160.謎の電波を受信中
――まぁちゃん、いずこーっ!
そんな気持ちで走っていた、私。
不慣れなヒールがカツコツカツコツ。
今にも転びそうな思いをしながらも、勇者様の泥試合を思い出すと笑えてきて活力が漲りました。
お陰でちょっと、顔が笑っていたかも知れません。
微笑みながら走る、私。
走る私を、呼びとめる声がありました。
私以外に誰もいないと思われた、庭園の一角。
庭園の奥の洒落にならない喧騒も、ほんの少し距離を隔てただけで闇に消える。
そんな場所で、聞こえた声。
「アナタHA神ヲー、信じマスくぁ?」
なんか、変なのに呼び止められました。
よくわからない訛りのある、不思議な抑揚の声。
お陰で気になって振り返っちゃったじゃないですか!
「モウ1つ、お訊きシマース! アナタHA神ヲー、信じマスくぁ?」
「いやー、どちらかというと信じるというより知ってるという感じでしょうかー? 魔境には道祖神とか住んでるし」
「OH! それHAスパらしい! アナタもワタシとLet’s dancing!」
「え、踊るの?」
「トモに神ヲ降ろしマショう」
「踊るってシャーマン系?」
「ぜひぜひアナタの多幸を祈シテ3時間踊ラセて下サイサイ!」
「うーん、3時間拘束されるのは飽きると思うよ」
なんとも表現し辛い感じのお兄さんです。
外見は白いローブの、パッと見は清潔そうな方なのですが。
立ってるだけなら
「タ・マーにdevilが来チャウのが難点デスネー」
「シャーマン系かと思ったら、サバト系かー…チャレンジャーだねぇ」
悪魔なんて存在に遭遇しちゃったら、普通の人間はひとたまりもなく死んじゃうと思うんですが………生きてますね。
外見は問題なく健康そうで、ちょっと肌が色艶良くツヤツヤしすぎる感はありますが、見た目的には至って良心的な外見です。
衣装が勇者様の国の貴族さん達とは違いますし、なんだか言葉も片言。
もしかしたら他国からの来賓の方かも知れません。
わあ、王宮の舞踏会に出席する外国の人なんて私達を除いたら真っ当な偉くて育ちのいい人ばかりだと思っていたんですが………
この人の様子を見るに、そうとばかりは言えないのでしょうか…。
いや、外見は偉そうですよ?
偉そうなんですけど…私の気のせいかな。
何だか喋っている内容が、変な電波を受信してそうなんですけど。
でも言葉が片言だしなー……
…意味を理解せず、間違って喋っている可能性も無きにしも非ず。
……どっちだろ。
「サア、踊りマショうランららら」
「あ、私、神様がいることは知っていても無条件に信用はしていないんで。
神を崇め奉る系の踊りならパスさせてください」
「ハオ!? なんタールこと! アナタ邪教徒でースかー!?」
「特に邪悪と呼ばれるモノを信仰してたりはしないよ?
というか、そもそも何の宗教?」
「偉大なる我が主神アレオアットッ鳥神様です」
「ここだけ言葉がすっごい流暢!」
何だか今まで一度も耳にしたことのない名前の神様が出てきました。
ん、と…鳥? 鳥の神様なんですか?
誰かー、勇者様を呼んできてー…!
ゲソ付きでも良いからー!
勇者様の輝ける時間が、何故こうも本人不在の隙を狙って訪れるのでしょう。
ここに勇者様さえいれば、とっても愉快なことになるのに!
私は、心の底から残念な気持ちでいっぱいでした。
思わず、顔も曇ってしまいます。
そんな時、新たなる闖入者が現れたのです。
「――君!」
「…だれですか?」
それは頭上…舞踏会の会場から迫り出した、バルコニーからの声。
私へと向けられた声だと、直感的に悟った足は自然と走るのをやめて。
私は、声の音源へと顔を向けていました。
首を傾げる私の前に、バルコニーから降りて来た男の人達。
年齢は十代後半から二十代後半くらいの、五人か六人くらいの小集団。
何だか険しい顔でこちらを見ていますが…何か、不審な点でも?
きょとんと首を傾げる私。
小集団は顔を顰めたまま私達の方へ接近し…
そして、私の隣を素通りしました。
あれ?
「君、か弱い女性に何をしているんだ。こんな暗がりで、いかがわしい話に巻き込んで………怯えているじゃないか」
いま、なんだか色々と異議申し立てをしたくなるような単語が聞こえたような。
唖然とする私の、目の前。
青年達はまるで私と宗教の人の間を隔てる様な位置取りで。
立ちふさがる彼らは私を庇うような、位置取りで?
何この状況。
気がついたら、私は青年達の背中に庇われていました。
険しい顔はそのままに、責めるような目で青年達が宗教の人を威圧しています。
あっはっは………本当になに、この状況。
え、と…いきなり超展開ってやつですか?
「OH…不信人者がたぁーくサン、デスね」
「お前は明らかに不審人物じゃないのか」
「ワタシは神ノ代理人でぃす」
「神の代理人が、か弱い女性を半ば言葉で脅すのか!?」
そうだそうだとばかりに、青年達が神の代理人(笑)を責め立てます!
でもね、ちょっと待って!
相互認識の差異とか、なんか誤解とか、買い被りとか!
なんか私達の間に、誤解があるような気がするんですけど!
何か言おうと口を開きかけてはみるものの、それを見止めた青年の一人に静かにするようにジェスチャーされたり、とか。
労わるような目で止められたり、とか。
此方が口を差し挟む前に、宗教の人(電波)と青年達の話し合いには決着がついたのでしょう。
気が付いた時には宗教の人の姿は影も形もなく。
ただ私と、青年達が取り残されていて。
まるで私を囲む様な青年達。
彼らの後方遠くから、微かに勇者様の悲鳴が聞こえたような気がしました。
いきなり現れて、私に声をかけてきた宗教の人(電波)。
これまたいきなり現れて、ヒーロー気取りで宗教の人を追い払った青年達。
「良かった、僕等は君を探していたんだ」
でもどうやら、ただ絡まれた女性を庇ったという訳じゃない…の、かな?
どうも私に何か用がある様子…?
えっと、何用ですか?
そんな私の気持ちが透けて見えたのでしょうか。
私を取り囲み、目元を笑みに緩めながら見下ろしてくる青年達。
親しげな様子で、私に話しかけてきます。
「姿が見えなかったから、もう下がってしまったのかと思っていたよ」
「でも、どうしても君と話がしてみたくてね?」
「同じ目的を持つ者同士、ここは公平に抜け駆けなしでいこうと決めて、一緒に君を探していたんだ」
「まさか夜の庭で、変な輩に絡まれているとは思いませんでしたが」
にこにこと人懐っこく、親しげな声と表情。
彼らは全員、何故か友好的というか…私に対して好意的で。
でもなんでしょう?
目の奥に気になる光が………どっかで見た感じに似ています?
これなんだっけ、どこでみたんだっけ…?と。
考えること、しばし。
最近…うん、本当に最近。
それこそ、かなり近い時間に、似た感じのナニかを見た気がする訳で。
そしてその記憶は、間違いなく真新しいものだったのでしょう。
さして深く考え込む必要もなく、私はぱっと思い出しました。
あ、わかった。
さっき見た、勇者様に笑顔を向ける肉食女子達に似てるんだ。
うん、納得納得! 我ながら、納得です。
………あれ? でもなんでこの人達、似たような目をしてるんでしょう?
こうしていても埒が明かないのですが、理解不能で彼らをじっと見上げます。
「貴方がたは、どちら様でしょう。私の知っている方ですか?」
そうは言いつつも、知る筈もない方々です。
だってどう見ても、明らかに貴族。
勇者様が紹介してくれたのは側近だけなので、面識がある筈もありません。
ようは自己紹介を促している訳ですが。
彼らはなんだか面白い戯言を口走り始めました。
「私は今日、貴女が知ることになる者ですよ。そう、美しく赤い蝶に惑わされ、どうぞ傍にと乞うているのです」
「昆虫採集が趣味なんですか? わあ、少年の心をまだお持ちなんですね」
「そうですね…眠っていた私の純情を、貴女が呼び覚ましたのです」
「へー」
んー? 目覚めさせた? 何かの暗号か隠語でしょうか???
目覚めの呪文なんて、私使えないし。
何か勘違いでもしてるのかなぁ…?
こてっと首を傾げる私。
そんな私を、にこにこ微笑みながら見下ろすお兄さん達。
「可愛い」
「かわいいな…」
「うわぁ………」
そして意味不明の熱い呟きが零れ落ちてきます。
え、っと…何が可愛いんでしょう?
お兄さん達の視線の先を探ろうかと思っても、見られているのはどうも私。
私の背後に何かあるのかと思っても、何もないし。
え、えー……? 何が可愛いのー…?
な、なんか調子狂うなぁ…。
「な、なんなんでしょうかー…」
私は、思いっきり戸惑っていました。
こんな風に声かけられるの、魔境じゃなかったし。
このお兄さん達は、一体何がしたいんですかー???
この時、私は気付いていなかった訳です。
せっちゃんでもまぁちゃんでも、勇者様でもなく。
こ の 、 私 が 。
まさか ナ ン パ に 遭 遇 しようとは。
「ねえ、貴女は殿下のエスコートを務めておいででしたね」
「殿下とは一体どういった関係? 相手が殿下とはいえ、一人の方とばかり踊るなんて妬ましくなるじゃないですか。是非、僕とも踊っていただけませんか?」
「いや、それよりも折角ですから、私と夜の庭園散策でも…」
「まあまあ、皆で一度にお誘いしたら彼女も戸惑ってしまうでしょう。どうです、まずは皆でどこかに落ち着いて話でもしませんか。誰か選んでもらうなら、少しでも自分のことを知ってもらった後でも遅くはないでしょう」
「はは…オケアノスには顔で勝てないからって、必死じゃないか」
「何を言うんです、我々など殿下に比べれば十把一絡げ、皆似たようなもの」
「それを言われると痛いな。相手が殿下では、比べることすら烏滸がましい」
「でも僕ら、顔や武芸はともかく内面や会話術、女の子を楽しませる術じゃ殿下にだって負けないと思うよ? どうかな」
「いや、どうかと言われましても………意図するところがわかりませんので?」
「ふふ…はぐらかすなんて小悪魔みたいに悪戯なひとだ」
私はむしろ小悪魔というよりデーモン…って、そうじゃありませんね。
上機嫌な好意的好青年スマイルの青年達は、やっぱりにこにこと。
妙に手慣れた感じで、何かナチュラルに私の肩やら腰やらに手を添えてきます。
まるで、エスコートでもするみたいに。
そのまま軽い力と流れで、自然に私を何処かへと誘導しようとするんですけど…
一体、どこに連れていくつもりなんでしょう?
意味不明の行いに、私は先程よりも深い角度で首を傾げてしまいました。
今ならきっと、梟にだって負けないくらいに私の首関節は柔軟です。
そんな私に、彼らはやっぱり熱い視線を注いでいて。
笑顔はとっても好青年だけど、瞳の奥はそうでもなさそう。
ううんと、どうしましょう…
もっとあからさまに悪意なり敵意なりを示してくれたら、こちらとしてもやりようがあるんですが………どんな魂胆があるにしても、表面上友好的に接してくれている相手を問答無用で酷い目に遭わせたら勇者様が怒るよねー…?
もう既に今夜は結構いろいろやっちゃってるし?
あからさまな敵意を向けられている訳ではないせいで、どうしたものかと私は出方に迷ってしまいます。
本当に、すっきりしない。
何の理由もなしに、何か害になりそうな気がした!なんてふわっとした理由で酷い目に遭わせて良いかなぁ…駄目かなぁ?
………もうなんか面倒だし、疑わしいのは殲滅しちゃって良いかな。
面倒なあまり、私の思考は一気に危険な方向に傾きつつありました。
元より、お酒の力で自制する気持ちは大根の桂剥きより薄っぺらい状態で。
理由なしに他人に被害を出したら、勇者様が洒落にならない怒りを向けてくるだろうなぁとぼんやりわかってはいたんですが。
我慢するだけの必要性が、お酒の力で行方不明!
うん、やっちゃえ☆
にこっ
我ながらの、弾けんばかりの笑顔で。
私の手はさり気無く動き…
「――お前達、待て!」
………まさかこのタイミングで、更なる乱入があろうとは。
しかもその相手は、宗教電波、謎の小集団と見知らぬ人達とは全く違っていて…
…そう、私の良く知る人で。
キラキラの髪も、乱れに乱れ。
衣服はあられもなく乱れに乱れ。
肩で大きく息をつき、顔に落ちてきた汗をぐいっと拭う仕草も荒々しく。
「勇者様…っ?」
あのゲソ、いえゲソと女性!
自力で振り払って来たんですかーっ!?
…取り敢えず、気になるのはそこでした。
自力で追いついた、勇者様♪
――さて、ゲソはどうなったでしょう。
a.食われた
b.意気投合した
c.幸せを求めて放浪の旅に出た。
d.永遠の愛を見つけた
e.噴水の池に家庭を築いた