25.サーベルタイガー(仮)?
ま、まさかの成功…?
皆の驚愕の視線を独り占めにして、そのネコ科動物はぺったり床に伏せっていました。
体を丸めているので、全体図がよくわかりませんが…
それでもその子が、初めて見る獣だということはわかりました。
骨太の身体。
大きくなるのを予感させるぶっとい足。
極めつけに愛玩動物とは一線を画した凛々しいお顔。
どこからどう見ても、大型肉食獣…
………の、お子様がそこにいました。
子猫です。
いえ、猫ではありませんが、子供です。赤ちゃんです。
親を探しているのか、ふるふる震えながらか細く頼りない声。
「みぃー………」
儚い声に、保護欲が刺激されました。
それは、保護欲の強い魔族やその眷属も同様だったようで。
いえ、むしろ放っておけないという理由で年中孤児を拾ってくるような魔族…
彼らこそ、がっつり刺激されたようで。
「泣いちゃ駄目なのー…!」
某三名が、ダッと駆けだしてガッと抱き上げました。
ちなみに三名の内訳はまぁちゃん、せっちゃん、むぅちゃんです。
しかしいきなり知らない場所に召喚されて混乱しているチビを相手に、突撃抱っことか。
案の定、それは幼いとはいえ野生の獣の警戒心を高めるだけの行為となりました。
嫌がってる。ものすっごく嫌がってるよ。暴れてるよ。
幼いとはいえ爪は十分鋭く、力は強く。
平然としていられるのは彼らが魔の一族だからにほかなりません。
つまり、幼い獣は束縛から逃れること不可能。
どれだけ暴れても、腕から逃げられない。
獣の鳴き声は一層激しくなり、全身を使って拒絶しています。
そりゃあ、驚くし怖いし怯えるでしょう。
超☆裏目!
落ち着け、魔族!
「まぁちゃん、まぁちゃん」
私はまぁちゃんの腕をたしたしと叩いて、注意をひきます。
その獣は、私にくれるという名目で呼び出された獣です。
だから、
「ん」
ちょうだい?
私は少々強引な手を使って、魔族さん達の腕から幼獣を奪い取りました。
勿論、私が相手でも獣は暴れようとするけれど。
私が掴み、持ち上げたのは獣の後ろ首。
「みぅ…」
猫や犬の子供は、ここを親にくわえられて運ばれます。
その習性から、ここを掴まれると大人しくなる…と、誰かに聞いたことがあります。
この小さい獣も、該当したようです。
先程までの暴れぶりからすると驚くほどの大人しさで、獣は私の腕に収まりました。
…意外に見た目より軽い。
でも、猫よりは重い。
外見の大きさはちょっと大きめの猫くらい。
だけど体ががっしりしているので、もっと重いと思っていました。
「それで?」
獣が大人しくなったのを確認してから、私はオーレリアスさんににっこりと笑いかけます。
「さっき、無理だなんだって言っていませんでした?」
絶滅したはずの獣が、見よ!
今ここに、いるではないですか!
さっきの貴方の発言は、嘘八百ですか!?
笑顔で罵ろうかと思いました。
でも、よく見てみるとオーレリアスさんは難しい顔。
眉間に皺を寄せ、本気で不可解そうです。
「オーレリアスさん?」
「………どうやら、本当に絶滅した訳じゃなかったようですね。
大陸のどこかでひっそり、細々と生き延びていた…のでしょう」
本当に絶滅していたのなら、絶対に召喚できなかったと彼は言います。
なんと!
大陸のどこかで、生存!?
それって本当ですか?
「発見例がないことを考えると、おそらく人類未踏のどこか…」
「魔境ですかね?」
あの謎すぎて自由すぎる生態系なら、ひっそり何が生息していても私は驚きません。
でも、サーベルタイガーは魔境でも絶滅したと言われていました。
「もしくは、北方山脈の向こう側…?」
「もう、どこでも良いですよ。どうせ何処から呼び出したのかわからないんでしょう?」
だって、わかっているのならそうやって一々推察しなくて良い筈です。
どうやら図星だったらしく、オーレリアスさんを黙らせることに成功!
それよりずっと大事なことがあるから。
私はそれを確認しようと、念を押すように尋ねます。
「それで、この子は私がもらってもいいんですよね!?」
勢い込んで、声が弾むのも仕方のないことです。
私は今、自分でもわかるくらいにはしゃいでいました。
なんと言っても、とうに滅んだはずの生き物…疑惑の、生物。
化石と化したはずの伝説が、目の前にいます。
叶うことのなかったはずの憧れが、腕の中にいるのです!
「こんな凄いもの、もらっちゃえたら何だって許しちゃいますよ!」
だって、本気の本当に絶滅したって思っていたんです。
オーレリアスさんに呼べと言ったのも、一か八か。
九割以上、本当に呼べるとは思っていなかったんです。
それが、成功、なんですから!
これがはしゃがずにいられましょうか。
こうして、私は推定サーベルタイガー(仮)の赤ちゃんを手に入れました。
お陰で私もご機嫌です!
さてさて、名前は何にしようかな♪
「サーベルだろ」
「サーベルか、安直じゃないか?」
「いや、この場合は敢えてサーベルで」
「雄とは限らないんじゃないか?」
「んじゃ、第二候補にサルバトーレとか」
「………どちらにしても、雌の名前には聞こえないな」
「外野、煩いですよ! まぁちゃん、名付けの楽しみは奪わせないから!」
「チッ…」
「まぁ殿、諦めた方がいい」
外野が何やら不服そうにしていましたが、獣の名前は私が決めます!
「まずは雌雄の確認でしょう……………雄か」
「きゃー御無体なー、なの?」
「………せっちゃん、そんな台詞を何処で覚えてきたの?」
「前、ヨシュアンがリーヴィルに追いかけられながらそう言っていましたの」
「画伯……」
背後で、まぁちゃんが指を鳴らす音がしました。
………うん、聞かなかったことにしよう。
その後、サーベルタイガーにレヴィ・ア・タンと名付けようとして盛大に止められました。
悩みに悩んでそれかよ、と。
勇者様のキレのいいツッコミが炸裂したことは言うまでもありません。
「なんで、海の怪物の名前を付けようと思ったんだ…?」
サーベルタイガー(仮)は、どう見ても陸棲の生き物です。
「いえ、私の背後からピリピリしたものを感じたので、つい…」
「嫉妬か……」
私の背中には依然としてロロが張り付いております。
小さな少年から、嫉妬の念を感じるのは気のせいではない筈。
こんな小さくて、竜なら容易くぷちっとやれそうな赤ちゃんに何を警戒しているんですか。
「ロロ、威嚇はめっ!」
さっきから、竜の軽い威嚇に怯えて赤ちゃんがきゅうきゅう鳴いています。
竜の多大なる恐怖を前に対人恐怖は吹っ飛んだのか、殺気から逃れよう隠れようと、私の懐に潜り込むようにして縮こまるサーベルタイガー(推定)。
そして何故か、更に高まるロロイの嫉妬。
「どうしたの、ロロ。何が不満で気に入らないの」
聞いてみたら、簡潔なお答えが返ってきました。
「リャン姉の使役は、俺だけでいいのに…」
「……………」
どうやら、ポジションを奪われる懸念に囚われているようです。
そんな心配をしなくても、ロロイは誰にも代われない存在なのに。
こんな将来が有望すぎる強力で有能な使役、他にいませんよ。
「大丈夫でしょ、ロロ。魔力のない生き物は使役契約なんて結べないわよ」
「いや、きっと此奴は将来、俺のポジションを脅かす…!!」
「…一体、どこからそんな確信が」
遠い、とおい…来るとも知れない未来を予感して、竜は逆毛立っています。
あれー? ロロイって、こんな子だったっけ?
もっと飄々としていて、世を捻た印象だったんだけど。
いつの間に、針鼠にジョブチェンジしたんでしょう。
実際、使役契約を結ぶには、この獣が魔獣に進化でもしない限り不可能なんだけど…
竜の目には、一体どんな未来が見えているんでしょう。
腕の中でもぞもぞと動く大型肉食獣の子供。
それにガン飛ばす竜種の貴公子予備軍。
カオスな予感が、うっすらしました。
この獣は、どんなふうに育つのかな?
私はにまにまと笑み崩れながら獣を高い高い。
全開の笑顔であやしていると、せっちゃんがすすす…っと私の隣にやって来ました。
せっちゃんの腕にしがみついている、リリも一緒です。
…しがみつくの好きなのかな、子竜って。
「姉様、姉様、せっちゃんにも赤ちゃん見せてくださいですの」
「ん? ………そう言えば、せっちゃんは何を頼むの?」
「ふえ?」
いや、だって。
この獣はお詫びの証なんだよね?
「だったら、私と同じく侮辱を受けたせっちゃんの要求も呑んでしかるべきよね」
「勿論、そのつもりだけど?」
確認を取ってみたら、オーレリアスさんも当然と頷いてくれました。
さあ、せっちゃん!
君の要求を言うんだ!
「せっちゃんは、どんな動物が欲しい? 哺乳類限定で」
「動物ですの? ん~…………… ツチノコ !」
「そうきたか……」
おっと、爬虫類☆
哺乳類ですらない!
え、わかっていてやってる? それとも天然発言?
苦笑いを噛み殺しながら、まぁちゃんが
「せっちゃん…ちょっと、こっち来い?
お兄ちゃんが哺乳類と爬虫類の違いってもんを教えてやっから」
「あに様がリーヴィルみたいなことを言いますのー!」
せっちゃん、でもお勉強はしよーかー…?
せめて、爬虫類と哺乳類の違いがわかる程度には…!
「という訳で、ツチノコは諦めろ」
「えうー…」
せっちゃん、とっても不服そう。
でも無理を言う気はないのか、すぐに機嫌も再浮上。
「じゃあ、じゃあ、キラーパン「姫、それは魔物だ」」
せっちゃんのうきうきした声は、最後まで続けられることなく遮られました。
遮った張本人の勇者様は、困ったような顔をしています。
「せっちゃーん? 魔物だったら、お兄ちゃんが魔境に帰ってから捕まえてきてやっから」
「オーレリアスは魔物や魔獣を召喚できないんだ。哺乳類から選んでやってくれないか…?」
「そういうことでしたら、仕方ありませんの」
せっちゃんもようやっと納得したようです。
うんうんと頷いて、出した答えは…
「それなれば、猫ちゃんが良いですの!」
先の二つの生き物と比べると、圧倒的に普通なお答えでした。
「猫か…それなら、召喚するまでもないな。我が家の猫から…」
「あう。それは待ってほしいですのー。飼い主さんの元から猫ちゃんを引き離すのは偲びありませんわ。ですので、是非とも野良推奨でお願い致しますの!」
「………その身ごなし、言動…恐らく高貴な身分の方でしょうに珍しい人ですね」
野・良! 野・良! と野良コールをあげるせっちゃん。
彼女に、オーレリアスさんが微妙そうな顔をしています。
でも、本人の希望を尊重しようというのでしょう。
オーレリアスさんはすぐに召喚の態勢へと移り…
そして、子猫を召喚したのです。
せっちゃんに似合いの、黒い子猫。
………だけで、なく。
その黒い子猫に引きずられる形で。
ぽろぽろぽろっと、せっちゃんの真上に降ってきたモノ。
子猫の首根っこを銜えていた大人猫。
それにくっついていたらしい、二匹の小さな子猫ちゃん。
「みゃ、みゃうーっ(な、なにごとーっ)!!?」
その鳴き声に、何故か親近感。
不思議なくらいの親しみを覚えたのは、何故でしょう…?
獣達の名前が正式に決まったのは、この日の夜のこと。
サーベルタイガー(推定)の子は、カリカという名前になりました。
猫、大量に降ってきました(笑)
リアンカ
「ロロイもカリカちゃんと仲良くしてくれないかなー…」
リリフ
「あら、仕方ないんじゃありません?
リアンカ
「え、どうして」
リリフ
「だって虎と名がつくものに竜が譲れるはずないでしょう」
リアンカ
「竜虎相打つ!?」




