159.空飛ぶ軟体動物
リアンカちゃん、やりたい放題(笑)
さて、どうしようかな。
首を捻ってみますが、考えてもここは一つしかないでしょう。
f. 混 沌 を 煽 る
この一択です。
さーて、どうしてやろうかな(笑)
「助けて!」と目配せを送ってくる勇者様。
そんな迷える子羊に、素晴らしく会心の笑みでもって頷き返しました。
お任せあれ! そんな気持ちを目線に込めます。
…あれ、どうしてでしょう?
勇者様の顔から、何故か血の気が引きました。
………原因はこれですかねぇ…
勇者様の目が、私の手に持ったブツに釘付けです。
先ほど谷間に視線を集中させようとしたエントロピー嬢が嫉妬で歯ぎしりしそうなくらいに釘付けです。
私が手に持った、『巨大水烏賊の足』に。
勘の鋭い勇者様ならば、おわかりでしょう!
投げる気です。
勇者様と淑女方の集う、その 渦 中 に。
や、やめろ…! やめるんだ! という感情が、勇者様の目から伝わります。
ごめんね、勇者様…。
今の私は、やりたいことに忠実なの…!
え? 割と毎日そうだって?
今日はいつも以上にそうなんですよ…!
「さーて、振りかぶって第一球ー」
「第二球があるのか!?」
「烏賊の足なんて空気抵抗の凄まじいブツを投げるんです。失速は確実です。
失敗したら当然第二球がありますよ」
「そもそもそれは球じゃないだろう!?」
最早、黙っていられないのでしょう。
それまで王子の仮面を装着して令嬢達とのらりくらり会話していた勇者様も、振りかぶった私を見て思わず口を開いていました。
「というか、振りかぶるのは駄目だ! 片足を上げてどうするんだ!?
スカートのスリットから大胆に足が見えるだろうがーっ!!」
令嬢達の頭も飛び越え、私と今日もツッコミ過多な叫び合い。
必死な顔で令嬢方を無視して、私に叫ぶ勇者様。
そんな様子を目の当たりにして、令嬢達も気分が悪いのでしょう。
勇者様にはとても見せられないような険しい顔でこちらを見て…
………うん、ようやっと此処の混沌具合最強な惨状に気付いたんですね。
ぎょっと目を見開き、固まりました。
「飛べ! 巨大水烏賊球(触手)!!」
「だからそれ球じゃな…っというか、足は止めてーっ!!」
触手に何やらトラウマのあるらしい勇者様が「いや、止めてっ」と女の子みたいな悲鳴をあげて。しかし私は取り合わず。
振りかぶったそのままに、投げましたー!
ぬめぬめしてぶよぶよして、うにうにした、足が!
空気抵抗なんのその、ひゅるると空を飛び!
…飛んでる最中に、バサッと音を立てて開きました。
羽 が 。
「烏賊の足に羽ーッ!?」
勇者様、絶叫。
うん、いい具合に混乱起こしてますね。
淑女方も真っ青な顔をして烏賊の足を凝視しています。
羽開いた烏賊のゲソ。
開いちゃった蝙蝠ちっくな羽。
そして漂うアンモニア臭。
更に開いちゃった、ぎょろりんとつぶらな目玉。
「………目玉!?」
わあ、勇者様☆
ばっちり目が合っちゃったようですね。
「気をつけて、勇者様! あのゲソ、目が合った相手に容赦なく襲ってくるよ!」
「それは本当に烏賊の足か!?」
「巨大水烏賊の足って、本体から切り離されて暫くすると自我が芽生えちゃうんですよねー…あと、目玉」
「それもう一つの独立した魔物だよな!?」
「ちなみに主な攻撃手段は巻き付き攻撃と烏賊墨スパイラル」
「本当に止めて下さい!!」
勇者様は青い顔を引き攣らせながらも、正装に合わせて腰にさしていた儀礼用の剣をチャキッと構えました。
惜しむらくは儀礼用ということで、刃が引いてあることでしょうか。
いえ、勇者様の技量ならそのくらいの細かいことは問題ナシですね。
「勇ましいよ勇者様、頑張れ! 今日の勇者様はいつも以上に輝いていますよ!」
「無責任に囃し立てても何も出ないからなーっ!?」
口では文句を言いながらも、つべこべ言いつつちゃんと立ち向かう勇者様は男の中の男だと思います。
刃引きされた儀礼用の剣にずぶ濡れシャツとズボンとブーツ!
そんな最高に動きづらい服装で、ゲソに立ち向かう勇者様。
「わあ☆勇者様かっこいい(笑)」
「本気でそうは思ってないだろ!? (笑)ってなんだ(笑)って!!」
「やだ勇者様、被害妄想ですよ☆ ほーらゲソちゃんが向かってきますよー」
「というか、王宮に魔物を持ち込んで咎められたらどうするんだ!?」
「勇者様が今すぐ抹殺して証拠隠滅してくれたら、そんな心配いりませんよ?」
「なんたる他人任せ!」
「嫌ですね、私と勇者様の仲じゃないですか。ほら、同じ釜の飯を食った的な。
お友達なのに他人だなんて、寂しいこと言わないで下さい」
「リアンカの友情って…!」
嘆く勇者様に、巻きつくゲソ。
勇者様は嘆きながらも剣を逆手に持ちかえ、割腹自殺でもするような勢いで体に巻き付いたゲソに剣を突き刺します。
瞬間、ぶしゃぁぁあっと吹き出す青い汁とアンモニア臭。
しかめっ面の勇者様。
こうして、勇者様vsゲソの対決は幕を開けたのです。
そうこうする、間に。
「ちょっと貴女!?」
「え、私ですか」
肉食女子共の矛先が、私の方に巡って来ました。
あ、うん、当然そうなる…よね。
わあ☆後先考えてなかった!!
「そうよ、貴方よ!」
「まあ、なんてはしたない格好かしら…!」
「本当、娼婦のようですわね」
そしてあれよあれよと始まる女の闘いGO FIGHT!
すぱっとした闘いなら魔境でもよく目にしますが、こう…じめっとした陰湿な戦闘は苦手というか性に合わないというか!
「お、お姉さん達、私に何の御用でしょーか?」
「まあ、お姉さんだなんて!」
「名前も知らない方に、そんな気安く呼んでほしくありませんわ!」
「え、それじゃ『この女』とか呼んだ方が良いんですかね」
「あま…?」
きょとんと揃って首を傾げる淑女大多数。
わー…お育ちのよろしい女性には、乱暴な言葉遣いは通じないようです。
でも何人か意味の通じたっぽい、理解の色の見えるお姉さんがいます。
貴女がたも、実はあまりお育ちよろしくありませんね?
そっと目線を逸らした数名の顔は、しっかり覚えておこうと思います。
「それで、何用っすかねー。お嬢さん方ー」
「………何だか口調から馬鹿にされている気がしますけれど、まあ良いですわ」
「それよりも、何なんですの貴女!」
「そうですわ、そうですわ!」
「ライオット殿下とどういう関係なのです!」
「そうですわ、そうですわ! どういう関係なのです!?」
「気安くお声をかけていただいて…お友達って、どういうことですの!?」
「わたくしたちを差し置いて…貴女、新参者でしょう!?」
「それにエスコートまでしていただいて、何者なのです!」
「そうですわ、そうですわ! 貴女、何者ですの!?」
口々に囀るお嬢さん達。
…というか一人、鸚鵡か九官鳥の生まれ変わりっぽい方が混ざってませんか?
「勇者様が魔物と戦っているのに、お嬢さん方の気になる点はそこですかー」
勇者様、本当に愛されてるのかな…?
「殿下はお強いですもの! 魔物何かに負ける筈がありませんわ!」
「そうです、あんな得体のしれないぬめぬめした汚らしい魔物、瞬殺ですわ!」
わあ、盲信☆
せめて応援してあげたら、少しはポイント稼げるとか思わないんでしょうか。
魔物相手に負ける筈がないから、応援するまでもないとか思ってそうですね。
ものすっごい信頼ですけど、お嬢さん達も後ろ見よーよ。
勇者様、ゲソに巻き疲れてめっちゃくちゃ苦戦してるから。
全身の骨べきべきに折れるんじゃないかってくらい締め付けられてるから。
あ………っ……勇者様が、ぐったりと…
「貴女、聞いてますの!?」
「えっ あ、はいはい! 聞いてますよー!」
正直、話を聞くどころか聞き流していましたが…
いや、うん、本当に後ろ見た方が良いよ。ご令嬢達。
勇者様がえらいことになってるから………勇者様、がんばれ。
そろそろ真剣に勇者様を肉体的危機から救った方が良いかもしれない…。
「貴女、どこのどなたですの!?」
「殿下との関係は!?」
「どういうつもりで大きい顔をしていらっしゃいますの!」
…こんな状況で気になるのはそっちの方ばかりですか。
貴族のお嬢様って平和な頭してるんですねー。
「私はリアンカちゃん十七歳ですが」
「そういうことを聞いているんじゃありませんわよ! ふざけていますの!?」
「うん」
「馬鹿にしていますの!?」
「おお、打てば響くな、このご令嬢」
ご令嬢十三人の中には、ツッコミの素質がある方もいらっしゃるようで。
そんな彼女達の剣幕を聞き流し流し、勇者様にのしかかるゲソを見物します。
おお、ゲソが勝利のポーズを…!
「くそ、ゲソにやられて堪るか…っ」
全身巻きつかれながらも、諦めない勇者様。
本当にその通りだよ。
ゲソにやられちゃ駄目でしょ、勇者様。
全人類の希望(笑)が烏賊の足に負けたら救われないよ、勇者様!
ここからどう巻き返すのかと、私も固唾をのんで見守ります。
「く…っ 軟体動物に負けて堪るかー!!」
勇者様は叫び、そして。
捲き疲れて封じられた手足の代わりに口を大きく開き。
生 ゲ ソ に 、 噛 み つ い た 。
勇者様、生! その烏賊、生ですよー!
海産物に中ると、結構きついんですけど…烏賊の生食は食中毒の危機です。
「ああ、勇者様が!!」
「「「えっ」」」
堪らず私が叫ぶと、ご令嬢方も思わずと振り返ります。
そこにいるのは、生ゲソに巻きつかれ、それに噛みつく勇者様。
生食は本当にヤバいと焦りますが、勇者様も意地汚い人じゃありませんでしたね。噛み千切ったゲソをわざわざ飲みはせず、ペッとその辺に吐き捨てています。
わあ、ワイルド☆
何たる泥試合(笑)
しかしご令嬢には刺激が強かったのでしょう。
広がる光景の洒落にならなさに、何人かの令嬢は息を呑み、何人かは顔を青褪めさせ、何人かは上体をふらつかせて卒倒しました。
「で、殿下ーっ!!」
「だ、誰か、殿下がー!」
「烏賊こわい、烏賊こわい…っ」
わあ、阿鼻叫喚☆
もう私に絡むどころではないご令嬢達から、そろっと。
勇者様に釘付け、注目、集中。
そんな状態の令嬢達の渦中から、そろっと。
私、離脱成功…!
今のうちにそそくさと距離を取り、簡単に絡まれないように位置取ります。
というか勇者様がそろそろ本当に洒落にならない事態に陥りつつあるので、ここは助けないと後々恨まれそうですね。
冷静に考えてここまでやっても恨まれない自信があるのも、ちょっと凄いなと自分で思いつつ。勇者様の寛大さに感心しながら、私は役立ちそうな物を探ります。
今日のドレスは物をたくさん持ち運ぶ余裕なんて皆無なので、あまり良い物持ってないんですよね…酒の成る木の種と、乾燥ゲソ(水で戻して使用)が精々です。
本来、勇者様を襲っているゲソも、炙ってスルメにする予定だったんですが………もうそんなことを言っている段でもないですね。
「うぅん…良い物ないなぁ。塩と胡椒と蜂蜜しかないよ」
ないものは、本当にないので仕方ないですよね。
ここはまぁちゃんでも呼んで来ましょうか…
………それが一番、良いかも。
よし、と決めて。
私はまぁちゃんの姿を求め、駆けだしました。
まさか駆け出した先で。
今度は私自身が絡まれるとは思ってもみませんでした。
次回予告:絡まれちゃったリアンカちゃん
さあ、何が絡んだ!?
a.酔っ払い
b.勇者様の親衛隊
c.ゲソ
d.ナンパ野郎(複数系)
e.王妃様
f.サルファ