144.泣く子には勝てない
まぁちゃんが大変なことをやらかした結果、大変なことになります。
あと勇者様も大変。ロロイも大変。
義理も何もないけれど。
どうやら御先祖様の関係者。
…となると、多少は面倒を見た方がいいのでしょうか。
問答無用で攫われた訳ですが、こちらの要求(言語改正)は素直に呑んでくれるし、攻撃してくる訳でもないし。
気付いたら、恐怖はどこかに吹っ飛んでいました。
あと、遠慮も。
えーと、竜の鱗を溶かす薬ポーチに入れてたよねー?
「取り敢えず、情報を整理しましょう」
「『フランが、まともなことを…!?』」
「待って。貴方の印象では御先祖様ってどうなってるんですか」
「『どうだと…? その厚顔無恥ぶり、変わりもしないか』」
ちょっと情報が古い様子が見受けられる為か、何だか私の保護者達に遠慮なく「薙ぎ払え!」とは言い辛くなってきました。
まだ絆されてませんけどね!
絆された訳じゃありませんけどね!
取り敢えず、私を狙った訳じゃないのは確かです。
なんという壮大な人違い…。
それ以前に、御先祖様の時代から何千年も経ってるんだから、人間だったら死んでいるはずと思い至れ。
ちょっと怖くなくなってきたからか、その間抜けぶりが目に付きます。
「さて、ここでドラゴンさん。貴方に残念なお知らせがあります」
「…?」
「フラン・アルディークは死にました」
「!!?」
間違ったことは言っていません。
ええ、間違ったことは。
だけどなんか天の国で御先祖様の御霊は超元気っぽいことを言わないだけです。
「『何を言うのかと思えば…貴様はまた世迷言を』」
「あれ、なんか頭のおかしい人みたいな目で見られてる」
「『おかしかろうよ。死んだのであれば、貴様はなんだ』」
「この至近距離で顔合わせて、まだ間違え倒すの!?
よく見よう! 年齢性別体格髪型、全然違うから!」
「『………はて? だが気配は全く同じだが』」
「今さりげなく、御先祖様と同類宣言された!?」
どうしよう…この竜、私にツッコミ入れさせよる。
というか、視覚で判断していないのですか…?
ああ、そりゃ……色々と問題あるなぁ。
「良いですか、私はリアンカ・アルディーク。フランの子孫、つまりは血縁です。何世代隔ててるのか、数えるのも気が狂いそうですが! でも血が繋がっていることは確かで、だから気配が似ていてもおかしくありません!」
「『納得いかぬ…如何に血縁であろうと、ここまで気配が似るのは異常』」
「今度は異常者扱い!? 上等です、鱗のない卵肌にしてやります」
「『!? フランが、殴らない…だと!?』」
「………御先祖様。貴方はどれだけ手が出る人だったんですか」
いっそ殴らないとおかしい、みたいな目で見られるんですが…。
え、と…期待されても、私に御先祖様級の戦闘力はありませんよ?
空の上で、私は戸惑い。
そして空の下では。
私が竜との会話に困っている、その頃。
地上ではある種の修羅場が発生していました。
私の見ていない隙に、なんてことに…!
「てめぇら…邪魔する、その覚悟はあるんだな?」
「まぁ殿、頼むから血迷っている自覚を持ってくれ!
正気に戻ったら、止めたりなんかしない…!」
「むしろ止めようにも敵わないし。本当に早く正気に戻れよ。
リャン姉が待ってんだから!」
「煩ぇな! 俺は可愛い妹分に手を出す馬鹿には隕石降らせてぶつけて粉微塵にするって急務があるんだよ!!」
「それをやったらリアンカまで粉微塵になるってことを思い出してくれ!!」
→ GO FIGHT!!
勇者様&ロロイ VS 魔王のまぁちゃん
地上では、勇者様と子竜が魔王様とENCOUNTERしていました。
こ、こんなところでよもや宿命の対決勃発…っ?
これは…誰かが、死ぬかもしれない。
というか、うん。
勇者様がんばって、超頑張って。
私が粉微塵になる、そんな未来を阻む為に…!
隕石とかそんなん、私、耐えられないから! 死んじゃうから!
「ど、ドラゴンさん…私がフランかそうじゃないかの論議は今は置いておいて、一先ず地上に降りませんか? ね、そうしましょう!?」
「『なんだ、その…まるで懇願でもするような口ぶりは。何を企んでいる』」
「いやいやいやいや…っ 企むとかそれ以前に、魔王がこっち狙ってますから! このままじゃ私と貴方は心中一択!」
「『マオウ…? とは、なんだ?』」
「!?」
こ、このドラゴン………一体どこの世間知らずですかー!!?
「ち、ちなみに魔族はご存知ですか…?」
「『魔族……ああ、東の果てにいる、強き者達だろう』」
「よかった、知ってた…! これで知らないなんて言われたらどうしようかと!」
「『あの強者と見れば勝負を挑み、猛者と聞けば死闘をふっかける者共よな。だのに弱者…特に子供には好々爺以上の甘き面を見せる。強き者との勝負にかける執念が貪欲すぎて恐ろしいと、魔獣の間でも噂で…』」
「魔族、昔から習性変わってないんですか…いえ、変わらないから、習性?」
「『それでその魔族が如何した』」
「その魔族の王様が、こっち狙っちゃってるんですけど。
ドタマ吹っ飛ばされる覚悟はできてますか? ちなみに私はできていません」
「『魔族の、王…!? 成程、それで【魔王】か。成程』」
「その理解力で、どうか空気を読んで天然さん…!!」
取り敢えず、私を道連れにするのは止めてください…。
私が竜の世間知らずに頭を悩ませている間にも、修羅場は加速しています。
それに比例して、勇者様の命も縮んでいそうです。急激に。
「はっ…その程度か!」
「ぐっ…ふぅ……っ う、腕が…」
「このまま千切ってやろうか。それとも増やしてやろうか」
「待て。千切るはともかく、増やすって何だ。増やすって」
「イソギンチャクの触手を植手してやるよ…!」
「やめてぇぇぇえええええええええっ!!」
あ、勇者様…本気の悲鳴。
空の上でも大音声は悠々届いて、私は驚いてびくっと。
竜も、今更ながらに下界が気になったようです。
何をしているのかと、困惑気味に眉間に皺が…
地上では、試合場の上に死屍累々。
ロロイが血を流して倒れ、勇者様がまぁちゃんに踏み潰されかけていました。
姿勢がうつ伏せなので、よくわかりませんが…勇者様、血反吐はいてない?
背中に、まぁちゃんのおみ足。
そして背中側に引っ張られる右腕は…気のせいじゃなければ、折れてますね。
まぁちゃんったら、本気でキレてるっ!
もはや敵味方の区別もつかないのか、仲間でも容赦する心のゆとりがないのか。
いつもの鷹揚なまぁちゃんは、ここにはいません。
ここにいるのは、溺愛する我が子を奪われて怒り狂う化け虎です。(比喩)
でもね、ちょっっっと…やりすぎじゃないかな。
私は深く息を吸い込み、肺の中・腹の中の空気を全部使って叫びました。
「まぁああああちゃんっ 私の可愛い弟分に何やって!? あと勇者様が可哀想です!!」
私の叫びは、届いたでしょうか?
反射的に身を起こし、こちらを見上げたのはロロイ。
「リャン姉ぇ…」
あれ? なんか意外に大丈夫そう。
流石、真竜……頭からだらだら血を流しているのに頑丈です。
そして私の声に呼応した子が、一人。
「ぴ、ぴぇえええん…っ」
その泣き声が響いて、刹那。
まぁちゃんが動揺から、盛大に転びました。
頭からいったよ、頭から。
こう、ずしゃぁあああって。
「せ、せっちゃん…!?」
声も狼狽していて、ひっくり返ってあらビックリ。
私達の視線を一身に集め、魔王妹が泣いていました。
「ね、ね、姉様ぁ……あに様が怖いの怖いのー!」
「!?」
まぁちゃん大ショーック!
顔面が、蒼白になりました。
「せ、せっちゃんっ ごめん! ごめんな! 兄が悪かった、な? 悪かったから!」
「ぴぇぇぇぇ…ロロが痛そうですの! 勇者さん可哀想ですのー!」
「怖かったな、怖かったなっ? でももう怖くないぞ!? いつものあに様だ、ほら、なっ???」
「うっうっひくっ……ふえぇぇぇぇんっ」
「主様を泣かせるなんて…! まぁ兄さん、貴方はお兄様失格です!!」
「あ、あに失格…!? そんな! あ、兄は、兄は…っ」
絶望したような顔で、まぁちゃんが人事不省に陥りました。
リリフ…ぐっじょぶ。
思わず強く拳を握り、親指立てて功労を讃えちゃいます。
でも、せっちゃんはまぁちゃんの実妹です。
いままで十五年、ずっと一緒にいました。
今更まぁちゃんがキレたくらいで、ドン引きして泣いちゃうような子では…
リリフが、こちらにサムズアップし返してきました。
「……………」
どうやら、リリフが何か手を回した…のかな?
何か、入れ知恵したのかな…?
……うん、そうみたい。
こういう時、リリフはよく状況を見ているなぁと感心します。
「リアンカ…っ」
感心の眼差しを、下界に注いでいたら。
驚くほど近くから、凛々しい若者の声がしました。
「え、勇者様…!?」
驚き見やったそこに、予想通り声の持ち主。
痛々しいまでに無残な、そのお姿で。
そんな満身創痍で、ここまで来ちゃったんですか…!?
驚くほど竜に接近した、そこ。
地上を遥かに離れた空だというのに。
そこに、背に黒い翼を生やした勇者様が飛んでいました。
か、カンちゃん融合ver.―――!!
傷が痛むのか、ちょっとよろよろしていたけれど。
でも確かに、そこに勇者様がいました。
私を、助ける為に。
「ゆ、勇者様ー……っ」
む、無理しないでー!
あの傷だらけの体。
血塗れ姿を見ると、私のためにごめんなさいとちょっと申し訳なくなります。
九割は、確実にまぁちゃんのせいですけどね…!
でも私のために傷を負ったことは確かで。
しかもそんな身で、我が身を省みず、休みもせずに。
まぁちゃんに隙が生じた機を狙って、助けに来てくれたんですか!
私、実はそんなに切羽詰ってないんですが!
…ちょっと、いや本気で申し訳なくなりました。
だって勇者様、本当に酷い有様だったんですもん。
えっと、大きい怪我は…右腕折れてますね。気のせいじゃないなら、左足も。
あと全身に裂傷…あ、肩打撲してませんか?
顔面にも殴られた後が………
……………まぁちゃん相手に、よく生きてましたね。
そんだけぼこられたら、上手に急所を逸らしても殺されるレベルだと思うんですが気のせいでしょうか。
それとも勇者様の耐久力とか、回復力とか、その他諸々のステータスが知らない間に上がっていたんでしょうか。
もしかして、これも修行の成果…?
本当に、日々の弛まぬ努力って奴はちゃんと効果が出るんですね!
何だか感動しました。
「リアンカ、いま助ける…っ」
感動して、反応が遅れました。
私が呆然としていたから、それを恐怖によるものと思ったのでしょうか。
叫ぶ端から、勇者様の麗しのお顔が血に染まり…か、喀血ですか。
え、これ…喉? それとも内臓にきた…?
内臓だったらやばいですよねー…?
まぁちゃん……貴方、どれだけ勇者様を痛めつけたの?
申し訳なさで緊張が走ります。
お陰でがちがちに緊張しちゃって、体が上手く動きません。
ああ、勇者様に心配要らないって言っていいのかな?
そんなこと言ったら、せっかく助けに来たのにってがっかりしない!?
怖くて、どう反応したものか…わかりません。
私の萎縮する姿に、猶予はないと思ったのでしょう。
本当に、我が身を省みない勇者様。
その姿に、ちょっと良心が疼きます。
右腕を折られて、剣が握れない。
だけど力の入らない身でも、全身で竜に気迫をぶつけて。
勇者様が背の翼を力強く羽ばたかせました。
頑張れ勇者様…滞空制限時間十五分!
この高さです。
墜落したら人生お終いです。
これも一つの条件反射。
敵意を持って向かってくる個体に反応して、竜が身動ぎ…
その口が、大きく広げられて。
ドラゴンブレス!?
「させるかっ」
手の中に私がいますからね。
それもあって攻撃は、圧倒的武力のドラゴンブレスに頼ろうとしたのでしょう。
でもそれを読んでいたと、言うように。
勇者様がかろうじて無事な左腕で、竜の口に何かを投げ込みました。
あれは………なんか、見覚えあります。
なんだっけ? 考えて、すぐに思い当たりました。
あれは!
「私お手製の強盗撃退スプレー!?」
原材料は魔境の劇物指定済み災害級激辛唐辛子五種類+魔境最強のアルコール『竜殺し』+時間(半年物)。
危険なので原液は人体に直接使用しないで下さ…い………。
あの瓶は、確か原液です。
劇ヤバ級の。
瞬間。
ドラゴンが、火を吹きました。
比喩ではなく、本当に。
そしてそれは、どう見ても準備されていたドラゴンブレスとは別物でした。
目が、ドラゴンの目が………白い。
うわぁ………卒倒してる!
ゆるゆると空に滞空していたドラゴン。
だけど気を失ったら、どうなるでしょう?
A.墜落する
B.墜落する
C.墜落する
D.墜落する
どう考えても、墜落一択ですよぉぉおおおおお!!?
ドラゴンは、墜落しました。
私は、今度こそ死んだかと思いました。
魔王の怒りはメテオブレイク