56.突撃、奴の腹。
オーレリアスさんのお屋敷で、猫を愛でながら和やかなお茶の時間。
私達は暑苦しくも愛くるしい毛玉に、大層心が弾んでおりました。
「せっちゃん、猫まみれ!」
「どうしてですなの~?」
何故か、せっちゃんが猫に大人気です。
足元にも太腿にも腕にも肩にも。果ては頭の上まで猫が占領。
せっちゃんは動物が好きなので特に気にしていないようですが。
それでも己の好かれっぷりに首を傾げるくらいには不思議そう。
すると、頭上の茶猫がバランスを取ろうとせっちゃんにしがみ付いて「にゃー」。
「重くないのか…?」
「柔らかくて気持ちいいですのー」
怪訝そうなオーレリアスさんのお声には、微妙にずれたお答えが返されました。
せっちゃんに乗っている猫は皆、それなりに大人な猫ばかり。
特に頭上の猫は大きくて、せっちゃんの頭に乗れているのも上半身だけ。
下半身はぷらんと頭から垂れ下がっています。
「姫は、随分と猫に好かれるんだな…」
笑い交じりにサルファから状況を説明されて、勇者様の顔が引き攣っています。
ですがまだまだ、序の口です。
「甘いですよ、勇者様。せっちゃんが好かれるのは猫だけじゃないんですから」
「………例の鼠、とか?」
「それもありますけど、まあ色々?」
魔境じゃ、時としてナウマンゾウに乗って現れたり。
他にも麒麟に乗って現れたり。
果ては人魚に乗って湖からこんにちは!なんて登場をしたこともあります。
……まあ、その人魚はヨシュアンさんのお母さんでしたが。
そんなせっちゃんが猫まみれでも、普段を知る私達はそこまで驚きはありません。
初見の人は、まあ吃驚すると思いますけど。
お茶が進んで、全員が三杯目のお茶に口を付け始めた頃です。
本題を切り出したのは、オーレリアスさんでした。
「それで本日は、どのような用件で…?」
それに気軽に返すのは、何故かサルファ。
「やっだなぁ! 言ったじゃん? 近いうちにオーリィっちのお宅に訪問しちゃうよ☆って」
ああ、と。
普通に返して頷くオーレリアスさん。
………ん?
昨日? お宅訪問する?
あれ、なんでしょう?
この二人、何か変な密約でもしてたんですか?
私達は今朝になってから、このお宅訪問が決まりましたが。
二人の間では、昨日の段階で何か約束があったのでしょうか。
怪訝な目を、私が向けます。
それに対して返ってくるのは、苦い笑み。
そして気まずそうな妙な沈黙。
苦笑なんて、サルファはする方じゃなくてされる方が似合うのに。
一体全体、何なんですか?
私の感じたのと同じ疑問を、空気から感じ取ったのでしょうか。
勇者様もまた、目隠しで分かり辛いながらも怪訝そうなお顔で。
「オーレリアス? どうしたんだ」
「それが…」
勇者様の問いかけに、オーレリアスさんが答えたことは――
私達は、勇者様のたっての希望で足を速めて。
急ぎ足の勇者様が転ばないよう、誘導するのも大変です。
でも勇者様、急ぎだしてから足に危うげなところが消えたんですよね。
意識の切り替わるのと同時に、身のこなしが鋭くなったと言いましょうか。
普段の優しく穏やかな感じじゃなくて、戦闘時みたいな緊張感。
気を張っていると、障害物にも敏くなるんでしょうか。
私の誘導を受けてはいても、勇者様の反応速度は私の意識を上回ります。
結果、私が注意するよりも先に勇者様の足が動いていて。
段差も、曲がり角も、注意される五秒前にはご自分で反応しておられます。
あれ、勇者様って今、目が見えていませんよね…?
今の勇者様は、そのことに自覚もないようですけど。
焦り故に、意識しておられないんでしょうね。
後で言及しても、多分ですけど自分がそんな状態だったなんて分かっていなさそう。
「勇者様、どうして段差がわかるんですか!?」
「なんのことだ!?」
あ、やっぱり。
後になって答えをくれたのは、護衛として追従していたシズリスさん(実はいた)で。
勇者様は緊急時に意識が切り替わると、本人無意識の内に危機察知能力と勘で攻撃や危険を退けたりするそうです。
本人、無意識だそうですけど。
数多の危地を乗り越え、掻い潜ってきた勇者様の経験。
それが、体に染み付いた結果としての危機回避能力だろうと。
お貴族様ながら戦闘職についているシズリスさんは、遠い目で仰せられたものです。
まあ、今の私はそんなことも知らない訳で。
誘導役のはずの私より先に反応する勇者様に混乱しながらも。
逆に私の方が引きずられそうな、そんな感じで。
とうとう辿り着いた先は、お屋敷の深く奥まった一角。
サンルームの扉を開けると、そこに寛ぐ、威風堂々としたその姿。
「き、きゃあああああああっ」
思わず、悲鳴をあげました。
黄色い悲鳴というやつを。
「リアンカ!?」
驚いたのでしょう。
私が叫ぶなんて、珍しいと思ったんでしょうか。
勇者様の身体が咄嗟に、私を庇うように前に出て。
次いで、私の声を聞き、
「か、かっこいぃ…!!」
勢いあまって、すっ転びました。
だって、本当に可愛くて格好良かったんです。
その立派な体格を、悠然と見せつけて。
のんびり寛ぎながらも漂わせる、王者の如き貫禄。
威厳すら感じられる、しなやかな体を覆う鮮やかなコントラスト。
「カリカちゃん、カリカちゃん! ほら、お友達だよ!」
お友達というには、カリカに対してちょっと大きすぎましたが。
しかし人慣れして寛ぎ、穏やかささえ感じさせる相手だったので。
程よく野性味を残しながらも、お行儀よく大人しくしている相手だったので。
ぺったりと寝そべって此方を見上げてくる、凛々しいお顔。
そこには、憧れの猫科大型肉食獣。
雪豹と、白虎がいたんです…!
人に飼いならされた卑屈さを欠片も感じさせない、上品なお姿で!
この獣の出所と、ここまで美しく育て上げたのは誰か。
ええ、それは言うまでもありませんね…。
オーレリアスさん、貴方の手腕は本当に素晴らしすぎます…!
私はおっきすぎるカリカのお友達(候補)に大興奮。
「や、ややこしすぎる…!」
勇者様が身を起こしながら、顔を手で覆って嘆いておられます。
でも今の私は、そんな項垂れる勇者様も目には入らず。
ひたすら、美しい獣に目は釘付け。
こうしちゃいられない、カリカちゃんに友誼を深めさせなければ!
嫌そうながらもロロが抱っこして連れて来てくれたカリカを、私は床に放ちました。
カリカは、警戒しているようでしたが…
突然の闖入者にも、大きな獣は動じることなく。
ちらりと主の顔を窺った後は、再びぺったりと寝転んで。
誰に襲い掛かることも、吼えかけることもなく。
大人しい姿に、私は調子に乗りそうです。
乗りました。
ええ、やってやりましたよ。
床に解き放っておきながら、私はカリカを即時回収。
次いでぱたぱたと白虎に駆け寄り…
「………この年頃のお嬢さんで、こうまで物怖じしないとは。
大きな肉食獣を相手に微塵も怯えないのは凄いな」
オーレリアスさんの呆れ声を背にしながらも、全く気にすることなく。
私は白虎の太い首の後ろに、嫌がるカリカをちょんと乗っけて。
ぴきっと硬直するサーベルタイガー(幼)と、迷惑そうな顔でも大人しい白虎。
私はまぁちゃんに縋りついて身悶えしました。
「まぁちゃん、まぁちゃん……!」
「おお、よしよし。落ち着け、どうどう」
「だって、だって…っ」
「ところで、今の感想は?」
「言葉にならない………!!」
まさに、言葉にならない。
だって何て言えばいいの!?
「眼福ですの~!」
「それだ! せっちゃん有難う!」
「………リアンカ、落ち着け? はしゃぎ過ぎだろ」
終いにはまぁちゃんから、冷静な一言を入れられてしまいました。
よく躾けられている為か、大人しく。
悠然と寝っ転がったまま、されるがままの獣達。
だけどそんな肉食獣達が、態度を一変させました。
サンルームへと入って来た、サルファを見て。
最初にぴくりと反応したのは、雪豹でした。
眠たげに伏せていた顔を、ぴくりと上げて。
何かを探る様に、じっと見つめる瞳。
白い虎は雪豹に遅れて入口を見つめ…
そこに佇む背の高い青年に、動きを止めました。
サルファが、やっぱりと呟いて、へらりと笑います。
それから両手を大きく広げて…
「シェナ! ファティマ!」
かけられた声は、誰かの名前。
それに反応したのは、二頭の獣。
呼びかけの名前に、二頭がすっくと立ち上がる。
ころりと転げそうになり、カリカが慌てて平衡を求めるけれど。
でもそんなこと、知らぬとばかりに。
獣達は、勢いよく駆け出しました。
短い距離を、大きい体を一杯に伸ばして。
飛びかかった先は、サルファで。
二頭は、奴の腹を目がけて一直線に――
咄嗟に奴の身体が獣の爪で引き裂かれないかと期待しました。
まあ、竜の血を浴びた後なので、本当に引き裂かれるとは思えませんけれど。
でもそれにしたって、私の期待とは違う光景。
思いがけない光景が、そこにはあったのです。
「ぐるるるるる………っ」
「おー、よしよーし☆」
じゃれて、甘えるように頭を擦りつける二頭の獣。
その巨体は人間の腕という狭い空間には収まりきれない。
それでも青年は獣達の頭や、背中に腕を精一杯に回して。
補いきれない腕で巨体を抱きしめていて。
親しげに、愛おしげに獣を腕全体で撫で擦る。
そんな人間に、更に甘えて頭を寄せる獣達。
自分達の身体が、人間の腕に余っていても、気にすることなく。
獣達は無言の信頼と、慕う気持ちを体全体で表していました。
うん、正直羨ましいし妬ましい。
そこには、人間と動物の友愛物語が展開されていました。
ですが…うん、ちょっと人間がミスキャストだと思います。
そこは勇者様かまぁちゃんあたりの美青年に変えてやり直し要求しちゃっていいですか?
サルファの呼びかけた、名前。
シェナと呼ばれた白虎。
ファティマと呼ばれた雪豹。
共に、四年ほど前にオーレリアスさんが召喚した獣。
大型の獣は呼べないというのに無茶して、強引に召喚されてしまった獣。
オーレリアスさんがつけた名前は、ブランカとベルベット。
だけどサルファの呼んだ名前で反応した、二頭。
召喚されてからの四年、その名前で呼んだ人は一人もいないのに。
ここまで来れば、わからない筈がありません。
白い虎と、雪豹。
四年前は幼い獣だった二頭。
この二頭と、サルファは四年以上前に関わりがあったのだと。
二頭のことをシェナ、ファティマと名付けた者がいるのだと。
その名付けた者が誰か、サルファは四年以上前に知っていたのだと。
彼らが、呼び出された元は…
南方の国には、動物狂いの王様がいるそうです。
珍しい獣や貴重な獣、可愛い獣も格好いい獣も大好きで。
あれもこれもと、求めるままに集めて愛した王様が。
そんな彼が節操無く集めた獣は、膨大な数にのぼって。
収拾がつかなくなり、やがて一般に公開されるようになったとか。
以来、国が代表する観光資源となった、その施設。
動物園と、人は呼びます。
王様の愛した動物達が、愛されて暮らす獣の楽園。
一般に公開されるようになろうと、王様の愛は変わることなく。
愛し求められる獣は、珍しいのも貴重なのも可愛いのも格好いいのも様々で。
そしてその国は、サルファの出身国なのだと言います。
「ねえ、勇者様…」
「………なんだろうか」
「国際問題、って気にしてなかった?」
「ああ………」
「勇者様…」
「………なんだ?」
「頭痛そうだね」
「ああ………」
勇者様はがっくりと、項垂れて。
頭を抱えて、呻き声を上げています。
ねえ、勇者様…?
これって、盗難…誘拐になるのかな?
次回:普段から苦労性の勇者様にサービスします(爆)




