52.酸っぱい薬草、良く効く薬草
今回もリアンカ嬢の若い娘さんとしての慎みその他が行方不明になっております。
多分、実家に帰ったんじゃないかな…。
ナシェレットさんがとっても哀れなことになります。
同情し始めている方がもしもいらしたら、心の中で応援しながら読んであげてください。
戦いの果て、出た死者は零でした。
でも代わりに怪我人続出。
その数、七名。
筆頭は言うまでもなく、ナシェレットさんです。
竜の全身は万遍無く裂傷だらけ。
特に酷いのが額の傷です。
彼は額をぱっくりと割られた上にそこを何度もえぐられちゃって。
結果、ちょっと竜の回復力でもすぐには治らない有り様に。
うん、治療のしがいがあるかなー。
他にも怪我人は六名もいましたが、その怪我はいずれも軽度。
重傷を負った人が一人もいないのは素晴らしいですね!
まあ、竜の攻撃の悉くを防ごうと努力した、勇者様のお陰ですが。
戦いの規模の割には、軽度の被害…に、なるのかな?
ものの見事に、関係者以外への被害は抑えることに成功。
その為に尽力した勇者様の努力をなしに、彼らの苦労を語ることはできません。
そもそも被害を抑えようと努力したのは、勇者様とスピノザさん配下の四名だけだったし。
スピノザさんは学究の前に、小さな犠牲等~なんたらかんたら高笑い付きで叫んでいました。
彼のその姿は、素晴らしいまでにマッドだったとだけ言っておきます。
ちなみに邪魔に思ったらしい彼の配下四名に、簀巻きで拘束されていました。
ナシェレットさん以外の怪我人は、一番に勇者様。
竜の爪が掠めたり、尻尾に打撃されたり。
なんだかんだ全身に大小の傷があります。
本人は鍛え方が良いのか、ぴんしゃん動いていますけど。
普通の人間だったら、死んでますよ。
全身複雑骨折くらいしていてもおかしくないんだけどなぁ…竜の尻尾の一撃で。
平然と動きまわっているところが、凄い。
勇者様、本当に人間やめてないのかな…?
彼の戦闘能力も凄いですが、その戦闘能力を支える彼の肉体の屈強なまでの丈夫ぶりも凄いと思わず本気で吃驚しました。
まあ、一緒に戦ったロロイは無傷でしたが。
真竜の頑丈ぶりと比べるのも可哀想ですが。
でも一緒に戦った片方は無傷という時点で、なんだか驚きが薄れちゃいましたけれど。
次に怪我をしているのはスピノザさんの部下四名。
彼らは周囲の被害を抑えようと右往左往しながらも、人々の避難誘導に努めたりと被害対策に走りまわっていました。
その経緯で負った傷が、それぞれいくらか。
幸いにも今後残るような大きな傷も、後遺症がでそうな傷もありません。
この四名の怪我は殆ど程度に差がなくて、団栗の背比べ状態。
強いて言うのなら桃色の髪をした女の人と灰色の髪の男の人が少し酷いかな。
……うん、その二人、鈍臭いのかよく転んでいまして。
その膝と肘と顔面が、ちょっと可哀想なことになっていました。
そして最後にサルファです。
最初にまぁちゃんに投げつけられた時のたんこぶと、自己申告によれば口の中の火傷。
それから暴れる竜の頭部に振り回されてできた、全身の打ち身。
しかしそれもマルエル婆の扱きで鍛えたという受け身の発動により、いずれも軽度。
その怪我は、竜の返り血を浴びる前に負ったものなのでしょうか。
返り血を浴びた後に負った怪我とか言われたら、驚くどころじゃ済まないんですけど。
竜の血の効力を思うと、多分、返り血を浴びる前に負ったんでしょうね。
サルファの全身の返り血は、勿論即座に洗い流す様に指示しました。
ほとんど意味はないかもしれませんけれどね?
体への影響が強い劇物はすぐに落とした方がいいでしょう。
一度浴びた以上、その影響にあまり差異はないかもしれませんが。
それでもやらないよりはマシでしょう。
もしかしたら直ぐに落とした分、効力が薄くなるかもしれませんし。
竜の血の効果は大きな変化をもたらす分、定着に時間がかかると聞いたことがあります。
まだ浴びたばかりの今なら、何とかなる…ならないかな?
殆ど気休めの指示を下して、私はサルファを放置しました。
負っている怪我事態は軽いので、後回しです。
「さて、それじゃ都合よく怪我人が続出しましたし、勝負の続きといきましょーか?」
「異議あり、だ!」
簀巻きで木に縛り付けられたスピノザさんから、即座に抗議の声が上がります。
「あ、スピノザさん。まだ縛られてたんですか」
スピノザさんが叫んだことで存在を思い出したらしい、彼の部下が縄を解きに駆け寄りました。
忘れていたんですね、わかります。
するすると縄を解かれながら、スピノザさんは抗議を忘れません。
彼を簀巻きにした部下達ではなく、私への抗議を。
「竜を持ち出すとは承服しかねる! これは公平な勝負ではなかったのか!?」
「人数は公平に平等に同じ数を出そうとは言いましたが、勝負まで公平にやろうと言った覚えはありませんけど?」
「そうか、確信犯か! 確信犯なのだな、貴様!」
「確信犯って、人を悪党のように言うのは止めてくださいよ。犯罪ダメ、絶対」
「これだけ場を荒らしておいて、貴様が言うのか!」
「いやですね、荒したのはナシェレットさんですよーぅ。勇者様の下僕の。
私は敢えてナシェレットさんを怒らせただけです」
「それが確信犯だというのだ! こうなることを見越していたのではないか!?」
「いえ、ナシェレットさんを怒らせたのは、
単純に彼が嫌いなだけですが 」
それだけは、嘘偽りのない本音です。
あの竜は十年以上の付き合いがあるというのに、私のことを認識すらせず。
私を虫けらか何かのように思っていたのでしょう。
そのくらい、せっちゃんのことで頭が一杯だったのかもしれませんが。
それだけならまだしも、あの竜は大きな過ちを犯しました。
ナシェレットさん、竜がお姫様を攫っていいのは物語の中だけなんですからね――?
未だ反省のない駄竜の仕打ちを、私は未だ根に持っていました。
うだうだ抗議を述べるスピノザさんに、むぅちゃんの強制ジャッジ。
つべこべ言わずに勝負をしろと冷たく言われて渋々従う、その姿。
なんでむぅちゃんにはあんなに素直なんだろ?
不思議なくらいです。
自分達で手当てできるのに待てと言われた薬師四人。
それとサルファ。
彼らははっきり言って後回し。
怪我の程度が軽いですからね。
重傷人からとなると、必然的にナシェレットさんなのですが…。
はっきり言うと、面倒臭い。
いや、だって、あの巨体です。
その全身に万遍無く、ですよ。
そんなに沢山怪我をしていて大変ね、という思いよりも先に出てきた考えは…全身診て回る労力が辛いなぁと、そんなことで。
だから、思いつきました。
もうちょっとミニマムに出来ないかな、と。
そう言えば、以前に一度だけ見たことがあります。
「ナシェレットさん、治療するので人型になってください」
「断る」
この竜、不完全だけど人に化けることができるんですよ。
不完全だけど。
はっきり言って、風変りな蜥蜴男みたいに見えますけれど。
それでも、人型は人型です。
つまり何が言いたいかといいますと…診て回る面積が、減ります。
傷を全部見て回る労力が、こんなに削減できるんですから。
労力も減って、使う薬の量も減る。
こんなにお得なことはない……んですが。
この竜が、私の言うことを素直に聞く訳がありません。
案の定そっぽを向いてしまった竜に、正直いらっとしました。
でも私には、奥の手が二つほどあります。
出し惜しみするつもりも無いので、使ってしまいましょう!
「せっちゃーん♪」
「はいですのー!」
私の呼びかけに、はぁいと右手を大きく挙手!
素直なせっちゃんは、にこーっと嬉しそうに笑いました。
その時。
駄竜の全身がびくんと震えました。
ふふふ…分かりやすすぎですね。
隠さない男だったことを後悔するが良い…!!
「せっちゃん、あの駄竜のことをどう思う?」
「おっきいトカゲさん、ですのー」
「うん、ちなみにあのトカゲ、前に私のことを殺そうとしたことがあるんだけどね?」
「嫌いですの」
スパッと一言。
「ひめ……っ」
駄竜の硝子の心に5000のダメージ!
「しかもまだ、そのこと謝ってもらったことないんだよー?」
「大っ嫌いですの。顔も見たくないから見ませんの!」
ふいっと顔をそむけて、ズバッと一言。
「ひ、姫………っ!」
駄竜の硝子の心に50000のダメージ!
竜は既に虫の息だ!
ちらりと、睥睨するような目を向けて。
私はぼそっと尋ねかけました。
「これ以上の悪罵、いっときますか?」
「……………」
「ふふふ…存分に葛藤してください? 私はどっちでも良いんですよ?」
数分後、竜は完全に私の軍門に下りました。
ちょっとせっちゃんにあることないこと吹き込んで、「嫌い」と言わせてみただけなんですが…
ある意味、この竜が一番ちょろいのかも知れませんね(笑)
私達の望みの元、人型を取ったナシェレットさんの姿は相変わらず人外でした。
うん、やっぱり頭部だけ竜のまま。
どこからどう見ても、リザードマンの変種にしか見えません。
不満そうに、仏頂面なのでしょう。
ただし竜の顔色なんて私には読めないので、普通に爬虫類の顔としか思えません。
「さて、治療しますか」
「く…っ いたしかたない」
往生際が悪くもぶつぶつ言うスピノザさんも、仕方なさそうに竜の前へと立ち上がります。
「………こうなれば、どさくさにまぎれて血肉を採取するか」
でも、やっぱり彼も転んだってただでは起きあがらない人種でした。
取り敢えず診察しようと手を出せば、威嚇!
身を任せるのだけは我慢ならないと、竜が本気で威嚇してきます。
先ほど、嫌い攻撃で心が折れたと思ったんですけどね…まだまだお元気のようで。
流石に一刀両断され続けてもしつこく十年求婚し続けているだけはあります。
その度にまぁちゃんに半殺しにされても、諦めずまた突撃している猛者ですからね。
ただし、せっちゃんに存在を認識されてはいないようですが。
せっちゃん、リリロロ以外の真竜は殆ど見分けがつかないって言っていましたから…うん。
ええ、興味がないんですね。わかります。
これもせっちゃんがナシェレットさんに変な興味を持たないよう、万が一にも近づかないように力を入れて教育したまぁちゃんとりっちゃんの功績でしょう。
是非とも、今後もこのまま健やかに育ってもらいたいものです。
まあ、何はともあれ。
このままじゃ治療し辛いこと、この上なく。
私は呆れながらも、肩を竦めて。
鞄の中から、一瓶取り出しました。
瓶には、こう書かれています。
【竜殺し】…と。
これが何か…ナシェレットさんなら、わかりますよね?
ええ、そうです。
かつて、数百年前の魔王とハテノ村の薬師が共同で開発した、例のアレ。
どんな猛者も一杯で酔い潰す、秘蔵の 酒 です。
名前の由来は前(※「ここは人類最前線3」)にも言いましたよね?
このお酒は、何故か竜にかけて火をつけると よ く 燃 え ま す 。
「このお酒を、ナシェレットさんの顔面の傷口にかけたら……どうなるかなぁ………」
びくっと。
ナシェレットさんの眼元が、一瞬引き攣りました。
私は気付かなかったふりで、畳みかけます。
「かけた挙句に、うっかり火なんてつけちゃった日には……………どうなるのかなぁ…」
皆さん、私が何をしているのかわかりますか?
わかりますね?
ええ、脅迫です。
私の言っていることをそのまま実行した日には、景気の良い火達磨が誕生しますよ。
きっと傷口はえらいことになりますね。
だって、ほら。
サルファの地道な努力のおかげで、竜の傷は全然塞がっていないんだもの(笑)
さあ、ナシェレットさん……。
私とスピノザさんに全身治療されるのと、火達磨。
どちらをお選びになりますか………?
それはきっと、聞くまでもないことでした。
その後、人型に化けたナシェレットさんの全身を剥いて下着一丁にした挙句、好き勝手にスピノザさんと二人で弄り倒しました。
「凄い! 予想はしてたけど全身鱗肌! 人肌の交る余地もない!」
「なんと! 竜の鱗はここまで固いのか…予想以上の硬度だ!」
「リアンカ、傷! 傷! 当初の目的忘れてるだろう。怪我の手当ては!?」
「「はっ…!」」
勇者様の言葉で、我に返る私とスピノザさん。
なんだかこの時間で、スピノザさんとぐっと近しくなったというか…
率直に言って、何だか仲良くなれたような気がしました。
そう、ナシェレットさんという、一つの犠牲の上に………




