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38.フィサルファード・フィルセイス 1

特に誰も望んでいないかもしれませんが。

微妙な距離感でリアンカちゃんたちの周囲をちょろちょろする、器用なあのキャラの素性発覚編に入ります。

特に需要はないかもしれませんけれど!




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 それは、今朝のこと。

 勇者様にして王子様、ライオット・ベルツ。

 彼が自分の連れてきた面子を連れて、昼餐会へと赴いた頃。


 青年は、忘れ物でも取りに来たみたいにふらりと現れた。


 居残っていたのは、オーレリアスとサディアス。

 しかし第一王子の離宮を取り仕切るサディアスは、主人の帰還に加えて客人の持成し体制を整える必要もあり、離宮の生活環境を見直したり整え直したりと忙しい。

 あちらこちらと飛び回る様に働くサディアス。

 忙しさに、主がいない場所でじっとしている余裕などない。

 一方オーレリアスの方は、逆に一つ所でのんびりとしていた。

 彼に任された公的な仕事は、既に勇者様の元へ仕えることを優先して組み直されている。

 普段であれば勇者様との別行動時、他の仕事をするのだが…

 彼には今、不安の残る案件として、一頭の獣が預けられていた。

 飼い主となった少女が不在の間だけ、という条件付きではあるが。

 件の獣は希少なことは元より、生態のわかっていない獣でもある。

 何をするかも分からなければ、何をしてはいけないかもわからない。

 そののびのびとした育成を守る意味でも、当面は目が離せないのだ。

 能力柄、大型の獣の扱いもある程度分かっている。

 相手はまだ幼獣だが、だからと言って目を離せる獣でもない。

 今のオーレリアスに課せられた仕事は、一つ。

 サーベルタイガーの子を見守り、飼い主が戻るまで面倒を見ることである。

 だからオーレリアスは、遊びたがるサーベルタイガーと子猫たちと遊び……

 否、つかず離れずの距離で、その姿を見守っていた。


 離宮へと戻ってきた青年は、そんな彼らの元へ歩みを寄せる。

 がしがしと、頭を掻きながら。

 その脳裏には朝食の後に見た光景………


 オーレリアスがサーベルタイガーを召喚する時の、その姿が焼き付いている。


 そして青年は、実際に忘れ物を思い出してやって来ていた。

 彼にとっては四年越しの、とある忘れ物を。


「オーレっち」

「……その呼び方はやめてもらえないか?」

「じゃ、オーリィ」 

「何か?」

 

 相手は、主人の帰ってきた昨日まで主人の名代を勤めていた男だ。

 そのことを念頭に、オーレリアスは邪険に扱ってしまいそうな己の態度を戒める。

 魔境関係者を邪険に扱うと痛い目を見ると、召喚士の青年は一晩で悟りきっていた。

 今まで余り関わったことのない男にも、そのことを忘れずにしかと向き合う。

 目の前、自前の青黒い髪をそわそわと弄りながら、青年は困ったような顔をしていた。


「オーリィ、ちょっと質問あんだけど」

「なんですか、藪から棒に」

「うん、ホントそうなんだけどね。でも聞いとかなきゃなんなくって」

 歯切れが悪く、青年のそわそわと忙しげな指が迷いを増して。

 しかし意を決したように、彼は本題に切り込んだ。

「さっき、サーベルタイガーを召喚したじゃん?」

物的証拠(カリカ)を前に、何を今更」

「うぅん、それなんだけどさー」

 彼は一呼吸置いて、居住まいを正してから問いかけた。

「あん時の尋常じゃない光と、オーリィが驚きまくってた理由(ワケ)を教えてほしーんだよね」


 ――絶滅したはずの希少種を召喚したから、って訳じゃないでしょう?


 いつもの飄々とした好い加減な態度が嘘のように形を潜めて。

 真剣な目が、切り込んでくる。

 こんな目もできたのかと、常のにやついた顔との違いにオーレリアスは静かに驚いた。

 どうやら冗談や気紛れで訊ねている訳ではないらしい。

 そのことに免じて、という訳ではないが。

 特に隠していることでもなかったので、オーレリアスも青年に答えた。

「私の召喚魔法には、制限がある」

「あー……大型の獣と、哺乳類以外は呼べないんだっけ?」

「そう。そこを無理して召喚しようとすると、哺乳類以外の生物なら類似点のある哺乳類が出てくるし、大型の獣は大きさの制限内に収めようとしてか、まだ制限に引っ掛かる程成長していない幼獣が召喚される」

「実際、そのサーベルタイガーも赤ちゃんだもんなー」

「そう。だがそれは、意図した通りに召喚が出来なかったということだ。つまりは、失敗」

「いやー、でも、一応召喚成立は成立してんでしょ? 失敗って言うほど?」

「失敗だね。そして先程の召喚時、夥しい光が出たのは失敗の予兆。意図した通りに発動せず、狂いが生じて魔力が若干暴走しかけている状況の、目に見える証拠」

「………もしかして、結構ヤバかった?」

「まあ、少しは」

 青年の喉から、乾いた笑声が転がり落ちる。

 それに動じることもなく、オーレリアスは淡々としていた。

「実際、召喚を試すまでもなく失敗すると思っていたけどね。魔力が少々暴走しても想定の範囲内………だったけど、手ごたえがね。明らかに、何かが召喚に応えた時の手ごたえだった」

 絶滅したはずの生物が、まさか召喚されるとは思わなかった。

 驚いたのはそれだ、と。

 オーレリアスが語る間にも、質問の答えを聞きながら青年は困惑顔だ。

 くしゃくしゃと己の髪を搔き毟る。

 まるで、何か不都合な情報を得たと腹立ちを紛らわすように。

 それから深く深い溜息をついて、口元を引き攣らせ、苦く笑う。

 ひたとオーレリアスに気まずそうな視線を注ぎます。

「………あのさ、あの光」

「うん?」

「俺、見覚えがあるんだけど…」

「見覚え? 違う光じゃないのか?」

「それがさー………聞くけど、雪豹と白虎(ホワイトタイガー)に心当たりない?」

 

 びくっ、と。

 オーレリアスの肩が明らかに跳ね上がった。


 それは言葉にされるよりも、顕著な反応で…

 肯定、と。

 本人が言葉にし辛い意志を表明していた。

 その態度に、更に深い溜息が出てくる。


「心当たり、あんのね」

「……………」

「オーリィの家にでもいんでしょ」

「………いる」

 

 何故知っているのかとは、口にしなかった。

 だけど、青年の反応から窺い知れるモノがある。

 返還先がわからず、手元に置いて育て上げた大型の獣。

 その出自に、何かまずいものがあるのだと。

 それを何故、目の前の青年が知っているのかは知らないが…


 大方、召喚元に何かしら関係するのだろう。

 自分はどうやら大きな失敗をして、そのままにしているようだ。

 それを悟り、オーレリアスの口は重い。

 問い詰めた青年も、口元を引き攣らせたまま乾いた笑いを溢していた。


「………一応、俺の心当たりとは違うかもだし」

「それは、私にはどうか判断できないことだね」

「うん。だから、今度お宅にお邪魔させてくんない? 取り敢えず、確認してみっから」

「貴方がアレらとどういう関わりかは知らないが…できるのなら、頼む」

「頼まれました~」


 二人の青年は、互いに気まずそうな顔で。

 いつの間にか周囲を憚る様に潜められた、声。

 肩を寄せ合い、動物を愛でるふりをして、話を詰める。

 最後に、青年が………サルファが、言った。


「そーだ。幼獣だったら大型でも召喚できる事実、今後は隠した方がいーよ。

……………じゃないと厄介なことになっからさぁ」


 具体的に何が厄介なのか、何が引き起こされるのか。

 その内容に言及することなく、ひょいっと立ちあがってひらひらと手を振る。

 そのまま予定通り練兵場へと向かうサルファの背を見て、オーレリアスは苦い息をつく。

 確実に何かを知っている、その素振り。

 自分で考えろとばかり、重要な部分を放置し、丸投げしてくる姿勢。

 今までずっと、サルファを軽くて軽薄で女性のことにしか熱意を傾けない、主人の信頼を注ぐに値しない相手だと思っていた。

 鬱陶しいだけの、何故主人と関わりがあるのか謎な相手だと。

 しかしどうやら、自分の目は曇っていたらしい。

 そう、胸の内で密やかに見る目を変えた。

 

 あの男はどうやら侮れないと。

 普段の軽佻浮薄な道楽ぶりは、装っているだけなのかと。

 かいかぶりにも程のある、見当違いな感心を寄せながら。


 残念ながら普段のサルファの態度は、それはそれで百%素の行動だった。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 舞踏会の夜。

 立て続けにナターシャ姐さん(雄)、リアンカと踊る勇者様の雄姿。

 常人には達成できないソレに、サルファは感動にも似た尊敬を寄せいていた。

 自分にはちょっとできないし、させてもらえないなと。

 リアンカと踊るには本人の了承がいるし、まぁちゃんも怖い。

 それに何より、今日は自粛する必要が………そうせざる得ない事情があった。

「サルファさん、なんだか舞踏会が始まってから大人しいですね」

「…俺のこと、さん付なんて気を使ってくれるのは君だけだよ☆」

 怪訝そうな子竜の少女が、疑問をぶつけてくる。

 その内容をさりげなくかわしながら、サルファは苦く笑った。

 様子がおかしいと言われても仕方ない。

 それだけの自覚はある。

 今のサルファは、普段とはがらりと印象が違うのだから。

「取り敢えずその前髪、鬱陶しいです」

「あはは~…我慢してね♪」

 いつもは装飾もかねて、布を巻いている頭。

 しかし今は、なんの飾りもない。

 それどころか常の纏まりよく跳ねた様子とは大違い。

 常とは違う様子で、顔の半分を隠すように、前髪が重く下ろされていた。

 根暗だ。

 一見して、根暗としか言いようのない男がいる。

 それは、サルファ………常とはほとんど別人の姿をした、サルファ。

 彼の外見は、がらりと印象を変える姿に敢えて改造されていた。

 改造したのは、サルファ本人だ。

「絶対、サルファさんは私のことなんて放っておいてナンパにでも行くものと思っていたのに……格好なんて、そんな冴えなくしちゃうし。どうしたんですか」

「はははははー…ちょっと、今夜ばっかりは目立っちゃいけない理由があるんだよ~」

 それはもう、凄く。

 その口調の軽さとは裏腹に、切実に。

 真剣味の全く感じられない口調だったが、リリフは気付いた。

 その声音に含まれた、余裕のなさに。


 二人はほとんど言葉を交わしたこともなく、顔を合わせた機会も少ない。

 それで話したことが皆無という訳でもなく。

 普段のお気楽ぶりを見たことがあるからこそ、潜む緊張にリリフは気付くことができた。


 じっと観察する。

 まじまじと見られて、サルファは居心地が悪そうだ。

 だけどやがて、もう一つリリフは気付いた。

 サルファの視線が先程から頻繁に、さり気無さを装って同一の方向へと逸らされている。

 否、違う。

 気付かれないようにしてはいるが…

 戦闘に身を置く獰猛な竜の血と、幼いながらに戦士として目覚めた本能。

 感覚を研ぎ澄ますそれが、観察力と洞察力を隙なく高める。

 サルファは先程から、一つ所……特定の誰かを、しきりに気にしている。

 気にしながらも、態度が不自然だ。

 その視界に入らないように、間違っても気を引くことのないように振舞っていた。

 その振る舞いは、今のところ成功といえるだろう。

 何しろ会場中の注目を集めて止まない者が、同じ空間にいる。

 近くにいても、人々の視線はどうしてもそちらへ向いてしまう。

 向けられたくないとサルファが願う視線は全てそちらへ吸い寄せられ、今のところサルファの願いは概ね叶えられている。


 ――いや、叶えさせたのか。


 会場で最凶に悪目立ちしているのは、誰か?

 そしてその人に、そんな格好をさせたのは?

 確かに提案は、向こうからだった。

 だけど実際に手を加えたのは………


 もしや自分の注目されたくないという目的の為、過剰に飾りつけて視線を吸い寄せずにはいられない魔物(モンスター)を作ったのかと。

 リリフの疑念は高まり、そしてどうしてそんなことをしたのかと動機を探る方向へ走る。

 人の視線を気にしないこの男が、そうまでする理由が気になった。


「一体何やったんですか」

「あれ? 俺がなんかした前提になってる?」

「先刻から、あっちにいる他国からの来賓の方々を気にしているじゃないですか。大方、貴族のご令嬢に声をかけて婚約者の目の敵にされたとか、有閑なマダムに粉をかけて旦那にもろバレしたとか、そんなところじゃないですか?」

「うわー…改めて突きつけられる、俺の信用の低さ!」

「そんなものは端から皆無です」

「冷静にバッサリと!?」

「それで、どうなんです? ご令嬢をキズモノに?

それともマダムのペットでもやった経験をお持ちですか?」

「リリちゃ~ん、なかなか過激なこと言ってるけどー…」

「ええ、それでどっちなんです?」

「いや、全然違うから。はっずれ~って感じ?」

「それは残念です…」

「リリちゃんってば俺に何を望んでんの!? あ、でも。

全然当たってないし掠りもしてないけど、ちょっとだけ近いところも…」

「やっぱり有閑マダムの若いツバメに…」

「だからそれは違うって!」


 必死に否定する、サルファ。

 だけど彼のことを誰が見咎めるというのだろう。

 どうして、あの来賓達をサルファは恐れるように身を隠そうとするんだろう。

 考えれば考えるほど、得体のしれない展開に心臓が好奇心を訴える。

 不思議な状況に、リリフの疑念は更に高まりを見せた。

 しかし本人が隠す以上、知り得る機会はないなと残念に思っていたが………


 そしてそれを知る機会は、向こうからやってくる。

 サルファの見つかりたくないという、願いに反して。

 皮肉にも、彼が隠れ蓑に仕立てたナターシャ姐さんが事態を引き寄せてしまったのである。





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