37.ダンスはいかが?2
前話の勇者様があまりにかわいそうになったので、救済というか…
挽回というか…
はい、彼の心お慰めのターン。
二人は、完璧に躍りあげました。
凄かったですよ、最後の方。
みんなが引き込まれるように、二人の巧みな踊りに魅入られて。
訂正します。
恐怖にかられたように、目をそらすこともできずに凝視状態で。
鮮やかなステップ。
翻るスカート。
そして太い足。
男性にしては細くても、やっぱり女性よりずっと太い。
ヒールを鳴らして、かつかつ、かつかつ。
複雑なステップは、楽器の一部の様にヒールを鳴らして。
食らいつく様にまぁちゃんの踊りについて行く勇者様は、米神を少し引き攣らせ中。
それでもこれも、公務の一環。
そんな意識が働いたのでしょうか。
途中から、顔に作り笑いが張り付いています。
それはなんとも優美で、麗しく、自然な笑み。
勇者様の心からの笑いを、一度も見ていなかったら騙されそうな作り笑い。
「あれが、王子スマイルなのね…」
ごくりと、唾を呑みこみながら。
王子としての勇者様の職業意識の高さを思い知りました。
そうして踊り終わり、エスコートの一環としてまぁちゃんの手を引きながら。
それでいて勇者様は、早く何かから逃げたいという感じの勢いで。
つかつかつかつかつか……っ
早足に此方へ向かってきます。
作り笑顔は最早強張り、言いようのない凄味が加わっています。
はっきり言って、正面から見ると怖いです。
美形の作り笑顔、怖い…!
というか、なんでこっちに向かってくるんですか!?
まぁちゃんを止めなかった、その恨みでしょうか。
それとも一組だけ踊るという目立つことこの上ない状況を放置した恨みの方でしょうか。
何故か私の方へ目がけて、物凄い勢いで早足に向かってくるんですけど……!
つかつかつかつかつかつかつかつかつか…っ
思わず盾にする様に、私はロロの背後に退避!
しかしながら最近魔境に来てから身長が伸びたという勇者様は、発展途上成長中なロロの頭上からずいっと身を乗り出してきました。
ロロイ越しに私と勇者様は真正面から向き合う羽目に。
ゆ、勇者様はどうしたんでしょうか…?
いつになく強気というか、強引というか。
どうでもよさそうにぺいっとまぁちゃんの腕を放り出すのも、おざなりに。
勇者様はがっしりと両手で以て私の両肩を掴んできました。
力強く、逃がさないというように。
貼り付いた笑顔は、逆光になってこの上なく怖かった…。
「リアンカ」
「は、ははははははい、何でしょう!?」
あ、声が裏返った。
だって勇者様、変な迫力があるんだもの。
変な声と、狼狽えた自分。
恥ずかしくて、少しだけ頬が赤くなった気がします。
しかし勇者様は、私の醜態も全く構わずに凄味のある笑顔のまま。
そのまま、私ににっこり笑顔で言いました。
「踊ろうか」
「え、はい?」
え、踊る………って、なんで?
何だか思いがけないことを聞いた気がします。
怖い思いをしているところに、いきなり突拍子もないことを。
だからでしょうか。
なんだか、脳が機能停止寸前です。
自覚があります。
頭が働きません。労働放棄されました。
ぽかんと口を開けて呆ける私に対して、勇者様は変わりません。
変わらず、有無を言わさぬ迫力のままです。
でも、私が返事を(咄嗟にですけど)返した時、迫力が少し緩みました。
それに私の肩を掴む両手の力が、若干弱まった気がしました。
「うん、それじゃあ踊ろう」
「いや、て、え…?」
「はいって言ったじゃないか」
「いや、そういう意味じゃないってわかりますよね?」
なんだろう…勇者様が本当にいつになく強引です。
なんだか私の知っている勇者様と違います。
なんというか………勇者様らしくない。
こんな問答無用でぐいぐいきて、失言に付け込んで。
これって本当に、勇者様ですか?
私の知る勇者様の振る舞いとは、働かない頭でもわかる位にずれがあります。
どうしたんでしょう。
頭が働かないなりに驚いて、それがますます頭の働きを遅くして。
私は吃驚したまま、ただ勇者様の顔を呆けた顔で見つめ続けるだけ。
でも辛うじて、これだけ聞きました。
「ゆ、勇者様………どうしたんですか?」
尋ねると、勇者様の笑みが深まる。
顔の動き、表情筋の働きぶりは確かに笑みを作っています。
なのに。
何故か、物凄く空々しい。薄っぺらい。
何が薄っぺらい?
今になって気付きましたが。
きっと、がりごりがりごり色々な物を削られたのでしょう。
精神的に。
そう、まぁちゃんと踊ることで。
その削られた影響でしょうか。
なんだか勇者様の存在が、物凄く希薄になったように感じられます。
心なしか、陽光の様に煌めく金髪も、今だけはくすんだように見えました。
「男の、胸板」
ぼそり、勇者様が呟きます。
それも、勇者様のお口が言ったとは思えない暗澹たる声で。
「力強い腕、圧倒的な存在感、広い肩に広い胸板。目の前の白い顔」
「ゆ、勇者様、何が言いたいんだかさっぱりですが」
「………ダンスという状況下、それらとこれ以上なく密着状態の、俺」
「…………………」
なんだか、精神的に大分キテるみたいですね……
勇者様の目の中が、なんだかぐるぐるしています。
「済まん、頼む」
「何をですか」
わかっているけれど、とりあえず改めて聞いてみます。
勇者様は懇願めいた哀れな口調で、告げました。
「口直し…という訳じゃないけど、この忌まわしい思い出を残したくない。
別の何か印象的なことで上書きしたいんだ」
「………勇者様、結構失礼なことを口走っている自覚ありますか?」
「なりふりなんて構っていられないくらい、必死なんだ」
そんなに必死で、まぁちゃんと踊った愉快な記憶を闇に葬り去りたいと。
「酷いことを言っている自覚はある。だけど、他にどうしようもないから」
「つまり?」
「俺と踊り直してください。頼みます」
ふるふると首を振りながら、必死な勇者様。
お願いだから断らないで、と。
その目が必死に私に縋ってきます。
こんなに必死な勇者様、初めて見ました。
そんなに長身の美男子と超至近距離まで接近してダンスに興じるというシチュエーションが嫌だったんですか………。
………うん。無理もないや☆
自分で振り返って考えてみて、納得しちゃいました。
うん、仕方ない。仕方ない。
十分、同情の余地がある事態です。
私は納得してしまいましたので、仕方なく勇者様の手に手を重ねました。
でも一応、目立つことは嫌なので念押しがてらに逃げ道を模索します。
「でも勇者様、私が宮廷舞踊なんて踊れると思うんですか?」
私、ただの村娘ですよ?
首を傾げて見上げてみれば、勇者様はきっぱり断言。
「問題ない」
「いや、なくないでしょう」
「まぁ殿が口を滑らしていたが、リーヴィル殿にならってダンスの練習していたんだって?
練習相手を務めたまぁ殿があの腕前なんだから、リアンカも問題はないね?」
まあ、問題があったとしても。
その時は俺がリードするから大丈夫だろうけれど。
そう言う勇者様の言葉は、ちょっと脳に届く前で遮断されました。
今の私にはそれ以上に、聞き捨てならない台詞があったんです。
そう、それは…
ま ぁ ち ゃ ん !
あの野郎……後で、眠っている間に額に落書きして第三の目を描いてやる!!
うっかりまぁちゃんが余計な情報を開示したせいで、逃げ道を失いました。
………本格的に、仕方のない事態です。
腹をくくって、諦めました。
でも、仕方ないよね。
勇者様ったら可哀想なんだもの。
時には普通に、女の子と踊りたいときもあるんでしょう。
それがいま、嫌な思いをした後のこの時だったというだけ。
手頃に踊りに誘えるような打ち解けた、最も頼みやすい相手が私だけだっただけです。
基本的に女性が苦手な勇者様ですから。
ぱっとスマートに誘ってささっと踊るなんて、無理な話。
気心の知れた私相手に踊るのが、精神的に疲弊した今は勇者様の精一杯なんでしょう。
妙な気迫いっぱいにまぁちゃんから視線をそらしたままの勇者様。
私は彼のその手を取って、しっかりと握ってあげました。
怖くないよー、怖くないよー。
ごついお姐さんは、笑って見守っています。
余計なちょっかいを出す気はなさそうで、仕方なさそうな苦笑顔。
先ほど、勇者様の可哀想な状況(現在進行形)を再確認した私と同じ顔をしていました。
そうして踊りだした私達。
私をホールの真ん中…ではなく、比較的端の方へと連れ出した勇者様。
言うだけあって、王子様は流石でした。
まぁちゃんを相手にした時は体格差もあってか、振り回されている印象。
だけど私を相手にしている今は、どうでしょう。
優雅なのは、振り回されている時もそうでした。
でも今は、私をリードするといった言葉に偽りなく。
私を踊りに連れ出して、一緒に楽しめるように誘導してくれて。
はっきり言いましょう。
王子様は、踊りの名手でした。
付け焼刃の私より、ずっとお上手で。
勇者様は私を振り回すことも、一方的になることもなく。
ダンスの相手に楽しいと思わせる、素晴らしい踊り手さんでした。
ふわふわと軽やかに、まるで天上の雲を足場に踊っているような気持にさせられます。
勇者様、凄い。
使う機会はあまりないだろうに、巧みだ…!
まあ、勇者様は運動神経良いから………。
だから踊りが上手でも、納得こそすれ不可解にはなりません。
まぁちゃんに振り回されている姿を見た直後だと思うと、意外でなりませんが。
王子様の英才教育か何かでしょうか。
才能豊かな勇者様は、ダンスにも才能があったようでした。
だけど。
踊り始めて十分くらいして、勇者様が焦り始めました。
「り、リアンカ…?」
「なんですか、勇者様」
「気のせいじゃないと思うんだが…なんで、男性パートを踊るんだ!?」
「おや、お気付きで」
「気付かないはずないだろう!」
なんだか主導権を握られるのが、悔しかったので。
ええ、ええ、リードされるだけの状況が、なんか面白くなかっただけです。
だから、勇者様に目に物見せてやろうかと。
そんなちょっとした出来心です。
「だから、怒っちゃ嫌です」
「それよりも、俺はこの緊張感漂う状況をどうにかしてほしい」
「具体的には?」
「男性パートをなぞろうとするのをやめてくれないか…!?」
子供の頃、まぁちゃんやせっちゃんと一緒くたに踊って覚えた宮廷舞踊。
勇者様の言によれば最近の主流じゃなく、昔のステップが複雑な奴らしいですが。
まあ、そんなことはどうでもいいんです。
………子供って、面白そうなことは共有して覚えますよね。
まぁちゃんと私と、せっちゃん。
三人で、本当に踊りながら覚えました。
女性パートも、男性パートも。
というか、私がせっちゃんと踊る為に男性パートを覚えました。
悔いはありません。
そして、今。
その経験と技術の集大成を此処に…!
ええ、集約させました。
男性パートでリードしていたはずの勇者様を、逆にこっちが男性パートのステップでリードしてやるという意地悪の為に。
勇者様、足がこんがらがりそうになりましたけど。
一瞬で立て直したあたりは、流石。
でも、こっちもあっちも男性パートじゃ踊りが成り立ちません。
男性と女性、完璧に調和する二つのステップ。
互いが向い合せに合わさって完成となるよう、計算されつくしたダンスですから。
こっちが強引かつ、譲る気ゼロで踊れば、それに勇者様が合わせるしかありません。
女性パートを踊ったことがなかろうと。
男性パートのステップを相手に、当たり障りのないよう何とか合わせて動くと、それは必然的に女性パートのステップと同じ動きになります。
つまり、現在。
勇者様は慣れない女性パートを強引に踊らされている訳で。
初めての動きに、勇者様はあたふた。
私を相手に強く出られず、あたふた。
こっちのリードを崩して、自分の主導権に持ち込もうと奮闘されますが…
……私も、そう簡単に譲る気はありません。
技術力、体格、力量は向こうの方が上。
でもこっちは、気持で譲る気全くナシ。
どれだけ勇者様が奮闘しても、私は譲歩しません。
気持を頑なにした相手を自分の思い通りにしようとするのは骨が折れるはず。
何と言っても、紳士で気持ちの優しい勇者様。
私を強引に振り回せるほど、彼は手荒な真似が出来る筈もなく。
一瞬で私と勇者様の攻防戦と化した軽やかに華やかなダンス。
見た目には、とても優雅に見えたでしょう。
水面下の争いに、気づくことがなければ。
こうして、勇者様のダンスの思い出は、色々印象深く心の刻みこまれる形となりました。
場末に生息する化粧の分厚い年増系の女装をしたまぁちゃんと。
一筋縄ではいかない、どちらが女役かを巡る攻防戦と。
これだけでぐったりして、当分ダンスはいいやと思えるような。
そんな濃くも過酷な思い出を残し、勇者様のダンスは終わりを告げたのでした。
結局、まともなダンスの思い出ゼロなところが、勇者様っぽいと秘かに思いましたが。
それを口に出したらあまりに可哀想なので、皆さんも内緒にしてくださいね?
慰めのはずなのに、それでも最後はちょっと酷い目に遭うという不思議。




