表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは人類最前線6 ~光を受けし人の国~  作者: 小林晴幸
降り立ったのは天使か悪魔か
4/182

3.人知れず滅亡の危機

 ああ、何と言うことでしょう!

 本人曰く、言いづらくて先延ばしにしている内につい伝えそびれたとのことですが。

 帰還する本人が「竜に乗って帰っちゃうぞ☆」と実家に伝え忘れていたなんて。

 そのせいで、現在お城の上空にして襲撃を受けております。

 いや、この場合、襲撃したのは私達ということになるのでしょうか…?

 まあ、いいです。

 (いず)れにせよ、これは勇者様のうっかりが原因ということで。

 こーの、勇者様のうっかりさん!

 本人、物凄くしょんぼりしてるから責立てたりはしませんけどね!

 しつこくからかう程度で勘弁してやりましょう。

 でも何より、それより、この大砲ばんばん煩い状況を何とかしなきゃ、ですよね。

 ただの人間という身故に全員から庇われている立場の私としては、手の出しようもないけれど。

「じゃ、勇者様。責任もってなんとかしてください」

「分かっていたが、容赦ないな…」

 この状況下、一人で何とかするというのは人間には命投げ打ちの無茶ですが。

 具体的に言うと、命四十三個分くらい? ←現場指揮官らしき兵の数。

 でも勇者様だから、大丈夫ですよね! 勇者様だから!

 ただの人間なら死ぬ状況でも、勇者様だもんね!

 だから私は笑顔で言います。


「いけ」


「…逝けと聞こえたのは俺の気のせいだろうか」


 被害妄想です。多分(笑)

 


 どうしたものかと思案して、勇者様はまぁちゃんに声をかけます。

「まぁ殿! こうしていても埒が明かないから、城に連絡を取りたいと思うんだ。ムーは今ど…」

 しかし、勇者様の声は途中で遮られました。

 まぁちゃんが、叫んだからです。


「ああっ 勇者がもたもたしてるから…!」


 わざとらしく、切迫はしていないのに緊急事態だと告げる声。

 勇者様もぎょっとして、茫然と目の前の信じがたい光景に硬直します。

 まぁちゃんが、失墜していく影を指差しました。


「せっちゃんが…!」


 たいへん。

 大変、です。

 何をするつもりか、何か考えがあるのか。

 せっちゃんが、このお城の上空から、その…

 砲撃飛び交うお城へ向けて、空中へ飛んだ…!!?

 

 ええ、落ちたわけではなく。

 とびました。


「姫ぇぇぇえええええええっ!?」


 勇者様、絶叫。

 ええ、気持はわかります。

 叫ばないとやってられませんよね、勇者様なら。


 儚げな外見にそぐわず、あの頑丈なせっちゃんのことですから。

 多分、大丈夫じゃないかと思いはしますが。

 それでも。


 たった今、この国は滅亡・破滅の瀬戸際に立たされました。


 ちらりと見たら、まぁちゃんが笑顔で。

 …暗い、笑顔で。

 三日月みたいに口元を吊り上げて、「くっくっく…」と笑っています。

 ありゃ、ヤバい。


「勇者様、死ぬよ! なんかあったら、死ぬよ!? 国が!!」

 より正確に言うと、せっちゃんに何かあったら…まぁちゃんが滅ぼすよ?

「くっ…!」

「式典に合わせて来ているだろう余所の国の重鎮さん(多数)も巻き込んで滅ぶよ!」

「リアンカ、頼むから絶望的な状況に追い込まれている現実を強調しないでくれ…!

わかってるから! わかってるから…!!」


 勇者様には頭を抱える猶予すらなく。

 見下ろす下では、ふわり、ふわりと風に舞う花のような姿。

 薄紫の裾が風を孕み、艶やかな黒髪が風に踊る。

 風に煽られて広がる黒髪は、眼下から見上げると背に黒い翼が広がるが如し、でしょう。

 ええ、私にはわかります。

 下界の人々にはあの姿が清らかな天使☆光臨に見えていると…!

 さぞや眼福光景間違いなしです。

 その証拠に、人々は茫然と空を見上げています。

 砲撃が止みました。

 手元がお留守ですね。

 あるぇー? 王国を侵略するドラゴンだと思って砲撃していたら、めんこい可憐な天使が降ってきただぁー? みたいな感じでしょうか。

 これで正気に返るまでの間は、勇者様の祖国に延命の猶予ができた訳ですが。

 誰かがうっかり砲撃再開させようものなら、勇者様の胃が神経性の痛みで惨事間違いなしです。

「せっちゃん、野遊び用のドレスでよかったね」

「ああ、全くだ」

 今日のせっちゃんは、長距離移動の旅路ということで装いを改めています。

 魔境で野遊びする時に着用している、汚れても良いドレスです。

 襟が詰まって裾が長すぎますが、どことなく村娘風の素朴なドレス。

 …さりげなく、素材は贅を尽くしてますけどね。

 わざわざ野遊びの為に作ったドレスは動きやすく、あらゆる角度からのチラリズムを防ぎます。

 何より、足首まであるスカートの中に、更に下衣を着ているはずです。

 あの姿のせっちゃんに、死角はない…!

 頑なに手足の素肌を見せない魔族の王族女子として見事です。

 しかしあの一族の娘さんも奇妙な風習守ってますよねー…

 臍出し・肩出しはOKなのに手足は指しか出しちゃ駄目なんて。

 謎の独自ルールが多い魔族の王族は、更に不思議な独自ルールが満載です。

 露出度高いのが一般的な魔族で、一部とは言え肌出しNGなんて。


 私が見事に脱線した意識でどうでもいいことをつらつら考えている間にも、事態は動きます。

 せっちゃんの落下速度が加速!

 どうやら、せっちゃんが自分の意志で加速しているようですね。

 まるで流星になった、みたい☆

 それでも軽やかにふわっと。

 それはもう、綿菓子みたいにふわっと!

 まるで空から降り落ちるお花みたいにふわっと、せっちゃんが地に降り立って。

 …何の仕掛けもなしにこの距離を落下してふわり着地なんて。

 そんな芸当、明らかに人間にできることじゃありませんが。

 そんなことは一切気にせず、民衆にも気にする猶予を与えずに。

 せっちゃんが、叫びました。

 せっちゃんに追随して、地面すれすれまで降下していた竜形のリリフを、その背後に従えて。

 眉を八の字にして、渾身の可憐な困り顔で、そして上目づかい。


「みんなをいじめちゃ、駄目(めっ)ですのー!」


 うわぁ、せっちゃん可愛い。

 マジ天使が、そこにいました。


 このまま『そして、王国に平和が訪れた…』とかモノローグを入れたくなりますが。

 皆、うっとりとせっちゃんを見つめていて。

 マジ天使☆光臨に平和の使者を前にしたかのような心洗われる顔で。

 がらん、がらんと。

 彼らの手から次々に武器が零れ落ちて行くわけですが…

 このまま、本当に平和は訪れたのでしょうか?

 残念ながら、そうはいきませんでした。


 どこにでも、無粋な大人というやつはいるもので。

 もっと純粋な心を持って! 少年みたいに純粋な心を!

 そう、ガラスのショーケース越しにトランペットを眺める少年の如く!


 私達の気分台無し、興醒めにも程がありますが。

 現場総指揮官らしい、星型勲章のおっさんがハッと我に返って叫んだのです。


「あ、あやしい輩め…! ドラゴンを従えるとは、妖魔の類に違いない! 総員構えぇええ!!」


 滅びましたね、こりゃ。


 現場指揮官の命令は、絶対。

 その原則が叩き込まれている兵達が、指揮官の声に我に帰りました。

 中には平和の使者(笑)を前に武器を向けること、戸惑う者も多いのですが…

 …それでもやはり、彼らにとって戸惑いも躊躇も捨てるべきものなのでしょう。

 現場指揮官の命令は、絶対なのでしょう。

 ほとんど全員の兵士が、捨てたはずの武器を再び手にとって。

 その刃先を、せっちゃんに向けようと…?


 …チッ

 そのまま呆けていれば、いいものを………

 せっちゃんに危害を加えようとか、それが実現可能か否かを前に、目論むだけでも許し難し。

 当然のように、可愛い妹分への侮辱に怒り心頭の私。

 そしてにっこり笑いながらも殺気が漏れ始めている、まぁちゃん。

 私はこれから先の展開に備えて、肩掛け鞄の中身をごそごそ。

 空から散布するだけなら、戦闘能力や距離なんて関係ありません。

「待て、リアンカ。それは一体…」

「勇者様、痛いのと辛いのと苦しいの、それから悲しいののどれが良いですか?」

「その物騒極まりない不吉な選択肢から何を選べと!?」

 まぁちゃんはうっとりするような頬笑みで、魔力をバチバチ。

 ナシェレットさんだって、愛しの姫(爆)の窮地かと、体を撓めて力を溜めています。

「あっはっはー。勇者、血の池地獄と一面焼け野原と永久凍土、どれが良い?」

「何の三択だ!?」

 ロロイだけは、私の身を案じてか降下しようとしませんが。

 空の上なら上で、上空からでも物のやりようはあるものです。

 特に私の場合、近接する意味は殆どありませんから…。


 物騒な空気を発生させだした私達の中で、一人絶望に染められている方がいます。

 勇者様です。

 彼はやらかしちゃった現場総指揮官の姿に、頭を抱えて呻いています。

「あ、ああああぁぁ……ザンリフ将軍、なんてことを…!」

 お国の最高責任者の息子さんですからね。

 当然のように勇者様はあの愚昧なおっさんと面識があるようでしたが。

 それだけで止める私達ではないので。

 絶望の味を体験し、顔を青ざめる勇者様。

 貴方が頭を抱えている合間に、せっちゃんが傷つく暇も与えず、私達はやらかしますよ…?


 そのことに、勇者様も思い至ったのでしょう。

 もしかしたら現実逃避しかけていただけで、ちゃんと最初からわかっていたのかもしれません。

 彼は呻く間があるのなら行動あるのみと自覚したのか。

「ちょっと待て! 何とかする。何とかするから、ちょっと待てよ!?」

 そう叫び置いて思い切りよく、躊躇いもなしに飛び降りました。

 ちょっと命捨ててくる距離の高さから、ノーロープバンジーです。

「…死んだかな」

「まぁちゃん、勇者様だよ?」

「死なねぇなー、そりゃ」

 そして私達は、とっても呑気でした。

 THE 人任せ。

 これできっと、次の瞬間には一件落着です。

 私達は上空から、文字通り高みの見物と事の成り行きを見守ることにしました。

 頑張ってね、勇者様。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ