130.武器適正ランクSS
有る意味、伝説の武器との出会い(笑)
問答容赦無用で襲い掛かってくる、熊の毛皮に新妻エプロンの蛮族美少女。
そんなどう考えてもおかしい相手の振り下ろしてくる棍棒(流木)を捌きながら、勇者様は美少女を睨みつけます。
一際強い力で振り下ろされてきた棍棒。
ですが大振りの攻撃は威力が高くても、隙が大きいものです。
アドレナリンゴンザレフは武器を振り上げると同時、牽制も行っていましたが…
勇者様に、小手先の技は通じません。
むしろこの隙を待っていたと。
そういわんばかりの鮮やかさ。
勇者様が鋭く打ち込んだ、重く鋭い一撃。
それがマジカル☆じじいの手元から、棍棒を弾き飛ばしました。
そして生まれた、間。
この隙に攻撃すれば良いのに、勇者様は紳士だから…
アドレナリンゴンザレフは、張り詰めた顔でじりじりと下がります。
弾き飛ばされた棍棒を、回収しようとしてかチラリと視線を送りながら。
勇者様は勇者様で、アドレナリンゴンザレフと距離を取り。
…そして、頭を抱えながら深々と溜息をつきました。
アドレナリンゴンザレフの猛攻を捌くのに気をとられ、余裕がなかった。
だからでしょう。
今になって距離と猶予が生まれて。
勇者様は顔を上げるとカッと目を開き、まっすぐアドレナリンゴンザレフに指を突きつけました。そりゃもう、ビシィッと!
「なんなんだその服装は…っ!!」
勇者様の顔は、服装や振る舞いに煩い厳格な頑固爺の顔になっていました。
「何だ、君は! 憲兵隊に喧嘩を売っているのか!?
公序良俗って言葉を知っているのか! 猥褻物陳列罪でしょっ引くぞ!!」
常識を考えろ、常識を!と。
叫ぶ勇者様は、まるで口煩いお父さんです。
だけど注意を受ける方のマジカル☆じじいは素知らぬ顔。
「はて、猥褻物陳列罪…なんのことじゃろうのぅ」
「その姿で、ちゃんと服を着ていると言うつもりか…!」
「着ておりますぞーぅ。着ておりますとも。
気になるんでしたら、めくってもよろしいんですぞー?」
「くっ…なんて汚い開き直りだ!」
ぴら、とエプロンの裾を摘まむアドレナリンゴンザレフ。
その様子は、勇者様がその最強装備に手出しできないと分かった上でやっているのが丸わかりです。
ふぉっふぉっふぉと笑いながら、アドレナリンゴンザレフが余裕を取り戻した顔でゆっくりと後退します。
エプロンの裾を摘まんでいると、勇者様が動けなくなることを踏んでいるのでしょう。確かに汚い。
でも勇者様…!
貴方は負けないって信じてる!
このくらいの汚さ、魔境でとっくに体験しているはずでしょう!?
私は真摯な思いを込めて、ぎゅっと組み合わせた手に祈りを込めました。
お願いします、勇者様。勝って下さい。
じゃないと貴方に賭けた金額、666,666が無駄になる…!
ちょっと水の泡にするには惜しい金額です。
私の願いが、通じたのでしょうか。
一歩も動けなさそうだった勇者様ですが、やがて心の整理がついたのか。
それとも、踏ん切りがついたのでしょうか。
彼は、覚悟を決めた顔で…一歩。
強い目線で見据えたまま、アドレナリンゴンザレフに歩を向けました。
そうそう簡単に、揺るがない。
そんな覚悟が、勇者様の顔をより一層凛々しく、神々しく見せます。
観客席から、勇者様の美貌に魂を飛ばして失神するお嬢さんが続出しました。
……………救護班は大変だ。
そして勇者様の清涼感ある美声が、いつにない気迫を伴って会場に響きました。
「これ以上、我が国主催の公式行事で風紀を乱させる訳にはいかない…!
あなたには、ここで退場してもらう!!」
…………………女の観客さん達の、黄色い悲鳴が耳に痛い。
アドレナリンゴンザレフも若干頬を染めているのは…私の見間違いでしょうか。
「じいじー! なに頬を染めているんだ!
色気か!? ライオット殿の色気にやられてしまった訳か!?」
「若! 人聞きの悪いことを言うのは止めてくだされ!
じいは、じいめはそんなつもりなど…!」
「だが実際に顔が赤いじゃないかー!」
「放っておいてくだされ! じいは、今のじいはまだ乙女なのですじゃ!」
「実年齢****が何言ってるんだ!」
「若! じいの実年齢暴露は止めてくだされ!」
………見間違いじゃなかったようですね。
実際、顔が赤くなっているようです。
にしても…実年齢、何歳か何故か聞こえなかったんですが……
それでも四桁だということだけは分かりました。
じいやさん、本格的に人間じゃありませんね…。
でもそんな人外じいやさんまで赤面させるなんて…流石勇者様。
勇者様自身は物凄く居心地の悪そうな顔で、顔をしかめていましたけれど。
「大公殿下、貴方にもこの試合が終われば王宮に戻っていただく…! そこで護衛の者達に泣かれる覚悟を決めて、大人しく待っていていただこう」
「……………うぐ」
じいさやん赤面というネタを振り払うように勇者様が宣告すると、今度は変態大公が喉に何か詰まったような顔で、ぎくりと身を竦めました。
まあ、身に疾しいところがあるのは変態大公の方ですよね。
しかし絆の強い主従愛なのでしょうか。
アドレナリンゴンザレフが、まるで大公に注がれる勇者様の視線を遮るように、向かい立ちます。
「このじいめがいる限り、若には手を出させませんぞ…!」
「そうだ、あなたを倒す方が先決…だな」
再び睨み合う二人。
牽制する為でしょうか。
アドレナリンゴンザレフが、威嚇する猫みたいに唸っています。
ですがそれだけで、勇者様を止められるはずもない。
接近戦になれば強いのはどちらか…
今までの立ち回りで、アドレナリンゴンザレフは悟っているようでした。
そう、なんだかんだ言っても、勇者様の方が強いと。
私にはさっぱりわからなかったんですけど、まぁちゃんが「勇者の方に軍配がある。いかれた言動に惑わされて中々力を出せずにいるっぽいけどな」って言っていたから確かですよ!
どんないかれた言動も、慣れてしまえば意味がありません。
そう言う意味なら、勇者様の順応性の高さは私達の折り紙つきです。
これ以上、小手先の惑わしで勇者様の攻撃は止まりません。止まる訳がない…!
それを悟っているからこそ、アドレナリンゴンザレフもあんなに張りつめた顔をしているのでしょう。
勇者様が、一歩を踏み出す。
はっとした顔で、きゅ、と唇を噛締めるゴンザレフ。
近寄らせてなるものかと、マジカル☆蛮族は手を突き出しました。
「*******!!」
待て、魔法少女どうした。
蛮族の付きだされた手の平から、握り拳大の雷が…
光の速さで勇者様に襲い掛かりました…!
「………むぅちゃん、あれって?」
何か、私の知らないラブリー魔法(爆)でしょうか。
むぅちゃんは神妙な顔で一つ頷き、答えてくれました。
「雷系の初級魔法だね。人間の国で結構広く普及してるヤツ」
「……………」
飛び掛かってくる雷を、紙一重でくるりと避け、追撃もステップを踏みようにしてかわしていく勇者様。
でもその顔には釈然としない顔。
納得いかない。
そんな、顔に書いてある表情そのまま、勇者様は叫びました。
「まともな魔法が使えたのか! だったらさっきまでの奇行はなんだったんだ!? 最初からそっちを使え、そっちを!」
「さっきまでのアレは…趣味です!!」
「悪趣味だな!!」
「はっきり言われると照れますのう」
「褒めてないからな!?」
そう叫びあう間にも、勇者様を追尾して攻撃して行くサンダーボルト。
このままでは埒が明かないと勇者様は剣を抜き、雷の球を真っ二つ!
流石魔境の鍛冶師、トリオン爺さんの作です!
勇者様の腕も凄いのでしょうが、雷を切り裂くなんて並大抵じゃありません。
ですが相手も息をつかせる気はないとばかりの猛攻が始まりました。
次から次に人間の魔法を発現させていきます。
「☄☄☄☄☄☄♐♐♐!」
あ。
光属性使っちゃったよ。
光の矢かぁ…普通なら、避けるのも大変な速さで光の矢が突っ込むけど。
相手は勇者様だしなぁ…。
ああ、ほら。
やっぱりね。
→ 勇者様に光の矢が襲いかかる!
ミス!!
勇者様は攻撃を喰らわない!
「!?」
驚きにアドレナリンゴンザレフは目を丸くしますが…
光属性が強く、陽光の神に加護を受ける勇者様は、光属性の耐性も人外レベル。
完全無効化が発動しています。
勇者様自身も魔境で知った己の適正をよく理解しているのでしょう。
向かってくる光の矢に対し、自分から額を突っ込ませて、頭突きで光を霧散させています。
「な、ならばこれは…!?」
まさか掻き消されるなんて、思ってもいなかったのでしょう。
予想外の無効化という結果に、魔法蛮族は動揺しています。
動揺のまま、アドレナリンゴンザレフが次に使ったのは…
「サンダーハリセー…ン………っあ!?」
微妙な沈黙が、湧きたっていた観客席を静かにさせました。
セコンド席の変態大公が、さっきの勇者様みたいな死んだ目をしています。
勇者様は、滑って転んでしまいました。
「……………むぅちゃん」
「あんな名前の魔法は、ないからね?」
「じゃあ………」
「うん」
アドレナリンゴンザレフ、呪文間違えましたね…。
きっと勇者様による動揺がもたらした結果、なのでしょう。
そっと痛いものを見る目で某蛮族を見ると、もたもたおろおろしています。
セコンド席の大公にも、
「違う、違うんですじゃ…っ
じいめはハリケーンって! ハリケーンって言おうとして…!」
…なんだか必死で弁明しています。
ですが本当に驚きなのは、これからでした。
ばち…っ
バチバチバチッ
何かの弾ける異音が、響きました。
そっと試合場から目を逸らしていた皆が、ぎょっと目を向けます。
そしてそこに具現化したものを見て、更にぎょっとしました。
試合場の、ほとんど中央。
丁度、勇者様とアドレナリンゴンザレフの中間くらいの位置。
そこの、中空に…
「わお…」
地上から丁度、二mくらいのところでしょうか?
そこに、紫雷を纏った………
ハ リ セ ン が、浮いていました。
きっと今、この場に居合わせた皆さんの心の声は一つでしょう。
――マジかよ。
よくよく、一致団結を誘う試合です。
その光景を目にした勇者様も、地面に膝をついた体勢のまま現実を信じられなくなったのか、一度ごんっと地面に額を打ちつけました。
でも。
アドレナリンゴンザレフが、ハリセンに向かって突撃します。
それを見た勇者様は血相を変え、がばっと立ち上がりました。
勇者様自身も、試合場の中央…ハリセンへと向かって駆け出します。
本気の疾走です。
ですが出足の速さで、アドレナリンゴンザレフが優勢…?
だけど勇者様は、本当に本気で。
まるで意地の様な速度を出し、最後には跳んで…!
その、ぎりぎりまで伸ばされた指先。
白い色にそぐわず、固くしっかりした指先。
勇者様の指が、アドレナリンゴンザレフとほぼ同時にハリセンへと達し…
指先に、引っ掛けるようにして。
次の瞬間には、勇者様の手にしっかりと握られていました。
ハリセンが。
そして。
「あほかあああああああああああああっ!!!!」
肺の中の空気どころか、腹の中の全て。
腹筋と胸襟と背筋。
その力の全てを糧としたような、大音声。
勇者様のかつてなく全力全開のツッコミが…勿論、ハリセンという天啓の如く勇者様にしっくりとくる武器と共に、マジカルな蛮族へと振り落とされたのです。
すっぱこーんっ
交差は、一瞬でした。
空中を駆け上がる様にして、全身の力で宙に跳んでいた勇者様が、アドレナリンの後方二mばかり先の地面に着地した、瞬間。
「あわひゃやややややあっ」
アドレナリンゴンザレフの全身という全身を、紫色の電気が駆け抜けた!
そのまま煙をぶすぶすと出しながら前のめりに倒れかけ、膝を突くアドレナリンゴンザレフ。
すくっと立ち上がった勇者様は、眉を吊り上げてびしっと未だ雷を纏い続けるハリセンを突きつけました。
「ハリセンをあなたから喰らおうものなら………納得がいかない…っ!
喰らうならあなたが喰らうと良い!!」
意地に賭けても、アドレナリンゴンザレフからは喰らわない、と。
掲げる武器はやっぱりどこからどうみても、ハリセン。
王子様で勇者様という絢爛豪華で煌びやかな肩書を持つ、勇者様。
だけど、どうしてでしょう?
勇者様のその身に、その武器はあまりにしっくりと馴染み、似合いすぎました。
「……………思いのほか、手に馴染むな」
どうやら本人も、違和感がないようです。
そんなことにちょっと、困った顔をして見せたりして。
勇者様は剣の存在を忘れたかのように、驚くほど手に馴染む武器をゆっくりと構えました。
うん、似合う似合う。
私の隣、まぁちゃんとサルファが発作で呼吸困難に陥るほどに、似合ってます。
勿論、笑いの発作ですがなにか?
まるで誂えたような、天に授けられたかのようなフィット感。
ハリセンを構える勇者様は、私が怯むほど強そうに見えました。
「どうしよう…今の勇者様には、敵う気がしない」
「う、ふぐっ………ぶひゃひゃひゃひゃっはふははははっ」
「サルファ、うるさい」
「ぐはっ…!?」
どうやら勇者様が強靭にして強大な脅威に見えたのは、私だけではない様子。
ハリセン喰らった魔法少女(爆)は勿論、変態大公も怯んだかのようで。
滲み流れる冷汗を拭いながら、大公が声を張り上げました。
「じいじ! 敵は強いぞ! 今こそ第二形態に強化変身だ!」
「アイヤーわかたアル!」
「おい、今明らかに返事がおかしかった…いや、何だその提案!?」
え、また変身すんの?
次は一体、何になるつもりなのか…
いきなり変身とか言いだしたマジカル☆じじいに、勇者様もぎょっとしています。今度はナニをやらかすのかと、顔が思いっきり引き攣っていますね。
ですがマジカル☆な主従は聞いちゃいません。
「アドレナリン✸チャージ!! エネルギー10%UP!」
あ、意外としょぼい…。
そう思ったのはきっと、私だけじゃない。
だけどしょぼい割に、見た目はしょぼくありませんでした。
むしろ、凄い…!
「ふぉおおおおおおおおおおお…」
お腹に響く、重低音の発声。
そして高ぶっていく気なんちゃらが、文字通り凄い気迫で可視化しています…!
ごおおおおおおおおおっと。
ごぉおおおおおおおおおおおおおおっっと。
マジカル☆の全身から、真っ赤なエネルギーが立ち上ります。
まるでめらめら燃えているよう…
高ぶっていく力に、しかし未だ完成しない充電率。
人間離れしたマジカル☆な方は、動くこともなく赤い光の柱と化しています。
私が勇者様の立場なら、この隙に好き勝手殴る蹴るの暴行を加えるのですが。
ん? 卑怯?
何とでも言えばいいと思います。
勝負の最中に、隙を作る方が愚かだと思うので何といわれようと気にしません。
ですが、勇者様はやっぱり私とは違います。
あの人は、正真正銘の紳士ですから。
「……………」
ああ、やっぱり。
黙して待つ気ですよ、勇者様。
こうして待ちの展開になってしまうと、律儀に待ってあげちゃう。
そんなお約束を律儀に守っちゃう、人の好い方なのです。
………が。
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおお………」
「「「「「……………」」」」」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……………」
「「「「「…………………」」」」」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…………………」
長い。
いや、本当に長すぎるんですけど…。
ああ、待っちゃうのね、と。
私達も勇者様に野次を飛ばすことなく、次の展開を待ちました。
…が、しかし。
アドレナリンゴンザレフがエネルギーの塊たる赤き灼熱の柱と化して、かれこれ八分くらい経ちましたけど。
まだ、充電終わらないんですか…?
え、勇者様まだ待つの?
忍耐、凄いなぁ…ここで殴っちゃえば、一気に決着なのに。
「ふぉぉぉおおおおおおおおおおおお…」
十五分、経過。
「ふぁぁぁぁぁああああああああああああああ………」
二十分、経過。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……………」
いい加減、痺れを切らしてきた私達。
動かざること山の如しな勇者様。
ですが、勇者様も人間です。
そしてその忍耐は、何時までも保つものではありませんでした。
――四十五分、経過。
そして決着は、つきました。
「おおおおおおおお………」
「い・い・加・減に……………しろぉっ!! いくらなんでも長すぎだ!!」
「っあぐふぁ!?」
とうとう待ちきれなくなった勇者様。
彼は、あまりに長すぎる溜め時間に顔を引き攣らせ…
その手に握っていた紫雷纏う、輝くハリセン。
耐えられなくなった勇者様は、ハリセンを振り抜きました。
その一撃は、容赦なく赤光の柱と化していたアドレナリンゴンザレフの頭部にクリティカルヒット★
そうして会心の一撃を受けたマジカル☆なナニかは霧揉み状態で吹っ飛んで……
滞空時間、六秒。
その後、地面に叩き付けられ、リバウンドして。
最後に変態大公のいるセコンド席に頭から突っ込み、その体は止まりました。
「「「「「…………………」」」」」
あまりといえば、あんまりな最後ではありましたが。
でも、しかし。
アドレナリンゴンザレフは、すっかり目を回して気絶状態。
こうして、勇者様の一回戦勝ち抜きは決定したのです。
「………この釈然としない気持ちは何だろう」
本人の心に、もやもやとしたやりきれなさを、どっさり残して。
勇者様の落とした溜息は、たいそう重い物でした。
戦利品:ハリセン
勇者様はハリセンをゲットした!
勇者様はハリセンを装備した!
ステータスが軒並み上がった!