15.レオングリス
毎度おなじみ、話が脱線しまして。
学友二人まで紹介がいかなかったので、今回はレオングリスと勇者様のお国」事情に関する部分で終わっています。
連れていかれた応接室。
ローテーブルを挟んだ対面ソファには、青年二人と少年一人。
こちら側には私とまぁちゃん、せっちゃん。
あとまぁちゃんの膝の上にリリフ。
そして上座、一人掛けソファに座る勇者様。
サディアスさんは勇者様の斜め後ろで立っています。
…なにこれ、この構図。見合?
なんだか座ったポジション的に…
そう、パッと見て向こうの少年とせっちゃんのお見合いに見えないような、見えるような。
その場合、仲人はきっと勇者様。
でも勇者様がそんな命知らずなことはしないでしょう。
パッと見、そう見えるってだけ…ですよね。パッと見。
そして、今頃ですが。
先程の勇者様の帰還&女性の侵入疑惑、転じて勇者様の女性連れ込み疑惑。
その作用で興奮状態となり、高ぶっていた感情が落ち着いてきたのでしょう。
ようやっと冷静さと、周囲を見回す能力を青年達は回復したらしい。
そこでようやく、彼らの気付く一つの事実。
………せっちゃんって、背がちんまいんですよね。
だから、身長差がある青年達は、目線が下過ぎて気付いていなかったのがあると思います。
ええ、まあ、今更ですが。
対面ソファの三人組は、今更目線のかちあったことで気付いたようで。
せっちゃんの美貌に目を留め、口をぽかんと開いて魂を飛ばしています。
そんなに大きい口を開いて…
中に何か放りこみたくなるじゃないですか。魚とか。
なんとなく、エサをせがむ雛鳥や海生哺乳類を連想させる大口です。
おやおや、少年なんて折角の可愛い顔が間抜け面になっています。
指をささないでください、礼儀を疑われますよ。
「………この世でいちばん美しいのは、あにうえだと思ってたのに」
少年、君は今、全世界の女性を敵に回しましたよ。
勇者様が大変美しく、そこらの女性には太刀打ちできないって事実には同意しますけどね!
それでも事実を素直に口に出されると、女性を不快にさせますよ。
口が巧そうだと思いましたが、やっぱりまだまだ子供。
経験は不足しているようです。
茫然と呟く少年に同意を示すように。
青年達もぽつりと呟いた。
「…まさかこの世に、殿下と並ぶ……
……………もしかすると将来的に超えるかもしれない美貌の持ち主がいるとは」
せっちゃんの将来に期待(笑)
「なんだ、神の奇跡かな…? あれは本当に人だろうか………」
青年達よ、あんたらもか。
そんな素直に感想ぼろぼろ零して、そのうち足元掬われますよ?
まあ、リリフは物理的に足元掬いましたけどね!
せっちゃんの美しさは、人の心を無意識にぼろぼろ自白させる魅力があるようです。
…流石、魅了の状態異常付与能力持ち。
人間の国は魅了耐性を持つ人も少なそうだし、猛威を振るいそうな予感。
「せっちゃん、ちゃんと気を緩めずに眼の能力は制御しようね?」
「?? はいですの!」
こてんと首を傾げる、せっちゃん。
………気を抜いて、制御甘くしてたね?
気を引き締めたのか、せっちゃんが心持ちきっと表情も引き締めます。
いや、それでもほわんと柔らかく緩いはにかみ笑いだけど。
でもその瞬間、効果は劇的でした。
野郎共が、はっとした顔になりましたからね。
「…正気に戻った?」
「いや、せっちゃんも正気を狂わせるほど魅了効果は漏らしてなかった。
ありゃ、せっちゃんの脅威の吸引力から解放されただけと見た」
「そうみたいですね。主様の呪縛から解放されて、ようやっと周囲を見渡せるようになった…
というところでしょうか」
「つまり、今まではせっちゃんの美貌に引き寄せられて周囲が目に入っていなかった、と」
「冷静になって最初に目を引き寄せられたのがせっちゃんだった、という悲劇だな。
うっかり引き込まれやがって」
呆れ顔のまぁちゃん。
まぁちゃんはせっちゃんの頭を撫でながら、憂鬱そうに言いました。
「こっちじゃ洒落になんねーし、せっちゃんの制御能力も一回鍛えなおした方がいーかもな」
「ついでに勇者様の制御能力修行も再開させたら?」
「………流石に、実家で吊るしたら苦情が来るだろ」
あと、協力者も冗談で済まねぇしな、とまぁちゃん。
ああ、そうですね…こっちじゃ協力者が見つかりませんね。
うっかり訓練に参加してもらったら、勇者様のストーカーが増えそうです。
色々思い通りにはいかないなぁと、勇者様が可哀想になりました。
「……………おい、あの男」
「ああ、まさか殿下以外に男であのような…」
「あにうえは世界でいちばん麗しいと思っていたんですが…まさか、他にもいようとは」
私達がこっそりお話している間に。
対面ソファでも野郎共はひそひそ話。
…まぁちゃんは相変わらず、隠形が得意です。
せっちゃんの美貌を隠れ蓑にしていたんでしょう。
でもこの度、ようやっと気付かれたみたい。
まぁちゃんの顔を見て、一瞬硬直して。
それから青年達はずっとひそひそ話。
内容は何となく察せられますが、話に付き合うのも面倒なので放置しました。
紹介を受ける双方の様子が落ち着くのを見計らっていたのでしょう。
青年達が魅了の呪縛から解き放たれてすぐ、勇者様が紹介を取り持とうと口を開きました。
しかし既に両者、被害と加害をやり取りした中です。
紹介する勇者様も何かしら気まずいものを感じているのか、冷や汗たらり。
しかし自分の感情と微妙な空気を無視して、強引に話し始めました。
「ええ、と……リアンカ、彼らは俺の従弟と学友達だ」
「いとこ? あの、ちんまい勇者様の劣化版みたいな少年のことですか?」
「流れるような自然さで酷いな…!」
「おっと、うっかり本音が」
「本音なら、包み隠してくれ…レオングリスはこれでも公爵位にある大貴族だ。
人前で無礼を働けば、弾劾されるぞ。
そして弾劾されたリアンカが人知を超えた報復に走る未来が見える…!」
「いやですね、勇者様。被害妄想ですか?」
「被害妄想で済めば良いんだけどな…!!」
勇者様、げんなり。
しかし劣化版と呼ばれた少年の方は、その遠慮のない物言いが新鮮だったのか愉快そうににこにこ笑っています。
「あにうえと似てるって、ことですよね。光栄です」
しかも何だか度量が広くて超前向き。
「従弟なのに、兄上呼び?」
「正しく言えば、従兄上です。
でもこの方が事情に詳しくない方は僕のことをあにうえの弟だと勘違いするでしょう?
滑稽に取り繕う人々の本音を想像すると、中々に面白いですよ」
「勇者様の血縁なのに、なんだか腹黒臭がするんですが…」
「意外だな」
まぁちゃんと二人、どうやら内面はちっとも似ていないらしい従弟と勇者様を見比べて感心してしまいます。親御さんがどう教育したのか知りませんけど、随分な違いです。
「貴族なんて、多かれ少なかれ腹の一つも黒くなければやっていられませんよ?」
「そんな親切に教えてあげる☆みたいな顔で優しく言われても…
勇者様、この子って本当に勇者様の従弟?」
「間違いなく、血縁だ。性格はともかく、外見は似てると思うけど」
「それ、暗に外見しか似てないって言ってませんか」
「ふふ…外見だけでもあにうえに似ているなんて、光栄です」
にこっと笑うレオングリス君は、彼の言葉に当てはめると確かに『貴族』なのでしょう。
でも、勇者様とは大分違うよね。
「しかし、貴族は腹黒が必須スキルだったんですね」
「その割にもっと偉い王子様の方はお腹の中も真っ白な清廉ぶりを発揮してんじゃねーか」
「あにうえは心清らかな方ですから…それも含めて、兄のように慕わせていただいています。
それも合わせて、普段は『あにうえ』と呼んでいるんですよ」
「勇者様、この油断ならなそうなお子様にそんなに心許して良いの?」
「それをリアンカに言われると、激しく微妙な気分になるんだが…
それでも、レオングリスが俺を慕っているのは確かなんだ」
そう言って、勇者様は疲れたように溜息。
疲れる親戚を持って、大変ですか?
レオングリス君は悪びれない顔で、にこにこと勇者様に笑いかけています。
「本当に、あにうえはお優しい…」
嬉しそうな笑顔は、確かに親しみが豊富に込められていました。
しかし、従兄弟ですか…てっきり、兄弟だと思ったんですけど。
でも、従兄弟…ねえ?
「勇者様、勇者様」
袖をちょいちょい引っ張ってみる。
「なんだ、リアンカ」
「勇者様がお亡くなりになったら二階級特進でこのお坊ちゃんが王様になるんですか?」
「ズバッとそんなこと聞くんですか!?」
サディアスさんから、驚きの声が上がりました。
勇者様も、ちょっと驚いたのか目を見開いています。
常識的に考えて、そんなことは聞きづらいだろうって?
勇者様…いい加減、私達を常識に当てはめて考えちゃ駄目ですよ。
聞きにくいことでもズバッと!
意表を突いて本音をこぼす人も多いので、手段として結構使えます。
「な、亡くなられる…など、不敬な!」
勇者様の御学友さんや、サディアスさんもぎょっとした顔で驚いています。
恐る恐る、勇者様を視線で窺いながら。
私に対して、この不躾で無礼な小娘をどうしてやろうって顔ですね。
しかし、残念。
勇者様はどうにもなさりません。
おたくの王子様は軽く一つ溜息をついて、苦笑。
私の額を小突きながら言いました。
「レオングリスは従弟でも母の甥…外戚だから、俺が死んでも王位が転がり込むことはないな。
既に現時点で公爵位にいるし、これ以上身分が上がることはないんじゃないだろうか」
「まさかのスルー!?」
今度は、シズリス青年からの驚きの声です。
驚嘆と顔に表し、青年達は戸惑いまみれ。
「で、殿下…? ご自分のことをそう言われて、何の反応もナシですか?」
「あー………今更、かな」
「殿下…???」
どうやら彼らの知る『殿下』から変貌を遂げたらしい勇者様。
進化したのか退化したのか、どっちでしょうね。その変化。
いきなり自分の死がどうのと話題にされても平然とする、その姿。
全く気にしていない勇者様が彼らには違和感たっぷりのようです。
まあ、勇者様にはこのくらい、もうツッコミを入れるほどでもないのかもしれません。
ただの会話扱いを受けて、普通に返されてましたし。
周囲の反応から自分が思った以上に遠いところへ行ってしまったことを悟ってか、勇者様はなんだか遠い目をしていました。
「じゃあ、このレオングリス少年が王位につくことはないとして。
勇者様がお亡くなりになったら誰が王位につくんですか?」
「………話題を引っ張るな」
「なんだか気になっちゃいまして。少なくとも今のままなら、勇者様の正式な帰還は叶いそうにないですし」
「いたた…今、胸が抉れるかと」
「ずばっといっちゃった☆」
「無邪気に言わないでくれ…」
「それで、誰がつくんですか?」
今度はよほど答えにくい質問だったのか、勇者様も押し黙ります。
私達のやりとり…私の傍若無人な態度も放置の、勇者様。
気の置けない仲間同士みたいなやりとりに、貴族青年達は唖然としていましたが…。
貴族少年の方は、あっけらかんと答えにくいだろう質問の回答をくれました。
「あにうえが王位につけない。その場合、戦争が起きます」
「え?」
「周辺諸国を巻き込んで、国家間での戦争になります」
「なんでまた…」
「もちろん継承順位の頂点にいるのは、あにうえただ一人ですが。ここ数代、王家の子供は一人か二人という事態が続いてしまったせいですね。国内で最も王族の血を濃く継ぐ貴族よりも、他国の王族(複数)の方が血統的に王統に近いんです」
「それはそれは、親戚がだいぶ拡散しているんですね」
「ええ、政略結婚の結果です。お陰で最有力である世継ぎのあにうえに子供がなく、また後継者を指名せずに亡くなった場合、泥沼になりますよ。我が国と血縁に当たる他国の王家が騒ぎ出して諸国を巻き込み、戦争となるでしょう」
わあ、洒落にならない。
「うっわ勇者様責任重大! 勇者なんてやってる余地あるのー?」
言ってしまいますが、いつ死んでもおかしくないお役目だと思うんですけど。
…まあ、なんだかんだ勇者様は死にそうにないですけどね。
なんだか、結局は最後か、最後の寸前まで生き残りそうな感じですよね。
現に今だって、それなりに魔境に順応しているような気がしますし。
私の言葉を臆面通りに受け取ったレオングリス少年が、神妙に頷きます。
「あにうえが勇者となることは、神の託宣ですから。我が王国が人間の盟主国であるのも、神の啓示を受けられる国だからこそ。現代に至って神の奇跡を残す国は殆どありません」
神々が地上を去り、影響を今でも受ける国はとても少ないんだそうです。
魔境にいればたまに見かける神様も、こっちじゃ伝説ですからね。
その神々が直接的に関与する国は、本当に少なくて。
主な代表例が、この勇者様の国。選定の女神。
神の奇跡を有し、資源も国力も豊か。
勇者選定という重要な役目があるため、今では侵略もない。
その重要性故にどこの国も手を出さない。
けれど、手に入るのなら喉から手が出たって欲しい国…だ、そうで。
うわー…勇者様、大変な国に生まれましたねー。←超他人事。
そして、だからこそ。
「あにうえには一刻も早い成婚と、お世継ぎ誕生が望まれているんですが…」
王国貴族の困った視線が、勇者様に殺到。
しかし。
「…………………」
勇者様は明後日の方向へと、冷や汗だらだら流しながら必死に視線をそらすのでした。
勇者様にとって、結婚は死活問題ですからねー…。
どうやら結婚をせっつかれまくっているらしい勇者様の、顔色は死体のように青かった。
「………無理なものは、無理なんだ」
ぼそっと聞こえてきた呟きは、顔の青さそのままの切ない響きを有していました。
学友達の紹介は、待て次回☆




