55.突撃! もふもふ屋敷
オーレリアスさんのお宅訪問編、はじまりはじまり~
薬草園でのばたばたとした騒動の後。
気がつけば良い頃合いになっていたので、私達は身綺麗に形を整え直してお出かけです。
特に勇者様とサルファが念入りに体を磨いていました。
しかし額の薬液を落としたものの、まじないの効果は持続中。
試しにせっちゃんがもらった子猫と視線を合わせたら、何かが読めたようです。
勇者様の顔が盛大に引き攣っておりました。
私達のお出かけの行先は、オーレリアスさんのお屋敷。
当初の予定通り、彼に会う為に出発しました。
読心のまじないを中和する薬は、依然サルファの手の中です。
彼奴、入浴中も放さないんですから。
奪い取ろうと勇者様も奮闘なさいましたが、それは上手くいきませんでした。
下手に動いて近くにいた誰かと目が合わないかという恐怖心で満足に動けず。
被害拡大を防ぐ為、ここは要求に従うことにしたようです。
現在は余計なものを見ないよう、目隠しした状態で。
責任を取って、目を封じた勇者様の手を私が引きます。
「うー…本当はもっと、薬草園にいたかったんですけどね」
ちなみにむぅちゃんは興味ないとのことで、薬草園残留の意思を表明されました。
名残惜しいですけど、本人の希望なので置いて行きます。
正直、私も物凄く惜しいので羨ましい…!
「それなら、明日また行けば良い」
私の空気を察して、勇者様は提案してくれます。
でも、それには頷けません。
「駄目ですよ。明日は皆で城下町の見物に行くんですから。勿論勇者様も一緒にお忍びで」
「明日!? そんな予定初耳なんだけど!?」
「今、初めて言いましたから!」
「急な予定を入れるのは、今の内は構わないが…事前に申告してくれ」
「まだお国に帰ったばかりで勇者様の予定も埋まっていない今がいい機会だと思ったんですよー。折角ですから、是非とも城下町の見学はしたいです」
「まあ、駄目とは言わないが…」
「本当ですか? それじゃ、明日はお忍びの為に仮s…変装してくれますよね」
「待て。今、仮装って言いかけなかったか?」
「え? 全然?」
「そ、そうか…?」
嘘です。
もう、今こっそり内緒で、明日の為の衣装を縫っている途中です。
魔境にいた頃から計画して、勇者様にばれないようにこっそりこっそり準備を進めています。
勇者様の髪色に良く似た鬘の用意もばっちりです。
張り切って光水晶の粉を塗したので、本物ばりにキラキラ光りますよ!
作業の進行速度を思うに、今夜には衣装も完成します。
かなりの力作なので、着てもらうのが今から楽しみで、楽しみで。
ちなみに衣装デザインは、お馴染みヨシュアンさんとサイさんに手伝ってもらいました。
ミリエラさん達に用意した衣装より、ずっと熱を入れています。
明日の楽しみを思うと、気分が良くなって仕方ありません。
「リアンカ…?」
「ふふっ 町見物、楽しみですね!」
「え? あ、ああ」
「勇者様ご自慢の、お国の良いところ。いっっぱい見せてくださいね!」
「ああ、任せてくれ。お勧めのところを案内するよ」
本音を言いましょう。
正直なところ、明日の楽しみの比率は
街見物:勇者様のじ…仮装/4:6
…といったところです。
私は上機嫌で、鼻歌交じり。
そんなご機嫌ぶりに首を傾げつつ、勇者様は私に手を引かれて大人しく歩いていました。
「るんるるるる…♪」
「機嫌がいいな、リアンカ」
「はい! 明日がものすっごく、楽しみで♪」
「そっか。じゃあ、俺も楽しみにしないとな」
その言葉、明日も言えるといいね。勇者様?
オーレリアスさんのお屋敷は、お城から近いところにありました。
「オーレリアスは伯爵だけど、大貴族だから。権勢を誇る名門ほど、中心たる王城に近い」
そう言ってご紹介されたのは、手入れの良く行き届いたお屋敷。
大きな門の向こうから、濃い緑の匂いがします。
それと一緒に、獣の声も大量に。
野生の王国、都会の真ん中で大発見。
それが、オーレリアスさんのお屋敷の第一印象でした。
「あの声、絶対に犬猫だけじゃねぇ…!」
「さりげなく猛獣の声が…」
「あ! 狼さんの遠吠えですの~!」
近隣から騒音被害の苦情が来ないのか、この家。
そんな素朴な疑問も浮かぶというもの。
「うわ………この雰囲気、なんか良く知ってる」
「え、なんで?」
なんかおかしなことをサルファが言い出しました。
顔を窺って見ると…ドン引き?
「故郷の…王様の動物園に近い空気だわ」
「動物園? ああ、そう言えば前にそんなこと言ってたよーな」
確か、カーラスティン双子の島に行った時でしたか?
サルファの故郷には、動物園なる施設があるそうです。
何でもサルファの国の王様は、動物マニアだか動物狂いだかで。
無節操に獣を集めまくった挙句、収拾がつかなくなって一般公開するようになったとか。
そんな逸話を、前に聞いた覚えがあります。
…言われてみれば、動物が溢れ返っていそうなオーレリアスさんのお屋敷と近い雰囲気でも全然おかしくありませんね。
しかしこんな限定的かつ閉鎖的な環境でどれだけの動物を飼育しているのか………
多分、密集過密度的には初体験になりそう。
カーラスティンの島は、魔獣がうようよいましたけれど。
何の変哲もないただの『動物』が、というのは初めてです。
魔境じゃ、ただの『動物』だけしか住んでいない空間なんてありませんでしたし。
自然界的な場所とも、やっぱり違うでしょう。
どれだけ沢山の哺乳類がいるのかと、私は息を呑んで屋敷に一歩踏み入れました。
最初は、拍子抜け。
予想した野生の王国はそこにはありませんでした。
貴族の体面、という奴でしょうか。
獣の声はしつつも、表面上は普通のお屋敷だったんです。
大きな門が開き、私達を乗せた馬車が車止めで止まります。
下車した私達を待ち受けていたのは、大歓迎の人波。
二列に整列し、道を作って私達を出迎える使用人さん達。
そして先頭に立ち、恭しく勇者様に首を垂れるオーレリアスさん。
「殿下、我が屋敷にようこそ御出で下さいました」
その姿は、我が家だというのに確実に寛ぎとは程遠いもので。
整えられた髪も衣服も、お城で見る姿と遜色ありません。
その口調も。
使用人さん達にちらりと視線をやったところを見るに、人目を憚っているのでしょう。
勇者様の離宮で遭遇した時よりも、ずっと丁寧で恭しい。
そんな側近兼友人に、勇者様も分かっているというように自然と合わせます。
「出迎え、御苦労。済まないな、いきなり」
「いいえ。殿下のお運びとあれば、こんな名誉は御座いません………殿下? 何故、目隠しなどしていらっしゃるんです?」
ぽけきょ。
そんな効果音が聞こえそうな間抜け面!
勇者様は未だに目隠しで、私達はサングラスで。
おぶおぶと足元の覚束ない勇者様を、私が手を引いて誘導していて。
不信感を煽るのに、こんなに適した登場も早々ありませんね!
頭を上げてから、オーレリアスさんがずっと呆けています。
でも、我に返るのも結構速くて。
はっと息を呑んで、それから何故か私へと視線を向けてきます。
「…オーレリアスさん? その視線は何ですか?」
「いえ…異邦よりの御客人が、また何かされたのかと」
「ピンポイントで大当たりですが、なんだか変なことがあればそれは最初から私が元凶…みたいに決めつけてません?」
「殿下がお帰りになってより、異変の何割が誰に由来するものか…考えられたことは?」
「大丈夫、私達にとっては日常茶飯事です。異変なんてどこにもありません」
「こうして殿下が目隠しで、足運びにも御不便なさっていることも、ですか!?」
「偶にあることです!」
ここは自信たっぷり、堂々と肯定しておきましょう。
本当に、さも良くあることの如く!
…まあ、滅多にないことでもありませんし。
「殿下…! 本当に、旅立って以来どのような生活を送られてたんですか………!?」
オーレリアスさんの案じるような眼差し。
それに、目隠しこちらな勇者様が気付くことは全くありませんでした。
屋敷の案内を受けながら、私達は私的な応接室だという空間に通されました。
随分と居心地良く纏められた場所で、広く大きな窓から爽やかに風が入ってきます。
奥庭に繋がっているのでしょう。
一階の窓は外へと出られるようになっていて、張り出したテラスにはガーデンティーパーティーが出来そうな用意が整っていました。
白いレースのテーブルクロスに同化して、小さなにゃんこが一匹。
いいえ、それだけではありませんでした。
あまりに大人しいので、置物かとも思いましたが…
良く見れば、そこかしこに猫がいます。
開け放たれた窓から、庭にも部屋にも出入りし放題のようです。
「きゃあ! にゃんにゃんですの~!」
「せっちゃん、大喜びだね!」
「にゃんにゃんにゃん♪」
嬉々として、せっちゃんが手に持っていた籠を下します。
ふかふかのクッションが詰められた、籐の籠。
下ろされたそこから、ちらりと覗くのは猫の頭。
「お友達がたくさ~んですの! 遊んでらっしゃいませー」
籠を覆っていた布を上げると、そこにはきょとんとした猫ちゃん達。
せっちゃんが、オーレリアスさんに召喚してもらった猫達です。
初めての場所で警戒しているのでしょう。
きょどきょど落ちつかなげに周囲を窺っています。
怯えてクッションの間に潜り込むのは、白金色の子猫。
逆に広い空間に興奮してか、はしゃいだ様子で籠を飛び出す赤い子猫と黒い子猫。
そんな二匹の子猫に慌てたように続いて籠を飛び出したのは、白い成猫。
急いで子猫達の首根っこを加えて籠に戻す、一連の動作が匠並に素早い。
やれやれ、仕方ないなーと。
そんな声が聞こえてきそうな呆れた様子。
危険はないということを、我が身を張って確認するように成猫が周囲を見回し確認。
近くに知らない猫がいるのに気付いて、ぎろりと一睨み。
その迫力を受けてか、近くにいたオーレリアスさんの飼い猫が後退ります。
尻尾をぶわっと大きくして、硬直状態。
他の猫達も、そろりそろりと距離を取ります。
「「「「……………」」」」
なんだろう、猫社会。
いま、一瞬で力関係が決まったような…
「オーレリアスさん、お宅の猫…」
「情けないな…たった一匹に圧倒されるとは」
飼い主が認めましたよ!
喧嘩することすら、なく。
たった今、せっちゃんの猫さんがオーレリアスさん家の猫社会の頂点に躍り出ました。
心なしか、せっちゃんの白猫も自慢げに踏ん反り返っているように見えます。
「な~ぉ」
「みゃう!」
「みゃうみゃう!」
「にゃうぅ…?」
せっちゃんの白猫が一鳴き。
その声を受けて、ぴょこんと籠から飛び出す子猫達。
危険はない、安全だと。
白猫がそう保証して、それに子猫達が信頼を寄せたように見えました。
安心したように、子猫達がころころと転がって。
てこてことことこ歩いて、こんにちは!
せっちゃんの猫の中で一番人懐っこいのは赤い子猫。
にゃごにゃごと、オーレリアスさんの猫達に挨拶するみたいに声をかけて回ります。
飼い猫さん達はびくびくしていましたけれど…
物怖じせず、怖いもの知らずはいつだって子供の特権で。
親猫達の間から、何匹かの子猫達が転がり出てきて。
それからあっという間に仲良く遊びだしました。
黒子猫も向かっていこうとして、ころりと転んで。
それを白猫が抑えつけて舐め始めて。
物怖じしているらしいのは、白金色の子猫ちゃん。
どうにも引っ込み思案な白金色の子猫がもじもじ白猫の背後に隠れています。
それを赤い子猫が引っぱり出して、遊びの仲間に引き込みました。
「にゃー!」
「みぃみぃ…!」
それからはもう、ごろごろごろごろ忙しなく転げまわって。
毛玉の群れが入り混じり!
「………せっちゃん、自分の猫がどの子かわかる?」
「見失っちゃいましたの」
「安心しろ。我が家の猫には首輪をつけてある。帰りは首輪のない猫を連れて帰れば良い」
「どっかに潜り込んだら、どうするの?」
「………部屋の窓は、閉めておくか」
子猫達の楽園は、とても目に楽しくて。
私達は本題も忘れて、誰も彼もが暫し猫を愛でて時間を使いました。
目隠しで精神的に置いてきぼりの、勇者様以外。




