24.詫び
勇者様のお説教、詳しいところは割愛します。
お待ちかねだった方には申し訳ありません…!
9/6 誤字訂正。
そんなこんなで、一晩が経過しました。
昨夜の勇者様のお説教は、肝の冷える時間でした…。
互いに正座で、膝を突きつけ合わせて。
リリフも怯えてしまうくらい、懇々と諭されました。
これがまた、間違ったことは絶対に言わないんですよ…
正論、恐るべし。
説教されている内に、自分がだめすぎる人生落伍者か最低の人間かと思えてきます。
独善的な思想を押し付けられたわけじゃありません。
だけど、人としてどうかと人の道を説かれ続けました。
その時間、なんとたったの一時間。
なのに、私にはその十倍もの時間に感じられました。
それ程に濃密で、密度超圧縮!みたいな時間でした。
お説教が終わった時にはぐったりでしたよ………。
そんな疲れまくった心身を休める為にも、夜は早く床につきました。
もう夕飯の味もわからなかったので、そうそうに寝ましたよ。
やっぱり、疲れていたら眠りが訪れるのも早いですね。
お布団に入って目を瞑ればあっという間です!
お庭の生首二人組は………と。
見れば、無残にも素敵なことになっていました。
あ、うん…。
自分でやっておいてなんですが、なんか、ね……。
結果を見ると、流石にやりすぎたかなー…と。
なんだか、可哀想になりました。
うん、今ならごめんなさいしても良いと思えます。
全てが終わったからこそ、ですけどね。
うんうん、そんな訳です。
だから、綺麗さっぱり水に流しましょう。
私も悪かったです。
流石に、砂糖水はやりすぎました…。
お城では警備の都合上、灯りという灯りが全て落とされるわけではありませんが。
それでも夜間には、やっぱり最低限の明かりを残して消灯します。
彼らがいるのは、庭。
勇者様の庭は、ライトアップの習慣もないそうで。
完全なる闇の中に取り残されれば、それは孤独も恐怖も感じるでしょうと。
そんな仏心から、きっちりお二人が良く照らされるように灯りを配置して寝た訳ですが。
闇夜にぼうと照らされ浮かび上がる生首は、どう見ても怪奇現象。
ちょっと、深夜には遭遇したくない光景です。
実際、離宮の警備につめる人が何人も、夜の見回りの中で腰を抜かしたとか何とか。
ですが、この灯りの真の被害は、そんなものではありませんでした。
灯りの効果がいかに影響を残したのか、ばっちりわかる彼らのお顔。
ベッドに入った後で、灯りを用意したら悲惨なことになるんじゃ…と思いました。
ですが眠かったのと面倒だったので放置しました。
意図せずして起こした悲劇の結果は彼らのお顔をご覧になればわかることと思います。
解放された二人が一番に向かった先は、勇者様ご自慢の源泉かけ流し大浴場でした。
さっぱりほこほこした状態で上がってきた二人に、ちょっぴり罪悪感。
顔面中の赤くなった痕跡が、痛ましい(笑) ←反省が見られない。
だから二人の前に、笑顔で小瓶をぐいっと突き出します。
「はい、これ!」
「な、なんですか…!?」
「良く効くよ☆」
「何が、何に!?」
何故か、青年二人に盛大に怯えられました。
特に、被害に遭いまくったシズリスさんに。
本当に良く効くのにな……この、虫刺され用の軟膏。
本人達がどうしてもいらないというので、渋々引っ込めます。
でも見てられないと思ったのか、勇者様が私の隣にやってきました。
「リアンカ、それ人間用?」
「ばっちり人間用ですが、何か」
「そうか。…じゃあ、オーレリアス、シズリス、使え」
「「!?」」
おっと、勇者様ったら命令系ですよ!
強制執行ですか?
「リアンカが自分から歩み寄りしようとしてくれているのだから、その好意は無駄にするな」
生真面目な顔で、勇者様が続けます。
やめて!
そんな善意からの行為みたいに言われると、物凄く恥ずかしいから!
これ「砂糖水は遣り過ぎでした。ごめんね☆」っていう罪悪感の行動ですから!
善意的、好意的に私の行動を解釈したらしい勇者様。
結局彼が押し付ける形で、軟膏が二人の顔に塗りたくられました。
その、効果。
なんとも劇的。
「!!??????」
「え、ちょっ!?」
一瞬で全ての痕跡が消えました。
あまりの効き目に、逆に危機感でも感じたのか青年達が狼狽えます。
温泉とは別の効果で、うっかり卵肌☆
劇物なんかじゃありませんよ、一応!
…あくまで一応、と強調してみますけれど。
勇者様には言えません。
この薬の、原材料は………秘密です。
改めて、みんなで一緒に朝ごはん!
勇者様のベッドの下に一晩籠城したロロイも、気が済んだのか出てきました。
良かった。朝になっても出てこなかったら、引き摺り出すところでした。
朝食抜きは、体に悪いですからね!
「………だろうと思った」
自主的に出てきたロロイは、私の背中にぺったりと張り付いて。
何故か中々顔を見せてくれません。
思った以上に繊細だったということでしょうか。
昨日は結局日が暮れるまで帰ってこなかったむぅちゃんもいます。
ついでに、連日女騎士の訓練場に入り浸っているらしいサルファも。
二人は帰って早々生き埋め生首なお二人に怪訝な顔をしていました。
でも敢えて助けることもせず流したあたりは、流石魔境の住人だと思います。
「どうせリアンカの逆鱗に触れでもしたんでしょ。
あのえげつない容赦のなさはリアンカの手口だとしか思えない」
そう言ったのは、流石の同僚むぅちゃんです。
日頃、同じ場所で働いているだけあって、私のことをよく理解しています。
手口という観点で言うと、陛下が怒ったらボコボコにされているはずで、子竜が怒ったらやっぱりボコボコにされている筈だとのこと。
誰も助けていないこと = お仕置き。
その考え方と手口から裏に私がいることを察したそうで、二人は追及を放棄したとのこと。
賢明だと思います。
勇者様が不在時に転がりこみ、我が物顔の図々しさですっかり寛ぐむぅちゃん。
彼の遠慮のなさが、魔境という土地柄を連想させます。
鮮やかに並ぶ朝食の品々を見て、細かい注文をつけ始めるあたりは流石です。
すっかり馴染んでいます。
「サディアスさん、一昨日の朝に出た薔薇のソースってまだある? あったら持ってきて」
「あとこれと別の種類のドレッシングあります? この間の柚子風味の奴が好みなんだけど」
「ピンクグレープフルーツを絞ったジュースあるかな。今朝はそんな気分なんですよね」
…離宮の主よりも振舞いが偉そうなんですけど。
誰が主ですかと尋ねたくなる寛ぎっぷりです。
文句を言うことなく、幸せそうに胡桃パン(好物らしい)を齧っているサルファ。
………注文をまったく付けないサルファが何だか良い人に見えてきます。
どの程度までのレベルなら遠慮しないでもいいのか、むぅちゃんがお手本となりました。
だから、私達も小さな遠慮はしないことにしました。
元から、あまりしていませんでしたけど。
それでもあったなけなしの遠慮さん、さようなら!
朝御飯の席は、凄いことになりました。
その席で、オーレリアスさんが一つの提案をしてきました。
「お詫びの…え、なんです?」
「だから、昨日の非礼を正式に詫びたい。
その上で、要望があれば謝罪の形として受け取ってもらいたい、と言っています」
「えーと、何を?」
「………私の召喚の技は、昨日見たでしょう」
つまりは、こういうことらしいです。
謝罪として金品や嗜好品を渡すのはあまりにも無礼。
しかし何もしないでいるのも何とも居心地が悪い。
だから、謝罪として何でも好きな動物(限定哺乳類)を召喚してくれる、と。
あれ、でも体長一mって縛りがありますよね。
「それは殿下が旅立つまでのこと。あれ以来、私も研鑽を積んでいます」
「じゃ、今は?」
「体長一.五mまでなら召喚できる」
わあ、小柄なお嬢さんなら人間でも召喚できますね!
でも前とあんまり変わってない!
「召喚してほしい動物なんていないって言ったらどうします?」
「その時は、領地の農場から子牛でも子豚でも召喚しよう。持成すから食べてやってくれ。
後は珍味とされる野生の獣から何か、とか」
「おっと野趣あふれるお持成しの提案が来ましたよー」
でもそうですね。
可愛いペット(仮定)か、美味しいお肉(生)。
どちらかは確実に用意してもらえるってことですよね。
さて、何を召喚してもらいましょうか…
一応、この結果で私が怒りを解くって体裁を作るんですよね。
だったら、ひょっとしたら結構な無茶ぶりでも良かったり…?
「……………」
よし、決めました。
こんな機会が来るとは思っていませんでしたが。
是非、前々から見てみたい獣がいたんです。
無理だって言ったら、その時はオーレリアスさんの無能を責めて更なるお詫びを求めてやろ。
言ってみるだけ、言ってみましょー!
「サーベルタイガーがいいです」
きっぱり、はっきり。
私は私自身の欲望に従って要望を口にします。
だけどそれを耳にした皆々様が、なにやら目を点にしてポカンとしています。
「………は?」
「だから、サーベルタイガー」
「え。ちょっと、待ってくれ」
「できないんですか、サーベルタイガー」
ずずずいっと詰め寄ってみます。
オーレリアスさんは口をはくはくさせて絶句。
困ったという感情そのままに、眉が歪みます。
彼がこんなに困ると分かっていてやっているので、私もいい性格をしていると思います。
なんだか面白くなってきました。
そんな私に、オーレリアスさんが困惑の叫び。
「いくらなんでも絶滅した動物は召喚できない!
私の召喚は距離を無視することはできても、時間を無視することはできないんだ」
そう、絶滅。
何千何万という昔には地上を闊歩していたらしいサーベルタイガー。
絶滅して久しいと、世に知られた生き物の代表例。
その一つです。
人間が確固とした文明を築くか否かの境目あたりで絶滅したとされるサーベルタイガーの生きた姿を見たことがある者は、この世のどこにもいません。
長命の種族でさえ、サーベルタイガーを見たことはないとか言いますからね。
それでどうしてサーベルタイガーなんて生き物の名前が残っているのかというと、古い文献や原始的な壁画にちょろっと記述が見つかるからです。
絶滅して、今はいない。
そんな存在に夢と浪漫を感じるのでしょう。
生きていた痕跡はほぼ皆無に近いというのに、サーベルタイガーの名前は憧れの動物としてよく知られています。
そして、私も。
そんなサーベルタイガーに憧れる一人、という訳で。
「さあ、とっとと召喚して?」
「なんたる無茶ぶり!」
脅迫でも何でもしましょう。
さっさとお出しなさい?
絶滅した動物はいくらなんでも召喚できないと、オーレリアスさんは何度も繰り返しました。
そんなことは私だってちゃんと分かっています。
でも挑戦するだけなら(私は)タダです。
夢を追い求める、その一端として。
試すだけ試せと厳しく言い渡しました。
「くっ………荒唐無稽で実在しない生き物や、魔力を有する生き物を召喚しようとすると魔力消費が激しいというのに。それに確実に失敗するというのに」
オーレリアスさんが何かブツブツ言っていましたが、それは無視の方向で。
うきうきドキドキわくわくしながら、幼い頃の絵本の続きを待ち望む感覚。
私は期待を膨らませるだけ膨らませ、オーレリアスさんに重圧をかけまくります。
さあ、やれ。
「失敗に苦情は受け付けませんからね…!!」
逃げ道を残そうとしてか、青年がそう言って。
昨日、何度も見た手順。
青年の両腕が、ぼうっと光輝きました。
「い、出でよ…サーベルタイガー!」
青年の高らかな、声。
宣言するようなそれに、重なって。
光が膨れ上がりました。
昨日はなかった、未知の反応。
もしやこれが、失敗の前兆?
だけど溢れ返る光の中心地で、オーレリアスさん自身も驚いた顔をしています。
戸惑いの顔は、すぐに光の洪水に呑まれて見えなくなってしまいました。
これは何か爆発でもしたんですか?
失敗が高じて、未知の攻撃と化したんですか?
意味不明の反応の中、私は危機感を覚えて隣にいた青年…勇者様の背後に隠れます。
「勇者様ばりあー!」
「盾にされた!?」
こんだけ光ってるんですから、攻撃にしても光属性強めと見ました。
相手が光なら、勇者様ほど盾にぴったりな人もいないと思います。
私の背後にぴったりくっついているロロイごと、どうか守って! ←強制。
ちらりと見ると、まぁちゃんもせっちゃんを庇っていて。
さりげなく、その中にむぅちゃんも混ざっていて。
誰も庇ってくれないサルファは、床に伏せていました。
でも、私達の備えはとんだ杞憂で。
光はすぐに、誰も傷つけることなく収束しました。
「みゅぅ…」
収まりゆく光の中心地に、か細く甲高い、獣の声を置き去りにして。




