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39.フィサルファード・フィルセイス 2

 誰もが近寄りがたい、結界めいた空間が出来ています。

 言わずもがな、まぁちゃんのお陰で(笑)

 今のまぁちゃん…いえ、ナターシャ姐さん(雄)は、最高に近寄り辛いみたいですね。

 ナターシャ姐さん(雄)を中心に、半径五mばかりが何もない無人の空間と化していました。

 途中で一度レオングリス少年やオーレリアスさん、シズリスさんといった勇者様の親しい方々が挨拶にいらしましたが、みな一様に顔が引き攣っていました。

 顔面神経痛にお気をつけて!

 まあ、他にも挨拶回りにいかないといけないとのことで、皆様早々に離脱なさいましたけどね。

 それ以降も、ちら、ちらと此方に近づきたそうな人が付近まで接近し……

 …結局接触するまでの勇気には至らず断念・離脱といった動きはありました。

 それ以外は静かなもので、何人たりともこの空間に近づこうと致しません。

 お陰で覚悟した程の苦境に立たされずに済んだと、勇者様が安堵の息をついていました。

 駄目だよ、勇者様!

 気を緩めたら、そこから一気にきちゃうんだよ!

 酷いことが起きた時、緩んでいたら対応できないんだから!

 というか、こんな状況で気を抜いてどうするの!?


 勇者様の今までの輝かしい実績を思えば、油断は禁物です。

 油断する→悲劇に遭うというのがある種の定番になってきた気がします。

 勇者様、気が抜けない!

 一分一秒たりとも気が抜けませんよ! 

 まあ、大概の不幸は他者…特に私とかには何の悪影響も及ぼさないので、そこまで真剣に助けたりもしませんけれど。

 


 私は酷いことを思いながらも、対岸の火事状態。

 しかし考えてみれば、先ほど私は勇者様と踊っています。

 あの時、遠巻きに招待客のお姉様達が目を見張っていて………

 …うん、どうやら私も気を抜けないようです。

 孤立したら囲まれる!

 そんな未来が見えてきますよ。私、未来視の能力なんてないのに。

 どうやら対岸の火事と思っていたのは私だけのようです。

 踊ったが最後、私も立派に巻き添えです。

 勇者様はまさかそこまで狙っていないと思いますけど。

 どうしたものか、私もナターシャ姐さん(雄)から離れられないじゃないですか!


 ………はっ!

 なんですか、まぁちゃん!

 その意味ありげな視線と含み笑いは!

 今のまぁちゃんににたりと笑われても、こっちだって笑いしかこみあげません。

 でも本当、その意味ありげな笑みは何ですか……?


「いや、リアンカは賢い子でまぁちゃん…ナターシャ姐さんは嬉しいぜ」

「まぁちゃん、役になりきるなら言葉づかいに気を付けようよ」

「ほほほ……これは失礼?」

「気持ち悪いね、まぁちゃん」


「自分でやれと言っておいて、実際にやったらその言い草!?」


 隣で何だか勇者様が吃驚しています。

 まあ、いつものことでしょう。


「それで、何なのまぁちゃん。その笑顔」

「いやー? いつまで経っても危なっかしくて目が離せないリアンカさんは、こんなイベントごとの時は特に目が離せねーなあと。……何かやらかしたら勇者が大変だよな?」

「にこっと笑う笑顔が素敵だけど、お化粧のせいで化け物にしか見えないよ。まぁちゃん」

 実際に、私が何かやらかして苦労するのはまぁちゃんじゃなくて勇者様です。

 そして自分が被害を被らない限りは、まぁちゃんだって気にしたりしないのに。

「…ここは魔境じゃねーし。お前に手ぇ出すとやべぇってわかる賢い奴はいねーからな。

魔境みてぇにはいかねーよ。とてもとても、心配で放置なんかできっか」

「つまり?」

「ん。こっちじゃリスクが不明のままお前に危害加えるお馬鹿さんが確実にいるだろ。

そんな中に自衛手段の薄っぺらいお前を放流するほど、まぁちゃんは馬鹿じゃねーんだよ」

「成程、私ったら心配されてるのね。珍しい方向で」

「魔境じゃこんなところに気にする必要ねーんだけどなー………身を弁えた奴ばっかだし、リアンカに手ぇ出すリスクも弁えてっし」

「………まぁ殿が気を気にしている対象が何か、考えるのも不安だ。

リアンカに何かあって、本人にどうしようもない事態に陥ったら……灰燼に帰すだろう?」

 勇者様は、何が灰になるとは言いませんでした。

 でもまぁちゃんはにやりと笑って、化粧の濃い顔で言うのです。

「当然」

 簡潔に、一言で。

「物理的に対抗手段もねぇリアンカを虐める奴は、俺が相手になるって昔から決めてんだ」

 そう言ったまぁちゃんの顔は、清々しいまでに黒かった。


 どうやら、さっきの勇者様と私のダンス。

 先々私が嫉妬を受ける可能性を分かっていながら、まぁちゃんが止めないのはちょっとおかしいと思っていたんです。

 だって私やせっちゃんから気を逸らす為に、女装までしたんですから。

 なのに踊って目立っちゃったら、その努力が水泡に帰すじゃないですか。

 そうまでしておいて、どうして私が勇者様と踊ることを止めなかったのか。


 ………どうやら、魔王様の黒い作為が隠れていそうです。


 私を勇者様と踊らせることで、自主的に行動制限を心がけるように誘導したのでしょう。

 そう、この目の届かない人間の国で、私がふらふらし過ぎないように。

 ちなみにせっちゃんは勇者様と踊ろうと踊るまいとその自由な行動を阻むことは無理です。

 せっちゃんはやる時はやる子なので、その行動を阻むことは難易度最高です。

 なので、まぁちゃん的に勇者様と踊らせるつもりはないでしょう。

 何しろそれでせっちゃんが自粛するという発想に至る可能性が望み薄なので。

 それなら女性の無用な嫉妬は退ける方向に誘導した方がマシです。

 せっちゃんは、時として私以上の自由人だと思います。

 一応、私は自衛のことを考えて危険に踏み込まないだけの危機管理能力はありますから。

 多分ですけど。


「………踊りに誘うなら、私でもせっちゃんでも良かったでしょうに。

最初から私を誘うあたり、勇者様もおわかりですね」

「単純に、姫よりもリアンカの方が誘いやすいと思っただけだ。姫よりも打ち解けてるし」

「本当ですかねー?」


 ………というか、勇者様。

 その慌てない態度を見るに、その辺のこと分かっていて私を踊りに連れ出しましたね?

 元から慣れ合っていたところはありますが、最近、私の思っている以上にどうやらこの二人は打ち解けているようです。

 口惜しいこと。


 私は頬を膨らませてやろうかと思いました。

 子供っぽいしみっともないので、実際にはしないけど。

 でも心情的に、そうしたい気持ち。

「私だって、ある程度の落とし前は自分でつけられるのに……

…こっちの人間さんが相手だったら、大したことにはならないでしょうし」

 それに、私は王子様のお客様です。

 国賓ではないけれど、王に近しい後継者の、親しく個人的なお客様。

 丁重に扱われていることは、私にだって分かります。

 そんな相手に直接的な…そう、証拠の残るような実被害を与えるとは思えません。

 昨日の今日で知らない人ばかりだとしても、王子様と踊るような私に、どんな素情があるのか知れていないのは逆に切り札ともいえます。

 だって誰も知らないんですもの。

 もしかしたらやんごとなき身分かと、勝手に勘違いしてくれるはずです。

 何しろ身につけている品々も、元手ただの癖に一級品ですから。

 王子様と親しく接しているだけで、勝手に勘繰ってくれて楽ですね。

 そんな私を相手に手を上げて、後々自分に被害が及んでは堪りません。

 だから、私に何かするとしたら精神的な方面への嫌がらせとなるでしょう。

 もしも絶対的な権力をもっていて、私一人が失踪しても揉み消せると思っているお馬鹿さんがいたら話は別ですが。

 それでも、素情の確認くらいはしてから実行に移すでしょう。

 自分の保身に頭が回らない、真性の愚か者でもない限り。


 …まあ、勇者様への恋に目が眩んだヤバい人だった時には………

 ……うん。私も不安にならざるを得ませんけど。


 それでも大概のお嬢様や、利権目当ての方々なら、素情の知れない私を相手に無謀には走らないでしょう。余程、頭に血でも上らない限り。

 そんな保身を気にして退路ばかりに目が行く軟弱お貴族様など、多分敵ではありません。

 逆に蹴散らしてやろーじゃないかー!

 そう思えるくらいには、私も舐めています。

 どんな精神的苦痛を狙った嫌がらせを受けようとも、私にはやり返す自信があります。

 どうしても無理だったり、太刀打ちできなかったり、やられたりした場合には最終的にまぁちゃんに泣き付きます。

 それはもう、盛大に泣き付きます。

 勇者様の顔に死相が出ても気にせず泣きついてやりましょう。

 そう、それで勇者様の寿命が縮んでも。

 私は私に被害をもたらした相手にやり返す為なら、手段を選びません。

 それが例え、最終虐殺兵器(まぁちゃん)の出動を願うことだろうと。

 背後にまぁちゃんがいる。

 いざとなったらまぁちゃんに投げられる。

 そう思っていた方が、私だって気が楽なんですから。

 いざという時はやりきる覚悟で太刀打ちしてやろうじゃないですか。


 ………というような旨のことを伝えたら、勇者様の顔が土気色になりました。

 わあ、不健康!

 勇者様はそっと両手で私の手を取り、自由にならないようにきゅっと握ります。

 絶対に離さない、放したら終わりだとでも言うように。


「リアンカ………今夜は、離宮に戻るまでこの手を離さないからな」

「勇者様、切実に焦った顔で口説き文句まがいのことを口にするのは止めませんか…?」

「事実、切実に焦っているんだ………明日、この王宮一帯が焦土と化さないかと」

 

 そうなったら、戦争が始まる…。

 周辺各国の王侯貴族も巻き添えになるだけに、群雄割拠の戦国時代が始まってしまう…。

 そう言う勇者様は、真剣にその懸念に囚われているようでした。


 …というか、この方はこの遣り取りが傍目にどう見えるか分かっているんでしょうか。

 いつもは頭の良いはずの勇者様は、どうやら客観的に物を見る余裕もないようです。

 人間の国に来てから、ちょっとこういう部分が増えたかもしれません。

 やっぱり、自分の国が滅ぶかもしれないという危機感が冷静さを失わせるのでしょう。

 勇者様、ツッコミに冷静さは不可欠ですよ…?

 自分(ツッコミ)を取り戻して! とか言ったら復活するかなぁ。

 そう思いながらも、私は縋るような勇者様の手を振り払えずにいました。



 お陰で、物凄く私達は目立っています。


 この国できっと、最も目立つだろうキラキラしい絶世の超絶美形王子様。

 彼は、かつてなく弱々しい儚さで私の手を握り。

 極楽蝶のような、化粧の分厚い場末の御姐さん(年増)風のまぁちゃんは異彩すぎる風格を放っています。そう、存在するだけで。

 そして手を握られている私は、得体のしれない謎の人物。

 そんな私の隣に立って、何かを警戒するロロイは忙しなく翼をパタパタ。

 多分、私に向けられる殺気まがいの嫉妬を感知して落ち着かないのでしょう。

 せっちゃんはむぅちゃんと仲良く料理の食べ比べに忙しいみたいですね。

 リリフはそんなせっちゃんの隣にぺったり張り付いています。


 目立ちます。

 か・な・り、悪目立ちしています。


 勇者様もまぁちゃんも、

 どうみても異形のロロもリリも、

 精神を揺さぶる超絶美少女せっちゃんも。


 …ついでに、さっき勇者様と踊っちゃった上に手繋ぎ中の私も。


 物凄く、悪目立ちしています………。



「………ん?」


 あれ?

 私は何かが引っかかり、ついつい首を傾げます。

「リアンカ、どうした?」

 私の手を握ったまま、勇者様が顔を覗き込んできます。

 うん、いい加減に手を放そうか!

 後々、私の安全の為に!

「それより、何が気になるんだ?」

「うわ、スルーされた。勇者様なのに」

「…最近、リアンカの俺に対する定義がおかしい気がするんだが気のせいか?」

「細かいことを気にしていたら、弱肉強食の世じゃ生きていけませんよ?」

「可愛らしく首を傾げながら、とんでもなく物騒発言!」

「そうそう、それでこそ勇者様です」

「………それで、何が気になるんだ」

 気を取り直したように聞いてくる勇者様。

 最近、本当に図太くなってきましたね。

 魔境に来たばかりの頃とは見違えるよう。

 うん、良いことです。

 そんな勇者様に免じて、私は素直に疑問を口にしました。

「いえ、考えてみればサルファはどこかと…私も大概ですけど、奴こそ手当たり次第に女の子に声をかけまくったりして問題起こしませんかね? 一応勇者様の名代という口実でこっちに来た経緯から、勇者様の威信問題になりますよ?」

「ん? ああ、それだったら心配ないよ」

 私は本気で、サルファがやらかす未来を予感していました。

 そう、もはや予言の勢いでそうなると信じていた訳ですが。

 勇者様はあっさりと、私の懸念を蹴散らしました。

 なんでそんな一蹴にできるのかと、私は更に首を傾げます。

 すると勇者様が、思いがけないことを言ったのです。


「サルファだったら、先程からまぁ…ナターシャ殿のスカートの陰に隠れているから」

「え?」

 くいっと。

 勇者様が目線で、さりげなくナターシャ姐さん(雄)の背後を示します。

 そろそろと立ち位置を変えて、視線だけで覗き込むと…

「………あ」

 いました。

 奴です。

 サルファです。

 お風呂場の隙間に頑固にこびりつく黴の様に、まぁちゃんの背後にへばりついています。

「何これ。背後霊ごっこ?」

「そんな理由だったら肘打ちくれた後で逆エビの刑だな」

 へばりつかれて重くないのか、何故平然としているのか。

 まぁちゃんはそれでも、背中のサルファを追い払うことなく。

 でもうんざりとした顔をしています。

「そんなこと言わないで! 頼むよぅ、まぁの旦那ぁ~」

 情けない声をあげながら、サルファはまぁちゃんの背後から離れようとしません。

 私達は会場最奥の壁際に陣取っています。

 それに挨拶回りに関しては、そもそも必要がありません。

 今日の主役の勇者様は挨拶に行く方ではなく挨拶に来られる方なので移動の必要もなく。

 ……まあ、来辛いのか、誰も挨拶に来ませんが。

 とにかく、移動の必要がない為、私達はずっと壁に背中を預けて談笑していました。

 そんな中での、このサルファの不審人物ぶり。

 明らかに、何者かから身を隠しています。

 周囲がサボリを許さなかったので困り顔ながらも舞踏会に出てきましたが…。

 そう言えばサルファは、最初舞踏会の話が出た時に「出たくない」と言ったのです。

 皆、サルファの言葉などどうでもよく思っていたので、私も今の今まで忘れていました。

 でも、この反応。

 これはただ「出たくない」にしても、理由がありますよね?

 どう見ても、この会場に何方か会いたくない相手がいるとしか思えません。


「「「「「「「……………」」」」」」」


 私達は、こぞってサルファに視線を注ぎました。

「な、なにかなその目…!?」

「ジト目」

「白い目」

「疑いの目」

「失望の目」

「落胆の目」

「憐れみの目」

「ああ、やっぱり此奴は何かやったんだな、前科者かー…という目」

「最後の目が具体的すぎる…!」

 ちなみに一番上からまぁちゃん、勇者様、ロロイ。

 それからリリフ、むぅちゃん、せっちゃん、最後に私です。

 皆それぞれ、息ぴったり。

 この輪に加わって息をそろえてくるあたりに、勇者様の魔境での経験値が現れています。

 …確実に、戦闘能力とは別の経験値が。

 私達からそれぞれの目を向けられて、サルファは情けない呻き声。

 あらあら、どうした。


「俺の扱い、酷過ぎだよねー?」


 サルファの言葉は、今更なことでした。




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