173.捨てられないモノ
今回もひどいです。
勇者様の窮地に、みんなの大好き☆アレが再登場♪
リアンカちゃんが嬉々として勇者様を陥れるよ☆
「今日は、厄日だ…!」
勇者様はそう言いますが。
「里帰りしてから、勇者様にとって厄日じゃない日があったんですか?」
平和な日って、一日でもあったっけ?
「言わないでくれ、必死に考えないようにしてるんだ! 虚しくなるだろう!?」
「勇者様、現実逃避なんですね…」
「違う。敢えて考えないようにしているだけだ。今日は、過去は振り返らない!」
それを現実逃避っていうんじゃないかな…?
勇者様は頭の痛い現実を前に、それ以外を考える余裕などない様子。
今までのあれやこれやを走馬灯の如く思いだしそうな思考を、問題解決に向けた前向き思考にシフトチェンジ!
………微妙に、上手くいってないけど。
しかしどうしたものでしょう?
目の前のこの、「凶悪犯に追い詰められた小悪党が人質を取った」図は…。
せっちゃん自身は自分の置かれた状況がわかっていないのか、わかっていて…
…いえ、絶対にわかっていませんね。
でもわかっていなくても、全然余裕そうです。
相変わらずヤマダさんに抱えられたまま、手足がつかないとぱたぱたやっていますが…あれ、よく考えたら、せっちゃんが若い異性の…それも他人にあんなに密着抱っこされている図って珍しいような……………
私と勇者様は、ちらりとまぁちゃんに目をやりました。
恐ろしくて、敢えて目を逸らしていたまぁちゃんに。
「……………ははは?」
………私は何も見なかった。
うん、狂気を目に宿した鬼神じみたナニかなんて、絶対に見なかったよ。
「おい、矢玉…」
「山田だ! なんだ、その鉄砲玉みたいな言い間違いは!?」
「…言い間違い?」
「わざとか!」
「つべこべ言わず、とっとと宅の妹離せや。矢玉じゃなくて達磨にすんぞ、おら」
は、ははははは…☆
達磨って、あれだよね!
「………両手両足、根元から斬りおt…」
「リアンカ、皆まで言うな…。相手が悪魔でも、まぁ殿は流石に怯まないな…」
「どこからどう見ても通常運転ですよ。半端な悪魔よりは強いしね…勇者様、知ってる? まぁちゃんの御先祖様の中には、悪魔王に「しゃたん」だか「ちゃたん」だか「ちゃんた」だか何だか妙な渾名をつけて笑い物にした挙句、喧嘩を吹っ掛けられて嬉々としてタコ殴りにしたって言う危険人物がいるんですよ?」
「それはまた吹っ切れてるな…というか、まぁ殿の先祖だな。いや、むしろリアンカに近くないか、その性格。なんだ? 魔境に、まともな先人はいないのか…?」
「そりゃ、魔境ですしねぇ…」
「一言で片づけられた…」
「魔境の偉人に、まともを求める方が馬鹿を見ますよ?」
「しかも真顔で言いきったよ、その子孫が…!」
「ああ、御先祖様は魔境における人間の偉人筆頭ですからねー…」
「…人間じゃない『偉人』というのも妙な言い回し、だよな?」
「偉竜とか偉魔人とか偉魔王とか言い難いじゃないですか。偉魔人に至っては最早別モノの単語へと進化を遂げそうですよ」
「imagine?」
「そうそう、そっちそっち。間違えても魔神の方を言っちゃ駄目ですよ?」
「??? 何かあるのか?」
「勇者様は知らない方が良い、大人の事情的なナニかがあります」
「リアンカは俺より、2歳年下だったよな…?」
「私も詳しく知らないから、問題ありませんよ☆」
「………釈然としない」
憮然とした顔で、魔神?と呟きながら何事か考え込む勇者様。
ああ、気にしない方が良いのに…。
「あのさ、平和に現実に対して逃避したり諦めたりするのは止めないけどさ?」
「あ、むぅちゃん」
「アレ、放っておいて良いの?」
そう言って、むぅちゃんが見る先には…
何処から召喚したのか、手にモーニングスターを構えた、まぁちゃん。
頭から山羊の頭を被ったヤマダさん。
そして両手に花束を持ったまま、ヤマダさんに担がれているせっちゃん。
……………何があった?
「…はっ しまった。そうだ、俺はこんな和やかに会話をしている段じゃ…!」
「あ、勇者様? 動くのは出方を見てからの方が良いと思いますよ。まぁちゃんもいきなり王国破壊に出る前に、一応勇者様に伺いくらいは立てると思いますし」
「ああ、陛下ならするだろうね。笑顔で「…良いよな?」って、こちらに選択肢を与えない伺いを」
「つまり止めても無駄ってことだね☆」
「だ・か・ら! まぁ殿が破壊する前に動かないといけないんだろうが!!」
「………その装備で?」
「……………」
そうだよね、勇者様。
わかってるよ、私。
動きたくても、動けないんだよね………相手が圧倒的格上だから。
現在の勇者様の、装備。
武器:その辺で拾った角材・釘付★(借物の剣は既に駄目になったらしい)
サブ武器:美貌
防具:儀典礼用正装(防御力:まさに布)
ふふ…マジもんの魔王陛下を相手取るには、
ちょ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――……………………………………………………………………………………………っと、無謀すぎだよね☆
でも、それでも。
自分以外の何かの為に、立ち向かうのが『勇者』なのでしょう。
私は彼以上に立派な『勇者』を、勇者らしい『勇者』を知りません。
………魔境の記録に残っている勇者達とは、一味違いますよね?
信念とか、精神性とか、根性とか生命力とかが。あ、あと美貌。
彼ほど屈せず、諦めず、なおかつ馴染みながらも目的を諦めない『勇者』も珍しいんじゃないかな。
まあ、だからこそ、頑張ってるからこそ応援したくなるのですが。
……私の応援は、ちょっと加減しろって人に言われるけれど。
でも私だって、これでもちゃんと本気で思っています。
勇者様が頑張っているから、修行に協力して差し上げたいっ…と。
………うん、厳しく奈落の底に突き落とすのも、これも修行だよね☆
ちゃんと曰くつき(本物)の修行場に連れ回したりとか、まぁちゃんと相談してギリギリ勇者様が負けるかもしれない魔物や魔族との戦いを嗾けたりとか、魔法を使わないと命を落とすかもな極限状態に陥る場に案内したりとかしてるんですよ?
現に勇者様はめきめき強くなっているし、生命力回避力その他+ツッコミが魔境に来てからの半年で急成長を遂げているので、問題ないと思います。
うん、大丈夫!大丈夫!
だから、立ち向かうのを止めはしません。
止めはしませんが、後々で怪我の治療をするのは私ですからねー…
修復可能な範囲で済めば良いですが。
勇者様は生命力が人外レベルで強いので、重傷を負っても四肢の欠損か内臓破裂くらいでぎりぎり生きてる上に再起可能状態になると思いますが。
流石に手足がぐちゅっと潰れたら、治すのも大変です。
折角、勇者様は格好良いんですから。
大怪我を負ったとしても、治療可能な範囲…五体満足でいてほしいですよね。
…最悪、人間より遥かに生命力の強いイキモノの四肢を移植しなきゃなんてことになったら、より勇者様が人外に近付いちゃいます。
でもそうしたら手っ取り早く強くなる?
………いいえ、何だかんだ消耗やら肉体酷使の激しい勇者様に、本来のものではない体…移植部位が耐えられるとは思えませんね。
ああ、でも龍の脚とか、オーガゴーレムの拳とか…いえ、もっと上位の………。
まあ、それをやったら人間の国には確実に帰れなくなりますね。
「……………リアンカ、気のせいなら良いんだが…」
「ん? 何ですか、勇者様!」
「その、さっきから物凄く背筋がぞくぞくするんだけど…何か、変なこと考えていないか? 何か考えているのはわかるんだけど、リアンカの顔を見ていると、物凄く背筋が冷えるんだ…」
「それは風邪ですよ、勇者様! 大変、風邪はひき始めが肝心なんですよ!」
「………あ、寒気消えた」
「??? とにかく、連日の疲労が出たのかも知れないし…これが終わったら金柑湯作ってあげますね? それを呑んで温まって、今夜はゆっくり眠りましょう」
「…そうだね。今夜はゆっくり眠れる気が微塵もしない…というか、これから望んだ以上にゆっくり永眠る羽目になりそうな気がするけれど…とりあえずは、リアンカの金柑湯を励みに生き延びる努力をしようかな……………」
「勇者様、ファイト!」
「じゃあ、やるか…」
「………でもどっちを取り押さえるの?」
「……………選択肢は、一つ。可能性がある方に行くしかないだろう」
「ああ、つまりヤマダですね。遠慮なくやっちゃって下さい☆ ………せっちゃんに手を出した時点で、実はさりげなく私も業腹なので、ええ」
「…諸悪の根源を贄に奉げれば、犠牲は悪魔一人でまぁ殿も溜飲を下げてくれるかもしれないし、な」
「!? そんな! 勇者様が! 保身の為に他人を犠牲にするような発言を!?」
「ああ、そうだな! 誰の影響だろうな!?」
「私ですかね?」
「おわかりのようで結構で! けど現実問題、ここまで話をややこしくした上、まぁ殿の逆鱗を踏んだのは彼だ…責任を取って貰おう」
「勇者様………成長、したんですね」
「……………主に望まない方向にな」
「それじゃあ、そんな勇者様に私からの応援と選別です」
「え?」
信念の籠った眼差しで、悪魔をきつく睨んでいた勇者様。
私は彼の一助になればと、そっと隠し持っていたアイテムを差し出しました。
そう、こんなこともあろうかと…ずっと隠し持っていたのです。
「こ、これは…っ」
白い色彩、山と谷を織成すフォルム。
紫電を纏い、内包する魔力を感じさせる強力な…
「勇者様のサンダー☆ハリセーン(笑)です」
「捨てたと思ってたのにな! なんで君が持ってるんだ!! あと(笑)ってなに!」
「駄目ですよ、こんな面白アイテム捨てちゃ。ちゃんと私が回収しときました!」
「く…っ 強力なのは認めるが、手に馴染み過ぎて不気味なんだよ! この武器!」
「勇者様、良いですか? 馴染むのは必然…いえ、天命です。勇者様の為に誂えたような武器じゃないですか。こんなに相性のいい武器はそうそうありませんし、そんな武器と巡り合うのはまさに幸運の女神の恩寵とも言うべきです。戦士が己の運命の武器に巡り合う…どれだけ幸運なことか、勇者様だっておわかりでしょう」
「尤もらしく言うけどな? その武器、何か違うって! 何か違うって…!!」
「なにが?」
「うまく説明できないんだよ、こん畜生!!」
「じゃあ理由はないのと同然ですね!」
「くそ…っ 言い負かされた!」
「自覚があるようで結構です。少なくとも、そんな世紀末に現れそうな方々に似合いの角材よりはずっとマシですよ! ちゃんとしっかり、これ持って!」
「く…っ 確実に角材よりも攻撃力が高い事実がやるせない!」
「まあこんな面白い外見でも出自がアレですからねー」
「あの出自が更に使用を躊躇わせるんだ! わかるだろう!?」
「わかりますよー。でも他に選択肢、ないですよねー?」
「そもそもリアンカ、なんでこんな物を持ち歩いてたんだ…っ?」
「え、ネタで」
「ズバッと一言!?」
「勇者様のパレードに合わせてよく見える様にアピールしたら、勇者様が公衆の面前でどんな反応見せるかなー…って、出来心?」
「そこだけは回避されて良かったその未来!」
「でも状況、それよりぐっと悪くなりましたけどね!」
「それ誰のせいだ!?」
「あそこに倒れている、スリですね!!」
「…え?」
はてな?という顔で首を傾げる勇者様。
そんな彼に、私はにっこりと慈愛深く微笑んで…すっと指を指しました。
それは倒壊した建物の、脇。
倒れた樽が上手いこと崩れた壁に対するつっかえ棒になって、辛うじて残されたギリギリの隙間。
そこに、あの男が倒れていました。
私の荷物を引っ手繰った泥棒。
………まあ今は、泥棒というよりアフロ(笑)ですが。
足がぴくぴくと痙攣しているので辛うじて生きてはいるようです。
目は回してますけどね。
私の指が向く方向を視線で辿り、勇者様もそれを見つけたのでしょう。
ぎょっと、目が見開かれます。
「…っっって、人がいたぁぁぁあああっ!?」
「今日は誰が一番悪いって、こんなお祭の日に窃盗行為に走ったあの人が一番悪いと思いますよ。確実に」
「そんな冷静に言っているが! り、りりりリアンカ? その、彼の人命救助を…」
「え、嫌だ」
「一言! だけど、そこを何とか! 公正な裁きを下す為と思って…」
「勇者様、魔境の人間はわざわざ悪意を持って悪行に走った人間を何の反省もなしに助けたりしませんよ?」
「ああして酷い目に遭って倒れている時点で十分じゃないかな!?」
「アレは気絶しているだけです。酷い目=反省じゃないと私は思います。そもそも気絶してたら反省出来ないし」
「そこはいくらか譲歩して良いんじゃないか!? 後で反省させるとか!」
「私は、私を害した相手は謝るまで許さないことに決めています」
「それはとても道理に適ってはいると思うが、場の状況を考えような!?」
「大丈夫です! 彼が瓦礫にぺちゃんされる前に勇者様が暴れまわる元凶を大人しくさせちゃえば生き延びますよ☆」
「完璧に助ける気ゼロだ、この娘!」
完全に、困った顔で。
情けなく眉を下げた勇者様。
そこを頼むといわれても、駄目です。
こういうのは一度例外を作ったら、段々なし崩しになっちゃうんですから!
だから私は言いました。
「勇者様! 人命救助がやりたかったら尻ごみは止めて、さっさと本命本星、魔王まぁちゃんを止めることです!」
ちなみにタナカさんは悪魔を甚振ることに飽きて寝ています。
先ほど脱出した筈の、シャイターンさんの腕(R)を枕にして。
タナカさーん…その枕、タナカさんの図体に比べて小さ過ぎないかな?
ああ、駄目だ。
完全に、寝てるや…。
………このドラゴン、本気で食うか寝るかだけで生きてますね。
あれ、長寿のドラゴンって本能よりも理性の方が強いんじゃなかったっけ…。
いやまあ、タナカさんはきっとそういうドラゴンなんでしょう。
これも個性ですね、うん、個性。
サンダー☆ハリセンを捨てますか?
はい ←
いいえ
サンダー☆ハリセンを捨てました。
しかし、捨てた筈のサンダー☆ハリセンが戻ってきた!
なんと! サンダー☆ハリセンは呪われている!
サンダー☆ハリセンを捨てることができない!
勇者様人外改造計画
→ リアンカちゃん思いとどまってー!
そして勇者様、逃げて―! メッチャ逃げてー!
悪の組織の怪人にされちゃうから!!