5.まるで流星(笑)
勇者様が言いました。
「あの竜達は私が連れてきたもので、その背にいる彼らは私の連れ。だから、警戒を解いてくれ」
自国の王子にそこまで言われては、兵士達も従わないわけにはいかないでしょう。
でも己の職務に忠実らしい現場指揮官が、
「しかし不審な者ではないかどうか、我らが検分しませんことには…」
「その身元、人格は私が保証すると言っている」
きっぱりと言い切る勇者様は、傲岸不遜というほどではないけれど、有無を言わせぬ雰囲気で。
いつになく強気なお言葉は、兵士達をたじたじにさせるには十分な威力だったみたい。
きりきりと睨み据える先、兵士達が委縮しています。
「お前達がいつまで経っても刃を納めないから、他の者が…
他の、竜の背の上に未だいる者達が下りてこられないだろう。この場所を開けてくれないか」
強気な勇者様とか、見ていて新鮮です。
ついつい興味深くまじまじ見ちゃいますよ。
しかし王子様が女連れてきたってだけで動揺する王国なんて、この国くらいでしょうか。
まあ、勇者様の女難と女性恐怖症を思えばさもありなん、という感じですけれど。
しみじみ見ている私。
そんな私達に、勇者様が大きく合図を送って来ました。
あれは降りて来いということでしょーか。
拒否する理由もありませんし、この国に興味も出てきました。
「ロロ、降りるよ」
自分の乗っている竜の肩を、ぽんぽんと叩いて。
長い首をもたげて、ロロイが私に疑惑の目を向けてきます。
「もう良いのか? でも、また攻撃してこない?」
「中々に警戒心強く育ったねー…誰の影響かな」
「ハテノ村」
「うわぉ、ずびっと一言で纏められた!」
「まあ、良いや。降りていいなら降りるけど」
一瞬、ロロイの目がぎらっと。
濡れたように光った訳ですが。
「…どうしたの?」
「ん。何かあったら、あの勇者に因縁つけて責任取らせる」
「………がんば、勇者様」
あー…これ、私の影響なのかなぁ?
変な教育を施した記憶はありませんが…幼竜様はどことなく愉快そうに勇者様を見ています。
それから首を一度空に向けると、
「きゅいっ」
高く一声鳴いて、降下し始めました。
そんな、私達の隣で。
空に飛び続ける、ナシェレットさん。
その頭に座っていたまぁちゃんが、一撃。
ごすっと。
それはもう、音がしそうな…いえ、音がしましたね。
ごすっと、ナシェレットさんの頭を殴りました。
駄竜、失墜。
くるくると弧を描いて、見事に墜落。
おやおや、あの巨体が激突したら、下はただじゃ済まないんじゃ…。
潰れて、ぺちゃん?
まぁちゃん、竜に何の声もかけませんでしたよ。
でも下に降りたいからって、駄竜の意識を刈り取らなくても…
まぁちゃん、自力で飛べるのに。
豪快な落下。
豪快なまぁちゃん。
下界を見れば、ほら。
勇者様が青く泡食った顔で叫んでいます。
「まぁ殿ぉおおおおお!?」
…勇者様、がんば!
大丈夫、大丈夫! 勇者様の頑健な肉体強度ならいけるって!
何があってもきっと勇者様とせっちゃんだけは死なないから!
…他は、知らないけど!
だけど他の人…弱者を見捨てられないからこそ。
だからこそ、勇者様は『勇者』たるお方で。
それこそが、彼の彼たる由縁で。
勇者様は、死ぬと分かっている人を見捨てられない。
そういう、ひとなんです。
それは、まあ、私にも分かっていました。
だから、次の行動だって予測できたものです。
右往左往する、人の波。
そのど真ん中で、勇者様は覚悟を決めた顔。
それも、悲壮な種類のお覚悟を。
すっと前に進み出て。
勇者様は、竜の巨体を受け止めようと…
いや、それは流石に無茶でしょう。
無理だって、無理無理。
なんで固唾を呑んで見守る周囲の視線が、食い入るように勇者様を見ているのでしょう。
いや、そうしているうちに逃げなよ。
「無理」と「もしかして殿下なら…」って絶望と期待に分かれた目で勇者様を見てないで、さ。
普通に無理でしょう。
竜の、あの重量的に。
私は勇者様が全身複雑骨折する未来を予想してしまいました。
ちょっと、怖いから。
可哀想な未来を見ていられなくて、両手で顔を覆ってしまいましたけど…
結果から言いましょう。
結果的に、下界に被害は及びませんでした。
そして、勇者様も無事で済みました。
その骨には、一片たりと罅すら入っておりません。
下界の諸々が助かった理由。
それは、すれすれで竜が意識を取り戻したからですが…
そこにもまぁちゃんの作為がありそう。
まぁちゃん、わざと一瞬だけ気を失うように加減して殴ったでしょう?
まったく、まぁちゃんも悪戯好きですね。
私も好きですが。
下界の人の慌てふためく姿を見て愉悦に浸っていたようですが。
でも、あれはせっちゃんに対する無礼への意趣返しですよね?
実害の出ないようにしたのは、勇者様に気を使うか敬意を表するかといったところでしょうか。
そんな気遣い、明らかに勇者様には伝わっておりませんが。
くすくすと笑うまぁちゃんに食ってかかる勇者様。
彼の姿は、九死に一生を経て全身が冷汗でぐっしょりしていました。
…絞ったら、バケツ一杯の水が出そう。
しかし傍目にはとても気安い様子。
大国の王子に詰問され、責めるように詰られてもどこ吹く風のまぁちゃん。
飄々とした中に、でも勇者様への親しみが垣間見える。
勇者様だって文句を言いながらも、まぁちゃんの怒りや失望を恐れてはいない様子で…
本当に、あの二人も仲良くなったものですね。
勇者と魔王なのに。
どう見てもただ者じゃない雰囲気って、あります。
特に、それが魔王兄妹には如実に表れています。
その美貌だけでも、どう見ても普通じゃありませんからね。
いや、勇者様だって並び立ってはいますけど。
それでも、心臓にガツンと来る美貌ですから。
きっとここの人達は勇者様に匹敵する美貌がこの世にいるとは思っていなかったでしょう。
お口ぽかんと開いているし。
それに、美貌だけじゃありません。
その独特の空気は、どう考えたって一般人とは隔絶していて…
つまり、何が言いたいかというと。
いきなり王子様の連れてきた、明らかに一般人じゃないまぁちゃんとせっちゃんに対して。
兵士さん達の視線が殺到びしばし状態なのですが。
あ、ちなみに私はまぁちゃん達の凄まじいオーラに紛れて地味に目立たず空気と化しています。
あの二人が目立ちすぎるので、こういう時は気が楽です。
それに、背後に控える竜が三頭。
何とかスペースを空けてもらって、あの巨体が鎮座しています。
…竜を三頭も置けるスペースが城内に確保できるというだけでも、凄い敷地面積ですが。
まあ、リリフとロロイはまだ子供なので、馬車よりちょっと大きいくらいですが。
何にせよ、ド派手に目立つ一団の中。
私は目立たず、気楽なものです。
勇者様、しっかり騒いでくださいね
そして注目を集めて、私の呼吸をもっと楽にしてください。
今まで広大すぎる大自然の中、自由にのびのび育った私。
誰もが皆、見知った相手で。
じろじろと無遠慮に不審な物を見る目つきなんて向けられたこともなく。
だから、まあ、何と言いましょうか。
『王子様の連れてきた女客』という、それだけで不審そうな目!
更に大空からの竜を駆って登場という斬新な現れ方に対する、不審そうな目!
何が言いたいかといいますと、全然知らない顔ぶれの衆目の中、不審まみれの刺すような視線。
ちょっと、今まで体験したことのない見られ方ですね。
慣れないせいか気になってそわそわしちゃうんですよ。
なんだか面白くなっちゃうじゃないですか。
そう、度肝を抜いてやりたくなりそうで。
お陰でうずうずする体を抑えるのが大変です。
あれだけ見られてると、少し恥ずかしさも感じます。
照れ隠しに、ますます何かやらかしそうです。
そんな私の様子に、気付いたのか。
それとも何か察知するものがあったのか。
勇者様、勘がいいですしね。
まぁちゃんに構い倒していた勇者様が此方へ取って返し、私の肩を掴みました。
「リアンカ、落ち着け? 落ち着けよ? まだ一日目だからな?
今ここでやらかすのは、いくらなんでも早すぎるし、覚悟もまだできていないんだが…」
「勇者様…厄災というのは、人の覚悟を待たずして起こるものなんですよ?」
「それが人為的な時は話が別だろう!」
私は何かやらかさないかと心配した勇者様によって、捕獲されてしまいました………ちぇっ。
「でも勇者様、良いんですか?」
「ん? 何が」
「皆さん見てるのに、私の腕をそんなしっかり掴んじゃって」
「……………」
はい、何度も言いますが衆目の注目を受けてたんですよ、私達。
その中でも比較的目立たないポジションで気楽だった私。
そんな立場に、さようなら。
今、私は最高に目立っています。
勇者様にがっちり、手を掴まれている状況で。
傍目にこれ、手を繋いでいるようにしか見えませんよね。
しかも逃げられない為にか、恋人繋ぎ。
遠く、兵士のざわめきが聞こえます。
「え、あっちが本命…?」
「命がけで庇うから、黒髪美少女のほうかと…」
「というか、殿下が二人も女性を連れているなんて!」
「恐怖症、いつの間に治ったんだ…?」
「殿下…ご立派に成長なされたんですね」
「両手に花なんて、滅べばいいのに」
「殿下が母上様、祖母君様以外の女性と手を繋ぐ日が来るとは!?」
「おい、誰か厨房に走ってこい! 今夜はお祝御膳を出せって!」
「なんにせよ、御目出度いことです」
あわあわ慌てる兵士さん達は、さっき駄竜が墜落した時よりも慌てているように見えました。
これ、確実に噂になりますよね…?
私とせっちゃん、両方との恋人疑惑がかけられて。
私達はここの人間じゃないし、最終的には魔境に帰れば大丈夫ですが…。
ここが生国である勇者様には、洒落にならないんじゃ?
あ、あと勇者様に思いを寄せる不特定多数から恨みを買いそうですね!
わあ、大変!
向かってきたら、どうしてやろう!
「………とりあえず安全の為、リアンカと姫は俺かまぁ殿から絶対に離れないようにしてくれ」
そう言う勇者様は、物凄く引き攣った顔をしていました。
多分、先々に対する不安と緊張で。
…何を予想しちゃったんでしょうね、勇者様。
きっと勇者様に対する女性達の攻撃も激化するでしょう。
今までの誰も選ばれない、ある意味平等とは状況が変わりますから。
その大変な苦境に立たされる勇者様は…
なんだか、今にも逃げたそうなお顔をされていました。