36.ダンスはいかが?
人生初、勇者様の私的なエスコートという注目度の高い、登場で。
勇者様の隣に並んだまぁちゃんは、居並ぶ人々の度肝を抜きました。
流石まぁちゃん、素敵過ぎます。
なまめかしくも場末感漂うその姿は、見事なまでに場違いでした。
国王様は、息子の予想外すぎるエスコートの相手に冷や汗を流しています。
視線がうろうろと泳いでいるのは、何故かな。
大臣方は風聞を気にしてか、挙動不審にあわあわ。
そして最も勇気をお持ちの方は、王妃様でした。
「ら、ライオット………? その、……………その、方は?」
王妃様の美しい口元は、無残にも引き攣っています。
しかし舞踏会場へと赴いて初めて声をかけてきた、その勇気。
流石は勇者様のお母様だと全身全霊で賞賛しましょう。
慙愧に堪えない。
そんな顔で、辛そうな声で。
勇者様は言いました。
「………彼、は」
「彼女、な」
すかさずかけられた訂正の低い声に、勇者様は心をべっきり折られたのでしょうか。
喉の奥で、何かが詰まったような声。
呻き声を、頑張って堪えて。
それでも勇者様は、言い辛そうにしながら、最後まで言葉を音にします。
「か、か、彼、女は……私の、エスコートの、相手………デス」
一つ一つと音を区切るような言い方は、ちょっと聞き取りづらかったけれど。
それでも明瞭に発せられた声。
ただでさえ勇者様の声は耳心地の良い、聞き取りやすい声をしています。
そして沈黙に支配され、音の存在を忘れ果てていた大広間の中。
音の反響しやすい、この広々とした空間の中で。
勇者様の言葉は、たったひとつの真実であるかのようにはっきりと響き渡りました。
目を逸らしようのない、残酷な現実として。
そのあとの光景は、ちょっと見事でした。
余程、衝撃が強かったのでしょう。
もしかしたら勇者様の声がトドメとなって、緊張の糸が切れてしまったのかもしれません。
つまり、どういうことかというと。
勇者様の声が響いた、その直後。
奇麗に着飾った淑女のお花ちゃん達が、気弱そうな子から次々。
ええ、それはもう、次々。
余程、受け入れがたい真実だったのでしょう。
大人しそうな可憐なお花ちゃんから順番に。
ぱったり、倒れました。
その数、何と会場中にいる女性の約六割。
意外に精神的防御力の低い、ショックに弱い可憐な少女は多かったようです。
一部、男性も倒れましたけど。
……前に会ったミリエラさんの印象的に、勇者様のお国の女性はもっと図太くて厄介で、手強い人ばっかりだと思っていたんですけど。
それはただの、私の思い込みというか固定概念というか、一方的な先入観だったようです。
憧れの君がどう見てもオカマの妖しいマダムをエスコートしてきたからと言って意識を手放すような、生存本能の薄い繊細なご令嬢がこんなに沢山!
ちゃんと絵に描いたご令嬢という人種もいっぱいいたんですね。
あんなショックなことがあっただけですぐ失神しちゃう弱々な女の子が群れをなしているなんて、ただの都市伝説だと思っていました。
でもそんなことなかった。
伝説は本当だったんだ…!
物語に出てくるようなご令嬢が実際にいるんだと知って、私は感動していました。
しかし、そんな私の感動は、私一人が抱いている勝手な感想でして。
実際の、大広間。
舞踏会の会場は、今。
会場中、怒号。
案じる声、怒りの声、嘆きの声。
様々な声があいまって、まるで獣の大合唱。
音が重なりすぎて、一人ひとりがなんと言っているのかは不明ですが。
隠しようのない悲哀に、悲鳴に、恐怖に。
嘆きの群れの中、勇者様への疑惑と不安が高まっているようです。
なんでそんなのを、エスコートしてきたのかという。
そんな、勇者様への不信感。
この嘆きは勇者様への信頼や親愛故のこと。
勇者様を慕っているからこその、凄まじい声の連なりです。
「わあ☆ 勇者様慕われてるー」
「その信頼も、今この時、この瞬間、木端微塵に砕け散ったけどな!」
勇者様は、若干自棄になっているようでした。
そら自棄にもなるだろ、と。
私の近いところから、冷静に白けた声が聞こえた。
うん、私もそう思うよ。
「い、いやぁ…!! 息子が、息子が、乱心した!」
「は、母上…どうか落ち着いて。これには訳が…!」
「立派に育って誇らしく思っていたのに…! とうとう男に走ってしまうなんて!!」
「待って、母上。待って。走ってない。走ってないから! あととうとうって何!?」
「それではお前の節穴は、この方を女性だとでも言うの!?」
「……………」
「女性を見る目を磨いてこないから、そんな騙されて…!?」
「いや、別の方向で磨いてきました。十分に磨いてきましたから!」
主に、被害者目線で。
ある意味、こんなに女性の闇を目に焼き付けてきた方もいないでしょう。
モテる男は辛いね、勇者様。
しかし必死の訴えも耳に入らぬ王妃様は、尚も息子に取り縋らんばかりに取り乱します。
「できた息子だと思っていたのに、こんな形で道を踏み外すなんて!
道ならぬ恋ができる立場だと思っているの!?」
「母上―っ!? 誰が誰に恋してるんですか! 決めつけは胸に刺さりますよ!?」
勇者様がどれだけ言葉を尽くそうと、王妃様の聞く耳は絶賛お出かけ中で留守のようでした。
息子の乱心としか思えない振る舞いに、王妃様真っ白。
燃え尽きたといわんばかりの灰っぷりです。
国王様も、目頭を押さえて俯いています。
「ライオット………その者は、結局何者だ」
「…昼間、ご紹介いたしましたが」
「「……………」」
王様の視線が、ふと私達の上をさまよいました。
目線で数え、確認するように。
人数と顔ぶれを、確認していきます。
そして不足が誰か、わかったのでしょう。
その顔は、恐ろしいものを見たような…恐怖と衝撃で歪んでいます。
さあ、見てください!
息子さんと肩を並べる超絶美青年が、無残にもこんなことに!?
国王様は、仰いました。
「………今夜は、仮装舞踏会ではないぞ」
「重々承知っすよー」
そしてまぁちゃんが、かる~く答えました。
国王様は何か悲しくなったのでしょうか。
両手で顔を覆って、俯いてしまいました。
お陰で舞踏会の進行が全く進んでいません。
事前に打ち合わせに同行して聞いた、本来の流れはこうです。
確か、国王様による勇者様帰還の報告、及びその同行者たる私達の紹介、それから本日の主役である勇者様の演説。
その後に、開催宣言。
そして主役である勇者様がエスコートの相手と最初のダンスを踊り、それに他の参加者の皆々様が順次参加していく…と。
とにかくまずは、勇者様が踊りだして舞踏会は始まりを告げます。
…だった筈ですが、会場は既にそれどころではない空気です。
国王様も同行者の一員たるナターシャ姐さん(雄)の紹介なんてしたくないのでしょう。
苦渋の選択を迫られた!という顔で、何とも言えない目をしています。
まさか彼らも、実の息子にこのような苦難を示されるとは思ってもいなかった筈です。
そう、当の息子本人ですら、そんなことは思っていなかったのですから。
苦渋の選択の末、国王様は決断なさいました。
「皆の者! 見ての通り、神の御加護により我らが王子は無事な姿で帰還した。
我らが祖国に栄えあれ! 王国の世継は過酷な試練の中でも輝きを失うことはない!」
王子様(笑)の登場から少し間を置いている為でしょう。
いささか唐突にも思えましたが、硬直して時間を無駄に稼いでしまった国王様が、ようやっと事前に定めた予定通りに動き始めたようです。
ただし、同行者の紹介をそっと抜かして。
お陰で勇者様の傍にいる私達が、思いっきり意味不明。
何、あの人たちみたいな扱いになってしまう訳ですが。
無用な疑惑や注目を受けるかと思いきや、そんなこともなく。
いえ、そんなこともあるのでしょうか。
私達に寄せられ、分散されるはずだった視線。
その全てが、まぁちゃんに殺到していました。
まさに、世の視線全てを独り占め状態。
みんなみんな、釘付けだね☆
むしろ、視線を外せない皆様の、更なる疑念が高まります。
そう、紹介がないから。
あの人、何者という目が全開です。
しかし国王様は、勇者様の傍にいる私達に一言も言及しません。
ナターシャ姐さんの紹介を避ける為でしょう。
責務を放り出してでも。
そう、諸共に連帯で紹介を省いてでも。
国王様はナターシャ姐さんに言葉で触れようとはしませんでした。
それはもう、潔いまでに全く。
宙ぶらりん状態で、勇者様の傍に侍っている謎の集団。
謎めき過ぎる筆頭のナターシャ姐さんは、豪快にもふてぶてしい。
今だって、必死に目を逸らす国王様や会場中のご令嬢方を視線で挑発しています。
やめて! 見ないで! 食われる!!
そんな声が、視線を向けられて必死に目を逸らす人々から聞こえてきそうでした。
まぁちゃん、素敵過ぎます………完全に、腫れ物です。
衝撃にも巨大すぎるインパクトを発揮したまぁちゃんは、見事なまでに悪目立ちしていました。
会場中がまぁちゃんに釘付けで、他など意識にも上らない。
その間に鋼の精神力で進行を若干予定と変えつつ進めた国王様。
そうこうする間に、開催宣言まで終わって…
会場が、運営側が、「どうするよ?」みたいな微妙な空気に包まれました。
予定では、この後。
勇者様とエスコートされているお嬢さん(笑)のダンスな訳ですが。
勇者様、硬直。
誰も何も言えませんし、打開策を提示できずにまんじりとしていて。
ちらっちらっと互いに嫌な役を押し付け合う視線のやりとりが飛び交います。
王妃様から救いを求めるような、縋るような目を向けられました。
その視線の意味は、あれですね?
ナターシャ姐さんの代わりに、私かせっちゃんに勇者様と踊ってほしい。
あわよくばこのエスコートを吃驚ハプニングか何か扱いにして、そのままエスコートされる役を交代してほしいということですね。
しかし、甘いです。
そんな哀願めいた要求に、私が楽しみを捨てて乗るはずもなく。
せっちゃんは視線の意味に全く気付くことなく。
あれぇ? 何か見られてますのー。
…と、にこにこ笑顔で手を振り返すのみ。
救いはどこにもありませんよ、王妃様!
やがて、誰も動かない中。
仕方なさそうに、まぁちゃんが動きました。
「おい、エスコート役。こっちが動く前にさっさと動けよ」
何の為のエスコートだ、と文句を言いながら。
まぁちゃんが、勇者様の腕をさらいました。
そのまま軽く引っ張って、促します。
ダンスホールの、中央部へと。
拒否反応でしょうか。
勇者様の顔が更に青くなって。
無意識の様に足を、ちょっと突っぱって。
瞬間的に抵抗しましたが。
「………ん?」
ナターシャ姐さんに優しく獰猛に微笑まれ、諦めました。
観念した様子で進む姿は、死刑執行の断頭台へと登る聖人のように見えました。
冤罪! 冤罪ですよと雰囲気で叫んでみたくなります。
まあ、この場で本当にそれをしたら空気が読めないにも程があります。
私達は大人しく、踊る二人の姿を見守ることにしました。
見た目に反して強い力で引っ張られながら。
勇者様が、まぁちゃんに問いかけます。
「まぁ殿………踊れるのか?」
勇者様的には、魔境の住民がお城の舞踏会で踊るような曲を知っているのかという素朴な疑問だったそうです。
しかしそれに、まぁちゃんがばっちりと。
不気味なウインク付きで答えました。
「ばぁか。せっちゃんとリアンカに宮廷舞踏を教え込んだのは誰だと思ってんだ」
「まぁ殿が?」
「リーヴィルだ」
「全然関係ないじゃないか!」
「そん時、俺も一緒に参加させられてんだよ。生徒兼練習台としてな」
「思いっきり教わる立場に自分もいるじゃないか! 引き合いが全く意味ないだろう!?」
「うるせぇな。実際ダンスの練習中に足に穴開く程に踏みつけられまくったのは俺なんだよ!
リーヴィルの奴の計らいでな!」
「………つまり、あの二人のダンス練習で相手をしていたということだろうか?
でもそれは、男役ということだろう?」
「舐めんな。俺は見よう見まねで大体のことができる男だ!」
「その才能を何故ここで使う!? なんで真面目に女性のステップも覚えるほど練習しているんだ。ダンスの練習なんて、まぁ殿だったら逃げ出しそうなものなのに!」
「まーな。俺単品の練習だったら遠慮なくとんずらしたってのに、リーヴィルの奴がリアンカとせっちゃんを突撃させるもんだから。ついつい俺も一緒に踊っちまった」
「いや、それは…リーヴィル殿の本来の狙いは、まぁ殿だったんじゃないか?」
「……………やっぱお前もそう思う?」
「自覚ありか……」
でもそうか、リアンカや姫も踊れるのかと。
そう呟きながら、勇者様は上の空。
多分、現実逃避したいんだと思います。
少しでも、思考だけでも逃げたいんだね、勇者様。
しかし、まぁちゃんの踊り出しは完璧でした。
その出足の見事さ。
体をひっぱる、力の強さ。
集中しないと途端に足がもつれる、高度なダンスステップ。
強引に始められたそれに、勇者様は慌てて意識をひっぱり戻しました。
その顔は、物凄く吃驚しています。
「ま、まぁ殿…!?」
余所事を考えていて、そのダンスはとても踊りきれるものではありません。
集中とまではいかなくても、意識を注ぐ必要があります。
勇者様の顔には、焦りが見えました。
「まぁ殿、こ、これ…!」
「んだよ」
「昨今の主流とは違う!」
「は?」
「近年踊られている円舞曲じゃない…!」
「………俺、何か間違えた?」
「数百年前は、主流だった。今では超技巧派と呼ばれる、古い宮廷舞踏曲だ…」
「えーと…時代遅れ? 俺、今、時代の化石?」
「廃れたとまでは言わないが、今じゃ玄人向けと言われているステップで……
…衆目を集めるが、踊ろうとする人は少ない」
一応、俺も教養として教えられてはいるが。
公式の場で踊るのは、初めてだ………と。
そう言う勇者様の顔は、足下に意識を取られてか、微妙に四苦八苦。
「……………」
「……………」
気まずく黙り込む、二人。
だけど次の瞬間、まぁちゃんがきらりと白い歯を光らせた。
「ま、いっか☆」
「それで済ませるつもりなんだな、まぁ殿…!」
必死に追いすがるような、勇者様。
それを巧みに操作する、まぁちゃん。
二人のダンスは、傍目にはとても息の合った、高等技術。
とても入り込める隙のない、二人の世界に一見して見えます。
実際のところ飄々とあしらうまぁちゃんと、抗議に何事か言い募る勇者様のお姿なのですが。
あの馴れ合いきった独特の空気が、打ち解けた雰囲気が。
入り込めない、邪魔できないと錯覚させるのです。
それは本当に錯覚で、勇者様的にはむしろ妨害を待ち望んでいるんでしょうけれど。
それは叶わぬ夢でありました。
だって誰も、二人に近づきすらしない。
本来であれば、勇者様が踊りだして少ししてから、順次踊る意思のある男女が順次踊りの輪に加わっていくはずなのに。
いま、私達の目の前。
誰も邪魔できないと思ってか。
それとも近寄りたくないと思ってか。
もしくは視線ががっちり奪われて、足が動かないのか。
理由はきっと、様々ありましょう。
もしかしたら、精神的な拒絶反応で現実直視を拒み、動けないでいるのかもしれません。
まあ、何にせよ。
何にせよ、です。
現在、踊りの輪に新たに加わる男女はなく。
皆、息を詰め、声を封じて踊る二人に見入るのみ。
かろうじて仕事をしている楽団以外に、表だって音を立てるものもなく。
全員が、悲壮な顔で。
会場のど真ん中、独壇場と言わんばかり単独で踊るカップル(爆)を見つめています。
ああ、なんという二人の世界。
なんという………いやがらせ?
誰も踊りに加わらないから、世界は二人の為にあるといわんばかりの様相を呈しております。
まさに、望んでもいないのに。
勝手に二人のオンステージ状態。
独占する気なんて微塵もないのに独占中です。
その状況に、王妃様は気が遠くなったのか。
ふらりと上半身が泳ぎ……危ういところで国王様がナイスキャッチ!
「妃…少し、休め」
「陛下………」
お二人は互いに体を支えながら、ふらふらとお二人の玉座へと足を進めました。
本来なら、国王夫妻は国王夫妻でやることが溢れ返っていると思います。
勇者様とまぁちゃんの脅迫的な組み合わせに色々と様々な物がガタガタになった、会場内。
本来の予定は投げ捨てで、全ては行き当たりばったり進みつつありました。
そして、本日。
公務以外…つまり、私的な相手としての選択で。
エスコートのみならず、初めて個人的に踊った相手まで男という。
輝かしくも忌々しく、心をばっきり折るような。
そんな素敵な黒歴史が新たに、勇者様の心へと刻まれたのでした☆




