのに、男の欲望を背負わされて。
勇者様はがっくりと項垂れ、膝をついてしまうのでした。
敗北感一杯なお姿は、結構ですが。
そんな姿勢を取ると、せっかく作った衣装が汚れてしまいますよ。勇者様?
勇者様どんまい。




