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40.フィサルファード・フィルセイス 3


「それで、どうしたの?」


 サルファに改めて聞いても、だんまり。

 拗ねているんでしょうか。

 それとも本当に、後ろ暗いことが………

「それで、痴漢? 強制猥褻? それともストーカー?」

「ないから! 俺、前科者じゃないからね、リアンカちゃん!?」

 私の予想に対して、全てサルファは首を横に振ります。

 うん、必死で。

 大きな体を精一杯に縮こませても、限度があります。

 サルファは身長が高い。

 がっしりはしていない体型で、手足が長くてひょろひょろ系。

 でも間近で見ると分かります。

 軽業師として鍛えた為か、マルエル婆の功績か。

 どうしても細い印象はありますが、こいつの腹筋割れてるんだよね…。

 いつも腹やら手やらが出ている格好は、その体型を隠しません。

 ついでに入れ墨も隠しません。

 背中から横腹に及ぶ入れ墨は、大道芸人としての印象作りだと思っていたんですけど…

 もしかして、脛に傷持つ感じの過去でもあるんでしょうか?

「いや、だから前科もんじゃないってば」

 そう言って否定はしますが、具体的に何で隠れているのかは口にしようとしません。

 さて、どうやって口を割りましょうか。


「………サルファ、今の内に喋った方が良い。リアンカがキラキラしだした」

「ああ、あの笑顔はやべぇぞ? どうやって追い詰めるか考えてる顔だ」

「リャン姉、前より手並みが上がってたよな。うん、自白した方が身のためだ」

「最近、リアンカが作った素直になる薬はえげつなかったなぁ…成仏したらいいよ」


「お、おいおーい! 俺を脅して楽しい!?」


「「「「脅しじゃない、事実だ」」」」


「……………」

 

 私が何をしてやろうか考えていると、男衆がサルファの肩を叩いたり、忠告したり。

 わー…仲がいいですねぇ。

 小声なので会話の内容は良く分かりませんが、何やら変な一体感を感じました。

 何か、通じ合うものでもあったのでしょう。

 

 私が感心していると、サルファがくるりとこちらに向きなおりました。


「わかったよ、リアンカちゃん。ちゃんと喋るから、俺」


 ………なんで急に喋る気になったんでしょう、この人。


 私は首を傾げながらも、喋るのならまあいいか、で結論付けました。

 なんでサルファが心変わりしたのか知りませんが、今は奴の前科の方が気になります。

 絶対、破廉恥系だと思うんですよね…!

「………清々しいまでに、俺って信用ない☆」

 そう言いながら、サルファがこっそり溜息をついていました。

 うん、バレバレだからね?



 そうして、サルファが躊躇いがちに口を開いて…

「――あの、もし」


 ………というところで、邪魔が入りました。

 チッ…誰ですか! 折角、下手人が口を割る気になったって言うのに!

 声をかけられた方へ振り向くと、そこにはどうやら他国からの来賓らしい異国の風貌。

 正確には来賓の方の護衛か何かでしょうか?

 多分、大陸南方系のどこかの国の方でしょう。

 異国の装束を身にまとった、騎士らしい青年がそこにいました。

「ご歓談中申し訳ありません。ですが、少しお時間よろしいでしょうか」

 そう言って丁寧に、恭しく腰を折る騎士の青年。

 しかし礼儀正しくされようと、私は不満です。

 折角、せっかく気になっている事柄についてサルファが口を割りそうだったのに…!

 これでまた心変わりでもされようものなら、どうしてやりましょう。

「リアンカ、リアンカ、顔が黒い」

「え、本当? やだ、見っとも無いところをお見せしました!」

「………傍目には微笑んでいるように見えたから見っとも無くはなかったよ。大丈夫だ」

 傍目には微笑んでいる顔を見て、黒い笑顔だと見抜いた勇者様。

 最近、色々見透かされているような……。

「………リアンカは計り知れないから、全部わかるわけじゃない」

「そう言いつつ、私の顔色読んでるじゃないですか!」

「表層的なことは、結構顔に出るから。リアンカは」

「く…っ 私の豊かな表情筋め!」

「………自分の表情筋なんてピンポイントで罵る女の子は初めて見るな」

「勇者様が見たことのある女の子は、一面に偏っていると思いますよ」

「ああ、自分でもそう思う」

 そう、肉食系恋する乙女の面に………


 私達はしみじみと遠い目をして、深く溜息をつきました。

 恋する女の子って、厄介です…。


「あ、あの…? やはりお邪魔だったようですね…」


 あ、このお兄さんのこと忘れてました。

 うっかりうっかりと、私も気まずい気持ちになります。

 仕方ありません。

 無視しちゃったのは心苦しいので、ここは青年のお話をちょっと触りだけでも聞きましょう。

 まあ、この人の用があるのは勇者様で、私達はおまけでしょうが。

 他の人間に聞かれてまずい話なら、しかるべき場所でしかるべき時にするでしょう。

 それをこんな公衆の面前でするってことは、聞かれても構わないってことですよね。

 私も勇者様も、まぁちゃんの傍を離れるのは危険だし。

 ここは出張亀よろしく堂々と拝聴しましょう。


 すっかり意識を見知らぬ青年に傾けた私は、気付きませんでした。

 まぁちゃんの背後に身を隠していたサルファ。

 青年の接近以来、彼が更に身を縮めて必死に身を隠そうとしていたことに。

 その大きな図体を必死に小さく、体育座り状態。

 その上で更に、まぁちゃんのスカートに埋もれようとしていたことを。

 まぁちゃんが、物凄く迷惑そうにさりげなくヒールでサルファを蹴りつけていました。


「俺、スカートの中に男を入れる趣味はないんだけど」

「俺だって男のスカートに入りたくはないけど! お願い! 匿って、まぁの旦那ぁ!」

「ああ? んじゃ、この野郎がてめぇの因縁の相手か? 被害者か?」

「まぁの旦那まで俺のこと犯罪者扱いー!?」

 

 囁くような小声でなされた二人の会話は、他の人間の耳には届きませんでした。



 異国の青年は、背の高い人でした。

 少し色の濃い肌は、ハリがあって。

 背が高いので気付きませんでしたが、よく見ると顔はまだ若干の幼さを残しています。

 青年と呼んでいますが、もしかしたら私と同年代かもしれません。

 彼は大国の王子様を前にしてか、緊張の滲んだ顔で。

 顔面に大きく「恐縮です!」と書いてある気がしました。


「お時間取っていただき、恐縮です」

 改めて勇者様に深々と頭を下げる姿は、馬鹿真面目で融通が利かなさそう。

 舞踏会という砕けた席での改まった態度に、勇者様の顔にも苦笑が浮かびます。

 お兄さん、勇者様は気さくな方だからもっと砕けても大丈夫ですよ!

 魔境(うち)の若い衆なんて、もっと凄いことを平然としていますから。

 強引に肩を組んで無理やり一升瓶を口に突っ込んだりしても怒られなかったんだから!

 そんなことを内心で叫ぶ私の肩を、宥めるように勇者様が叩きます。

 それからやっぱり、『王子様』の顔で鷹揚に頷きました。

「そんなに堅苦しくならなくて結構だよ。確か前に、貴国の武術大会で会ったことが…」

「覚えていただけていましたか!

三回戦で殿下のお相手を務めさせていただきました、シフィラレンジ・フィルセイスです」

「あの時はいい勝負をさせてもらった。フィルセイス殿はお強い。ゆっくりと言葉を交わす時間も持てなかったのが残念だったんだ。何しろフィルセイス殿は、諸国にも名の知れた武芸者なのだし」

「勿体ないお言葉です…私など、まだまだで。あの時も、殿下に手も足も出ませんでした。流石は武名に名高いライオット殿下と、私は心底感服いたしました」

「それこそ謙遜でしょう。私の左腕に傷をつけたのは、あの大会でフィルセイス殿だけだ」

「その節は、試合とは言え殿下の御身に…」

「ああ、試合のことじゃないか。気にしないでくれ。試合に出るからには公正でなければ意味がない。そして参加は強制じゃない。自由意思で大会に参加したんだ。どんな怪我も自己責任だろう?」

「しかし……」

「試合の後、わざわざ詫びに来る必要もなかったんだ。

むしろ本当にいい試合をさせてもらえて、俺は嬉しかった」

「光栄です、殿下………」


 ……………これ、誰ですかね?

 心底不思議そうに、こっくりと首を傾げてしまいましたよ!

 だれ!? だれ、これ!

 こんな余裕そうなお兄さん、勇者様じゃない!!

 私の心が、猛り狂うような激しさで叫んでいました。

 内心で、私ったら大混乱です。

 勇者様、常とのギャップが酷過ぎる……

 

 むしろ私達の前でこそ、その姿は例外的で。

 本来の『王子様』としての彼は、こちらの姿の方が常で。

 そんなこと知らない私は、心の底から困惑してしまいました。


「……というか勇者、他国の武術大会とか出てんのか」

「勇者の兄さんは、各国の武芸大会総ナメ常連で有名だよ。

っていうか、知り合いかよ…この二人!」


 背後から聞こえるのは、まぁちゃんとサルファの声ですかね?

 なんでしょう。

 いつもどんな時も悪い意味で態度の変わらないサルファ。

 そんな彼が、いつになく焦った声出してるんですけど。

 なんか、今にも悪態をつきそうな感じ。 

 こんなに苦い声ってことは……

 …もしかして、この南方系のお兄さんが、サルファの会いたくない相手?

 

 思い至ると、それまでのいい加減な気持ちは吹き飛びました。

 一気に、このお兄さんへの興味関心が噴出します。

 好奇心という、うずうずするわくわく感。

 このお兄さん、サルファと一体どんな関係で…!?


 会ったら気まずいのか、それともまずいのか。

 その辺、ちょっと突っ込んでみようかな…?

 

 私の企みが漏れたのか、察するものがあったのか。

 背後から、引きとめるように私のドレスを引っ張る力を感じます。

 それから、抑えるように私の腕を掴む勇者様の力も。

 なんですか、皆して!

 まるで私が危険人物みたいじゃないですかー…!


 水面下での必死な引き留め工作にも気付かず、青年は勇者様ににこっと笑んでいます。

 笑い返しながら、勇者様がその実切羽詰った状況に焦っていることにも気付きません。

 まあ、些細すぎて全然気付かないのが当然の変化ですけど。

 勇者様は自分の態度が不自然にならないよう誤魔化そうとしてでしょうか。

 さも平然とした声で穏やかに問いかけます。

「それでフィルセイス殿、もしや貴殿は今回の大会にも…?」

「式典の前日にある、奉納御前試合ですね!

いえ、残念ながら今回は職務が優先ということもあり、参加は見送ることに」

「職務というと、やはり護衛の? 貴殿は貴国の近衛に属していると聞き及んでいるが…」

「はい。今回は我が国の国王名代として、王弟にあたる大公閣下がこちらへ。閣下の警備責任を負っているのが、我が長兄でして。私はその縁で護衛の末席に加えていただいています」

「貴国の大公殿といえば、探究心旺盛な三の君だったか。

一昨年、大公の位に就かれたとか? 行動力のある大公殿になりそうだ」

「はい。お若い方なので警護を負う兄も気を緩めることなく。

幸い、兄は信頼をいただいておりますようで」

「フィルセイス殿の兄上といえば、剛力無双で知られたルアザリアード・フィルセイス殿か。そちらのフィルセイス殿も、武勇に優れたよき戦士と耳に聞く…この国にいるというのなら、一度は手合わせ願いたいものだ」

「恐れ入ります。兄もその言葉を聞けば喜びましょう」

 一見何でもないように、二人の歓談は進みます。


 でも、私は見ました。


 二人の口からルアなんとかさんの名前が出てきた瞬間のこと。

 その名に反応して、隠れ潜むサルファの肩がびくっと震えたのを。

 話が進むにつれて、滝の様に冷や汗を流しだしたところを。

 え、なに?

 本当にまずいのは、そっちなの?

 王族の護衛責任を負うってことは、結構な大者だよね?

 少なくとも、武人としては。

 そんな大物を相手に、あんた何やらかしちゃったって言うの……?


 私達が様子のおかしいサルファに気を取られているうちにも、勇者様と青年の会話は続く。

 いつしか話題は、青年の本題へと。

 その切り出しは、こんな形で始まった。


「兄といえば」

「…?」

「実はこうして不躾にも、身分を弁えず殿下に声をかけたのには、理由があります」

「なんだろうか」

 

 勇者様は本当に気さくな方だから。

 武術大会云々で身分関わりなく猛者に揉まれた経験もある為でしょうか。

 強い戦士と言葉を交わすのが嫌いじゃないそうです。

 だから、声をかけられても気にしていませんでしたが…

 相手の青年は、何かしら目的があると言います。

 青年はこくりと唾を呑みこんで、告げました。


「どうか殿下がエスコートなさっている御ふ…ご、婦人を紹介してはいただけませんか」


「「「「………!!?」」」」


 いま、御婦人っつったよ、この人!


 残念ながら、私達が衝撃を受けたのはそこにでした。

 失礼だとか不躾だとか、礼儀を弁えないとか。

 そんなことはどうでも良くなるくらいの衝撃です。

 ひたすらに、私はナターシャ姐さんを御婦人と言い切った度胸に感服していました。

 言う時に、ちょっと噛んでましたけど。


「ふぃ、フィルセイス、殿………?」


 勇者様の声音が、滑稽なほどに震えています。

 それは、相手の正気を疑う声でした。

 その声に、青年はぐっと顎を引いて。

 でも、真っ直ぐに勇者様を見る。


 鋭く強い眼差しに、私達は揃って言葉が見つかりませんでした。





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