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57.あたたかくて、やわらかくて、きもちいい。

あたたかくて、やわらかくて、きもちいいもの…な~んだ?

 じゃれつく獣の顎を撫でながら、サルファが言いました。

 微妙に嫌そうな、引き攣った顔で。


「あー……間違いないわ。これ、うちの王様の獣じゃん」


 オーレリアスさんは、既に昨日の顛末を聞いた後です。

 その言葉の意味するところを悟り、がっくりと膝をつきました。

 でも、多分。

 昨日の時点で半ば予想していたと呟いていましたし。

 覚悟していないことは、なかった……のかな?


 思わぬところから発覚した側近の失態に、勇者様も冷や汗だらだら。

 しかしサルファ一人の保証で、決めつけることはできないと思われたのか。

「その、根拠となるモノは…?」

 悪足掻きでもするように、最後の抵抗。

 それにサルファは、気まずそうな顔をして。

「勇者の兄さん、目隠しとってみ?」

 そう言いました。

 

 中和剤を掠め取ってまで、奴が勇者様にさせたかったこと。

 この時になって、私にも意味が分かります。

 嘘か否か、事実か虚実か。

 勇者様に、自分の目で確かめろというのです。

 人間の言葉は嘘をついても、思っていることまで誤魔化せる天性の嘘つきは早々いません。

 その限られた嘘つきに、サルファが該当しないという保証はありませんが。

 でもそれでも。


 動物は、嘘をつかないのです。


 動物なんて、人間とは一から全く精神構造の違う生き物ですが。

 でも、深くまで覗かなくても良いのです。

 表面上であれ、サルファの言葉の裏付けとなるモノがあれば。

 今、獣達はサルファにべったりとくっついていて。

 四年以上前に知り合っただろうサルファを覚えているということは、どういうことか。

 サルファを前にした今、脳内でかつての記憶を反芻しているはずです。

 覚えていなければ、こうまですぐに懐く筈がないんですから。

 だから今。

 サルファにべったりな今、その心を覗きこめば………

 きっと、四年前の断片がそこにあるはず。


「勇者様、あまりにも精神構造の違う生き物の心を覗きこむと、あまりの違いに廃人になりかける人も多いそうですけど………がんばって!」

「その言葉を聞いてすぐ、なお挑戦しろと!?」


 せめて、実行する前に聞きたくなかった。

 そう溢しながらも、観念した様子で。

「念の為、心が壊れそうに感じたらすぐに目を瞑ってくださいね」

「念を押さないでくれ、不安になるから!」

 それでも覚悟を決めて。

 勇者様が、獣達の目を覗きこみ………


 五秒でダウンしました。




 ぐったりと潰れた、勇者様。

 頭の中がぐるぐる凄いことになっているようです。

 可哀想な物を見るような目で、まぁちゃんが勇者様を煽いでいます。

 私は湿らせた手拭いで、勇者様の頭を冷やしてあげました。

 最初顔全体にかけようとしたら抵抗されたので、顔の上半分だけに乗せています。

「勇者様、大丈夫ですか? 生きてますか? 正気ですか?」

「………そんなに心配するようなことをさせられたんだな」

 あ、良かった。正気ですね。

 幸い、勇者様は精神疾患を免れたようです。

 でも頭の中はぐるぐる、一杯いっぱいなのでしょう。

「お可哀想に………元凶、私ですけど」

「ちゃんと分かっているんだな…」

 もう、このお呪いにはうんざりだと。

 二度と御免だと。

 勇者様のお顔に描いてあります。

 うん、心の中が読める(・・・・・・・)お呪いは、必要ない限り二度とやりません!

 私が力強くそう言うと、勇者様は何とも言えない微妙な顔をしていました。


 それから暫し、勇者様の休息が必要で。

 頭の中が、何とか無事を取り戻したのでしょう。

 三十分くらい休んだ後、ようやっと勇者様が元気になりました。

「もう、大丈夫だ」

 さっきまでグロッキー状態でぐったりしていた勇者様が、そう言って。

 寝ていた状態から上体を起こし、固まりました。

「? 勇者様、どうしたんですか?」

 あれ、私の顔見て、固まってますよ?

 ちなみに勇者様の呪いは、倒れて直ぐに効果を消してあります。

 もう必要ないだろうととっくに中和剤で無効化したんですけど……ん?

「………自分の現状を、たった今、自覚したんだが」

 勇者様が、苦悩に染まったお顔で。

 頭痛を堪えるように、額を手で覆って。

 でも、なんだか顔が赤くて。

 困った顔で、困った声で、言いました。

「り、リアンカ、君は…その、何をして………?」


「膝枕ですが」


 はっきりと口にしたら、勇者様が両手で顔を覆ってしまいました。

 そしてそのまま、ノックアウト!

 ずしゃっと音を立てそうな勢いで、崩れ落ちてしまいました。

 あれー? と、首を傾げる私。

「察してやれ…」

 まぁちゃんが、私に言ってから勇者様の肩をぽんぽんと叩きます。

 曰く、私がとどめを刺したとか。

 え、そうなんですか…?

 相も変わらず、はたはたと勇者様を団扇で煽ぐまぁちゃん。

 そよそよと(そよ)ぐ髪の隙間から余って見える耳が、赤いです。

「まぁ殿、なんで、こんなことに……………?」

「納得いかねぇのはわかる。が、四択だった」

 ちなみに選択肢は私・せっちゃん・ロロイとサルファです。

 オーレリアスさんは勇者様が倒れた時点で医者を呼びに走りました。

 まあ、医者を呼んでも治りませんが。


 流石にサルファでは勇者様が可哀想だと思いました。

 そしてせっちゃんは駄目だろうと思いました。

 更に言えば、リリフは正座ができません。

 ロロイはできますが…あの子も、長く正座してると足が痺れて立てなくなるんですよね。

 なので、私です。

 文句ありますか?

「一応、俺は反対した」

「まぁ殿……そこは、きっちり食い止めてくれ」

「けどなぁ…流石に、俺もサルファの膝は可哀想かと思ってな?

最近ご苦労さんと、慰労的な意味でこんぐらいは許してやった方が良いかと」

「何それ妥協か? 男の膝枕は最悪だけど、それでうら若き乙女に膝を貸されるよりは、精神の安定的にマシな気がする…!」


「マジで?」

「……………済まない、嘘だ」


 なんだかんだで、勇者様は正直です。

 でも紳士的な勇者様のこと。

 お友達とは言え、女性の膝を貸されることに抵抗があったのでしょうか。

 知らずと膝枕をされていた時間よりも、長く。

 勇者様は両手で顔を隠して蹲ったままでした。



 勇者様が完全復活した頃。

 それでも(わだかま)りがあるのか、なんだか微妙に視線が合いません。

 私から、ずっと視線逸らしっぱなし。

 顔は元の白い色を取り戻したんですけど…耳が、まだ赤いですね。

 どうやら表面上元に戻っただけで、まだ平常心とは言えない模様。

 ここは私が大人になって、話題を逸らして差し上げましょう。

「それで、勇者様。どうだったんですか?」

「な、何が…!?」

「いえ、先程の…」

「そそそそそ、そ、そ、そんなことを聞かないでくれ…っ!」

「…大型な肉食さん達の目を見て、どうだったかなんですが」


「…………………」


「なんだと思われたんですか?」

「聞くな」


 勇者様、黙して語らず。

「勇者ぁ? お前、なんだと思った・わ・け?」

「まぁ殿、聞くな」

 玩具を見つけた!と言わんばかりのニヤニヤ顔で、まぁちゃん。

 それに対しても頑なに勇者様は顔を背けます。

 サルファがそれに、調子に乗りました。

「勇者の兄さーん! あったかかった? やわらかかった? 気持ち良かった!?」

「聞・く・な!潰すぞ、サルファ」

「何を!? 俺にだけ扱い酷っ!」

 サルファって、そういう役回りだよね。

 うん、勇者様も頑なだけど余裕が戻ってきたかな?

 この話題を追求したら、なんだか私も居た堪れなくなりそうですし。

 ここらで、本格的に話題を本筋に戻しましょう。

「それで勇者様、雪豹のユキちゃんと白虎のシロちゃんの頭の中はどうだったんですか?」

「リアンカちゃん、名前違うって!」

「名前が二つあって正直ややこしいので、私は私の呼びたいように呼ぶことにしました。

…で、勇者様? 二頭の考えていたこと、読めましたか?」

「あ、ああ…あの獣達の考え、か」

 思い出したのでしょうか。

 勇者様の目が、再びぐるぐるし始めました。

 何が見えたんですかね?


 私達がそわそわと待ちかねる中。

 勇者様が、己の見たモノを語り始めました。




 それは、南方の大地。

 異国風の植物が生い茂る、整えられた庭園。

 むっと熱気のこもる温室と、昼夜の厳しい温度差。

 遠い荒野から巻き上げられた赤い砂が、白い壁を染めていく。

 そんな、荒々しい毎日。

 たくさんの獣が鳴き交わす、守られた日々。

 温かな大きな懐は、母の愛。

 大きな舌で舐め転がされ、安心して眠りについた。

 兄弟や姿の違う仲間達と遊び、日が暮れる。

 獣達の間を行きかう、人間の少年達。

 揃いの装束は、煌びやかだけど何かの制服に見えた。

 豪奢な宝石で飾り立てられたのは、異国の王。

 体を飾る装飾に反して、指には何もつけていない。

 獣を万が一にも傷つけぬよう、爪は短く指輪はない。

 王はうっとりと獣の毛皮を撫で擦り、一日に何度も現れた。

 王に従い、少年達も集い寄る。

 獣の世話をする少年達と、揃いの同じ服。

 誰も彼もが王を敬い、獣達を丁重に扱った。


 そんな、中で。

 殊更、獣に関わる少年。

 他のどの少年よりも頻繁に、長く。

 そして熱心に。

 青黒い髪の少年が、獣の世話に訪れる。

 大好きな人間だ。

 自分達を可愛がる、立派な姿の王。

 王にも認められて、毎日のように遊びにやってきた。

 世話もする。

 でもそれよりも、一緒に転げまわって。

 まるで兄弟たちみたいに。

 その少年は、どの獣にもできない方法で遊んでくれた。

 視点は高く、腕は長く、足は高い。

 幼い獣達は、待ちわびていた。

 自分達にはできない遊びをしてくれる人間の少年を、毎日のように待ちわびていた――



「………と、いうような光景を見た訳だが」

 じっとりと、疑惑の目。

 サルファに注がれる勇者様の目が、なんだか刺々しい。

「あれは、恐らく国王の小姓か従者の制服だと思うんだが……サルファ、さぼりか?」

「サボってない! サボってないよ! 勇者の兄さん酷い!」

「仕事を放って遊んでなかったか? 獣と」

「いやいや、あれ勤務時間外だから。まあ、時々勤務中も遊んでたけど」

「あ、語るに落ちた」

「基本はちゃんと仕事してたからね!? 問題ない範囲で手は抜いてたけど☆」

「ああ、サルファ、その辺りの匙加減は器用そうだものね…」

「ぶーい☆」

「うん、殴りたい」 

「ひどーい!」

 いやんと科を作ってサルファが言うと、ふつふつと暴力的な気分が湧き上がります。

 この戯けぶり、確かにサルファはこういう奴です。

 でも、こんな奴が王様の従者か小姓か………?

「とても勤まるとは思えない」

 あ、私より先に勇者様が言いましたね。

 率直な感想という奴を。

「サルファって、武家の出じゃ無かったっけ? しかも似合わないけど、跡取り」

「そんな奴がなんでお小姓やってんだよ」

 呆れ顔のまぁちゃんも、私達と一緒に疑惑の目を向けます。

 しかし疑わしいものを見る目で見られても、サルファはへらへら笑うのみ。

 本当に、心臓の強い奴です…。

「いやさ、俺が十歳ん時に親父殿がさ…」

 ひょいっと肩をすくめて、奴が言うことには。


 サルファ、十歳の時。

 武家の跡取りに生まれて、全く武術に身を入れないサルファ。

 彼の父親(絶対苦労してそう)が、息子を見るに見かねて命じてきたそうです。

「堅苦しい王宮に上がり、行儀見習いとして小姓をするか…

もしくは、慣例よりも早く騎士団に入り、お前の叔父について従者となるか」

 サルファの国での慣例ですが。

 騎士になる前段階として、騎士について心得を学ぶ期間が必要とされているそうです。

 それでも幼すぎても使い物になりませんから、仕事始めは少年期。

 慣例としては十二歳~十五歳くらいで仕事を始めるのだとか。

 サルファに下された、二つの選択。

 父親が選んでほしかったのは、後者の方。

 知る者の一人もいない完全無知の王宮よりも、気心の知れている叔父の元、少しは空気を知っている騎士団を選ばせようと目論んでいたそうです。

 同じ仕事をするなら、少しでも気安い方を子供なら選ぶだろうと。

 しかし残念、お父様の期待超外れ!

 サルファは、翌日自発的に王宮まで駆けて行ったそうな…

「サルファのお父さんは賭けに負けたのね…」

「うーん。予想外!みたいな顔はしてたかなー?」

 うん、絶対に苦労人だ。その人。


 それからサルファは王宮勤めとなったけれど。

 サルファのお父さんが、騎士として名高かったのだそうで。

 その時でさえ、騎士の最高位に近い場所にいたとかで。

 サルファは身分ある家の嫡子。

 小姓を取り纏める人が、扱いに困ったそうで。

 まだ年若い十歳で、サルファは王様のお小姓になったそーな。

 

 しかし奴の国の王様は動物狂い。

 自分よりも動物の快適性を優先する本物。

 王様が頻繁に足を運ぶ動物の楽園は、国王が出入りするだけに不審人物は入れません。

 一般公開区画は別として、奥まった所など王様専用の場所で。

 王様が足繁く現れる重要区画の為、信用のおける身分の限られた人間しか入れない。

 それは、動物の世話係もしかり。

 しかも王様は、自分と同等以上の扱いを求めたそうで。

 むしろ自分と動物達は同じものとして扱えとまで宣ったと。


 うん、変人ですね。


 そして最終的に、動物達の世話も国王様のお小姓の仕事になったそうです。

 勿論、専門的なことはそれ専門の仕事人がしていたそうですけど。

 それ以外の、誰でもできる汎用的なお世話はお小姓さんのお仕事。

 それって、小姓の仕事?

 しかし権謀術数や媚び諂いを全く気にしないサルファにとっては水があったそうで。

 将来的に国王に取り入る為、おべっかを使って国王に付きまとう小姓達。

 動物のお世話は当番制。

 サルファは積極的に、国王のお世話当番を動物当番と代わり、他のお小姓の分まで動物達の場所に入り浸って過ごしたそうです。

 半分以上、遊びながら。


 王様の世話とか面倒臭い。

 それより動物と遊んでのんびりしたい。

 そんな考えでのんびりを選んだサルファは、貴族の自覚がかなり低いんだと思います。


 結果として国王様の目に留まったお気に入りは、お傍に侍る誰でもなく。

 熱心に動物の世話をしたサルファという、考えてみれば当然のオチを付けて。


 サルファの父親は、二~三年で王宮を辞させて騎士団に放り込むつもりだったそうですが。

 お気に入りの小姓というより、動物好き同志という認識を国王に向けられていたサルファ。

 同志の退職を認めなかった国王様のお気に入り発言により、サルファはずるずると騎士団に入らず王宮にいたそうな。


 まあ、その後。

 あっさりと未練なく自己都合で退職したようですが。

 その上、旅芸人のお姉さんにくっついてふらふら行方をくらましたそうですが。


 そんなサルファの、過去のあれこれ。

 結構意外な、その経歴。

 動物の、お世話係。


 そして世話されていた、幼い獣。

 現在のこのご立派な風格を有した、雪豹と白虎。


「オーレリアスさん………外国の王様の、溺愛ペットだよ」

「……………」

 

 勇者様と、オーレリアスさん。

 二人は揃って項垂れて。

 苦悩のままに、頭を抱えてしまいました。




前書きの答え

 リアンカちゃんのおひざ。



サルファ

「それであったかかったの? やわらかかったの? 気持ち良かった? 良い匂いしたー?」

勇者様

「………………」

サルファ

「うん☆ その無言は肯定デショ!」

勇者様

「だから聞くなと言っているだろう…!」


 頭ぐるぐるで余裕皆無状態だった勇者様。

 十七歳の少女の膝枕というおいしい状況に全く気付かなかった勇者様。

 勇者様は肌が白いので、赤面すると丸わかりだったそうです。


 うら若き乙女のごとく。

 恥らうのはリアンカちゃんではなく勇者様の方という不思議(笑)

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