174.お前が言うな(笑)
「――で~ん~かぁああああっ」
………遠くから、声がしました。
目を凝らすと、此方へ向かってくる馬影…。
あれ、なんだかどっかで見たような人が……。
私が答えを思い出すよりも、早く。
そちらを見た勇者様が叫びました。
「シズリス! オーレリアス…!」
あ、勇者様の役立たず護衛とうっかり動物使いだ。
…こんな人外レベルの乱闘場に、実力レベル対比で【蟻】な方々が来ちゃったよ。何しに来たんだろう……。
あ、余計なことをしに来たようでした。
次第に遠目に見えていた姿がはっきりしていくごとに、私のテンションが下がります。渋面。この感情を目に見える形で表わすには、渋面しかありません。
「お前達…! ここは危険だ。足手まといになるから他の者達と一緒に城に避難するように言っただろう!?」
「確かに、一度は城に戻りましたとも!」
「殿下、どうか褒めて頂きたい。私達は危険を冒してここに駆け戻るに足るだけの、貴方の助けを運んで来たのですから!」
「あ、それは…!」
目を見開いて驚き、やがて勇者様のお顔に明るい色が広がり始めます。
勇者様にそんな顔をさせたもの。
それは細く、長く、そして…
「殿下、貴方の剣です…!」
ああ、やっぱり。
あの二人はどうやら、間に合わせの武器しか手に入らなかった勇者様の為に…彼がトリオン爺さんに作成してもらった、あの便利(笑)な魔剣を勇者様の離宮から回収して来たようです。
せっかく、ハリセンを持たせることに成功したのに。
ここで台無しは、嫌ですよ?
あのサン☀ビーム発射台は剣で無駄な便利性が色々と面白くありますが…個人的に、私としてはサンダー☄ハリセーンの方が勇者様には似合…相応しいと思います。
攻撃力だって利便性だって、あの剣に劣るところはありません!
………なのでちょっと、邪魔しちゃおうかな。
私はびしっと!
オーレリアスさんが掲げた、勇者様の十徳(笑)剣を指さして!
号令一つ、叫びました。
「カリカちゃん、GO!」
ぴくっと。
私の号礼にロロイの頭上で微睡んでいたサーベルタイガーは跳ね起きて。
「がるるるるるぉぉぉおっ!!」
我ここにありとばかりに雄叫びを上げると、ロロイの頭を踏み台に跳びました!
だーいじゃぁぁあああああんぷっ!!
あの大跳躍は、身軽な猫科にしても限度を超えていると思います。
ましてやカリカは、まだまだ赤ちゃんなのですが。
でもここ二~三日の躍進ぶりを見て、出来るかな?って思ったんですよね。
大正解でした。
もしかしたらまぁちゃんやせっちゃんの側にいたことで、魔力の影響を受けたのかも知れません。
あの二人、マジ魔力強すぎで無意識の内に結構いろいろ大きな影響を及ぼしますからね。例えばリリフ&ロロイの孵化についてとか。
跳んだカリカは最早、空を超え、倒壊しかけた建物の壁を足場に再び跳躍を繰り返し…やがて、馬の頭を越えて。
オーレリアスとのすれ違いざま、その肩を足場に一際大きくジャーンプ!!
そして背を向け、凄まじい速度で駆け去っていきました。
口に、 勇 者 様 の 剣 を 咥 え た ま ま 。
唖然、唖然のぽかんと。
急なことに皆一様、唖然と固まっていて。
遠くから「ぐるぅるぅぉぉおっ」という勝利の雄叫びが、響いて。
そこでようやく、皆はハッと我を取り戻しました。
「な、なんだ今の…っ!」
「というか、殿下の剣が!!」
殿下の剣は獰猛(笑)な猫科肉食獣の幼獣に持ち去られた後です。
「おいこらリアンカ嬢っ!?」
「私の邪魔をする、貴方達が悪いんです…!」
「どういう意味だ! 君は、殿下のお味方ではないのか!?」
「味方ですが時として聞こえてくる、「自由に生きろ」という素直な心の声の囁きに耳を傾けているだけです!」
「それ絶対に傾けちゃいけないヤツだろ!!」
叫びながらも、勇者様の腹積もりは決まってしまったようです。
彼は、迷わずに。
カリカが持ち去ったハリセンよりはまともな剣を追いかけようとしました。
「勇者様、そんな追いかけっこしている暇があるんですか!?」
「させざるを得なくしたのは君だろう!?」
「殿下! 殿下には、殿下にしかなさり得ない重要な使命がございます…サーベルタイガーとの追いかけっこ如き、ここは私が!」
「オーレリアス!?」
「行くぞ、シズリス!」
「殿下…なるべく早く、戻ります!」
「お前達、ちょっとまっ…」
勇者様の手を煩わせる訳にはいかないと思ったのでしょう。
もしかしたら異様な圧力を放ちながら対峙する、まぁちゃんと悪魔の姿を見て悠長にしていられないと思ったのかも知れません。
勇者様が止めようと制止するも、間に合わず。
結局一度も馬から降りないまま、馬首を翻して2人はカリカを負い始めました。
「………結局、何のために来たんだ…!」
「そりゃ勿論、勇者様のためなんじゃないですか? 役に立ってませんけど」
「あの2人の気持ちを無に帰したリアンカが言う事じゃないと思うが!」
「世の中ってそういうものですよ」
「君が言ったら駄目じゃないか!?」
しかし勇者様が今からどれだけ嘆こうが、既に遅いのは明らかで。
私は、ハリセン一本で世界最強の魔王陛下とその妹を人質に取った悪魔に立ち向かう…格好良い勇者様(爆)が見てみたい(笑)
「頑張って、勇者様!」
「あーっもう! どうにでもなれだ!」
「大丈夫、四肢が欠損しても私が何とかして見せます――魔境アルフヘイムの、サッチー&ポロに協力してもらって」
「全然安心できない上に心の臓がこの上なく冷える応援は止めてくれ!! 意気が挫かれるだろ…!?」
「あ、流石に内臓系に支障が出た場合、勇者様の身体能力に耐えられる生き物の内臓と交換したら寿命に凄まじい影響が出ると思うので、なるべく内臓は庇って下さいね! 内臓は!」
「待って、治療と称して何をする気だ!?」
「勇者様――人魚の肝は好きですか?」
「――それじゃあ、現世に現れた地獄に行くとするか」
勇者様は自らの覚悟を、ようやく固めたのでしょうか。
ハリセンを強く握ると、彼は大きな一歩を踏み出した。
向かう先は、魔王と悪魔の睨みあい。
可憐な魔王の妹姫を間に挟んでの………
――まぁちゃんは、パーティマスクを被っていました。
いわゆる、鼻眼鏡です。
そして悪魔は真っ赤な三角帽子にピエロの鼻を装着していました。
彼らの手には、大きなクラッカーが握られています。
………うん? 何があったの?
この摩訶不思議な光景に、黙っていられない方が一人。
そう、我らがツッコミ…勇者様、が。
「いったい何の勝負だ、こらぁぁぁあああああああっ!!」
あ、やっぱり黙っていられなかった。
今の今まで目を逸らしていた現実の異様さに、とうとう気付いたのでしょう。
その瞬間勇者様は今までの躊躇いも覚悟も脈絡さえも忘れ果て。
これを放置していてはいけない、黙っていてはいけないという本能のままに体は突き動かされ。
そうして、思わずといった様子で手に握ったハリセンを大胆に振り抜きました。
すぱぁぁぁぁあああああああんっ
「おふ…っ!?」
「ぐはっ!?」
勇者様のサンダー☆ハリセンが、火を噴くぜ(笑)?
まるで流れるような、素晴らしい動き!
手首の切り返しも鮮やかに、取って返すその速度!
まぁちゃんとヤマダさん、合わせて二発殴った筈なのに、打撃音が一つにしか聞こえませんでした。
それほどの、音のシンクロ率…!!
もしや勇者様のツッコミ、音速を超えた!?
と、とうとう勇者様はそんな域にまで達していたのでしょうか。
「こら勇者、何をする!」
「それ、真面目に言っているのか!? まぁ殿!」
「俺が不真面目だったことがあるか、勇者?」
「………むしろ真面目に悪戯なんかもしていたな。全力で」
「そんな俺に、一体全体何のツッコミだ、こら」
「本気で理由がわからないって言うんだったら、正座をさせてお説教するのもやぶさかじゃないぞ!」
「何言ってやがる。相手はせっちゃんを人質に取ってるんだぞ!」
「セツ姫、か…」
呟いてから、そっと勇者様がせっちゃんへと視線を向けると。
そこには、
「あんぶれらー♪」
悪魔の腕に、抱えられたままに。
手元に握った、渦巻き模様の傘をくるくると回す、せっちゃんが。
何だか、とっても楽しそうだった。
「………あれは、何をしているんだろうな?」
「遊んでんだろ、多分…」
「なあ、救出の必要なくないか? なくないか!? なあ!!」
「何言ってやがる! 見知らぬ余所の野郎の腕の中にいるって時点で十分に急を要するだろうが!!」
「尤もな話なのに釈然としないのはなんでだ!」
「馬鹿野郎! 連れ攫われたらどうすんだ!! せっちゃんのことだから新手の何か変な遊びだと思って、うっかり家までふらふらついて行きかねーだろうが!!」
「地味に妹さんへの評価低いな!! というかちゃんと教育した方が良いぞ!?」
「せっちゃんは…夜はすやすやぐっすり眠る良い子なんだぞ? 純真過ぎて騙されそうな気がして、ものっそい怖いんだよ…!」
「だからちゃんと言い聞かせれば良いだろう!?」
「その点はもう既に諦めてんだよ!」
「まぁ殿、諦めるな! 堂々と宣言する潔さは認めるけど、判断はまだ早い…!」
勇者様はまぁちゃんの襟首を掴んで前後にがっくんがっくん揺さぶりますが、その程度じゃ折れないのがまぁちゃんです。
せっちゃんの天然ぶりを熟知しているまぁちゃんは、勇者様が何を言っても「俺が街を殲滅してでも妹を取り戻さなきゃ…!」と変な危機感に襲われている模様。
話を聞くにつれ、その本気度が分かるのでしょう。
「くそ…っ埒が明かない。まぁ殿じゃ、話にならない!」
勇者様は今にも頭を抱えそうな顔で、最後にまぁちゃんの頭を叩いて「大事にし過ぎだ、馬鹿!」と怒鳴りました。
「――あんたら、楽しそうだけど何しに来た訳?」
いつの間にか、追い詰められて人質を取った当人…
当の悪魔に、呆れの目線を注がれていることにも気付かずに。