54.風味豊かな薬草、実害のある薬草
その後、久々に薬草だけを用いて薬を完成させて。
こっちの薬草園で材料を採取したので、半分スピノザさん頼りとなってしまいましたけど。
その最中で、スピノザさんの知識や薬草の用い方に私も本気で感心してしまい、目から鱗が五kgくらい落ちたような気がします。
この人、主任という肩書は伊達じゃないんですね。
こんなに、こんなに考え方は単純で変人くさいのに…
何とかは紙一重という言葉は、本当だったようです。
こんな人なのに、薬師としての腕は確かなものがあるようです。
ちょっと、釈然としませんでしたけど。
まあ、それも人のことは言えません。
私自身の自負も、折り合いをつけるのに苦心しましたけれど。
お互い様だと、最後には認め合うことができたような気がします。
…単に、相手の知識目当てで態度が急変しただけという側面も無きにしも非ず。
まあ、それもやっぱりお互い様でしょう。
魔境独特の薬師の知識は、スピノザさんの好奇心を大いに刺激します。
私とむぅちゃんじゃ、それぞれの専門分野でちょっと知識に偏りがありますしね。
基本となるところの知識や技術は同じなんですけどね。同じ方の兄弟弟子だし。
私は魔族、獣人を代表とする多種族や人知を超える人外生命体を対象にしています。
でも、むぅちゃんは親譲りの魔力を生かして魔法薬や霊薬を専門にしています。
当然ながら、知識や経験で培った薬師としての技能に差がある訳です。
私の話は私の話で、興味深いと思われたようですけれど。
何だか気付いたら、スピノザさんが思いっきりフレンドリーになっていました。
それでも傲岸不遜に上から目線な態度は変わっていないんですよね。
たぶん、これは元からなんだと思います。
性格ですね、性格。
出来上がった薬で、普通に勇者様を治療して。
ついつい過剰効果を狙った強すぎる薬を作りそうになりますけれど。
その意欲をぐっと抑えて久しぶりに普通の人間用…それにしても、ハテノ村の人作る薬と比べたらぐっと効果を抑えた弱い薬を作り、それでスピノザさんの部下四人を治療して。
酷い怪我人がいないのが、やっぱり救いでしょうか。
それからほぼ全身打ち身だらけのサルファに、湿布薬を処方して。
口の中を火傷していたとか言いますけれど、どうかなぁ?
別に口内が爛れている様子も、喉が焼けた様子もなかったし。
…まあ、そうなっていたら喋れないと思いますが。
気休めに薬草を煮詰めて作った飴玉をあげて、治療完了と致しました。
ちょっと治療の途中、
「ねえ、その髪って地毛?」
髪の毛を桃色に染めたお姉さんに、話しかけられましたけど。
「別に、染めたりはしていませんけれど…?」
私がそう答えると、何故か恨みがましい顔で睨まれました。
何故でしょうか?
変わったことといえば、それくらいで。
最初の物騒ぶりが嘘のように、騒動の後始末は平和に過ぎて行きました。
関係各所に勇者様が頭を下げて回っていましたが。
王子様が頭を下げたりなんかしたら、関係者さん達も何も言えませんね。
その辺を計算しているのか、いないのか。
わかっているのか、わかっていないのか。
それでも真摯に謝罪して回り、許しをもぎ取ってくる勇者様。
うん、ばっちり迷惑かけてますね、私!
ここはひとつ、お詫びが必要ですよね。
私はすすす…と勇者様の背後に近寄り、
ひざかっくん。
「うわっ!?」
私の気配に気づかない筈はないんですけれど。
それでも私相手に気を許しているのか、勇者様は何の警戒もなくて。
緩んでますよ、緊張感(笑)
それを分かっていて、私も遠慮はしませんけどね。
見事に決まった、ひざかっくん。
膝から崩れ落ちる、勇者様。
修行が足りませんね(笑)
泳ぐ上体をはしっと捕まえて、身長差〇距離。
転びかけたところ頭だけ捕まえられて、勇者様は何とも中途半端な姿勢で。
腰とか膝とか、中途半端すぎて苦しそうな体勢でしたが。
ついでに落下しかけているところで強引に頭を掴んだので、首への負担が辛そうでしたが。
そこは、後回しにして。
私はそっと勇者様の頭を撫でながら。
その額に、指を滑らせました。
薬液で、紫色に染まった指を。
「……………リアンカ」
「はい、なんでしょうか」
「これ、なんだ?」
くいっと額を指差す勇者様。
本人の目には見えていないでしょうが、指の滑る感覚と薬液の感触で気付いたのでしょう。
今現在、勇者様の額には紫色の薬液で描かれた、一つの文様。
そこには、第三の目が描かれているはずです。
「心を見通す、読心のおまじないです」
「何故に今、ここで俺に? どんな理由で?」
「これで先刻の人達(関係各所の責任者)の弱味握り放題ですよ☆」
「そんな意図で!? 別に頭下げるくらいで誰かを恨んだりしないからな、俺は!」
「いえいえ、弱味を握ったら言うことを聞かせ易いかと」
「そんな黒い理由で!? 裏技に頼らなくても、話くらい通せるから!」
「でもこのおまじない、効果抜群ですよ?」
「というか、効くのかこのまじない!」
「ええ、本物の魔眼程の効果はありませんけれど…五時間ほどは持続しますよ。
その間、目を見た人間の心が読み放題です」
スピノザさんの目とか見たら、えらいことになりそうですね(笑)
後は魔境でお留守番の画伯とかだったら、頭の中が卑猥な何かで埋め尽くされそう…。
「それ本当におまじない!?」
「ええ、お呪いです」
「!?」
「薬液の補助効果で精々心の闇が見える程度ですけど。このお呪い、自分には施せないんですよねー…むぅちゃんに頼んだら、一週間くらい強い効果が出るおまじないをしてくれますよ」
「そんなことをしたら、俺の心が精神崩壊起こさないかな!?
それってつまり、他人の心の闇から目を逸らせないってことだろう!?」
「あ、勇者様かしこーい。その通りです」
だからこのお呪い、普段は禁じ手扱いですけどね。
例え自分に施せたとしても、してみたいとは欠片も思わないお呪いです。
魔境に咲くとある花の花弁を揉み潰して作った汁を額に塗るだけ!
どんな模様を描くかで効果が変わる、お手軽お呪い☆
その効果は大体、特殊効果付与になるんですけど………
魔境の民ならよく知る超簡単なお呪い。
だけど、効果がえげつなさ過ぎて誰も使わないという素敵なお呪いです。
むしろ『呪い』です。
威力が強くて、作法範囲が広すぎるんです。
ちなみに施すのに呪力や魔力の類は一切必要ありません。
私の場合はそれに補助効果を持つ薬草を足して、効果をちょっと変えて使っていますけど……これでも、安全な方向に。
原液を使ったら、他人の頭の中の情報量が全部いっぺんに押し寄せてしまいますから。
そのせいで情報量を処理できずに氾濫→精神崩壊一択ですからね。
それを何とか効果を低めて、他人の心が読める…
……けど、心の闇も垣間見えちゃう程度の威力に抑えています。
むぅちゃんのレシピだと、威力が強いのでもっと酷いことになりますけれど。
余程精神力の強い人でも、長時間はお勧めできない訳ですが。
勇者様は打ちのめされ易い癖に立ち直りが早いし。
総合的に見てメンタル強いと思うんですよね。
まあ、他人へ幻滅し放題な状態に陥りそうですが。
「リアンカ、君は一体どういうつもりで…!」
「あ、勇者様こっち振り向かないで下さいね? 目は見ちゃいやですよ?
何の為に態々、私が背後に張り付いていると思っているんですか?」
「そういうつもりで!?」
目が合ったら、心の中まで見られちゃう。
緊急避難とばかり、絶対に目の合わない位置に私は避難中。
「おいおいリアンカ、もっと後先考えろよな」
「まぁ殿! まぁ殿からも何か言って………って、まぁ殿?」
「ん? なんだ、勇者」
「それ………」
呆れたような物言いで横入りしてきたまぁちゃん。
彼は、その麗しのご尊顔にサングラス完備状態で現れました。
良く見たら、まぁちゃん以外の魔境出身者達も皆、いつの間にかその顔にサングラス。
あ、いや、一人例外もいましたね。
せっちゃん…その鼻眼鏡はどこから持ってきたの……?
ついでに言うと、サルファは 裸 眼 です。
サングラスの準備も、お呪いの知識もなさそうですからね。
「その呪い、ちなみに効果は保証付きだから」
「まぁ殿の心まで見通すのか!?」
「それができる奴ぁ、呪いの補助付きでも滅多にいねーよ。
ただ、勇者は結構魔力が強いからな。念の為ってやつ?」
「このお呪い、掛けるのに魔力はいらないんですけどねー。
かけられた本人の素質や魔力次第で効果に幅が出るのが悩みものです」
「勇者、お前、今日は誰とも目を合わせない方がいいぞ?」
「そんなさらりと、何気に難しいことを言われても…!」
うっかり無意識で、とか。
うっかり失念していて、とか。
ついうっかり、とか。
ついつい気が緩んだ瞬間に目が合っちゃったりしそうですよね。
特に勇者様は、相手の目をしっかり見ながら話す人ですし。
真摯で誠実なその癖も、こうなったら命取り。
………というか、あれ?
私ったら、お詫びのつもりでつい更なる苦難に突き落してますね。
ただ、ほんのちょっと思いついただけだったんですけどね?
そう、他人の弱みを瞬時に握れたら、勇者様があんなに困らずに済むかなぁと。
やっぱり、思いつきだと何かしら穴が出ちゃいますねー。
「勇者様、ごめんなさい…」
「謝るなら、最初からしないでくれないか!?」
「出来心で、つい…一応中和薬も持っていますがどうします?」
「それを早く言ってくれ!」
こんなお呪いに巻き込まれて、「やった、ひゃっほう♪ 他人の心が見放題!」とならないのが、勇者様の良いところです。
中和薬あるよと言われて、一も二もなく無効化を選択する勇者様。
彼は、本当に善良な紳士だと思います。
でも、
「その中和、待ーった☆」
そう言って茶々を入れてきたのは、サルファでした。
ついでという感じで、それでも手際よく手先が閃きます。
すると私の手にあった薬瓶が、いつの間にか奴の手に!
「手癖悪っ!」
「そこはいつの間に!とか言う場面じゃないかなー?」
「サルファの素早さだけは、私も認めてる」
「やった、褒められた!」
「うん、だから薬瓶返そうか」
「だーめ☆」
そう言って、高い高いと奴は薬瓶を持った手を上に伸ばしてしまいます。
そんな堂々と掲げても、何も起こりませんよ!
「ちょーど良いからさぁ、勇者の兄さんはそのまま来てよ」
「何所にだ!?」
「やっだなー、決まってるじゃん?」
「………」
警戒と、敵意。
勇者様はいきなり薬瓶を奪ったサルファに、緊張を隠しません。
緊迫し、引き絞られる感覚の中。
いつもと変わらずさらっとした様子で、サルファは告げました。
「オーレリアスっちの家だよ☆ 行くって朝から決めてたじゃん」
拍子抜けした様子で勇者様が足元を滑らせ、ド派手にすっ転びました。
背中に張り付いていた、私を巻き添えにして。
そうして勇者様と私は、
「「~~~っ!!」」
盛大に頭をごつ打ちし、互いに頭を抱えて蹲る羽目になりました。
サルファの目を見ても、平気な勇者様。
サルファと目が合っても、平然としている勇者様。
あれ、お呪い効いていないのかな?
言及してみたら、勇者様もはっと気付いた顔で。
じっとサルファの顔を見つめ、やがて言いました。
「こ、こいつ………驚くほどに何も考えていない!?」
ある意味、裏表のない男というべきですか?
勇者様が吃驚するほど、サルファの頭は何も考えていないんでしょうか。
此奴の頭は糸瓜かと、私達は疑惑の目。
しかし平然へらへらとサルファは言いました。
「俺、頭の中からっぽにすんのって得意なんだよね☆」
「それ自分で得意とか思ってるだけで、最初っから何も詰まってないだけなんじゃない?」
「リアンカちゃん酷っ!」
本人の主張曰く、ですが。
誰だって無意識にあれこれ考えてしまうもの。
考えないようにしようとすればするほど、余所事を考えてしまうものなのに。
どうやらサルファは、意図的に己の思考を封じられる、特殊な頭をしているようです。
それがただ単に最初から頭空っぽな人間という訳ではないと、自己主張してきますが。
それを保証してやる言葉を私達の誰も持ってはいませんでした。
次回からオーレリアスさんのお宅訪問編に入りますw




