45.家出青年と少年叔父
舞踏会が終わった、直後のことです。
深夜遅くになっていたので、王城に泊まる方も多いそうです。
そんな中、他国からの賓客であるどっかの大公さんは元より滞在先が王城の離宮で。
護衛(末端)であるフィーお兄さんもまた、当然ながら王城に留まっていて。
警備そっちのけでサルファに突撃していましたけれどね。
でも正式に許可を取ってから、改めて私達の元に戻ってきました。
はっきり言った訳じゃありませんけれど、多分きっと勇者様を理由にしましたね!
親しくなった勇者様に誘われて~とか適当な口実を言って抜けてきたんだと思います。
そうして、平行線のまま時間だけを費やした話合いの続行が決定しました。
サルファを売り渡して寝ようかと思ったんですけど…
サルファが勇者様の腕をがっちり掴んで放さなかった為、離脱を断念。
勇者様も見捨てようかと一瞬思ったんですけど…縋る様な目で見られ、良心が痛みました。
そんな訳で、仕方なく私達も話合いの行方を見守ることに。
なのに、ちっとも話が進まない。
基本、野郎二人の口論じみた主張の張り合いが続くだけ。
結局、結論は先延ばしかと思われました。
取り敢えず大公の護衛をしている父親に顔だけでも見せろと言うフィーお兄さん。
それにも、サルファは頑なに否の一言。
帰る帰らないの論争は両者譲らず平行線。
それでは埒が明かないと思ったのでしょうか。
やがて一つ、フィーお兄さんが提案を口にして。
それで決着を付けようと、フィーお兄さんが言う訳ですが。
サルファは当然渋ります。
だけどお家問題のぎゃいぎゃい口論に飽きていた私が、身を乗り出しました。
「よし、決定! それじゃ今後の行く末はそれで決めるということで、解散!」
「えぇぇええええええっ!?」
まさか口を挟むとも思っていなかったのでしょう。
裏切られた!という顔でサルファが私に勢いよく振り返ります。
ですが。
甘いですね、サルファ。
裏切るも何も、私は元からサルファの味方とかじゃないし。
むしろ私は私の味方なのですよ?
完全なる味方は己一人と常に心掛けておいたほうが良いんじゃないですか?
勇者様やまぁちゃんに向ける労力の、十分の一だってサルファの為に使おうとは思わないのが正直なところの現状で。
サルファにとって不利に違いない提案を、サルファに断りなく受けても平然としていられるほどには、どうでも良い感じです。
ええ、本音ですが何か?
「ちょっと待ってよリアンカちゃん! 俺、婆ちゃんに許可取らずに帰れないって!
修行放棄して途中で完全トンズラこいたら、婆ちゃんに殺される!!」
「成仏してね。冥福は…まあ祈らないけど」
「どうでもよさそうに捨てられた!」
「馬鹿ね、サルファ………捨てるも何も、最初から拾ってないわ」
「リアンカちゃん、相変わらず手厳しい…! でもその冷たい目も格好良くって素敵☆!」
「アンタって本当に目減ないわよねー。その図太さだけは関心しちゃう」
「やった。褒められた」
「うん、文脈で判断してみようか。本当に褒められたと思う?」
「事実がどうであれ! 俺がどう受け取るかが重要☆なんだよ、リアンカちゃん♪」
「………こいつの鉄壁メンタル抉る方法、誰か教えてくれないかなぁ」
心底思いました。
サルファ、うざい。
軽口を叩きながら、それでも何とかサルファが退けようとしている提案。
今後の自分の行く末を左右する。
でもそれ以上に、顔を引き攣らせるくらいに嫌がっている。
フィーお兄さんの提案は、サルファには承服しかねる内容で。
「俺には無理だって、わかっていて言ってない!?」
「最初から無理だと諦めてどうするんです。やってもみない内から無理などと…。
何事も努力! 気迫! 信念! この三つで何とかなるものです」
「それ、思いっきり根性論だよ!?」
一緒にするな、この体育会系と。
叫ぶサルファは今にも頭を搔き毟って発狂しそう。
いいぞー、どんどんやれー。
私はかなり適当ながら、フィーお兄さんを応援したくなります。
いつでもどんな時でも柳に風とばかりへらへらした態度を崩さないサルファ。
そのサルファが、取り乱しています。
それだけでかなり胸のすっとする思いがします。
「自分基準で物を考えるのはダメでしょ!」
「僕の基準じゃありません。フィルセイス家の基準です。
フィサルも腹をくくって、フィルセイス家の一員であれば従うべきです」
「その家の気風が合わないから帰らないんだって思わない訳!?」
「当主を継ぐに相応しくないのであれば、名に恥じぬ男になるよう矯正するだけだと長兄は言っていましたよ。安心なさい。皆でちゃんとしっかり鍛えなおして差し上げます」
「矯正される俺の意思ガン無視! あぁもう! 意思疎通できてないよ!?」
「そんなことはありません。話し合いで何とかしましょう」
話し合いを提示するだけ、平和的じゃありませんかと。
本来であれば肉体言語でどうにかしていそうな雰囲気を漂わせるフィーお兄さん。
サルファの素行を見ていると疑惑しかありませんが。
どうやら奴の実家は超体育会系。
まあ、武門とか武名とか言っている時点で、察するものはありましたけど。
サルファの気質とは、それはさぞかし合わないことでしょう。
奴が家を飛び出してふらふら帰っていないという事実にも頷けます。
自分の家の気風が本気で合わないのだな、と。
そう頷く私達。
そんな観客と化した私達の前で、サルファは魂の叫びを吐き出しました。
「兎に角! 俺はシフィ君達とは違うの! わかる!?
自慢じゃないけど家の武術訓練、耐久時間最長二十分だよ!?
それも一番最初に武術訓練受けた五歳の時の記録だし!」
「逃げるから耐えられないんですよ。逃げられなければもっといけるでしょう」
「いきたくないから逃げてるんだよ!」
「そんな甘えたことを言っている時間があるのなら、それこそ耐えられるように己を鍛えるべきです。
フィサルは細すぎます」
「筋肉無用につければ良いって訳じゃないデショ!」
「それはその通りですよ。ちゃんと要領よく、過不足なく、必要なくらいが丁度いい。
でもフィサルは細すぎです」
「細くないよ!? 俺はこれが丁度いいの!
大体、無駄に筋肉つけて重くなりすぎたら、本業に差し支えるじゃん!」
「まだ本業:軽業師とか言うつもりですか!!」
「それ以外にないから! 軽業で食ってんだから、これ以外に何て言わせる気さ!」
「くっ……フィサルは騎士の叙任さえ受けていませんでしたね。
今後の為にも、一刻も早く叙任していただけるよう、尚のこと己を鍛えるべきです」
「騎士になる必要性が欠片も見いだせないのに誰がなるもんか!」
「――騎士になれば、女性にも人気が出ますよ?」
「…………………………。………いや、そんな言葉で惑わされないし!」
「今思いっきりぐらついていたでしょう!」
「騙されないって! 大体、騎士なんて堅っ苦しい職業、俺、適正ナシじゃん。
鍛える鍛えない以前に、規律の厳しい騎士なんて目指すだけ無駄だし。
元よりなれる気しないし!それに人気どうこうってのも人によるでしょ!」
「制服効果、という言葉が世にはあるらしいですねぇ…。
僕にはよく分かりませんが、平凡な容姿でも割増しに見えるとか?」
「くっ………シフィ君! 君、いつの間にそんな厭らしい搦め手覚えたわけ!?」
「ふ………騎士団にも色々あるんですよ、フィサル」
「職場で一体ナニ覚えてきてんの!?」
本当だよ。
言葉にぐらつくサルファにも呆れますけれど、堅物そうなフィーお兄さんに奇妙な語彙を仕込んだ騎士団の内情にもかなり好奇心をそそられるんですが…。
あんな生真面目そうなお兄さん、何を覚えこまされているのか…。
それは確実に、治安向上の策とか効率的な武術とかではありませんね?
騎士って真面目な印象があったんですけど…これは、出会いに飢えた軽薄男とかがフィーお兄さんの身近にいるのかもしれません。
そういう人間を引っ張ってくれば、サルファと気が合うんじゃないでしょうか?
そんな感じで叔父と甥の話し合いは両者譲らず。
じりじりと迫られながら、サルファは難しい顔で。
「兎に角! 俺、奉納御前大会なんて出ないから!!」
一方的な提案に、一方的に返して。
両者は互いに睨み合います。
そう、奉納御前試合。
勇者様のお父様の在位が長く続くことを神に祈り、これまで続いたことを神に感謝する。
その一環として、神と王に捧げる為の武術大会。
それが、式典の前日にあるそうですが。
頑なに帰宅拒否を示すサルファに、フィーお兄さんが条件を付けたのです。
それは、奉納御前試合で最低四回戦まで勝ち抜くこと。
もしくは、試合の中でフィーお兄さんを倒すこと。
うん、無茶ぶりですね。
そもそも、参加するためには予選試合に勝ち抜いて参加権を得なければならないという。
つまりサルファは、並居る挑戦者をかき分けて予選試合に勝ちぬき、奉納御前試合で実力を示し、フィルセイス家の人達に家を出ていても大丈夫だと納得…もとい、錯覚させろと言われている訳です。
実際サルファの戦闘能力が如何なものかは知りません。
でも、頑なに出場拒否を訴えるサルファの必死さが何かを裏付けています。
そう、情けない真実ってやつを。
まあ、戦闘能力皆無の私は、人のことも言えない訳ですが。
「別にいいじゃない。出るだけ出てみれば?」
「出るのを承服しちゃったら、シフィ君の条件を呑むことになっちゃうじゃん!
リアンカちゃんは知らないから言えるんだよ! 俺の実力ってやつを!」
「それ、明らかに後ろ向きな意味での言葉よね?」
「当り前じゃん!!」
あ、断言しちゃうんだ。
奉納御前試合への出場。
それは妥協すると見せかけて、明らかにサルファには荷が重い条件。
「いいから出なさい。僕だって、本来は出場の予定なんて無かったところを、この為だけに出ると言っているんです。付き合おうと言っている物を、そうまで拒否するのは失礼ですよ」
「フィルセイス家ルールで一方的に言われてる状況で、有難がると思ってんの!?」
「そのフィルセイス家の一員どころか、跡取りが軟弱ですよ!」
「軟弱でいいから、放っておいてよ!」
「こんな遊びまわるばかりの跡取りをこれ以上放置できないから厳しく言うんです!
叔父甥の関係とは言え、年下にこうまで言わせてどうするんですか! それでも男です!?」
「俺が女に見えたら許してくれる!?」
「変な方向での努力を決めてどうするんですか…!!」
兎に角、奉納御前試合への出場は最低条件だとフィーお兄さんは言います。
兎に角出ろ、そして一回でも多く勝て、と。
その試合の戦い方如何によっては、妥協も考えるとの寛大なお言葉。
これくらい果たせなければ、修行の為に連れ戻すとフィーお兄さんが息まいております。
逆にいえば、その程度の力量を示してフィルセイス家の嫡子に相応しい実力を持っていると証立てできれば…いえ、できないと思いますけどね。
でもその暁には、暫くは放っておいてもいいんじゃないかとフィーお兄さんがサルファ父に直談判してくれるそうです。
その結果、許可が取れるかどうかまで保証していないあたりが空手形同然な訳ですが。
確約を示さないあたりは、フィーお兄さんも遣り手なのかもしれません。
………というような遣り取りがあって、開けて翌日。
つまりは舞踏会の次の日の朝。
よく分かりませんが。
どうやら、サルファは結局フィーお兄さんに押し切られてしまったみたいですね。
例の条件と向き合う羽目になったみたいです。
そして勇者様の離宮の、朝御飯の席で。
私達の視線が、一点に集中します。
そこには、勇者様に対して土下座をかます軽業師の姿がありました。
え、なにごと?
大会に出る、出ない以前に無理じゃね?という予想が浮かびます。
さてさて、サルファの土下座の理由は…?




