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59.学生風。

今回から、城下町お忍び見物編に入ります!


今回のテーマ

 珍しく出し抜かれたリアンカ嬢………本当に珍しいね。

 清々しい朝が、今日もやって来ました。

 文句なしの、新しい朝ですよー!


 今日は城下町のお忍び見物の日。

 朝っぱらから、私の気分は否応なしに高まりまくりです!

 昨夜とうとう完成した、この衣装!

 それを見るにつけ、手に取るにつけ。

 …どうしようもなく、楽しみで仕方がありません。

 

 でも、


「どっちの衣装に、しようかな…?」


 私の手元には、二つの衣装。

 どちらも心血注いで作り上げた衣装です。

 ヨシュアンさん一押しの、青い衣装。

 サイさんお勧めの、白い衣装。

 どちらもそれなりに面白くて、美味しいんですけど…。

 正直、どっちも見たいんです。

 デザイン画をもらって以来、ずっと秘かに思い悩んできました。

 結局どちらの衣装にするのか今まで決めることができずに、両方作り上げてしまいましたが。


「ああ、勇者様が二人いたらいいのに…」


 思わず零れる、憂いの溜息。

 切ない気持で、己が傑作をとくと眺める。

 本当に、勇者様が二人いたら良かったのに。


 そんな私の悩みが、まさかあっさりと解決に導かれるなんて。

 この時は全く思っていなかった私です。



 

 悩みのままに憂いていたら、朝食の席に遅刻しそう!

 朝餐室とかいう、朝御飯の為だけのお食事処にパタパタ駆けて向かいます。

「おはようございます! 遅れてしまいました…!」

 言って飛び込んだ、その場所には。

 半分夢の中の、舟を漕ぐせっちゃんとリリフのまったりコンビ。

 カリカを膝に抱えて、ミルクをやっているロロイ。

 せっちゃんの猫達を頭に乗っけて、勇者様の物らしい本を読み耽るまぁちゃん。

 用意されたジュースに、濁った色の液体(ナニか)を混ぜて暇を潰している、むぅちゃん。

 朝から一体何をやったのか、椅子に縛り付けられているサルファ。


 …ん? あれ?

「勇者様は…?」

 あれ、勇者様が遅刻とは珍しいですね?

 お寝坊をするような人でもないと思うんですけど…。


 みんなで朝御飯を囲む、朝餐室の中。

 そこには勇者様だけが、いなくて。

 私は戸惑いの目で、室内をぐるりと見回します。

 だけど求める姿はそこになく。

 気配は、背後からやって来ました。


 部屋に入ってきたまま、入口で佇んでいた私。

 私の背後にあるのは、廊下に繋がるドアが一つ。

 そのドアが無造作に開かれて…

 廊下から、聞き馴染んだ声。


「わ…なんでそんなところに立ち止まってるかな。危ないだろう」

「勇者様?」

 

 今日は殆ど遅刻同然の遅さでやって来た私。

 そんな私よりも勇者様が遅いなんて…

 本気で珍しいと思いながら振り返ったんですけど。

 

 勇者様の姿を見て、私の全身が固まりました。


 一瞬、ぎくっとしちゃったじゃないですか。

 その姿は思いがけないものとしか言えなくて。

 予想もしていなかったし、今まで勇者様がそんな格好をしていたところも見たことなくて。

 私は意外だという感想に、困惑していて。

 戸惑っていて。

 すぐ後ろから見下ろしてくる勇者様を、眉を寄せた顔で見上げてしまいます。


「勇者様……その格好は?」

「変装だけど?」


 今日はお忍びなんだろう?と。

 愉快そうにそう言う勇者様。

「だから素情がばれないように姿を変えてきたんだが、問題でも?」

 そう言って、ふわりと微笑う、その姿。

 得意げにも見えるし、微笑ましそうな顔にも見えるけど。

 何ですか、その余裕…!

 私は、勇者様が何のつもりか悟らずにはいられませんでした。


「この人…っ 先手を打って来ましたよ!?」

「あ、やっぱり人の服装で何かする気だったな」

「読まれてた!?」

「昨日あれだけ意味ありげにされたら、リアンカの考えそうなことくらい予測が付く」


 やっぱりだった、と納得顔で頷く勇者様。

 ちっ………完全に、先手を読まれました!

 侮れないことも、私のことをよく読んでいる点も忘れていた訳じゃありません。

 最近、ちょいちょい行動を予測されているなとも感じてはいました。

 でも、こんなに楽しみにしていた時に先手を取られるなんて!

 昨日の物分かりの良さは、罠ですか!?

 油断させて出し抜くなんて、貴方本当に勇者様ですか…!?


 正直、侮っていました。

 認めましょう。

 私はどうやら、油断していたようです。

 何故昨日、勇者様は納得したものと思ってしまったんでしょう。

 もっと徹底的に、完膚なきまでの執念で勇者様の手を封じておくべきだったのに…!

 悔やんでも悔やみきれませんよ………!

 

「なんだか不満そうだけど、リアンカ。俺の姿に何か問題が?」


 わかっていて訊ねてくる勇者様の顔は、珍しく余裕そのもので。

 歯軋りするかと思いました。

 だって…!


「いえ、そんなことはありませんよ…」

「そうか、良かった」


 だって、お忍びで変装って趣旨に対して、本当に問題ないんだもの…! 

 これで変装が微妙だったり下手だったりしたら、まだ望みがありました。

 隙があればそこに追及して、此方の意に沿う方向へ誘導できたのに…っ

 だけど勇者様の変装は、完璧でした。

 本当に、惜しいくらいに。


 勇者様の誰よりも目立つ、陽光の神の存在を感じさせる金髪。

 きらきらのそれは、目立たない茶色に染められていて。

 髪型も工夫したのでしょう。

 いつも無造作な髪(それでも整っていましたが)は、丁寧に櫛が入れられた後だと分かります。

 落ち着きが感じられるのは、前髪がいつもよりも下りているせいでしょうか。

 大人しそうに整えられた髪は、本人も大人しそうに見せるのに効果的です。

 上品ながらも知的に見えるのは、さりげなく上手な人が整えてくれたからに違いありません。

 具体的に言うなら、サディアスさんの介入が感じ取れます。

 勇者様の変装に一枚噛みましたね、サディアスさん…っ

 巧いこと出し抜かれて、私の顔も情けなく眉尻が下がりそうです。

 勇者様の白い面は、自然な化粧でほんの少し肌色を濃くしていて。

 宝石のような瞳は、薄く色の付いた眼鏡が色味を抑えていて。

 別人とは言いませんが、パッと見て人違いを疑う程にはいつもと様子が違います。


 そこにはいつもとは趣向が違いながらも、文句なしの美青年がいました。


 これでそのへんの普通の騎士の格好でもして現れたのなら、勇者様の普段の印象と結局変わらないじゃないかと一蹴してやるのに。

 そこも、わかっていたというのでしょうか。


 勇者様は、武闘派とは全く違う方向性の衣装を纏っていました。

 大人しい色合いで、どことなくカッチリした衣装。

 動き易さは重視されていないと、一目でわかります。

 むしろ礼服に通じる几帳面さが感じられて、何かの制服のようにも見えます。

 腕回りも足回りも、丁寧に皺が伸ばされてノリが利いていますね。

 いくつかの装飾は、特別な効果など何もなさそうだけど。

 何かしら儀礼的な意味が含ませてあるのか、ただのアクセントなのか。

 分からないけれど、全体的に調和しているのは良く考えて作られた衣装だから?

 なんとなく誰にでも合いそうな、そんな服。

 でも誰にでも合う服だからこそ、飛び切りの素材が着ると際立って見えちゃいます。


 後で聞いたことですが、その衣装は王都でも生え抜きのエリート学校の制服だそうです。

 紺色の地に植物の蔦にも似た縁取りの刺繍がされたケープ。

 黒地に銀色の細いストライプが入ったベストと黒いスラックス。

 白いシャツの襟元にはカメオのブローチで留められた臙脂色のリボンタイ。

 カメオは青味がかった灰色のシックな色合いで、何かの紋章が彫られています。

 ……あ、校章だそうです。意味の無い紋章じゃないんですね。

 ケープやベストには組紐と小さな宝石の飾りがさりげなく配してあって、それがメリハリとなって全体の印象を引き締めています。

 制服独特の野暮ったさは欠片もありません。

 それは制服が洗練されている為か、着用している人が良いのか…。


 …なんか、普通に格好いいんですけど。

 着ている素材(ヒト)が良いせいか、とても格好良いんですけど。

 でも今の私は、格好良さなんて求めていないんです…!

 私が今、欲しいのは!

 気持ちよく楽しくなれる、笑い一択なんです!


 なんてことでしょう。

 全く、面白みがない。

 普通に格好良いけれど、全然面白みが足りてない。


 だって勇者様の姿を崩さないまま、変装として成り立っています。

 印象は違いますよ?

 そう、印象はね?

 何と言うか…そう、どことなく文学青年風味。

 勇者様は全てが完璧に整っています。

 ですが何よりも一番に目を引くのは、まずキラキラと人目を引く金髪に、濃く青い瞳!

 それを抑えるだけで随分と印象が変わるのは当然です。

 それにいつも着用している衣装の大半は、青や白といった色が多めで。

 今回の衣装は全体的に暗い色で、それもがらりとイメージを変える手伝いになっています。

 印象が違うだけで、人間は随分と別人に見えるんですね。

 そして勇者様は、定石通りにそれを外さない。

 更に肌の色まで変えたのなら、印象の重なる部分は更に減ることでしょう。


 人間というものは、特徴的な部分をより記憶するもの。

 最大の特徴から順にいくつか外されるだけで、印象は操作されてしまいます。

 それはきっと、思い込みにも近いと思います。

 個人を無意識に認識していた特徴がない。

 それだけで、人間の記憶力はあっさり別人だと誤認してしまうもの。

 純粋に変装としては成功しています。

 成功していますが、常より華やかさを抑えたそれは、遊び心が全然足りません!

 何より、私の準備していた変装じゃないのが一番不服です!


「勇者様…私の気持ちを弄ぶなんて、酷い…!」

「人聞きが悪い!!」

「私のこの悪戯心(キモチ)をどうしてくれるんですか!?

高まったまま不完全燃焼じゃないですかー!」

「悪戯心の責任までは取りかねるからな!? 完全燃焼させる気は毛頭ないから!」


 一方的、かつ理不尽になじる私と、そんな私を律儀に宥めようとする勇者様。

 我関せずと知らぬ顔で放置しないところは、常なら好感が持てますが。

 今は何をされても不服・不服・不服です!

 本気で私は不完全燃焼…!

 消化不良状態で無性にむしゃくしゃしました。


 一方的に文句を言う私と、開き直る勇者様。

 そんな私達のやり取りを、他のみんなはきょとんとした顔で見ています。

 私が何をしたくて、何をするつもりだったか。

 知っているはずなのに、みんな協力してくれないんですか…!?

 まぁちゃんなんて、とっても楽しそうにノリノリだったのに!


 しかし、違いました。

 彼らがきょとんとしているのは、展開に関与しないからではなく。

 私の反応に、意外性を感じていたのだと直ぐに知れました。


 それが分かったのは、首を傾げる魔王様(まぁちゃん)の…勇者様には聞こえない、小声の一言。


「先手を打たれた、必要性を潰された。だからといってそれで諦めるのか?

なんか………リアンカらしくないんじゃないか、その反応?」

「まぁちゃん…!」


 私には、その言葉が稲妻に打たれたが如く衝撃的に聞こえて。

 そうか、そうですよね…!

 何で私、そんなことで諦めかけてたんだろう!

 もしかして潔さというかつて無い概念を、勇者様に感化されちゃってた?

 私も、何かしら勇者様から伝播して変わってた部分があったんでしょうか?

 でも反省します。

 そうです、気を引き締めて。

 私は、私らしさを取り戻しましょう。


 その程度、そのくらいのことで悪ふざけを断念するなんて!

 そんな往生際の良さはいりません。

 私はそんなことでは諦めない、根気強くも達成意欲の強い女です…!


「………着る必要を潰されたのなら、着なきゃならない状況に持ち込むだけですよね!」


 そう言って目敏く、抜け目無く。

 決意の瞬間から『その状況』を作り出す為に必要な材料と展開を吟味し始める、私。


 哀れ。

 私の不穏な決意の呟きは、上機嫌で朝食に取り掛かった勇者様の耳には届きませんでした。




勇者様の変装に助力したのはサディアスさん。

衣装を選んだのも彼なら、髪の毛を整えたのも彼です。


リアンカの目には空気の如く入っていませんでしたが。

護衛をする予定のシズリス青年も勇者様とおそろいの制服を着て学生のふり。

その格好で一日付き纏う…護衛として付き添う予定です。


次回:勇者様の新たなる受難。

 逃れたと思ったら、全然逃れていなかった(笑)

 逃れたつもりで油断した彼に、何が襲い掛かるのか…!?

 果たして勇者様は、どんな格好をさせられてしまうのか…。

 そして、次回か次々回あたりで勇者様の従弟のレオングリス少年が再び登場予定。

 巻き添えとばかり、ご同行予定です☆

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