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ここは人類最前線6 ~光を受けし人の国~  作者: 小林晴幸
そうだ、薬草園へ行こう!
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50.苦い薬草、染みる薬草

某ドラゴンが流血します。苦手な方は注意!

「な、何だあれは!?」

「竜ですが」

「見れば分かるに決まっているだろう! 私の目は節穴などではないぞ!」

「じゃあ聞かないでくださいよ」

「そうではなく、何のつもりであんなものを呼び出したのかと聞いている!!」

 私に食ってかかる、スピノザさん。

 周囲の誰もが目を剥いて、突如現れた竜の姿に身動きも取れません。

 絶対的強者を前に怯え、恐怖に震え、生命の危機に腰を抜かす。

 そんな中でも即座に現況に思い至って食ってかかれるスピノザさんの胆力は凄いですね。

 この人、精神力は強そうだと見直しました。

 まあ、ただ単に無神経なだけかもしれませんが。

 私は内心の感心など押し隠し、しれっと言いました。

「当方からお出しする、四人目ですが」

「四人目だと!? ドラゴンじゃないか!!」


「別に私、人間(・・)を出すなんて言っていませんよね?

同人数の患者を出すと言っただけで、種族まで特定した覚えはありませんけど」


「何()と言っている時点で、人だと言ったようなものだろう!」

「残念ながら、そちらとは常識が違いまして…」

 私は真に残念そうな、不憫そうな顔をしました。

 ちなみに手本は酷い目に会った時の勇者様です。


「魔境では、ある種の竜も『人』という単位で数えるんですよ」

 

 主に、真竜のことですが。

 魔境では人の姿を取れて知能のある者は全て人と同等に扱います。

 竜でも人の姿を取ることが出来、魔族や人間と対等に語り合う彼らを「~人」と呼ぶのは魔境じゃ普通のことです。

 まあ、人間の国ではどうか知りませんけど?

 大体それを言うなら、私が出した患者(予定)の他三名だって、一名以外人間じゃないし。

 魔族と、真竜だし。

 そう見えないだけで。

 そんな事実を教える程の親切心はありませんが、スピノザさんの言いたいことも分かります。

 わかるだけで、感化される気はさらさらありませんけれど。


「さあ、勝負ですよスピノザさん!」

「待て、不服だ! この機会は公平とは言えない! 仕切り直しを要求する!」


 決して不適とは言えない、スピノザさんの声。

 それも、今でなければ(・・・・・・)


 でも今は、無情な審判がいる訳でして。


「判定:有効。別にリアンカ、嘘は言ってないし。確かに種族は特定していなかったし?」

「なんだとう!?」

 むぅちゃんからの、真っ黒ジャッジ!

 灰色じゃありませんよ? 黒く染めて行きますからね?

「それじゃこのまま続行ということで」

「そんなことが認められていいのか!?」

「いいから、やれ」

 抗議の声を上げても、むぅちゃんは握り潰す気全開で。

 有無を言わせぬ物言いは、傲岸不遜という言葉が似合います。

 愕然としたスピノザさんに、救いはありません。

 だけど彼も、いつまでも茫然としているような方ではありませんでした。

 そう、彼も転んでもただでは起きないタイプだったのです。

 だって、我に返ったスピノザさんが呟いたのです。


「はっ…待てよ? もしやこれはチャンスか!?」

 

 え、何の?

 思うよりも先に、彼は自分の部下達に激を飛ばしたのです。


「皆の者、前々から私の欲していた竜の血肉を手に入れる絶好の機会だ! この機に入手せよ!」

「「「「無茶言うな!!」」」」


 わお、あの人、駄竜(ナシェレットさん)の肉狩る気ですよ。

 腐っても真竜。

 その中でも一氏族の若長。

 ナシェレットさんはそう容易い相手じゃありませんが…


 でも怪我をしてもらう必要があるので、特に止めません。

 むしろ、やっちゃってください。

 私はむしろ手伝おうか、くらいの気持ちで微笑みます。


 一方、いきなり呼び出されたナシェレットさん。

 彼は呼び出しておきながら何の用とも言わない勇者様への苛立ちも隠すことなく。

「用もなく呼び出したのか、貴様…!」

「まあまあ、固いこと言うなって~…なっち★」

「その名で呼ぶなぁぁああああっ!!」

 そしてサルファが面白半分に挑発して、怒りに火を注いでいました。

 怒れる真竜、ここにあり。

 あはは、いよいよ場が盛り上がって来ましたよ(笑)


「ナシェレットさーん!」

 さあ、呼びかけてみよう!

 するとあら不思議、数か月前まで私のことを認識していなかった、あの駄竜が!

「貴様! アルディークの娘かぁ!!」

 きっちり、自分の身に受けた不遇の元凶として私のことを記憶してくれたようです。

 うふふ…私を不遇の使者の如く記憶しているのなら、その認識を事実としてあげるのも(やぶさ)かじゃありませんよ?

「あはははは、黙れ変態(ロリコン)駄竜。せっちゃんにあること無いこと吹き込むよ!」

「◆△▼dか▽c●◇◎●~………!」

「ふ、ふふ…っ 怒りのあまり言葉になりませんか?」

 暴れよう、暴れようと猛り狂う駄竜(ナシェレットさん)

 だけど彼はそうすることもできず、足掻くだけ。

 何しろまぁちゃんが、至近距離から威圧しています。

 魔王様の気迫を真っ向から受けて、ぎりぎりと歯軋りしながらも動けないナシェレットさん。

 その状況で我を忘れて私に襲いかかろうものなら…

 誰が終了のお知らせをする羽目になるのか、目に見えていますよね?


 悔しいのか、怖いのか、怒っているのか。

 がりがりと地面を爪で抉り削りながら、悶える光竜。

 そんな彼の怒りを最高潮に高めるでしょうけれど。

 私は気にせず、言いました。


「ナシェレットさん、私の為に怪我してください! それもとびっきり酷い怪我!

大丈夫、すぐに今まで作ったこともない謎の痺れる液体をぶっかけてあげますから!!」

「シギャアアアアアアアアアアア………………ッッ!!!」


 あ、ナシェレットさんの理性、木端微塵。


 次の瞬間。

 竜が、天高き空へと向かって火を噴きました。

 わあ、ナシェレットさんって光のブレス以外も吐けたんだ。

 

 漲る、目の殺意。

 居合わせた運もなければ罪もない一般の方々が、腰を抜かしてがたがた震えています。

 ここで死ぬ…! 彼らの瞳は、死期を悟って極限まで見開かれ、竜を凝視しています。

 恐ろしい死神を見る目は、同時に私へ畏怖の目を向けてきました。

 何でただの娘にしか見えない私が、竜をあそこまで挑発して怒らせて!

 それでどうして、平然でいられるのかと!

 それは私があの竜に殺されることはないと確信しているから。

 それを許さない人がいると、そう確信しているからですが。

 まあ知らなければ分かりませんよね。

 私は地獄の釜のように滾る竜の目にふわりと笑いかけ、ビシッと指差し言いました。

「勇者様の出番です! GO!」

「ここで丸投げか…!!」

「私の戦闘能力的に、まるっと投げるのは最初っから分かっていたでしょう。

それとも愛想を尽かして見捨てますか?」

「そんなことはしない! リアンカを見捨てはしない…だが、」

「それだけ聞ければ十分です」

「最後まで聞いて!?」

 悲しそうな勇者様が流石に可哀想かもしれません。

 私は同情をこめて勇者様の頭を撫で撫で。

 優しく温かく、よしよしと撫でると勇者様は複雑そうなお顔。

 だけど満更でもないのか、大人しく撫でられるに任せています。

 よし、不満は今だけでしょうが封じられたようですね。


「ナシェレットさーん、勇者様を倒さないと私は殺せませんよ~!」

「そこで更に煽るのか!?」


 ちなみにまぁちゃんじゃなくて勇者様の名を挙げたのは、良い感じに怒りのボルテージ最大限なナシェレットさんのテンションを下げない為です。

 勝てないと分かりきっているまぁちゃんを前面に押し出したら、雨に打たれたチワワの子みたいに意気消沈して白旗揚げちゃうのが目に見えてますからね。

 その分、勇者様なら付け入る隙がナシェレットさん的にまだ分がある方でしょう。

 何よりこの主従、相性最悪でしょっちゅう争っていますからね。

 それを思えば殴る抵抗もなく、気安く襲いかかれる相手なのでしょう。

 

 だから。

 ナシェレットさんの一撃には、遠慮も容赦もありませんでした。


「ガアアアアアアアッッ…!!」


 最早、それは獣も同然。

 怒りのあまりに我を忘れた竜の咆哮は、獣のそれと変わらない。

「みっともなくも、情けない…」

 ロロイが、その鋭い爪と鱗に彩られた手で自分の顔を仰ぎ押えました。

 その間にも獣と化した竜の一撃が、勇者様に迫ります。

 隣にいた、私諸共という勢いで。

「!」

 しかし魔境に到達して以来、意に関わらず数々の強敵(ほぼ人外)と渡り合ってきた勇者様。

 彼は、やはり魔境に来て成長したのでしょう。

 その反応速度、敏捷性、そして行動の取捨選択。

 無駄の削がれた勇者様の剣閃が、稲妻のように駆け抜けました。

 それはもう、ほぼ、反射的な行動と言っても差支えないでしょう。

 竜の爪が迫るのを見るや否や、彼は電光石火に駆けたのです。


 きっと、常人の目では捉えられなかったでしょう。

 私も、見ているだけなら何が何だかわからなかった筈です。

 でも私は、体験という形で何があったのかを知りました。

 

 攻撃の迫ってきた、あの一瞬。

 勇者様は傍にいた私の腰に腕を回すと、私を抱えたまま一度背後へと大きく飛び退り…

「はい、御苦労さん」

 勇者様の行動を読んでそこに移動していたのは、まぁちゃん。

 阿吽の呼吸というには、雑だったけど。

 それでも十分に息の合った受け渡しだったと思います。

 乱暴に振り回したりしないよう、若干の気遣い。

 勇者様は私を受け取ろうと待ち構えていたまぁちゃんの腕に私をそっと下ろすと、次に瞬きする間には稲妻になっていたのです。


 鋭い剣光を放つ、剣を携え。

 …あれ、そう言えばいつ抜いたんでしょう?

 私には分かりませんでしたが、いつの間にか抜剣していて。

 駄竜が爪を引き戻すよりも早く、次に爪を振りかざす隙など与えずに。

 竜に勝る速度で駆けた勇者様は、自分達に襲いかかった爪から竜の腕へと伝い走り…

 振り回される尾も、逆の爪も掻い潜って。

 竜の肩まで駆け上がると、助走の勢いを生かした大跳躍!

 ナシェレットさんの頭上へと身を跳ね上げ、そのまま剣を振りおろし…


 まるで、紙を割く様にずばーっと。

 その剣は、竜の額をかち割った。


 私を腕に抱えた魔王様(まぁちゃん)が、お行儀悪くも舌打ち一つ。

「ちっ……あれじゃ致命傷には至らねーな。死にやしねぇ」

 心底残念そうに、まぁちゃんが言いました。

「まぁちゃん、死なれたら困るよ。これから薬の実験体にするんだから」

「………ああ、そうか。そりゃ死なれたら駄目だな」

 私を腕に抱えたまま、まぁちゃんは全くいつもと変わらない。

 それでもそんなまぁちゃんの目に、勇者様に対する感心の色が見えました。

 その、成長に対する感心の色が。


 かつて勇者様は、あの竜を取り押さえるのにロロイとリリフの三人がかりで。

 あれから、半年弱。

 一人で竜の額を断ち割った姿に、彼の確かな成長が知れました。


 まあ、額を割ったくらいじゃ駄竜は元気なんですけど。

 それでもたった一人で竜と立合えるようになった姿は、見ているだけで心強くて。

 見ている側としても感慨深いものがあります。

 …とはいっても、あれ以上は一人じゃ無理でしょうけれど。


 だから私は呼びかけます。


「ロロイ~」

 私の声に反応して、振り向くロロイ。

 ちゃっかり駄竜の行動範囲から退避していたロロが、ぱたぱたと近寄ってきます。

 私はそんな彼に、ナシェレットさんを指差し言いました。


「GO!」


 文句も言わずにナシェレットさんに襲い掛かるロロイは、素敵だと思います。

 ナシェレットさんに向ける目がかなり呆れているので、遠慮は無いようです。

 誇り高き真竜として、あの醜態に何かしらの制裁は必要だと思っていたのでしょう。

 元々戦うつもりだったのか、動きに躊躇いがありません。

 その長い袖を捲りあげ、竜そのものの両腕を曝して。

 竜の子は、鋭く踏み込み駄竜の懐へと潜り込む。

 小回りの利く体格差を利用して、筋肉質な駄竜の胸に一閃!

 竜の爪は、同族の鱗も容易く引き裂く。

 勇者様の攻撃よりも、深く広く。

 流れる血を全身に浴びて、それでも顔色一つ動かさないロロイ。

 年若い外見は、そぐわぬ血塗れの姿も異様に映ります。


 さてさて、そこな青年。

 この騒動の中、一体どこへ逃げようというのでしょうか?

「 サ ル フ ァ ? 」

 声をかけると、びくっと肩が跳ね上がりました。

 うん、露骨。

 思いっきり露骨だよ、サルファ。

「あ、あはは…いやぁ、俺、避難誘導しなきゃだし~…ね、リアンカちゃん?」

「うふふ…すぐに戦闘が終われば、避難誘導なんてしなくて大丈夫でしょ? ね?」

「……………つまり?」

 私は笑みを深めて、じっとサルファの顔を強く見つめて。


 言いました。


「GO!」


「やっぱねー! そう言われると思ったよ、俺だって!」 

 サルファは逃げることも敵いません。

 何故なら、まぁちゃんが片手でむんずとサルファの襟首を掴みまして。

 ぺいっと。

 それはそれは、軽々ぺいっと。

 猫の子でも放るみたいな軽々しさで、サルファのことをぶん投げたからです。

 ナシェレットさんに向かって。


 ひゅるひゅるひゅるっと飛んで、いま彼方。


 投げつけられたサルファは声も出ない様子で。


 そして、ナシェレットさんの血塗れの額へと、真っ向から激突したのでした。


 あ、駄竜のけたたましい悲鳴…。


 どうせサルファが試合に出なくちゃならないのなら、その力量を測る良い機会。

 まあ、興味本位ですが。

 それでも今日の話し合い次第では、今後に関わることです。

 今後の為にも、全力で戦いなさいね、サルファ!



駄竜の扱いが相変わらず酷い件。

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