43.フィサルファード・フィルセイス 6
いきなり知る羽目になった、サルファの素情。
いや、別に知りたいわけでもなかったけれど。
それでも知ってしまったからには、何らかの反応は必須でしょう。
さて、なんと言うべきか。
武家の総領息子。つまりは跡取り。
そしてこのフィーお兄さんの甥。
どう見ても、サルファの方が年上なのに。
諸々吟味した結果、私はにっこり笑顔で言いました。
「似合わねー…」
我ながら、心底しみじみとした口調でありました。
思わず口調も悪くなってしまいますよ。
いえ、口調が気にならなくなるくらい、どうでもいい気持ちでいました。
そんな私に、サルファが騒ぎ立てます。
「リアンカちゃん、もっとやる気だそーよ! こんなにツッコミどころありありじゃん!
そんな投げやりにされるとむしろ居た堪れねーって!」
何故そんなに、必死にツッコミ待ち状態?
私はきょとんとしてしまいます。
サルファ、あんた自分に分不相応だって自覚があるの…。
でもやっぱり、心底サルファなんてどうでもいい気持ちになります。
ツッコミなんて放棄です。
だって私以上に、その役には適任がいます。
そう、勇者様が。
「リアンカは構いたくねーってよ」
「えー…! こんな、どう考えてもネタにし放題なのに!? 勿体ないってリアンカちゃん!」
「ネタと自分で主張する奴も珍しーな。自分の生立ちだろ」
「それでもこんな明らかにツッコミ大歓迎状態で放置とか! 気持ち悪い! から!!」
「そんな全力で………」
「仕方ねーなぁ」
弄れ! と己から主張するサルファのしつこさ、鬱陶しさ。
これはお望みどおり言及くれてやるまで駄々をこねそうです。
億劫そうにがっしがしとまぁちゃんが後ろ頭を掻いています。
「おい勇者。ちょっとリアンカにお手本見せてやれ」
しかして結局自分がするのではなく、勇者様に押し付けるという(笑)
「手本ってなんだ、手本って」
「あん? んなの、思ったまま心の赴くままに率直な感想をくれてやりゃー良いんだよ」
「そんな…他国の名家を相手に、そんな不用意で考えなしなことはできない。
他国への侮辱は、厄介事しか持ってこない。王子に許される振る舞いじゃないんだ…!」
「そう言っている時点で、言ってるも同然じゃねーか!」
おやおや、意見の割に勇者様のお口も素直です。
勇者様のお口って、素直で正直ですよね。
「んー…」
ツッコミを拒む勇者様に、サルファが目を細めて微苦笑。
ぱたぱたと手を振り、勇者様の気を引きながら言いました。
「別にさ、フィルセイス家相手と思わないでいーって☆
フィルセイス家じゃなくて、俺に言うって思えばいーんじゃねーの?
だって今更、俺って勇者の兄さんにとって遠慮するよーな相手じゃなくない?」
「フィサル…自分でそう言い切ってしまうのは良しとして、それは良い意味なのか、悪い意味なのか…悪い意味だとしたら、一体ナニをやらかしたんだ、君」
叔父上に当たるというフィーお兄さんは、疑わしいものを見るような目。
叔父甥という関係上、サルファのことをよく分かっているのでしょう。
その目は、信用とか信頼とかいう輝かしいものが見事に失墜していました。
そんな目で真っ向から見られても、サルファは怯みません。
薄っぺらな笑みをにこっと浮かべて、怒らせるだろうに軽薄なお答え。
「ん~…えへ☆ 吊るされたり、成り代わって人心の扇動したり、新妻エプロンつけたり?」
「本気で何をやってるんだ、フィサル……!?」
「俺というイキモノの、素晴らしく他人の心に響かない生き様伝説の第一歩?」
「意味が分からない!」
「まあまあ、俺なんて取るに足らないイキモノだと思って諦めちゃえ☆」
はい、自己分析は正しく行えているようで。
自分で己を取るに足らないと認めてしまったサルファ。
その何でもなさそうな態度に、お隣に座るフィーお兄さんが深々と溜息。
「そうやって話を逸らそうとするのは、話したくないという意思表示と取って良いのか?」
「やだねー、そんなこと一っ言も言ってないでしょーに。
ただ、俺は勇者の兄さんにツッコミがほしいっていってるだけじゃん」
「王子殿下に対して、不遜な口の利き様だ。悪いのはこの口か」
みょい~んと、甥の口を左右に引っ張る叔父さん。
「あふぁふぁふぇが…っ」
「何を言っているのか聞こえない」
「………ふはっ ヤダね、この叔父ちゃまは☆ これは俺と勇者の兄さんの問題じゃんか!」
「おのれ、まだ言うか…」
「叔父ちゃま(笑)が口出すことじゃないっしょ。勇者の兄さん本人が許してるんだから」
そう言って指差す先には、口を挟まず言の成り行きを見ているだけの勇者様。
手元はちゃっかり、侍従さんが運んでくれた夜食に伸びています。
…聞き流す気ばっちりだったみたいですね(笑)
急に話を振られて気まずそうな顔の勇者様。
その口には、食べ物が入っています。
勇者様ってお行儀が良いから、口に何か入ってる状況じゃ絶対に喋らないんですよね。
そしてその態度が、そもそも咎める気はないと言ったようなもので。
フィーお兄さんは、何かを諦めたようにサルファに対してこれ見よがしな溜息。
そのまま投遣りな口調で、困った顔で、
「どうやら殿下が動いて下さらないと、甥も落ち着かぬようです。
円滑に話を進める為にも、どうぞ。たった今より暫く、我が耳は何も聞きませぬ故」
そう言って、宣言通りに自分の耳を両手で覆ってしまうフィーお兄さん。
折れちゃったよ、このヒト。
サルファなんて、適当にあしらえば良いお兄さんを相手に。
どうやら、彼は色々と融通が利くだけでなく、己の分を弁えている方のようです。
必要があればいくらでもお目零ししようという姿勢は、私達を相手には絶対に必要です。
まあ、聞かないと言いながら後で持ち出してこられては困りますけれど。
何かまぁちゃんに制約かけてもらった方が良いでしょうか。
フィーお兄さんが、後々余計な口を出さないように。
聞かないと言いつつ、聞き。
聞いた内容を後で利用する。
そんな貴族は掃いて捨てるほど。
口でなんと言われようと、勇者様は警戒して口を閉じていましたが…
埒が明かない、と。
そう思ったのでしょう。
退屈そうに話が終わるのを待っていた、ロロが動きました。
その指先が、ひらりと踊る。
すると蒼い爪の動きに合わせて、ひらりゆらりと空気が歪む。
ロロイの爪の先、手の平の上で歪み、撓み、揺れる。
いいえ、空気ではありません。
あれは…水です。
どこからともなく…多分、空気中から水を絞り取ったのでしょう。
現れた水は、水の竜の命令に従って自在に動く。
ロロが蒼い爪で、くるりと円を描く。
すると、ふわりと浮かぶ水も回転し、楕円形に平べったく広がる。
水に向けてロロが爪で縦に線を引く仕草。
それは、指で空気を切るような動き。
すると、真中から切断されたように水が二つに分かれます。
ロロイがピッと指させば、水は指示された先へと一直線に向かい…
それは、フィーお兄さんの両耳に張り付いた。
「う、うわっ………!!? えぇ!?」
いきなり思いがけない襲撃をくらい、フィーお兄さんの目は白黒。
濡れた感覚を振り払うように頭を振ったり、両手をやったり。
指先が触れた水の感触に、更に目を見開いたり。
狼狽え、戸惑うフィーお兄さん。
混乱するお兄さんを尻目に、他の皆から問いかける目を向けられたロロイ。
ノリもよく、自ら右手を上げて自己申告。
「取り敢えず、耳栓にはなるからこの間に暴言でも何でも吐けば?」
「ロロイ、何をどうしたのアレ」
「水を張り付けただけ。でも水中の屈折率を弄っといたから。
あの水が離れない内は何を言っても聞こえやしないんじゃない?」
「中耳炎にならないと良いね」
「その辺は特に保証しない。適当に大気から抽出したし、かなり大雑把な仕上がりだから。
空気中の汚れも、もしかしたら結構混ざりこんでるかも」
すぱっと清々しく言い切ったロロイに、勇者様が何とも言えない笑みを浮かべました。
「よーし、さっさと話を終わらせよう」
うん、本当に何が言いたいの、その笑顔。
ふるふると首を横に振り、勇者様は答えてくれません。
「よし、これで勇者が心おきなくツッコミできるな」
「そこか! まだそこに拘るのか!」
「ん? っつーか、そもそもそういう話だっただろ」
「そ れ で も! それよりもっと大事な話があるんじゃないか!?」
「「今はない!!」」
「………、そんな、同時に言うことなのか…?」
意図せず声を合わせる形となってしまったまぁちゃんと、サルファ。
しかし二人はそんなことも気にせず、勇者様の肩に掴みかからないか不安になる勢い。
サルファがばっ………と両手を広げ、待ち構えるように体を開き。
それをびしっと指さして、まぁちゃんが言い募ります。
「見ろ、あれを! あんなに期待して待ち望んでるじゃねーか!
勇者、お前はあの期待を裏切るのか!? 裏切れるのか! 見損なったぞ!!」
「何でツッコミを拒否したくらいで、そこまで言われないとならないんだ!?」
その情熱、他に回せ! と勇者様が叫んでも。
ツッコミ待ちのお馬鹿さんと、ツッコミ推奨の魔王陛下は引き下がりません。
ついに、遠慮も焼き切れたのでしょう。
もしくは我慢もできなくなったのでしょう。
とうとう、勇者様が心の内に押し隠していた思いを、吐き捨てるように明らかとしました。
「なら言わせてもらう!」
その声は、凛と響き。
何者にも侵し難い、堂々と威厳のある音を成して。
「まずサルファ!」
「ばっちこーい☆」
「ツッコミ待ちが鬱陶しい! せめて隠せ! 催促して望みは叶うと思うのか!?
堂々と催促されては、逆に気力も萎えるだけだと何故わからないんだ!」
「ぐ…っ」
「お前はそれでも芸人か!!」
まず、サルファを言葉の矢がズバッと貫きました。
「う、うぐ…さっすが勇者の兄さん♪ き、効くな~☆
………ぐうの音も出ないというか、おっしゃる通りです……………」
サルファ、撃沈。
意気消沈しながらの言葉は、強がっていても隠しようもなく沈んでいます。陥没です。
自分から望んでいたというのに、胸を抑えて蹲りました。
しかしサルファ一人を潰したくらいでは、勇者様の勢いも衰えません。
気が済まないのか、おさまらないのか。
むしろ勢いを増し、切り裂くように鋭い声音は次の標的を狙い定めます。
「次に、まぁ殿!」
「どんと来い」
鋭利さを増した剣のような声が、まぁちゃんに向かう。
それを泰然とした余裕で迎え撃つまぁちゃんに、勇者様の声が熱を高めます。
「ツッコミは強要するものだと思っているなら、それは心得違いじゃないのか!」
「お、それで?」
「俺も魔境に行って、色々体験したからこそ、思うんだ。
いつもツッコミは思わずしている。考える前に、口からついて出るんだ」
「うんうん、それで?」
「つまり、ツッコミとは自ずから生れ出るもの!
無理やりさせるものじゃないと、俺はここに言いたい!」
「おお、勇者がツッコミについて語ってるよ」
「半年以上、毎日毎日何かしらツッコミさせられていたんだからな!?
持論ぐらい生まれても仕方ないだろう…!?」
「ほんと、染まったよなー…お前」
「他人事みたいに…! 染めたのは誰だと思って………!!」
「リアンカ」
「まぁ殿も一役買っているんだからな!?」
「そりゃ光栄だ」
「全然光栄なものかぁぁあああっ!!」
それは、魂から血を吐くような叫びでした。
勇者様、なんか思い詰めてませんか…?
もっと気楽にいきましょうよ、気楽に!
「とにかく! 俺にツッコミをさせようと思うのなら!」
「思うなら?」
「強要しても意味がないってことを理解してくれ!」
「ああ! つまり思わずツッコミ入れたくなるよ―な素敵な言動を心掛けろってことね。
自ずとツッコミしちゃう☆よーに、こっちが行いを引き出せと!」
「復活早過ぎだろう、サルファ!」
「勇者の兄さんには負ける」
「さらりと真顔で!?」
「わあ、楽しそうですの」
「うん、男どもは楽しそうだねー…見事にじゃれ合ってるよ」
ぎゃいぎゃい騒ぐ男衆を、私とせっちゃんは見物中。
じっくり見ながら飲む紅茶も、偶には乙なものですね。
耳から水が離れないことに気づき、フィーお兄さんはぐったり。
こうしている間にも、刻一刻とフィーお兄さんに中耳炎の危機が迫っている訳ですが。
そんなことも忘れて、まあなんて楽しそうなんでしょう!
………一応、準備しとこうかな。
「むぅちゃん、中耳炎に効く薬は…」
「もう薬草は用意してる。調合手伝って」
「手持ちの点耳薬があるけど?」
「こっちで学習したんだけど、魔境の薬は魔力に免疫のない人間には効き過ぎるみたいだ。
過剰な作用を引き起こして、刺激が強すぎる」
「え、それじゃ私達の調合レシピは役立たず?」
「そうでもないよ。レシピそのものは有効。問題は素材だから。
魔境で採取した素材に宿る魔力が、高い作用を出し過ぎるんだ」
「それじゃあこっちで採取した薬草や何かなら、大丈夫ってこと?」
「そういうことだね。レシピもモノによっては効果が強いから…
一応作用を和らげる工夫を凝らして……微調整のさじ加減はこれから実k…調べていこう」
「うーんと、私、まだこっちで素材集めしてないから適した手持ちがないみたい」
「僕の手持ちで足りると思うよ。先行して素材採取していた甲斐があるね」
「じゃあ素材の効能もむぅちゃんの方がよくわかってるよね。私、今回は完全な補助かぁ…」
「そうだね。お手伝いよろしく」
こうして私達は、私達の都合で耳を傷めるだろう子羊の為にせっせと薬作りを開始しました。
実は新しく集めた薬草の効能を実地で調べる貴重な機会を狙っていただけ……
…いえいえ、そんなことはありませんよ!
ええ、ええ、これは完全なる人助け!
ただの知的探究心…じゃなくて――えーと、
………まあ、何でもいいや。
部屋の中は傍目に混沌としていました。
ぎゃいぎゃいとツッコミがどうのと騒ぐ三人の青年。
耳に水を滴らせ、ぐったりするお兄さん。
怪しい笑みを浮かべながら、薬草をごりごり調合する私達。
せっちゃんはにこにことリリフの髪を撫で、ロロイは待つのに飽きて寝ていました。




