26.お昼ごはんのその前に
朝食後のまったり時間で呼び出された獣達。
それを興味本位も多大にちやほやする私達。
その内、困ったようにサディアスさんが言いました。
「殿下方…そろそろ準備致しませんと、昼餐会に差障りが」
「あ」
顔をあげ、はっと我に返る勇者様。
でもね、勇者様。
私達は意味が分かっておりません。
ねえねえ、昼餐会って何のことですか?
袖を引いてダイレクトに尋ねたところ、勇者様は
「しまった……伝え忘れていた」
と、項垂れました。
昨日は色々ありましたからね。
勇者様が戻って来てからだけでも、騒がしいことこの上ありませんでしたし。
あの騒動あれこれで、すっかり重要な伝達事項が頭から吹っ飛んでいたようです。
勇者様が王子様生活を送っていた頃は、違った…と。
重要事項は何があろうと忘れなかったと、困惑するシズリスさん。
「殿下、気が緩んでません?」
「言わないでくれ…自分で痛いほどに痛感している」
自由のびのびな魔境の開放感の中。
勇者様はすっかり、王子様としての緊張感とか色々な物を忘れてしまっていたようです。
勇者様、貴方が魔境で失ったものは計り知れない(笑)
「というか、まだ国に帰ってたった一日しか経っていないはずなのに…?
それなのに昨日一日、密度が濃すぎるだろう………」
一日で、過激フルコース…そんな呟きが聞こえたような気がしました。
そうですね、一日で色々ありすぎましたね。
そんなこんなな生活が、あと数週間、確実に続く訳ですが。
そう、魔境に帰るまで。
「平穏…なんて遠い言葉だ。まるで幻のように遠いなぁ…。
いや、それよりも、国に帰った方が事件少ないってどういうことだ………」
「殿下、御気を確かに!」
「旅立つ前はもっと平穏に暮らしてたでしょ! ご令嬢方の猛攻は凄まじかったけど」
「……………平穏なんて、儚い夢、か。俺にはなんて縁遠いんだ」
「シズリス! お前の余計な一言で殿下が世を儚み始めただろうが!!」
失言滑らせたシズリスさんを、オーレリアスさんが絞め上げます。
その隣で、おろおろと勇者様を宥めるサディアスさん。
「うーん…分業できていますね」
なかなか、彼らは侮れない人物のようです。
そんな再認識とともに、沈み込む勇者様の前にしゃがんで問いかけました。
「それで結局、伝え忘れた伝達事項ってなんですか?」
勇者様の落ち込みぶりは、いつものことなので全力スルーです!
「ちょっ…殿下が落ち込んでいるというのに!」
「勇者様が落ち込むのは日常茶飯事じゃないですか」
「そんなにネガティブな方ではないぞ!?」
彼らの知る勇者様と、私の知る勇者様に齟齬があろうと気になりません。
だって私が知っているのは、お城で守られ守りながら暮らす『殿下』じゃありません。
魔境で無謀な目標に向かって切磋琢磨しつつも、かなりしぶとい『勇者様』です。
王子様としての勇者様をこれから知ることになるかもしれません。
でも根底は、変わらず。
私のお友達でよく知っている相手は『勇者様』。
それで良いと思うので、他人の言葉は聞きません!
私は勇者様の頬に手を当てると、ぶにっと左右に引っ張りました。
それはもう、思いっきり。
「いた…!」
「勇者様ー、何を伝え忘れたのー?」
「うぅ……実は今日の昼食を、父と一緒に取ることになっていて」
「うんうん、それで?」
「その、リアンカ達も一緒に…」
「え、王様とお昼ごはん!」
うわ、それ絶対に面倒くさそう。
文句をぶうぶう言おうかとも思いました。
でも、考えてみればお城の一角に寝泊まりさせてもらっている状況です。
それなのに、挨拶なしは失礼ですよね。
勇者様なりに、堅苦しくならないように気を使ってくれたらしいですし。
余計な人員を挟まない、内輪の昼餐を予定だと聞いて観念しました。
ただし、やっぱり準備がそれなりに面倒そうです。
仮にも一国の…それも大国の王の前に出るのに、好い加減な服装は許されないとのこと。
なら何を着れば良いって言うんですか。
「じゃ、僕は薬草園の方に行ってるから」
「俺は騎士団の訓練場の方に~」
私達が嫌気のさすような準備に顔をしかめている隙に、面倒を見て取ったのでしょう。
此方への滞在数週間に及ぶ二人組が、急遽離脱を試みてきました。
逃げたが得と判断したのか、手の平を返したような爽やかさ。
さり気無さ満点の薄っぺらな笑顔で、気付いたら遠くにいます。
「あ、むぅちゃん――!?」
「いざ、さらば」
なに、その後腐れ皆無な笑顔!
捕まえようとするも、既に背中は遠く小さい状況で。
…逃げられました。
「私達だけに面倒押し付けたよ、あの二人!」
むぅちゃんはともかく、サルファは帰ってきたら吊るそうと思いました。
「………サルファはいてもいなくても良くねーか?」
「逃げられたって事実がムカつくんだよ、まぁちゃん」
「ああ、私的な八つ当たりか…」
それに色々と空気を読まない彼奴のことです。
気まずくなろうとも、会話が変な方向に転がろうとも。
少なくとも奴一人を生贄に、どんな状況になろうと間は保ったでしょうに。
我が家で行われた、勇者様への使者達との夕飯みたいな事態に陥るかもしれませんけれど!
会話が途絶えたら、誰が話を繋ぐというんでしょう?
「リアンカ、相手は俺の父だから、そこまで気負わなくても…」
「あ、そう言えば勇者様のお父さんでしたね」
じゃあ、安心かな…?
少なくとも身内として、勇者様がいます。
それなら会話が途絶えたり、気まずくならないで済むでしょうか?
その考えを甘いと、誰かが笑ったような気もしましたが。
せっかく浮上した意気を静める意味もありません。
気を取り直し、私達は準備にかかりました。
そうして、身に着けた衣装。
今日のこれは、私が魔境で仕立ててもらった訪問着です。
ドレスアップという程に改まった服装じゃありませんけれど、そこそこ畏まった服装です。
昼餐の席なら、これで問題ないだろうと勇者様が言いました。
その言葉を、信じます。
いつものエプロンドレスとは勝手が違いますが、それでもハテノ村の伝統的な型の衣装。
私にとっても、着慣れたタイプの服装です。
こちらでは少々物珍しいという話ですが、気にする必要はありません。
いつもより裾捌きに気を使いながら、私は気の重いお昼ご飯に挑みます。
せっちゃんは、わざわざ持ってきたらしいいつもの普段使い用ドレス。
確実に、私よりも目を引いています。
まぁちゃんは逆にいつもよりちょっとラフに、また勇者様の服を借りています。
リリフとロロイは、それぞれ普段着という別の意味での大胆さ。
…この二人は、腕の肘から先がモロに竜ですからね。
改まった服装でサイズが合う、腕が隠せる物が見つけられなかったようです。
サディアスさんは適した衣装を用意しようと随分頑張っていたみたいですが…
残念、間に合わなかった!
滞在二日目にして、丁度いい衣装もなかったらしく。
二人は開き直って普段着です。
しかし翼は剥き出しなのに腕だけ隠す意義があるんでしょうか。
本人の自意識の問題なんでしょうけれどね。
そうして向かった、昼餐会。
参加の許可を得ていないオーレリアスさんやサディアスさんとは一時お別れです。
鬱陶しいことに勇者様がいる限りどこまででもついてくる心積もりのようなので、お昼ごはんが終わったらまたどうせすぐに顔を合わせるんでしょうけれど。
しかしシズリスさんだけは、ひっそりついてきました。
どうやら彼の職務は、勇者様の護衛という面が強いそうです。
所謂近衛という奴でしょうか?
そのお陰で、護衛として昼餐会に参加はせずとも場への同席は許されているとか。
置いてきぼりにされる二人の青年へ、得意げにふふんっと笑っています。
ああ、これは後でぼこられるだろうなと。
置いて行かれるオーレリアスさんの薄ら笑いを見てシズリスさんの行く末を予感しました。
予言能力がなくても分かりますよ、この末路。
多分、この予想は間違っていないと思います。
両者の力関係も、きっとそんな感じだと思うから。
身分的には、侯爵のお子さんであるシズリスさんの方が伯爵のオーレリアスさんよりも上らしいんですけどね…。
「昔から、シズリスはオーレリアスに頭が上がらないんだ…」
「そんなに遠い目をするほどですか、勇者様」
「シズリスがオーレリアスを兄と慕う従妹姫と婚約してからは、更にそれが顕著になった」
「ああ、それは………
よっぽど凄い弱みでも握らないと、もう全然敵わないでしょうね、シズリスさん」
何と言いましょうか。
首根っこ掴まれちゃった感じですか、シズリスさん。
リアンカ
「むぅちゃん酷い…! 私も薬草園に行きたかったのに!」
むぅちゃん
「ふふん♪ 用事が入ったなら仕方ないよ。また今度一緒に行こ」
リアンカ
「絶対に、絶対に行ってやるんだからー!」
勇者様
「………ムーに言うよりも先に、まず俺に許可を求めてくれないかな…。
………………………………………不安だ」




