4.堕天使降臨(笑)
「飛び降りたな」
「飛び降りたねー」
「勇者、いつ人間止めるのかね」
「まぁちゃん、取り敢えずむぅちゃんに連絡しよ?」
「あー…そうすっか」
躊躇いもなく空へと飛び出した勇者様。
私達はそれに特段慌てることもなく。
取り敢えずお城の何処かにいるであろう、ムゥちゃんへと連絡を取ることにしました。
ふわっと、具現化した魔力の固まり…鏡の形態を取った、まぁちゃんの魔法。
「ムー、聞こえっかー?」
『なに、陛下…。なんだか外がえらく騒がしいの、陛下達のせいでしょう。どうしたの』
「わぁ、流石むぅちゃん話が早い」
『そのくらい、見当つかないはず無いでしょう。どっかで見た竜が空にるのに、ね』
上空を占領する竜の巨体は、どうやらお城の何処かにいるむぅちゃんからも見えるようで。
呆れた様な顔に、若干の面白味を混ぜて。
紅い唇が、愉快そうに端を曲げる。
『それでこの騒ぎの原因は?』
「勇者がやらかした」
「竜で帰るって連絡してなかったんでしょ?」
『……ああ、そう言えばそんな通信受けた覚えがないね』
その魔力でもって魔境との連絡を取り持っていた、むぅちゃん。
必然的に勇者様とお国の連絡の中継役として動いていた訳ですが。
どうやら会話の行方に全く興味がなかったらしく、今まで忘れていた様で。
魔境にいる頃に打ち合わせしていたから、むぅちゃんは私達の移動手段知ってたのに。
まあ、でも。
実家への連絡は、勇者様の義務で。
むぅちゃんには言及して円滑に流れを整える義務なんてないし。
通信越しの様子を見るだけでも、人間の国々で採取できる薬草にうはうはだったみたいだし。
そんなむぅちゃんに手回しを期待するのも、何か違うよね。
「取り敢えず、もう上空に来ちまったものは仕様がねーだろ。関係各所にひとっ走り伝令頼む」
『良いけど、駄賃は?』
「………マンドラゴラ亜種、ウサニマンドラ五掴みでどうだ」
『関係各所に何て言って回ったらいいのかな!』
「…ハテノ村の薬師、ただじゃ働きやがらねーよなぁ」
面倒くさくなってきたのか、まぁちゃんが顔を顰めています。
心底うんざりした顔で、まぁちゃんがボソッと言いました。
「なんか面倒になってきたし、ほとぼり冷めるまで放置してぇ」
「どうせ、せっちゃんも怪我はしないだろうしねー…」
勇者様をせっついて上げる為に、焦りを煽る様なことを散々言いましたが。
実は私もまぁちゃんも、せっちゃんに関しては全く心配していません。
せっちゃんはか弱いお姫様に見えるけれど。
それでも、間違いなく魔境の覇者「魔王」の妹。
最強のバケモノの、最も近しい血縁の一人。
そんなお嬢さんが、人間如きがどうこうしたところでどうにかなるはずもなく。
更に言うなら、飛び降りた時点でまぁちゃんが無敵の防御魔法を外掛けしています。
勇者様は気が動転していて、全然気づいていなかったみたいですけど。
それに、彼女の使役であるリリフが一緒です。
幾ら未だに幼い子竜とはいっても、アレでも竜種の頂点「真竜」の尊い血筋ですから。
むしろこの状況、この段階で詰んでいるのは…考えるまでもなく、人間さん達の方。
せっちゃんが万が一怪我しても、一番危険なのは人間さん達の安否でしたが。
せっちゃんの身上その他の、既に知っているはずの素性。
それに咄嗟に思い至らないくらいに焦りすぎた勇者様が、「アイキャンフライ」しちゃったし。
むぅちゃんへの伝達以外、本当にすることがない私とまぁちゃんです。
この上は、さて何分で混乱が収まるかと。
二人、おやつの譲渡をかけて互いに予想を口にしあう。
今日のおやつは、タルトタタン。
さてさて、勇者様の行動如何で取り分が増える訳だけど…
「勇者様、本当に爆発しないかな…ズボンだけ」
「本気で取り分欲しいくせに、なんで予想で遊んじゃうのかね、お前は…」
「まぁちゃんだって、私のこと言えないくせに」
「まあ、遊ぶだろ。こう言う時は」
予想を口にする内に、何時しか私達の予想は現実では有り得ない方向へ走っていて。
自覚していながらも、私はほんのちょっとだけ期待していて。
有り得ないって、分かっているのに。
それでも一分の可能性(笑)に胸をときめかせ、飛び降りた勇者様へと視線を走らせました。
一方、地上の方ですが。
そちらはそちらで、後々を考えると大変なことに(笑)
「竜を従える妖しの輩め!」
現場指揮官が叫びます。
確かに怪しいよ。怪しいけどね。
「貴様、何者か! 王国に仇成す者か!」
名を名乗れと、誰何の声も高らかに。
それに対して、せっちゃんは言いました。
「せっちゃんは、せっちゃんですの!」
それはもう、きっぱり堂々と(笑)
美少女の口から飛び出した言葉が意味不明に感じられたのでしょう。
現場指揮官のおっさんがぽかんとしています。
にこっと花のように罪なく笑うせっちゃんが素敵です。
考えてみれば、当然のことですが。
せっちゃんは自ら名乗るということをしたことがありません。
そもそも、名乗るという概念があるのかな…。
何しろ魔境では、誰もが魔境第一の王女であるせっちゃんのことを知っていて。
せっちゃんのことを見知らぬ相手でも、それは例外ではなくて。
圧倒的美貌と魔族であっても規格外に過ぎる魔力量を見れば、その正体は明らかで。
誰もが名乗るより先に、既にせっちゃんのことを知っていて当然の生育環境で育った訳です。
それにせっちゃんは、魔境で最も身分の高い未婚女性ですから。
当然ながら初対面の人と話す時は誰かが紹介者としてせっちゃんに相手を仲介し、身分の高いせっちゃんが紹介を受けるという形で。
色々と、大変なんでしょうけれど。
それが自然なこととして育ってきたせっちゃんにとっては、それで当然なのです。
それに、更に大きな問題が。
先にも言いましたけど、せっちゃんは魔境で最も身分の高い女性に数えられていて。
そんな彼女が膝を折る相手は、先代魔王である両親と当代魔王のまぁちゃんだけ。
それ以外の相手には決して膝を折らず、自分から名乗ったりしないように躾けられている訳で。
膝を折るのなら、自分か相手が死ぬ時だというのが先代の魔王さんの教育方針だったような…
まあ、それは当然まぁちゃんにも言えることだけど。
ここは人間の国。
だけど自分を第一とし、他者に膝を折らないように育てられた魔境の王族が二人。
それが当然として育った二人が、果たして人間の王族を相手に膝を折るのか………
………うん、勇者様に苦労してもらいましょう。
魔境式の伝統風習とかなんとか、頑張って誤魔化してね!
最近、私の無茶ぶり要求に応じるレベルが上がってきたみたいだし。
勇者様ならできると一方的に信じています…!
現場指揮官が我に返った時、彼の目の前には変わらず可憐なお姫様。
それこそが怪しい、名を名乗らぬとは不審。
現場指揮官さんがそう判断するのも仕方ありませんね。
彼は指示を下す為に手を振り上げ、威嚇も込めて言いました。
「総員、戦闘態勢。この怪しげな小娘に、構え!!」
容赦なく、年端もいかぬ娘さんを相手に下された命令。
命は絶対と、下された命令に兵達が槍を構えますが…
彼らの眼前にいるのは、汚れなき瞳の可憐な超絶美少女。
罪のない顔をした、無垢なお嬢さんです。
その清らかな視線を前に、何人かの兵士の心が折れました。
「た、隊長…! 俺には、俺にはできません…!!」
「ええい、貴様らそれでも王国の守り手を自任する騎士の一員か!」
「ですが! 俺は罪のない人々を、守られるべき人々を守るために剣を取ったんだ…!
あんな女神か天使の化身みたいな女の子に、刃を向けるなんて!」
俺にはできない。
そう言って、何人の兵士が心を折られたのでしょう。
謎の登場をしたとはいえ、流石せっちゃん。
その一点の曇りもない眼差しで、穢れ無き純粋さで何人の心をばっきばきにしたの。
皆さん、その子は魔王の妹なんですよ(笑)
実態を知らないというのは、なんて哀れなことでしょう。
立場的には、現場指揮官のおっさんの態度が物凄く正しい。
だけど私達の状況下、正しい態度を取られると物凄く困ったことになる訳で。
王国と、勇者様が。
静観しているまぁちゃんが、不気味に妖しく微笑みました。
「これ、在処に落としたらどうなるかな…?」
…わあ、爆弾だぁ!
まぁちゃんの手には、物騒な魔法道具。
周囲の魔力を溜め込み、起動術式と共に盛大に弾けるアイテムが。
本来は花火とかクラッカー程度の道具です。
でも、それをまぁちゃんが使うとなると…
いよいよ、瀬戸際ですね。
このまま、勇者様は間に合うのかなぁ?
私達がぼんやり見ている中、とうとうようやっと勇者様が到達したのはそんな時でした。
いよいよ、危ない。
せっちゃんに槍を向けている、彼らが。
私達がそう思った瞬間でもありました。
現場指揮官が、叫んだのです。
「ええい、埒が明かぬ! ひっ捕らえい!!」
終わったね?
さよなら皆さん、また来世。
再び、私がそう思っても仕方ないと思います。
だけど、図ったようにその時、勇者様が乱入してきたのです。
それは、空から垂直に降り落ちました。
「待てっっっっ!!」
必死さの滲む声で、割込乱入。
背中に真っ黒な翼をぶぁさ…っと広げた勇者様が、せっちゃんを庇うように其処にいました。
舞い降りた黒翼の勇者様に、その場の人間さん達は全員が度肝を抜かれたようでした。
さもありなん。
自国の王子がいきなり人間離れした登場して、驚かない人がいましょうか。
可憐な不審人物を庇うように、立ちふさがる勇者様。
現場指揮官の手から、指揮杖がからんと音を立てて落下。
茫然自失の体で、かろうじて呟いたお言葉は、
「で、殿下………」
ただ、それだけ。
だけどそこに、言葉にできない万感の思いが滲み出ている。
視線は、殺到する視線は露骨に言っていました。
『ああ、とうとう人間をやめてしまわれたのですか…』
その漂う哀愁、言葉にできない思い。
多分、私の解釈は間違っていないはず。
勇者様はどうやら、お国でも化け物認定を受けていたようでした。
「とうとう、とうとう殿下が美しさを拗らせて…天使に!?」
「しっかりしてください、隊長! 天使は天使でも、あれはどう見ても堕天使です!」
「な…っ 殿下が堕天使など、なるはずがない! 何故に白い翼ではないのですか!」
…え、そっちの反応?
「………美しさって、こじらせるようなものなのか?」
予想外の反応に、勇者様も眉根を寄せて難しいお顔。
勇者様、貴方も気にするのはそっちですか…。
それよりも私は翼の生えた勇者様を平然と受け入れる兵士さん達に吃驚したんですけど。
「ええい! 殿下の翼が白ではなく黒などと、有り得ん! 偽物だ、偽物に違いない!!」
終いにはそんなことを言い出す始末。
翼が生えたこと自体は、受け入れOKなんですか…?
勇者様、お国でどんな扱いを…。
何この国民、面白すぎると思いましたが。
どうやらこの反応は、気が動転したあまりのことだったようで。
ご乱心した兵士達を勇者様が問答無用で偉い人から順番に殴り倒していく。
すると、ようやっと皆さん正気に戻られました。
どうでもいいけど…また凄く体育会系というか、肉体言語というか。
「ぐは…っ」
「く………この拳、これは確かに、殿下!!」
………拳で本人証明できるくらい、拳で語りあう関係なんですか…?
ここの兵士さん達、普段どれだけ勇者様に殴られてるの?
あの、寛大で紳士で、弱い者を自然と守る勇者様に。
不思議な疑惑が発生です。
しかしながら、後で知ったことですが。
勇者様は故郷におられた頃、兵士さん達を相手に鍛錬していたそうです。
それはもう、日常的に。
鍛錬の一環として体術を磨いていた頃のこと。
兵士さん達は漏れなく、勇者様からタコ殴りの憂き目にあったことがあるとか。
勇者様…時々は手加減してあげようよ。
思わず、どうしようもないものを見る目で見てしまいます。
そんな私の視線には、勇者様も気付くことなく。
「先刻から天使だの堕天使だのと、馬鹿なことを…だが、そんなことはどうでもいい」
勇者様は未だ王国の滅亡を憂いてか、必死の様子で。
せっちゃんを体で庇いながら、大宣言。
「彼女は、俺…私の、連れだ! その槍を収めよ」
勇者様がそう言い放った瞬間、場をどよめきが支配した。
「連れ…え、連れ? 殿下の?」
「でもあれ、どう見ても女の子だよな…」
「殿下が女性を連れてきた!?」
「どんな天変地異の前触れだ、それ!!」
「やめろよ、俺まだ死にたくねーよ!」
「取り敢えず誰か、赤飯炊いてこい!」
「ラッパを鳴らせ! それはもう、高らかに!」
「お祝じゃ、お祝じゃー!!」
おやおや、随分な言われようですね…わからないでもないけれど。
過剰に囃し立てられて、勇者様の肩がぶるぶると震えています。
上空からはどんな顔色か分かりませんけど…なんか、青くないですか?
そして、本日一番の特大すぎる雷が、兵士達の頭上へと落ちたのでした。