31.名付け親
まぁちゃんの手の中に、なんかどっかで見たナニかと似ているナニかがいます…
具体的に言うなら、妖精的なナニかが。
でも、なんだか今まで見たことのないタイプの妖精です。
混乱の極みにいる勇者様が、愕然と呟きました。
「ここは魔境じゃないはずなのに…!」
毒されてる、毒されてるよ。
魔境ならアリとか思ってる時点で、後戻りは出来ません。
摩訶不思議な何もかもを納得できそうなくらいに毒されてますよ、勇者様。
顔を引き攣らせる勇者様に、まぁちゃんが「残念」と言いました。
え、勇者様が?
「此奴等は世界中に…というより、人間の国々にこそいる種類の妖精なんだよ」
違いました。勇者様じゃなくて、勇者様の意見への残念でした。
もう、紛らわしいんだから(笑)
「まぁちゃん、それなに? 魔境じゃ見たことのないタイプだよね」
ついでに、便乗して私も気になっていたことを聞いてみます。
まさか魔境でお目にかかったことのないような不思議生物。
そんなものと、人間の国でこんにちはすることになろうとは思ってもみませんでした。
私の疑問に、まぁちゃんは丁寧に答えてくれます。
「此奴は、妖精の名付け親だ」
な ん て メ ル ヘ ン !!
メルヒェンだ、メルヒェン………
不思議生物は、夢を食ってそうなメルヘンの住民でした。
「フェ、妖精の名付け親って、あれだよな…
お伽話に出てきて、主人公を不思議な力で助けたりする……」
「勇者様、せいかーい」
妖精の名付け親は、お伽話に定番のお助けキャラです。
大概、ここから常識的な手段での巻き返しは無理だろうって場面に突如現れます。
そして不思議な力で全ての問題を片付けます。
使い勝手の良い、便利すぎるポジションです。
…妖精の名付け親って、役どころじゃなくて固有名詞だったんですか。
あまりに便利すぎるキャラクターなので、架空の生き物だと思っていました…。
しかし何故、そんな便利すぎる不思議生物が魔境ではなく人間の国々にいるのでしょう。
そして物語の中で、お助けキャラとして表わされている理由は一体…?
「まぁちゃん、妖精の名付け親って一体なんなの?」
得体の知れない未知の生物を前にする気分で、まぁちゃんにその正体を問います。
私の疑問の答えを、知っていたのでしょう。
まぁちゃんは一つ重々しく頷き、言いました。
「神格を失って零落した神々の一種」
………こんなに、ちっぽけなのに!?
このぐったいりした手の平サイズ幼女が!?
魔境妖精郷の妖精さん達の方が、よっぽど神々しいよ!?
謎めいた妖精さんの正体は、思った以上に大物でした。
そっか、まぁちゃん…元神様を鷲掴みにできちゃうんだ。
それもこんなに無造作に。
今更だけど、やっぱりまぁちゃんってば規・格・外☆…だね。
「……なんで誰も、神格を失って零落したことを『リタイア』なんて言い表すまぁ殿をおかしいと思わないんだろう」
私とは違う視点で気になることがあるらしい勇者様。
ちょっぴり寂しそうに呟いていました。
不思議生物のひしめく人外魔境の覇者。
絶対君主の座に君臨する魔王様は、妖精さんにも詳しいようでした。
「俺達が妖精と呼ぶイキモノは、大別して二種類に分類できんだよ。
例えばエルフ共は、受肉して物質化した精霊の子孫。
言わば自然の化身みてーな奴らだな。肉体のある精霊みてーな感じ。
それと二分される妖精ってのが人間の信仰を失って零落し、神格を失って神の座から転げ落ちた古の神々な。人間の信仰心を掴めずに落ちぶれた落伍者どもだ」
「まぁ殿、その……仮にも元は神だろう。もうちょっと、敬っても」
「勇者。元神ってのはな、無駄に自己顕示欲とプライドが高ぇんだよ…」
「…つまり?」
「ちょっと大目に見てやっとすーぐ調子に乗る! こういう奴等はな、べっきべきにプライドも高い鼻も圧し折って軽くあしらう位で丁度いーんだよ」
「あ、扱いが酷過ぎにゃー!!」
「「「あ」」」
まぁちゃんの宣言を前に、抗議の声はその左腕から来ました。
見れば、さっきまでぐったりしていたミニマム幼女が復活しています。
というか今、「にゃー」って言ったよね?
元神の癖に、「にゃー」って。
疑惑の目で、じっと見ちゃいますよ。
これ、本当に神なのかなぁ…?
そんな私の疑惑と、勇者様の感想は完璧に同調していました。
勇者様もまた、疑惑の目で妖精を見ているので明らかです。
一縷の望みか絶望か、何かを込めた声音でまぁちゃんへ確認を取る勇者様。
「まぁ殿………この妖精が名付け親妖精だとして、何故この近くにいたんだろう。
人間の国にこそいると断言する理由は?」
「あー…そりゃ、此奴等の自己顕示欲の問題ってヤツ?」
「???」
「こんなちっこくなって、力なんぞ失って、神の名残はミジンコみてぇなもんだってのに。
此奴等、こんな形でまだ神気どりなんだぜ?」
それはなんと無謀な。
残念な物を見る目で、勇者様じゃなくて妖精を見てしまいます。
「そ、そんなことにゃいのです!」
「はははっ 妖精が何か言ってるぜ」
「わ、私は妖精ではなく天女にゃー!」
残念さが増しました。
このちっさい形の、この残念さで。
堂々と天女を名乗る厚かましさ。
天女を自称するなら、せめて二頭身をどうにかしてから出直してください。
「頑なに天の住人だって言い張って、能力の弱体化は認めても零落したことは認めねーのが、此奴等の特徴の一つだ」
きっぱりと言い切った、まぁちゃんのその言葉に。
勇者様でさえ、うっかりと同意するように頷いてしまっていました。
頷く勇者様の姿を目にして、どん底までも落ち込む妖精。
ん? まぁちゃんにボロクソ言われても元気に喚いていたのに、勇者様相手にはやけに落ち込み過ぎじゃありませんか?
その後、まぁちゃんが私達に教えてくれたことが一つ。
妖精の名付け親という名称の由来です。
彼らは未だ神への復帰を諦めていないのだと言います。
なんと無謀な。
そしてその為に、人間の信仰心を欲しがるのだと。
なんという無茶ぶり。
こんなミニマム二頭身を有難がって崇拝するのは、一部の特殊な趣味の方だけです。
だと、言うのに。
人間の信仰心を欲しがり、自己顕示欲に振り回される小さな姿。
そんな物体を、誰が敬うというのでしょう。
本当に崇拝を必要とするのなら、方法を考えなくてはなりません。
彼らの劣化した能力と、落ちぶれた姿でも信仰を集められるような方法を。
やがて彼らは、人間に名付けを行うようになりました。
人間の中から、妖精達自身が「これは」と思う逸材を選び出してのことです。
その逸材の周囲にいる人間にひっそりと囁くのだと言います。
己の付けたいと思った、赤ん坊の名前をひっそりと。
彼らは将来有望で、長じれば歴史に名を残すだろう者にこそ名付けることを望みます。
そうなるかもしれないと、そう期待の持てる赤ん坊に。
子供の親類縁者にひっそりと名前を囁く妖精。
囁かれた人間は、自主的にその名を付けようと考えたのだと、そう錯覚させられてしまう。
そして妖精の意を受けた名前を子供につけるべく、知らず知らずと妖精の代理戦争を行ってしまうのだそうです。そう、それぞれに、名付けの権利を争って。
そうやって妖精の意を受けた名前は人間の子供に授けられ、長じて傑物になれば妖精達の間で名付けに成功した妖精は鼻高々。
子供をより大物にする為、小さな奇跡を起こして苦境を助けることも辞さないとのこと。
どうして、そこまでするのか。
子供が歴史に残るような偉人となれば、子供に寄せられた崇拝や畏怖といった感情を「名前」を介して集めることができるのだそうです。
そう、子供に寄せられた感情を、名を支配する己への擬似的な信仰心として。
そうやって摩り替えられた信仰心を集めて力とし、より強い奇跡を人間に振舞い、感謝を集めることで更に信仰心へと変換する。
集めた信仰心を元に神格を取り戻し、やがて神へと返り咲くことを目論んで。
「まあ、つまりだ。此奴等がどんな妖精かって言うと、神の座から転落した癖に未練がましく再起を狙う往生際の悪ぃ奴らってことだ」
「身も蓋もないな!」
「でも、諦め悪ぃのは確かだぜ?」
「…妖精の名付け親への有難味が奇麗さっぱり失せたんだけど」
「まあ、そりゃあな。奴らにしてみりゃ、再起への布石。
つまりは利己的な打算に基づく、下心満載の親切ってヤツだし?」
「本当に有難味も何もないな!」
「ちなみにこの辺にゃ、勇者の改名やら子供の名付けやらを狙って大量に集ってるぜー」
「……………どちらも、当面は予定がないんだけど。
必要としていないのに望まれているのかと思うと、なんだか腹立たしいな」
勇者様が顔をしかめて、見えない妖精の存在に御腹立ちです。
ちなみに捕獲されている一匹はまぁちゃんのお力によって私達にも姿が見えるんだそうな。
普通は、人間に姿なんて見えない妖精だそうです。
妖精の方が、私達に姿を見せようと思わない限り。
そして自己顕示欲の強い妖精は、本当の姿ではなく幻で誤魔化すことが多いそうですが。
そこを強制的に見えるようにしちゃう、まぁちゃんが素敵過ぎる…。
でも、だけど。
わざわざとっ捕まえて、見えるようにして。
敢えてこの妖精を捕獲したってことは………
勇者様が、ぼそっと言いました。
「妖精の名付け親が出てくるお伽話で定番の一つは…
……ドレスを持たない悲運の令嬢を姫君に仕立て上げ、舞踏会に行かせることだったか…」
「わあ、今の状況にピンポイント☆」
私も、その逸話は知っています。
知っていて、温い目をしてしまいました。
そっか、まぁちゃん。
そんな魂胆で、ですか………。
「さて、妖精。てめぇに仕事だ」
まぁちゃんが、脅すようににっこりと笑った。
「な、なんですにゃ…!?」
「だから仕事だって言ってんだろ」
「私を捕まえて自由を奪うような輩の頼みなんて御免ですにゃ」
「はっはっはっはっは」
わぁ、まぁちゃんが白々しく笑っています。
目が、笑っていません。
「誰が頼みだっつったよ」
「にゃ、にゃ…!?」
「仕事だ、つってんだろ? 要請じゃなくて強制に決まってんだろーが」
まぁちゃん………今の貴方は、チンピラも裸足で逃げ出すよ。
確信を持って、言えます。
今のまぁちゃんは、物凄くガラが悪い!
「にゃ、にゃー…! お、おど、お、お、お、おどしには屈しないにゃん!」
「目茶目茶どもってんぞ、てめぇ」
「にゃあー!!」
嫌がって、縮こまって、ぶるぶる震えて。
妖精さんは完璧に弱者の体で。
まぁちゃんが物凄い悪人に見えます。
しかし自分の体裁なんのその。
まぁちゃんはにたりと笑んで言いました。
「ちなみに完遂したら、もしかしたら勇者からの感謝が得られるぞ」
………………
………………………
………………………………
「に、にゃー!!!」
今度のその叫びは、悲鳴でも哀願でも恐怖でもなく。
なんだかやたらと活力的な、ものすっごいやる気に満ちていました。
勇者様は、妖精達がこぞって目を付けるような逸材中の逸材で。
今なお名付けに与れなかった妖精達が、改名の機会を狙っていて。
何が言いたいかというと。
感謝を信仰心へと転換して、己が力とする妖精の名付け親。
言うまでもないことですが、感謝を捧げる人物が傑物であればあるだけ。
そして高品質高濃度の魔力を持っていれば、持っているだけ。
それはより良質で強力な信仰心へと転換できて………
何が言いたいかというと、こうです。
そんな妖精共にとって、勇者様の心よりの感謝は喉から手が出るほど欲しい。
むしろ、喉から物理的に手を生やしてでも欲しいと。
そう、渇望するような代物で。
それをまぁちゃんが、報酬として提示するような形で。
はっきりと、感謝してもらえると断言はしていないのに。
勇者様ご自身の意見は何も得ていないのに。
妖精の名付け親は、すっかりもらえるものと思いこみました。
そして、盛大な張り切りようを私達の前に発揮したのでした。
そんな妖精さんに、古のとある名言を捧げたい。
ずばり、これです。
――とらぬ狸の、皮算用………
ちなみに勇者様の名前はお母様がお付けになりました☆
子供の頃から、自分の子が生まれたら名付けるつもりで決めていた名前です。
男女両方の名前を考えていました。
…もしも勇者様が女の子に生まれていたらラビニアと名付けるつもりだったそーな。
リアンカ
「勇者様、男の子でよかったね」
勇者様
「確かにな…!」
→ラビニア:小公女に出てくる意地悪な女の子。




