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178.こうして魔窟は出来上がる




 澱んだ瞳のヤマダさん。

 彼は悪魔でありながら、『生ける屍』にジョブチェンジを果たしました!

 華麗な退化だね、ヤマダさん☆

 最早、気力など欠片もない様子。

 悪魔ヤマダはがっくりと座り込み、真っ白に燃え尽きていました。

 燃え過ぎて灰になっちゃったんだね、ヤマダさん…。

「い、一体何だったんだ…」

 勇者様は戸惑い全開の様子で、立ちつくしています。

 勇者様にしてみれば、普通に戦っていたらいきなり注意の逸れたヤマダさんが奇声をあげ、絶叫しながら地面に崩れ落ちたようなもの。

 ええ、そりゃ困惑しますよね。

 ヤマダさんがこうなった原因が今一つよくわからないだけに、尚更です。

 それでも私が笑顔で鎖を渡したら、手慣れた様子で淡々とヤマダさんの全身を縛りあげて下さいました。

 素巻きヤマダ一丁あがり♪

 それでも現生きる屍のヤマダさんは憔悴しきったまま、何の反応もありません。

 折角、悪魔に絶大なる威力を誇る聖銀の鎖を用意したのに…

 なんだろう、全然気にならないのかな。ヤマダさん。

 こうまで反応がないと、本当に生きているのか心配になるレベルです。


「ええと、赤嵐の使者…黒衣の剣s……」

「うわぁあぁああああああああああああああああああっ」


 あ、良かった。ちゃんと生きてたよ、ストーム・なんとか。


「さてと。俺の妹を巻き込んだんだから、説明してもらうぞ、ストームなんとか」

「ひぃぃいいいいいっ」

「そうそう、何で乱入してきたのかも聞きたいね。終末を統べる最強剣士さん」

「いやぁぁあああああああっ」

「それとお前の言う『タナカ』が誰を指すのかもな、ストームなんとか」

「やめてぇぇええええええええっ」

「――叫んでいちゃわからないだろ! ちゃんと喋れよストームなんとか!!」

「だったらまずその名で呼ぶのを止めてくれ!!」

「え、でもこれが『本当の名前(ソウルネーム)』って昔は言ってたんでしょ?」

「おお、シャイターンが言ってたな。ソウルネームって何だよ」

「ぎゃぁあああああああっ」

「だから叫ぶなってのに…」

 物理面では大人しくなったのに、全然話が進みません。

 珍しく私とまぁちゃんが、ちゃんと話を進めようとしてるってのに。

 埒が明かないので、もう一回シャイターンさんにお話繋いで貰おうかな?

「こうなったらシャイターンさんにヤマダさんの情報最初から最後まで聞きなおそっか。私、うろ覚えの部分もあるし」

「やめて! それだけは! それだけは!!」

 まぁちゃんに提案した、刹那。

 急にヤマダさんは自分を取り戻したかのような必死さで私に取りすがって来ました。鎖ががっしゃがっしゃ鳴って、ちょっと耳障り。

「それじゃあちゃんと喋ってください。そうしたら誰も無体なんてしませんよ!」

「ほ、本当か…?」

「勿論です! 終末を統べる最強剣士さん?」

「ひぎゃぁあああああっ」

「もう、だから叫ばないで下さいよぅ…」

 これだけ叫んで喉が裂けないのかなぁ…。

 この悪魔さんは煩いと、改めて思いました。

「………リアンカ、傍目に見ると立派に無体に見えるんだけど…」

 勇者様が何か言っていましたが、気のせいですよね?

 聞こえない、聞こえなーい(笑)



 捕虜が可哀想になるから、私には尋問は任せちゃいけない。

 そんなことを言って、勇者様は私達を少しヤマダさんから離しました。

 代わりに尋問役を引き受けたのは、当然ながら勇者様当人で。

 さっきまでヤマダさんと殴り合っていた張本人です。

 ですが散々私とまぁちゃんが精神的爆撃を行った後だったからでしょう。

「それでなんでこんなことしたんだ?」

「それは、その………」

 すっかり大人しくなっちゃったヤマダさんは、勇者様を相手にぼそぼそと小声ながら事情を話し始めました。

 うーん…これが『飴と鞭』ってやつですか。


「……………田中、っていうから」

「うん」

「同郷かと、思ったんだ…」


 その言葉を受けて、私はタナカさんを差し招きました。

「タナカさんってどこの出身ですか?」

「『どこだろうな?』」

「ヤマダさーん、タナカさんは出身ご存じないみたいですよー。もしかしたら同郷とは限らないんじゃないですかねー」

「それは姿を見れば一目瞭然だっ! 俺の故郷に竜なんて存在しない!」

「………えっと、ヤマダさんってどこのご出身ですかね?」

 ドラゴンが存在しない………そうは言っても相手は移動能力に長けた生物です。その時はいなくても、気付いたら移住して来ていたとかの可能性は皆無じゃないと思うんですが…

「………田中って名前がありきたりな国だよ」

「えーと、南方諸国の方でしょうか」

「えっ そんな国があるのか!?」

「わあ、ヤマダさんってば不勉強……音の響き的に、近い法則で名前が付けられてると思いますけど。私の主観ですけどね?」

 何となく直感ですが、モモさん達のお国に近しい響きを感じるんですよね…ヤマダ、タナカ、って。

 皆さん覚えていますか?

 確か、モモさんの本名は百池葦速丸。

 何となく近い気がしません?

「もしかしてタナカさんもあっちのご出身なんでしょうか」

「待て、リアンカ。重要なことを忘れてるぜ?」

「え?」

「タナカの名前を付けたのは親じゃなくって、飼い主だろうが」

「あ、ああ! そう言えばそうでした!」

 そういえばそんなこともタナカさんが言ってたっけ。

 私が思い出してうんうんと頷いていると、ヤマダさんは恐る恐る、怯えと興奮の混じった眼差しを向けてきます。

「そ、そいつらは今どこに…っ!?」

「一万年前の人ですが」

 ただの人だったら、とっくの昔に土にお還りですが。

 タナカさんの話を聞くに人間っぽいし、生きちゃいないだろうなぁ…

 率直にその事実を告げてみると、ヤマダさんは前のめりに倒れ込みました。

 わーお★ 顔面からいったよ……

 中々豪快なリアクション、嫌いじゃありません。


「う、うぅ…っ せっかく、せっかく同郷の奴に会えると思ったのにっ」

「そんなに会いたいんなら、里帰りすれば良いじゃないですか。悪魔なんだから移動には困らないでしょ」

「帰れるものなら帰ってる! だけど帰れないんだ…! くっそぅ…せめて同郷の奴に一人でも会えたらってメチャメチャ期待したのに! 会えると思ったのに!」

「…ホント、国どこだお前」

 肩を震わせて俯くヤマダは、先程まで街を荒らし回って暴れていた終末の(以下略)と同じイキモノには見えません。

 なんだか微妙に弱い者イジメをしている気分になるくらい、弱々しい。

 弱い者イジメの嫌いなまぁちゃんも困り果てて、悪魔に視線を合わせます。

 いきなり至近距離で覗きこんできた絶世の美貌にヤマダはぎょっと仰け反りましたが、慌てて顔を逸らして重々しく黙りこみます。

 問いに答えない悪魔の態度に、まぁちゃんがにっこりと笑いました。

 次いで、まぁちゃんの左手がガッと悪魔の顎を握り込みます。

 そのまま潰さんばかりの勢いで無理やり口を開かせ、まぁちゃんはそれはそれは麗しい頬笑みを浮かべました。


「 お 前 の 国 、 ど こ だ っ て ? 」


 うん、凄く怖い。

 そう思ったのはきっと私だけじゃない。

 だって悪魔も視線を盛大に右へ左へ泳がせながら、やがて顎への責め苦に耐えきれなくなったのか、躊躇いがちに呟きました。

「………………………ドラゴンのいない世界」

「ああ、異世界か」

「たまにいるらしいよね。五千年に一人か二人くらい」

「さらっと納得された!? 前に言ったら頭のおかしい狂人扱いされたのに!?」

「そりゃお前、言った相手がどうせ『人間』か『獣人』あたりだったからだろ。御長寿自慢の魔族舐めんなよ? 不思議現象の事例がごろごろ言い伝わっとるわ」

「魔境じゃ普通に不思議現象の一環として伝わってるよ? 魔境あるあるとして」

「魔境あるある!? え、決死のカミングアウトがそんな扱い!?」

「決死のって…悪魔の癖に根性ねーな。そんでなんだ? 故郷が恋しいってことは帰りてーのか?」

「帰りたくない筈がないだろ…」

「んじゃ、帰れば良いじゃねーか」

「それが出来たらこんなに形振り構わない状態にはなってない!」

「それはごもっともだよね。でもまぁちゃんに頼めば良いのに」

「……………へっ!?」

魔王様(まぁちゃん)の部下に、次元の扉を開くのが得意って変わり種の魔族がいたよね」

「ああ、いたな。物凄く変なのが」

「ま、マジですか…!!?」

「マジマジ」

「………っ」

 一縷の望み。

 そんな願望で顔をくしゃくしゃにさせた悪魔の願いにも、まぁちゃんは無造作にあっさりと返す。

 だけどその言葉に偽りはなく、可能なことは確かで。

 まぁちゃんがヨシュアンさんに命じれば異世界への扉を開くくらい一発です。


 ………天狗のシシリー君、画伯を心酔してるからー…


 次元を飛び越えるという能力を持つ、天狗。

 その中でも最も強い力を持つ若者として、魔王城に仕えるシシリー君。

 一癖二癖ある天狗だけど、画伯には従順です。


 だって、エロ天狗だから…。


 画伯が新作小脇に抱えて「お願い☆」と上目遣いに懇願すれば一発でしょう! 

 彼は、カリスマ☆画伯が本物の女性だったら理想そのものジャストミートだったのにと常々溢している恐ろしい天狗です。

 一緒にいるとたまにシシリーが性転換系の呪いを吟味し始めるとかで、画伯に戦慄されているとか。

 必要がない限りシシリー君に接近したくないらしい画伯を動かすには、まぁちゃんが『命令(おねがい)☆』するしかありません。

 そしてシシリー君は画伯にお願いされない限り、見知らぬ悪魔の為に敢えてわざわざ大きな魔法を使ってくれたりはしないでしょう。


 そんな彼の最も大切なお宝は、愛読書『洒落にならない女体化シリーズ1 翡翠の翼は地に堕ちて』だと公言して憚りません。

 だから彼女が出来ないんだよ…。

 切実に彼女が欲しいらしい、シシリー君。

 二十歳までに彼女が出来なかったら、故郷の許婚と結婚させられてしまうと恐怖しているシシリー君。ただいま絶賛彼女募集中☆

 ただし理想は画伯(女体化ver.)だと公言しているせいで、一向に出会いに恵まれないシシリー君。

 彼女が出来ないから、画伯の作品にのめり込んでいくシシリー君(悪循環)。

 彼のお嫁さん探しは、まず「口は災いのもと」という(ことわざ)を覚えてからが良いかもしれません。

 ………あれ? でも、もしかしてまぁちゃんが画伯を動かさなくても、『女の子』を紹介してあげたらお願い聞いてくれるかな?

「………リアンカ? 絶対に単独でシシリアイスに会いに行ったりするなよ?」

「わ、わかってるよー」

 わあ、まぁちゃんに笑顔で牽制されちゃった!

 何だか、なんでか。

 まぁちゃんが滅茶苦茶不穏な空気を醸し始めたので、思いついた妙案には蓋をして封印することに決めました。

 いい考えだと思ったのにな、チッ…。


 そんな裏側事情を知らない、ヤマダさん。

 いきなり帰れるかもしれないという情報を突き付けられ、彼はただただ茫然としておりました。

「かえ、れる………帰れるのか、おれ…」

「帰れるとは言っても、お前の生まれた元の時代に帰れるかは保証しねーけどな」

「っそれでも良い! あの世界に帰れて、懐かしい故郷に触れて! 同じ同郷の人間と話が出来るなら…!」

「そして名乗り、その姿を誇示する訳ですね。終末を統べる最強の男、赤嵐の使者………黒衣の剣士ストームなんたら…だと」

「そのネタはやめて勘弁して! 自爆するから! 自爆しかしないからぁ!!」

「泣かないで下さい。私が虐めてる気がするじゃないですか」

「自覚なしかてめぇ!?」

「でも剣士って割に剣はお持ちじゃないですよね…?」

「リアンカ…せめて話だけは聞いてやろう、な? 流石に可哀想だ」

「勇者様はお優しいですね…街をこんなにしっちゃかめっちゃかにされたのに」

「彼も………それだけ、失望が大きかったんだろう。当然それなりの償いはしてもらうけれど。ちゃんと相応の償いはしてもらうけれど」

「同情すると見せかけて、意外に抜け目ないね!」

同情(それ)賠償(これ)とは別問題だから」

 きっぱりと言い切る勇者様は、いつになくキリッとして見えました。

 そんな勇者様の手には、きらりと光る物質化した光の粒(ライトエフェクト)が…えっと、刺すの?

 ああ、うん。

 お怒りなんですね、勇者様…。

 抱えた光の多さに、勇者様の内心のお怒りが垣間見えたような気がしました。

 勇者様は儚げな微笑みを浮かべ、悪魔の肩をわしっと掴んで問い掛けました。

「賠償金だけじゃ足りないから、街の再建に即して労役もこなしてもらうけど…それだけのことをした自覚はあるよな?」

「あ、あはははは。悪魔の俺には関係ないね」

「キリッとするな、キリッと。この滅茶苦茶になった街並みを元通りに復興し終わるまで、解放はしないからな?」

 そう言って、微笑む勇者様は………


 ………まるで、夢見るように麗しくて。


 そして、かつてない程に、有無を言わせぬ空気を放っておいででした。


 ………眩しい程の白さって、後ろめたさがあると効果倍増だね…。

 勇者様のキラキラ☆フラッシュな笑顔から放たれた不可視の光が、まるでヤマダさんの全身にずびしずびずば刺さって貫いていくようです。

 こんな勇者様、初めて見た…。

 勇者様にはこんな一面もあったんだね。

 なんだか感心してしまって、私はまじまじ勇者様を眺めてしまうのでした。

 まぁちゃんも仕方ないと、肩を竦めて。


「そんじゃ、お前の帰還云々に関しては年季があけてから応相談、ってことで」

「えっ!」

「どうせ帰るんなら、綺麗な体になってから帰れ…ってか、勇者の言い分のが正しいだろ。勇者が頷いてGOサイン出すまで、術者との仲介はしねーから」

「ええっ!?」

「故郷に帰る為にも、頑張って労働奉仕しないとだね☆ ヤマダさん!」

「まっ………」

「ま?」

 次の瞬間、悪魔は叫びました。

 やった、おうちに帰れる…!とぬか喜びさせておいて。

 その喜び冷めやらぬ間に、「じゃ、数年間は強制労働ね」と告げられて。

 内心の渦巻く感情に急かされるまま、悪魔は大きな声で高らかに叫んだ!


「マジかよぉぉおおおおおおおおおっ!!」


「マジだよ」

 そして冷静に淡々と返す、勇者様。

 わあ、こんな勇者様も珍しい。

「勇者様、やっぱり怒ってる?」

「怒ってるというか…街が元通りになるまで、しっかり働いてもらうからな。責任とって復興してもらう」

 勇者様の容赦ない決定により、ヤマダさんの王都長期残留が決定しました☆

 復興責任を取るということで、復興の責任者にさせられたりしたみたい。わあ、復興が完了する最後まで逃げられないよ!

 彼の労役が終わるのは、一体いつになるんでしょうね?

 私は笑いをこらえ、ヤマダさんを慰めようと肩をぽんぽん叩いてみました。

 

 その時、聞こえてきた不穏な呟き。


「くっそ…っこうなったら徹底的にやってやる。この地に聖地(某電気街)を再現して、此処を第二の聖地(某電気街)に変えてやる…!!」


 ………聖地って、どこのことだろ?


 聖地と呼ばれる場所は数あれど、街並としてそれはアリなのでしょうか?

 どんな聖地を再現するつもりなのか知らないけれど…私は首を傾げて、後で意外に博識な勇者様に聞いてみようかと思いました。

 私が知ってるのは、滅多に人の立ち入らぬ魔境の聖地だけだし。

 もしかしたら人間の領域には、素敵な街並みを有する、人里の聖地もあるのかもしれませんしね。

 その辺りはきっと、勇者様に聞いてみたら判明すると思います。


 そうして放置していた結果。

 私は見事に勇者様に確認するのを忘れ果て。





 その後。

 悪魔の独断によって異郷の某『聖地』を見事に再現する形で周囲の困惑と戸惑い満載な復興を遂げた王都の一角を前にして、茫然と地蔵の様に硬直し…

 次いで、「あの駄悪魔ーっ!!」と叫ぶ勇者様が見られたのは、3年後の話。





 勇者様んとこの国の王都の、一角 → 某電気街化(爆笑)。

 周囲にあまりの異質っぷりから『魔窟』と呼び称されたらしい。



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