157.脱衣
リアンカちゃん、暴走中(笑)
…勇者様が、えらい目に。
………芸者遊び的な意味で(爆)
俺が駆け付けた時、そこには果たして――
そこは庭園の一画の、大噴水前。
ふんす……確か、噴水前。
………けっして、あんな馬鹿みたいに大きな樹は生えていなかった。
――そこには、混沌が広がっていた。
駆け付けた俺の姿を見つけて、リアンカが跳ね起きる。
それまで気怠げに、しどけない有様でベンチに寝そべっていたようだが…
その際どい衣装で裾が捲れてたりすると、かなり心臓に悪いから。
見た目的にはしたないから、止めような? 足見えてるからな?
良く知りもしない、第三者。
男の傍でなんて姿をしているんだ!
「あ、ゆーしゃさまだー♪」
「リアンカ…事情を説明してもらおうか」
「今少し予算と猶予がいただければ…」
「いや、何の話だ」
「駄目ですよぅ、勇者様。そこは「弁解は罪悪と知りたまえ」って返さないとー」
「………何かのネタ、か?」
「あはははははっ」
…駄目だ、話が通じない!
俺は絶望いっぱいの気持ちで、目の前の事実を確認していく。
………正直、認識したくないんだが。
一番、目立つもの。
樹。
樹が生えている。
……大きな噴水が、あったはずの場所に。
良く見ると噴水の名残は残っているんだが、どう見ても樹に呑みこまれている。
樹は噴水の池から威容を誇る幹回りで生え、隆起した根は池の全体を侵略している。一部は池の囲いを突き破り、そこから池の水がびしゃびしゃと溢れ出ていた。
そ し て
真っ直ぐに伸びた樹の、枝葉から。
何故か芳しい香りと酒気を帯びた水が樹の下に降り注いでいるんだが………
あれ、酒? 酒だよね?
「リアンカ、あの樹は?」
「私が生やしました!」
「王宮の庭園に、勝手に樹を増やすな…! それで、あの樹の名称は!?」
「『酒の成る木』ですよ?」
「酒が果実のように成って堪るか…!」
「ですが現に、噴水の清水を吸い上げ、極上のお酒に変換して還元していますよー? あの樹、水気がたっぷりある場所じゃないと育たないんですよね♪」
「それは生成じゃなくて、精製じゃないか…?
………いや、それよりも何勝手なことをしているんだ!?」
「えー…きっと喜ぶ人いますよ! なにしろアレ、私の御先祖様の大酒豪がまぁちゃんのひいひいお祖父様に土下座で作ってもらった曰くつきの植物ですから!」
「勝手に酒の湧いて出る樹なんて生えたら、王宮の規律が乱れるだろうが…!
やりたいことが絡むと碌なことしないな、アルディーク家!」
「大丈夫! アレ、四十八時間経ったら勝手に種を残して立ち枯れますから!」
「痕跡が残るじゃないか! 追及の声に俺は何て答えたら良いんだ…!」
思わず叫んでしまった俺の前で、リアンカは心底おかしそうに笑っていた。
つい、頭を抱えて蹲ってしまうのは、既に条件反射に近い。
いつもは蹲ると、どん底まで落ち込んで欝々としてしまうんだが…
上目づかいに、ちらりと。
リアンカの顔を窺ってしまう。
「勇者様、どうしました?」
その呑気な問いかけが、複雑な心境を呼び起こす。
眉間に皺が寄るのを自覚しながら、もう一つ気になっていたモノを指差した。
「………アレ、は?」
「え、なんですか?」
「アレは、なんなのかな……まさか、カツアゲか?」
「まさかー(笑)!」
リアンカが、言う。
だけどそれ以外に、何と判断しろと…?
指さす、先。
俺の視線が向く方向には………
複数。数人の、男達。
五人か六人かの青年達が、湯だった…いや、酔った様子で突っ伏していた。
――半裸で。
………どこからどう見ても、身包み剥がれているんだが。
改めてリアンカの全身に目を配っても、着衣の乱れはどこにもない。
その点には、ほっとした。
だが……なんで、こんな状況に?
そもそも何故、彼らは半裸なんだ…。
答えを知っているだろう相手への眼差しが、自然と険しくなる。
「リアンカ?」
「…ふっ 勇者様、野球拳って知ってる?」
ヤキュウケン?
なんだ、それは………野球拳? 格闘技の一種、か…?
「その、想像もつかないんだが…どういう技だろうか」
「ジャンケンして、負けた方が一枚ずつ脱衣していく脱衣ゲームですよ☆
今回は変則ルールで、負けた方は服を脱ぐ、勝った方は酒を呑む…という形式で戦ったら、こんなことに♪」
「●◇●△●!!?」
……自分の口から、何とも形容し辛い声が出た。
何だか、リアンカ達と知り合ってからこういうことが多い、な…
………って、現実逃避している段じゃ、ない!
「脱衣って、脱衣って…! 君は王宮の片隅で何やってんだ!?」
「群がる猛者を一網打尽に返り討ってやりましたが」
「戦歴のことを聞いている訳じゃないからな!?」
「えー…でもこの衣装、一枚でも脱いだらえらいことになるんで、負けられないなぁって頑張ったんですよー?」
「それ以前に、そもそもそんなことをするんじゃない!」
な、なんてとんでもないことをしているんだ…っ
風紀の乱れどころじゃない、よな!?
「リアンカ、女性がそんな危ない遊びをしたら駄目だ。彼らはリアンカにとっては知らない相手だろう! そんな相手と脱衣ゲームだなんて…危険すぎる!!」
「一応、私も全員を相手取るのは無茶だと思ったんですよー。だから、彼らにはそれぞれで勝ち抜き戦やってもらって、勝ち上がった一人と勝負になりました」
「どちらにしても男を無用に挑発するんじゃない!!」
もう一度、言おう。
なんで、こんな状況に………?
何があって彼らは集まり、そしてそんなゲームが始まったんだ…
「そういう気分だったんです」
「「気分」で貞操を危険に晒したら駄目だ…!」
「大丈夫ですよ、だって勇者様のお国の方々なんですから」
「………その根拠のない、危う過ぎる信頼は何に由縁するんだ」
「だって国が同じってことは、勇者様の同類でしょう?」
「文化風習が同じだから、似通った部分がないとは言わないけど…」
「つまり、勇者様の同類=へたれってことでしょう?」
「リアンカ、君いま、物凄い暴言吐いたからな!?」
俺に対しても、国に対しても、そして我が国の男性全てに対しても!
あまりの暴言に、眩暈がしそうだ…
「えー…でも、実際こっちの国で出会ったお兄さん方って…」
納得がいかない、という様子のリアンカ。
出会ったと言っても、そんなに何十人も交友関係が増えた訳じゃないだろうに。
そんな少ない出会いでも、へたれという言葉の似合わない者達がいただろうに。
「………スピノザ、レオングリス」
「あー…」
「……………ヘルバルト」
「……ごめんなさい、勇者様。私、間違ってたんですね」
そう言って素直に納得されたことを、俺は喜ぶべき…なんだろうか。
いや、こうして納得を得られたんだ。
今ならリアンカに反省を促せる。
それでよしとしておくべきだ。
「それじゃあ、自分がどれだけ危険なことをしていたか…分かるね?」
「はい…衣装に異常な執着を持っているかもしれない方の衣服を剥がせるなんて……とても、残酷な仕打ちでした」
「え、そっち!?」
どうしよう…リアンカの反省が、斜め上だった。
君は本当に納得したのか…?
俺は、もう一度深く頭を抱えたくなった。
どうしていつも、リアンカはこう危機感に欠けるんだ……
魔境における、絶対的強者による過保護環境。
そこで育ったリアンカの危機意識に対する弊害に、俺は本気で頭を悩ませた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
苦悩の眼差しで、私を見る勇者様。
やだ、そんな目で見られたら悪戯したくなっちゃう☆
私はにこっと勇者様に笑いかけ、
……………その腰帯に手をかけました。
私達の住むハテノ村では、そんなに長くない帯をきゅっと結ぶ衣装が多いけど。
………勇者様の正装って、長ぁくて薄い妙なる色合いの帯を幾重にも巻き重ね、色彩に深みを出しているんですよね。
最初にあの帯の長さを見て、私は一瞬思ったことがあります。
思って、そこで留めてたんですけど。
うん、なんだかすっごくやりたいな☆
敢えてやらない、という選択肢が…なんだかとっても無駄に思えてきました。
やりたいことがあるのなら、やらないでどうします!
できなくなってから後悔しても、遅いんです!
だから。
私は勇者様の帯の端っこを、強く強く握りました。
「…リアンカ?」
嫌な予感でも、覚えたのでしょうか。
勇者様が不審な眼差しを向けてきます。
でも、今はそんなことは無視、しちゃって!
――いざ!
私は渾身の力で勇者様の帯をぐいと引張り、同時に軽く突き飛ばしました。
「!!?」
「そーれ、よいではないか、よいではないか~?」
「ちょ、リアンカ!? 何するんだ君は……って!?」
「勇者様、そこは「あ~れ~、ご無体な~」でお願いします!」
「なに馬鹿なことを言っているんだ、君は…!!」
踏み止まろうと、咄嗟の一歩を出した勇者様は流石です。
でも一本足状態の時に、強引に回転の動きを加えたら…
結果はご覧の通り。
人間独楽回しの実現です。
「天よ、ご照覧あれ♪ 私は今、とても凄いことをしています!」
「り、リアンカっ! 君、酔ってるだろう…っ!?」
「酒は飲んでも飲まれるな! 私、酔ってないもーん!」
「いや、酔ってる…! 絶対に酔ってるーっ!!」
………勇者様の帯、本当に長いな。
半分涙目の勇者様。
しかして、一度付いた回転の勢いは中々止まらないのでしょう。
転ばないようにと、勇者様が咄嗟に足を動かしてバランスを取ろうとするんだけれど…ある意味、そのお陰で回転が止まらないとも言えます。
転んで倒れ込んじゃえば、いくらなんでも回転止まるのに。
勇者様が律儀に立っていて、回転に耐えるから…。
………まあ、水浸しの地面に倒れたら酷い有様になっちゃうので、勇者様の選択は致し方のないことですが。
くるくるくる~っと。
勇者様独楽は綺麗な回転を私の目の前で披露し続けました。
やがて勇者様の帯は全て私の手の中へと渡り。
最後の最後で引っ張る力にスピンが効いて、更に綺麗に勇者様が一回転。
常人ならとっくに倒れていないとおかしい回転数に見事、耐えた勇者様。
彼は最後のターンを決めると、しっかりと両足で踏ん張……
………ろうとして、膝の力が抜けたのでしょう。
へにゃりと崩れ落ちそうになり、慌てて手近のベンチに倒れ込みました。
「リアンカ…っ いきなり何をするんだ!」
「おおぅ…流石は勇者様、物凄く色っぽい」
「!? ちゃ、茶化してるのか!?」
「いえ、混じり気のない本気ですが」
「本気は本気で、なおさら複雑なんだけど!」
服装は帯を取られたお陰で上衣が乱れ、脱げかけて。
そんな様子にじっとりとした眼差しを向けてくる勇者様は…
うん、なんだかとっても色気がありました。