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19.マジ狩る2 ~ネズミとドラゴン~

 なんだか納得のいかない顔で、オーレリアス青年が溜息をつきました。

「何故、私が刺客でもない女子供と向き合う羽目に…」

「どうせ対面するなら、こんな殺伐とした雰囲気じゃない方が良かったな…」

 呼応するシズリス青年も、どんよりと暗い感じ。

 そんなに不服ですか。

「それじゃあ、抵抗しないで私に薬を盛られてくれますか?」

「「人生投げてたまるかっ!!」」

 幼馴染だという二人の青年は、とても息ぴったりに拒否ってくれました。

 その呼吸、間合いの取り方。

 勇者様のツッコミを彷彿とするものがあります。

 流石、幼馴染のお友達。

 やはりどこかしら似通った部分があるようです。

 まあ、順応性凄まじい勇者様に比べると、随分余裕がないというか許容量ちっさいというか…

 もしかしたら、勇者様の懐の深さが異常なだけかもしれませんけど。


 断固として大人しく私の好きにされる気はないという青年二人。

 先程の問題多き目玉の薬を思い出したのか、抵抗する気力が高まったようで。

 奮起一転、さっきまでのやる気のなさとは変わって熱意も十分です。


 これだけ意識が高まってくれても、ね…

 戦闘力皆無の私に「まともに戦う」という発想はないのですが。


「オーレリアス!」

 何かを察したのか、勇者様がお友達に声をかけます。

「リアンカの得意は「不意打ち」と「他力本願」だ。

卑劣な手も平然と使うから気をつけろ。死ぬなよ」

「盗賊ですか、あの娘は!?」

 勇者様ー? 「一服盛る」が抜けてますよー?

 勇者様はハラハラした顔で、学友二人を案じています。

 私への心配は、一切なしですか?

 それ、信頼ですか? それとも優先順位の違いですか?

 答えによっては、顔に素敵なラッピングをしてあげましょう。

 でも、先に私に助言をくれていましたし。

 これこそ、さっき勇者様の言っていた「公平」という奴なのでしょう。

 それにあのくらいの情報なら、知られても特にどうということはありませんし。

 武士の情けで、大目に見ましょう。

 うむ、と大らかな気持ちで頷きます。



 ゴングは既に、鳴った後。

 その後にまでぐだぐだして気を緩ませているのなら、それは向こうの責任。


 と、いうことで。


「先手必勝!!」


 私は幼少時に作った悪戯道具を、前振り一切なしで投げつけました。

 これはまぁちゃんやせっちゃん、りっちゃんとの共同制作品です。

 中々にえげつないと評判。


「!!?」

「うぉっぁ」

 

 並び立つ二人の青年。

 彼らの中間地点を狙い、地面に着弾。

 その拍子に、投げつけた玉…せっちゃん命名「うにょりんボール」は炸裂!

 激しい光と同時に、灰紫の煙が勢いよく噴出し、撒き散らされます。

「煙幕か…!」

「ちっ」

 私が投げたと見るや素早く飛び退っていたのは、こちらを警戒していたオーレリアス青年。

 今一つ気が緩んでいたらしいシズリス青年も、ばっちり素敵な速度で反応していましたが…

 初動の遅れは、致命的です。


 慌てて退避しようとした、シズリス青年。

 でも、その行動は一瞬遅いものでした。


 煙と光を発した、うにょりんボール。

 その中に詰まっていたモノが、空気に触れて反応を起こします。


 煙が晴れるよりも、ずっと早く。

 爆発的としか言えない勢いで。


 煙の噴出する中心から。

 蠢き踊る、触手が地を這い伸び広がり、


 そして、シズリス青年を捕獲した。


「な、なんだこれぇー!!?」


 ぐねぐねしていて、うねうねしている。

 外見はミミズに似ていて、みっちりと中身の詰まった弾力。

 うにょりん触手はシズリス青年の背後から襲いかかり、足下から巻きついて。

 そして、とうとう全身に絡み付いた。

「あ、頭に血が上る…」

 逆さに吊られ、締め付けられて。

 シズリス青年、無力化終了!


「いっぴき、捕獲」

「反応速度は悪くなかったけど、初動の遅れが痛かったですね」


 結果を見れば、シズリス青年が全身ボンレスハムのように縛りあげられて逆さ吊り。

「うにょりんはしつこいですからねー…」

 粘着質な触手は、青年を絡め取って離さない。

 下手に近寄ると二次災害。

 オーレリアス青年も、迂闊に近寄れずに躊躇しています。

 だけどそう言ったことを、全く気にせずに。

 リリフが、走り出す前の前傾姿勢で力を溜める。


 それに気付いたのでしょう。

 ちらり、と。

 オーレリアス青年の視線が、こちらを走りました。

「くっ…女性を相手とするなど」

 何やら、まだ葛藤か何か抱えている様子。

 女子供の相手なんてと言っていましたけれど…

 もしかして、本音で言うと女子供に手を上げたくないって意味ですか?

 どうやら素直じゃないらしい青年も、今更逃げることはできません。

 眉間に強く、皺を寄せながら。

 オーレリアス青年の手が、複雑でよくわからない動きを見せました。

「………女性が相手なら、これが有効」

 ちらりと、私の顔を見てくる気配を感じます。

 オーレリアス青年の全身が、うっすらと光る。


 もしや、これが勇者様の言っていた召喚…?


 なんとも言い難い期待と緊張で、気分が高揚する。

 一体、何を呼び出すおつもりでしょう。


「出でよ…!」


 声に応じて、光の中から湧き出し溢れ出したモノ。

 それは、三百は超えそうな数の………


「ちう」


  ね ず み でした。


「体長一m以内とは聞いたけれど、一度に数を呼び出せるなんて聞いてない!」

 流石にびっくりです。

 三百、絶対に越えています。

 こんなに大量の鼠を一時に見るなんて、そうそうありません。

「誰か、誰かー? カーラスティン双子(きょうだい)を呼んで来てー!」

「遠い魔境から、そんないきなりすぐ連れてこれると思うのか!?」

「そこをなんとか!」

「無理だ!」

 今こそ、この場にご近所のお騒がせハーメルンがいればと思ったことはありません。

 そうしたら、絶対に昔話を踏襲した、「本物」が見れたでしょうに!

 だけど、彼らは今この場にいません。

 私だって魔境育ち。

 普通の鼠なんて苦手でもなんでもないけれど。

 でも流石に、こんなに数がいたら私だって尻込みしてしまいます。

 残念でならないけれど。

 この大量の暴虐な小動物どもは、私達が自分で相手をするしかありません。

 幸いなのは、別に呼び出された鼠が召喚者の命令を聞くわけじゃないことでしょうか。

 この量で、統率の取れた一糸乱れぬ行動を取られていたら…

 流石に、やり難かったかもしれない。


 だけど幸いにして、今この場。

 私の傍には、リリフがいる。


 真竜。

 そう呼ばれる、竜種の王が。


「リャン姉さん! 私の背後に…!」


 全身で庇うようにして。

 リリフが私の前に出ました。

 私と、鼠達の群れを遮るように。


「雑魚共が…っ 頭が高い!」


 声とともに、リリフが強く鼠の大群を睨み据える。

 効果は劇的でした。

「なっ…!? 鼠共が…」

「どうせ鼠を連れてくるのなら! 主様のラッキーマウスでも連れていらっしゃい!!」

 リリフの宣言に、勇者様がツッコミました。

ミュータント(アレ)は軽く一m超えてるじゃないか…!」

「一m超えのラッキーマウスだと…!?」

 驚愕の声を、オーレリアス青年が上げますが。

 それでもすぐに、その意識は目の前へと釘付けになりました。

 きっと、青年には理解できない現象、現実。

 リリフという、強すぎる生命体に。

 その、眼差しの威力に。


 声と一睨み。

 それだけで、リリフは鼠の群れを退ける。

 生物に秘められた、その本能を刺激して。

 絶対的強者にして、絶対的な捕食者。

 数が揃えども、竜を前に鼠などは文字通り弱者でしかない。

「ちう!」

「ちうちう!?」

 波が引くように、土砂が崩れ落ちるように。

 鼠の群れはリリフを恐れ、本能に従い敗走する。

 中にはリリフのあまりに強い気配に当てられ、震えて動けなくなる鼠も多い。

 動けないものは踏み、乗り越え。

 動けるものは走り、逃げ惑い。

 三百を超す鼠は、一瞬で無力化しました。


「な、なんという…こんなことが、あるなんて……?」

 

 目の前で起きた光景の意味を知らず。

 そして、理由もわからず。

 だけどリリフがただ者じゃないことは、今のあの子を見れば誰にだって明らかで。

 その恐ろしいまでの気迫を感じ取ることはできたのでしょう。

 息を呑み、オーレリアス青年が後退(あとじ)さる。

 その肩が、細かく震えているような気がしました。

「一体、何者…」

 畏怖の込められた視線が、注意深くリリフに注がれている。

 その答えを知らせるのは、きっと私じゃありません。

 それが面白そうな反応を引き出す為だろうと。

 私は、自分に害意を向けて悪びれない男に、塩を送る趣味はありません。


 だから、きっと。

 その役目は、彼と友誼を結んでいる、あの人の物。

 それを証すように。

 勇者様の声が飛びました。


「オーレリアス、気をつけろ! リリフは竜だから」


「竜…!?」


 先ほどからちょいちょい勇者様の助言が飛びます。

 それもこれもオーレリアス青年の命を散らさない為でしょう。

 さっき、大目に見るって決めたし。

 特に正体を隠している訳でもないので、リリフは素知らぬ顔をしています。

 いきなりの忠告。

 ですが勇者様の忠告が大体遅めなのは、わざと遅く忠告しているんでしょうか…?

 あれ、もしかして私たち贔屓されてる?


 よく、わからないけれど。

 いきなり竜と言われて、オーレリアス青年が戸惑っているのが分かります。

 ふむ。ここは隠してもあまり意味はないでしょう。

 どうせ、後々になったらわかることです。

「リリフ、見せてあげる?」

「はい、姉さん」

 全く気負うことなく、お手軽気軽にリリフがぐいっと袖をまくった。

 リリフも、ロロイも、人の姿を取っている時は袖が長め。

 それは(ひとえ)に、異質な異形を隠す為。

 それを言ったら、背中の翼とか剥き出しにも程がありますが。

 本人達のこだわりがあるのでしょう。

 翼は隠してしまうとバランスが取りづらいので、敢えて露出させているそうだけど。

 腕の異形は、違うのだといいます。

 隠せるものなら隠したい、どうしようもないことなのだと。

 上手く化けられていない部分を曝すのは恥ずかしいという、そんなこだわり。


 人間の手は、繊細で細かい。

 とても器用に動く分、まねるのが難しい。

 そう言って、ロロイもリリフもいつも困った顔で溜息をついています。


 リリフが、袖をまくった腕。

 そこは、肘から先が鱗におおわれ、鋭く大きな鉤爪が堂々と生えていて。

 いつも、ここだけは上手く化けられないのだと言います。

 だからこそ、剥き出しに。

 本来の形状を、そのまま留めた部分。

 人の大きさ、その形状に近く無理やりに擬態しても、異形の異質さは隠せない。


 竜の腕が、そこにありました。


 ぱかん、と。

 逆さ吊りにされていたシズリス青年が大口を開けて。

 冷や汗を垂らしながら、レオングリス少年が恐れの声をそっと吐き出します。

「あまりに荒唐無稽で、何かの比喩だと…」

「………あにうえが竜に乗ってお帰りになったという話は、本当だったんですね」

 茫然とした、その声。

 それに、ぐりっと首をめぐらしてオーレリアス青年が反応する。

「は!? いま、何…?」

 どうやら勇者様に関する噂を、彼は全然知らないみたい。

 蔓延するにしても、今日が初日なので仕方ないのかもしれないけれど。

「いや、だから殿下が竜に乗って帰ってきたって」

「そういうことを、なんで今まで言わない…!?」

「だって本当だなんて思う訳ないだろ!」

「殿下が女連れで帰ってくる方が余程有り得ないのに実現しただろう!

ならそっちの噂も本当かもしれないって、どうして予測できないんだ!」

「オーレリアスが無茶苦茶言うーっ!」

「だけど実際にそうなってるじゃないか!」

 男達の醜い争いは、とっても見苦しい。

 だから、やっちゃって良いよね?


「リリフ、いっちゃえ☆」

「了解です姉さん!」


 刹那、リリフが鋭い身のこなしで飛び出した。

 ハッとした青年達が身構えるも遅い遅い!

 固まっていたら狙いを絞られるだけだと思ったのでしょうか。

 咄嗟に分散するあたりの判断能力は、場慣れしたものを感じさせます。

 だけど中途半端な実力は、リリフを前に意味もない。

 それに知能が低い獣ならともかく、考える脳を持つリリフが相手です。

 容易く逃げられるとは、思わないでください。


 シズリス青年が構えていた槍とは別に、上着の隠しから数本のナイフを取り出す。

「物騒だなー」

 習慣なのか、何なのか。

 私達は今日いきなり現れたって言うのに、自然さ抜群にナイフが現れましたよ。

 常習的にナイフを隠し持っているなんて、盗賊か何かのようですね。

「………常時、襲撃に備える必要に迫られてたから、な!」

 声と同時、シズリス青年の投擲したナイフは真っ直ぐに。

 狙い、誤つことなく。

 威嚇なのでしょう。

 その軌跡は、ギリギリのところでリリフに当たらない。

 狙いはリリフをつんのめさせ、転ばせることでしょうか。

 当たるか否かのギリギリに、リリフの足元目がけて刃物が飛ぶ。

 抜き身の刃は、タイミングよくリリフの移動速度を考えられたもの。

 だけど。


「甘い、です…!」


 竜がそんなものを、物ともする筈がない。


 カキーン!と。

 硬質な音を、残響心地良く響かせて。

 足のすぐ側、威嚇に向かってきた刃を、リリフは敢えて蹴り上げた。

 その、裸足の足で。


 竜の肌が、何の特異性もない刃物に負けるわけがない。

 彼女達の身は、ほとんどの鋼よりも強い。


 刃物が回転しながら、リリフの眼前に飛び上がる。

 それを、リリフは真っ直ぐに殴り付けた。


 瞬間。


 キュンッと、そんな音がした。

 鋭く空気を切り裂き、射抜く音。

 リリフの手に殴られて跳ね返った刃は、一直線に向かっていった。

「…ッ!! しゃ、洒落にならねぇ!?」

 シズリス青年の、眉間を目がけて。

 

 最初に投擲された速度よりも、三倍は鋭く速い。

 それは青年が紙一重で避けられるか否かの速度。

 多分、避けられるとリリフも思ったのでしょう。

 ナイフはリリフの予想通り、青年に避けられて更に長く飛ぶ。

 飛んだ先にあるのは、オーレリアス青年の呼んだ鼠の一匹。

 その血飛沫が、甲高い悲鳴とともに飛び散った。

 綻び咲いていた赤薔薇が、その赤をより一層増す。


 リリフが、にっこりと笑った。

「次は、あなたの番です」


 そこの貴方!

 貴方のことですよ!


 そっぽを向いて青褪める青年。

 現実から目をそらす、哀れな犠牲者予備軍。

 爬虫類そのものの獰猛なリリフの笑みは、容赦なく強い含みを向けていた。




勇者様

「あ、あんな大量の鼠……オーレリアス、俺の離宮になんてものを解き放ってくれたんだ…」

 駆除の苦労を思って苦悩する勇者様。

オーレリアス

「ご安心を、殿下。あの鼠はそも「王城の中の鼠」を対象に呼び寄せたものです。私が解き放つまでもなく、最初から城内にいた分です」

勇「…そうか、王城内の全鼠が、俺の離宮に搔き集められた訳か」

オ「……………そろそろ、駆除に行ってきますか」

勇「取りこぼしなく、頼む」


☆オーレリアス青年☆ 現役伯爵・嫁あり

 1m以内の哺乳類限定で召喚できるという特性を活かし、よく城内の害獣駆除に駆り出される。

 一つ所に集めて、一網打尽☆


 ちなみに本職は王城の学問所に籍のある研究者。

 一応は勇者様の側近ということで、勇者様がいる間は勇者様付きの文官にジョブチェンジ可能。

 勇者様が旅立つまでは、戦場にも供をする騎士のひとりだった。

 …が、勇者様がいなくなってからは戦う意欲が湧かず、元々興味のあった研究の道を志す。


☆シズリス青年☆ 侯爵子息・嫁なし

 縦横無尽にやりを振るう、意外に剛腕なお兄さん。

 蜂蜜色の肌に甘い顔立ちの、一見優男。

 しかし勇者様を守り支える騎士の一人。

 戦う以外に特殊な技能を持っていないので、勇者様が旅立った後も騎士として王国に仕えている。

 勇者様の近衛に籍を置いているので、表だって堂々と勇者様とつるめることを喜んでいる。

 面倒な書類仕事はオーレリアスとサディアスに丸投げ☆

 でも勇者様のご学友だっただけあって、意外に頭は良い。

 将来を見据え、社交界で人間関係を構築するなど、未来の侯爵として準備中。


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