41.フィサルファード・フィルセイス 4
勇者様は頭痛を堪えるように、眉間をぐりぐり。
皺なんて全然寄っていないけど、気分的な物でしょう。
それが終わってから、口を開きかけたんですけど…
「お兄さん、あたま大丈夫? 正気?」
それより先に、私が口を開いていました。
「リアンカー!!?」
勇者様、唖然。
これぞまさに真の不躾無作法と、私の発言内容は惨劇を呼び込む過激さです。
「このごついのが女性に見えるんなら、眼球を活きの良い眼球に交換した方が良いよ?」
「いや、眼球の交換なんてできるか!」
「グライアイのお婆さん達はしてたよー?」
「魔境と一緒にするんじゃありません!!」
「大丈夫、人間死ぬ気になればなんとかなるよ!」
「死ぬ気になっても、人間に新しい眼球は生えないからな!?」
「そこは私の新薬を使って………」
「あの怪しい薬は絶対に封印! それにそもそも、あれで目が生えるのは額じゃないか!」
「まあ、そもそも生えた目でモノが見えるのか、確認は取っていませんけどね」
「そこ! 一番重要じゃないのか!?」
立て板に水、と。
私と勇者様の応酬はいつものようにテンポよく。
そうそう、これこれ。
これでこそ、勇者様というものですよね!
私は楽しくなって、うきうきと勇者様と言葉を交わします。
その間に、
それまでとはガラリと様子の異なる、勇者様に、
シフィラレンジ青年は、ぽかーんと呆けた顔になっていました。
「お兄さん、悪いことは言わないわ。女の人を見る目、もっと養った方が良い。
せめて雌雄の判別ができるくらいには!」
「あはははははっ り、リアンカ! お前ひよこの判別みてぇに言ってんじゃねーよ!」
「それよりその発言は多方に向けて失礼だと思うんだが! まぁ殿は気にならないのか!?」
「気にしたら負けだ」
「そこだけやけにキッパリと!?」
勇者様は衆目の目も忘れて、頭を抱えてしまいました。
その様子に、遠目に窺っていた方々がざわめいています。
もしもーし、勇者様?
さっさと正気に戻らないと、故郷の評判落としますよー?
勇者様が冷静さを取り戻す頃には、青年の戸惑いは確固たるものになっていました。
「あの…殿下? 私のお願いは、もしや殿下の御心をそこまで乱して………?」
「フィルセイス殿、頼む。見当外れで不吉な誤解は招きこまないでくれ…」
ぐったり疲れた勇者様。
そんな勇者様を翻弄した私の方は元気、元気!
元気ついでに、再び口を挟みます。
「それでフィーお兄さん」
「フィー?」
「お名前呼びにくいです。貴方は今からフィーお兄さん! もしくはレンレンかレンジ!」
「勝手に略されましたよ、殿下!」
おろおろ戸惑う青年の、その様子は先程までの印象よりもずっと幼くて。
最初にも思いましたけど、もしかしたら結構若い?
童顔の可能性も考慮していたんですが…何だか、未熟者の臭いがします。
これは…おちょくると楽しそうな予感。
「リアンカ…程々に」
「………勇者様ったら、本当に勘のよろしい…」
「魔境で鍛えられた。きっとリアンカのお陰だろう」
ちょっと不穏なことを考えただけで、勇者様におてて捕獲されました。
まあ、良いや。
このまま聞きたいことだけズバッと聞いちゃいましょう。
「フィーお兄さん、うちの兄代わりに何の御用ですか?」
「兄貴分?」
「ええ。こんな形はしていても、この人これで立派な雄ですよ?」
そう言って、くいっと親指でまぁちゃんを指示します。
もしも何か不穏な誤解をしているのなら、スパッと解いてあげるのも情けでしょう。
…これでもし、変な誤解をしたまま後で何か弊害が出たら。
その時、命を落とすのはまず間違いなく、このお兄さんでしょうし。
ですが私の予想に反して、青年は納得したようにこくりと頷きます。
何か変な誤解があるなら、もっと過剰な反応が返ってくると思ったんですが…。
「そうか。貴女方は御親族でしたか。
初にお目にかかります、シフィラレンジ・フィルセイスと申します」
「あ、これはどうもご丁寧に。リアンカ・アルディークです。
こっちは従兄妹のバトゥーリさんとセトゥーラちゃん。それからリリフとロロイ」
興味深そうに青年を見上げている子竜達も含め、身内のことをさっと紹介してみます。
むぅちゃんも紹介しようと思ったんですけど、気付いた時には距離を取られていました。
面倒だからって、逃げるのは良くないよ。むぅちゃん!
不満にむぅちゃんを睨むふりをしながら、目線はちらりと隠れている奴に向けられます。
相変わらずまぁちゃんの巨大に膨らんだ、スカートの影。
身を縮め、驚くほど気配をコンパクトにして隠れたサルファ。
目が合うと、奴は必死になって首を横に振っています。
どうやら、紹介してほしくはなさそう。
ここは様子を見るとしましょう。
暴露は、後でもできます。
「それで改めて聞きます。お兄さんは彼に何の御用です?」
「…そうですね。ご本人に、直接伺いましょう」
あれ、なんだか覚悟を決めたような…
何か、やけに真剣味を帯びた目が、まぁちゃんにまっしぐら。
え、何この空気。
張りつめた緊張感の中、青年が固く強張った口調で、まぁちゃんに尋ねます。
「貴方は………その様子を見るに、芸人か何かだと思うのですが」
「「「「「「「……………」」」」」」」
はい、はずれー!!
誤解は誤解でも、奇妙な方向にではなく。
どうやら、不可抗力といってもいいくらい仕方ない方向への誤解のようでした。
皆が仕方ないよと、無言で頷き合います。
その中、渦中のナターシャ姐さん(雄)が扇で口元を隠しながらにたりと笑い、言いました。
「残念だな。俺は芸人じゃねーぜ?」
「まぁちゃん、口調…」
「おーほっほっほ! 残念ですわね? アタクシ、芸人ではございませんの!」
「うわ、やっぱ気持ちわるぅ…」
「てめぇリアンカ…今、素で気持ち悪いって言っただろ!」
いや、だって真剣に気持ち悪かったし。
女というにはかなり無理のある低い声を、裏声で無理やり高くして…
まぁちゃん、無理は禁物だよ。
だから芸人って間違われるんだよ。
こんな女装した魔王なんて前代未聞だろーな…と、今更ながら虚しさが溢れてきます。
哀愁。
哀愁だよ、まぁちゃん。
ノリノリでまぁちゃんの髪を高く結い上げた過去も棚上げしてしまいましょう。
私は悲しい目でまぁちゃんを見てやりました。
嫌そうに顔をしかめる、まぁちゃん。
オバケみたいな化粧のせいで、ちっとも威厳がないし怖くない。
「芸人では、ないのですか………仮装舞踏会でもないのにそのような格好をしておられるから、てっきり。私の早合点を、どうかお許しください。人の趣味趣向は様々ですから、貴方の様な方もいますよね…」
「そこからまたさらに明後日の方向に勘違いしてんじゃねーよ」
「やめなよ、まぁちゃん。仕方ないよ。そう見えたって不可抗力だよ」
今度こそ失礼な誤解が発生したようですが、やっぱり無理もありません。
まさか趣味でもなし、笑いを取る必要もない場所に、こんな滑稽な…
…うん。勇気ある格好で現れる人がいるなんて、きっと誰も思いませんよ。
「ですがそうですか……芸人ではないのですか」
心底残念そうに、フィーお兄さんが溜息をひとつ。
思わずという感じで漏らして、ハッと口元を押さえます。
気まずそうな顔は、自分の溜息を恥じているようです。
「なんだかフィルセイス殿は真剣に芸人を探しているようだが…
………何かあるのか? 何やら事情でもおありだろうか」
人の良い勇者様は、案の定。
ええ、案の定。
フィーお兄さんの残念そうな、悲しそうな顔に親切心を発揮していました。
それに緩く首を振る、フィーお兄さんですが…
「いえ、これは当家の問題ですから………」
え゛、芸人一つ取って家の問題…ですか?
本気で困っているお兄さんの、予想以上に重そうな背景。
いや、もしかしたら滑稽で笑える事情かもしれないけれど。
いきなり家の問題なんて言われたら、身構えちゃうよね。
私も、好奇心が疼いて仕方ないんですけど……
でも、さっきからの、この一連の流れ。
見つかりたくないと身を隠す、サルファ。
そんなサルファに避けられながら、芸人に用があったらしい、フィーお兄さん。
これ、何か絡んでいるでしょう。確実に。
フィーお兄さんの見ていない、その隙に。
私達の白い目が、隠れるサルファへと殺到しました。
もうこれ、喋っちゃってもいいかなー。
そう思っていると、勇者様から目配せが。
『待て、まだ早い。一応、事情を聴きだしてからだ』
その目には、変な修羅場には巻き込まれたくないという保身が窺えました。
この場で騒ぐと、目立ちますからね。
今も目立ってますけど!
私達の意見交換の間に、まぁちゃんがフィーお兄さんを宥めるように声をかけます。
「まあ、待て。お前が何の用か知らんが、気軽に呼び出せる芸人に心当たりがなくもない」
それ、サルファのことですよね!
呼び出すも何も、まぁちゃんのスカートの裏から召喚できますよね! 一秒で!
隠れているサルファがぎょっとするけれど、今更逃げ場などどこにもなし。
何より、隠れたい対象が傍にいるのにこそこそ移動ができましょうか。
前にも言いましたが、まるで隔離されるように私達の周囲には無人の空間ができています。
そこを移動するとなると、必然的に発見されちゃいますから。
だからサルファは、私達の御心ひとつと我が身を弁えて隠れているしかありません。
ふふふ…精々、祈ると良いでしょう。
いざとなったらサルファを売る気満々で、まぁちゃんは明るく問いかけます。
「細かい事情は知らねぇけど、何か訳があるってんなら協力もやぶさかじゃねーぜ?」
「お心遣い、ありがたく…しかし、ただの芸人では駄目なのです」
「………ん?」
「私は既に、この国に来てから名のある芸人達を当たっています。ですが、目的は果たせませんでした…王宮の、王子殿下の傍に侍ることが許されるほどの芸人ならばと、そう思ったのですが…」
「待て。待て待て、なんだよ? 伝説の芸人でも探してんのか?」
「いえ、探しているのはとある旅芸人一座に身を寄せている男です。何しろ相手は旅芸人、どこに出没するとも把握は難しく…予測を立てて方々当たりましたが、どうにも空振りばかり」
そこまでの執念で、誰を探しているんですかね。この人。
でも、旅芸人、ね………
………サルファ、前に旅芸人一座にくっついて旅してたって言ってましたよね。
これはもう、確定でしょ、と。
私達の意味ありげな視線を受けて、サルファの額に冷や汗だらだら。
まあ、トドメはもう少し待って、最後までお兄さんのお話を聞いてみましょう。
お兄さんは悩ましげな顔で、苦労を語ります。
「これは此方から追うだけでなく、別の情報源も入手するべきだろうと……芸人の情報は、芸人に聞くに限ります。高名で地位のある芸人であれば、仲間の情報もよく掴んでいる物です。名のある芸人を数々当たりましたが…この都は人間の国々の盟主国です。最高峰とされる芸人がいると聞き、情報を尋ねました。しかしいかなる事情があろうと内部事情や芸事組合に属する者の個人情報を流す訳にはいかないと………」
へぇ…こっちには芸事組合なんてものもあるんですかー。
じゃ、個人情報じゃなくて、次の公演予定を聞けば良かったんじゃないかな。
お客様からそういう問い合わせに、答えないとは思えないんですけど。
その辺には頭が回っていないんですかねぇ。
何となく、馬鹿真面目そうだし。
生真面目な人って、応用に弱い気がするのは私の偏見でしょーか。
「それでお兄さんは、結局、誰を探しているんですか?」
何だか話が長くなってきたので、すぱっと断ち切ってみました。
さあ、それでは結論言ってみよっかー?
そうして、お兄さんは躊躇い。
躊躇いに、躊躇い。
「そう言えば最近、私の知り合いに芸人が一人増えたんですけど」
「………?」
「青味の強い黒髪で、背中から横腹にかけて入れ墨があって」
「……………」
「目は濃いオレンジ色。手足が長くて、身長はお兄さんより高いくらいですかねー」
「………は」
「ちなみに名前は、サルファだそーです」
「さるふぁ…?」
面倒になったので、私はちらりと情報開示しちゃいました。
『ちょ、ちょっとリアンカちゃん!?』
物陰から、何やら抗議の声っぽいものが聞こえた気がしました。
でもきっと気のせいでしょう!
「ちなみに」
まぁちゃんが、言いさしました。
「そいつなら丁度いま、ここにいる訳だが」
そう言って、ひらり優雅に身を翻します。
ふわりと広がり、靡いたスカートの後ろから。
某軽業師の全身が、呆気ないほどあっさりと表れて…
………まぁちゃん。
貴方も私と同じく、もうかなり面倒になってたんですね。
うん、その心境はかなり分かります。
そうして、顔に絶望の色を灯し。
引き攣った顔のサルファは、何の心の準備をする猶予も無く。
背後に回ったまぁちゃんに、背中を蹴られて青年の眼前へと転がり出てきたのでした。
ちなみにサルファとフィーお兄さんは兄弟じゃありません(笑)




