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ここは人類最前線6 ~光を受けし人の国~  作者: 小林晴幸
御前試合 ~本戦開始~
130/182

129.まじかるまじかる

 足下を吹きだまる、風。

 緑色というよりも立ち枯れた木々のような茶色い空気の中。

 絶賛死んだ目継続中の勇者様。

 そして相対する何もかもが謎のマジカル☆蛮族。

 決戦の火蓋はとうに切って落とされ、戦いの時間が仰臥する。

 後はただ、圧倒的な武にて雌雄を決するのみ――


 ………という状況に、納得のいっていない方が、一人。

 

「この展開………ぜっっっっっっっっったいに、おかしいだろ!!」


 当の戦う張本人、勇者様です。

 溜めすぎ溜めすぎ。

 勇者様、力溜めすぎでしょう。

 かく言う私も、展開の異様さにまだ全然ついて行けてませんけどね!

 でもですね、勇者様。

 勇者様は戦う、誰が何を言おうと明確な当事者でして。

 そんなことで勝てるんですか?

 時としてド汚くならないと勝てない。それが勝利。

 勇者様は果たして、あのマジカル☆蛮族に勝つことができるのでしょうか。

 私は、色々な意味で目を離す事の出来ない試合に、ごくりと息を呑みました。


「じいじー!」


 ふと唐突に。

 マジカル☆じじい(サイド)のセコンド席から響く声。

 誰かなど考えるまでもありません。

 現在のじいやさんは爺という言葉からは程遠い…むしろ真逆の姿ですが。

 変身前であっても、彼のことを「じいじ」と呼んだ人は私の知る限り一人です。

 そう、セコンド席にいる、あの人。

 ある意味アドレナリンゴンザレフとお似合いの主従。

 ペルアシェールのグレスィガム大公殿下、ただ一人。

 彼は、あの動き出したら止まらなさそうなマジカル☆ゴンザレフに何かアドバイスでもあるというのでしょうか。


「じいじ…っ 高ぶり荒ぶる感情を抑え、気を高めるんだ!」


 …なんという。

 予想以上に胡散臭いアドバイスに思わず吹き出しそうになりました。

 気って何、気って。

 私も思わずあの変態大公をガン見しちゃいました。

 だけど勇者様も思わずそっちに視線が行っちゃったようで…


「気って………って、グレスィガム大公殿!?」


 あ、お知り合いだった。

 考えてみれば当然ですが、面識があるのも納得ですよね。

 私達は気楽な御身分なのでプーよろしくぷらぷらやってるだけですが、勇者様はこの国では公務(おしごと)があります。

 それは政務もそうですが、中には社交の割合もかなり大きめ。

 そんな中、他国の大使と交流があるのは考えるまでもありません。

 むしろお祝いしてもらう式典開催国の世継なんですから、全ての大使という大使に御挨拶される身分です。

 そういった経緯で、あの変態大公を知っているのでしょう。


 信じられない場所で、いるはずのない…いちゃいけない人を見た。

 顔にそう書いてあります。

 目をまん丸くして、チラ見程度に確認するはずだったのでしょう。

 ですが今やガン見しています。


 相手は他国の偉い人。

 こんなところのセコンド席にいるなんて誰が思うでしょう。

 というか警備の関係上、絶対にいちゃいけない位置ですよね。

 勇者様に聞いた話ですが、警備のばっちり万全整った貴賓席に他国の大使様用の観覧席も用意されているそうですが…

 大公、超最前線でかぶりつきのセコンド席。

 こんなところに異国の王族がいるとは、誰が思うでしょう。

 しかも見るからに怪しくいかがわしい、まじ狩る☆仙女アドレナリン☠ゴンザレフのセコンド席になんか。

 私が変態大公の国の偉い人なら、国の威信をかけても身内だと秘匿したいような強烈なキャラですよ。

 でも、変態大公はその辺を秘匿するつもりもないようで。

 見るからにオープンでした。


「うむ。ライオット殿下よ…我が自慢、第一の配下が相手だ!

存分に戦いなされぃ!」

「配下って………こんな怪しい人材、どこから引張って来たんだ!?」

「む? 召喚した」

「ってまた召喚魔法か!? どこの悪魔と契約したんだ!」

「出身か。ふむ、どこだったか……じいじ、出身はどこだったか?」

「ふぉっふぉっふぉ…じいめの故郷はただでは教えられませんぞ」

「…って、その風貌で翁言葉か!」

「どうも癖でしてのぅ。かれこれ、二十年近く使っていますじゃ」

「ははは…っ召喚契約した時、俺のお願いが『おじいちゃんが欲しい』だったんだよな。当時五歳とはいえ、今となると恥ずかしいお願いだ」

「わぁかぁ~…じいめは頑張りますぞぉ~」

「ああ、しっかりな!」


 わあ、じいやさん美少女になっても口調のイントネーションが完璧おじいちゃんだぁ………なんて不似合い(ミスマッチ)


「クソっ…どこからツッコミ入れろって言うんだ、この主従!」


 ああ、それにほら。

 勇者様がツッコミどころのあまりの多さに処理能力低下しているみたいですね。よくあることですが。

 いつも言っているのに。

 気付いた端からコツコツいれれば大丈夫だよ!って。

 でも私がそんなアドバイスをするには、この距離は遠すぎます。

 ………私達もセコンド席にいるべきでしたね。

 それだったら、試合だって超特等席で見ることが出来たのに。



「話はそろそろよいでしょう…」

 ゆらり。

 アドレナリンゴンザレフの体が揺れました。

 大公に対しては完全に爺さん言葉だったのに…今の発音は若者風でした。

 もしや、本気になったんでしょうか…。

 空気がまた、微妙な変化を見せます。

 私達はごくりと息を飲み、成り行きを見守るのみ。

 正直、歯痒いと思うこともありますが…単純に、先が見逃せなくて面白い。

 ただただ観戦に徹し、たった一人だけで戦わせるというのも時々なら素敵ですね。試合なら、審判が頑張れば大事に発展はしないでしょうし。

 ………しないよね?

 しかし色々と未知数の相手がそこにいます。

 あ、ちょっと不安になってきた…。

 

 ざし…

 重く、踏み潰す全てのものを粉砕し、磨り潰すような足音。

 緊張感が戻ってきたのでしょう。

 勇者様も油断なく、剣を構えます。

 全方位、どこからの攻撃にも備えられるよう。

 流石に戦いなれているからか強いからか、勇者様の構えは無駄な力が一切入っていないし、気負いもなくて綺麗です。

 格好つけた、見せ掛けだけの美しさじゃありません。

 ただ、そこにある。

 まるで自然物のような、無理やり整えられた感のない美しさ。

 雄大な大自然(暴走気味)に抱かれて育った身としては、自然体の美しさに好感が持てます。


 …が、今は不自然全開なアドレナリンゴンザレフが私の視線を独り占めしようと視界を毒していくというか。

 アドレナリンゴンザレフは両手に構えた棍棒(流木)も雄々しく、「ふぉぉぉ…」と謎の呼吸法で息を整えています。

 正眼に構えられた棍棒が、向かう先は当然勇者様。

 そして、アドレナリンゴンザレフは叫びました…!


「まじ狩る☆みらくる★きぃーーーっく!!」


「いやいや距離があり過ぎだろう!」


 勇者様の空かさず放たれるツッコミ!

 その言葉通り、勇者様とアドレナリンゴンザレフの間には張っ倒した人間三人分くらいの空間。そんな離れた距離で小柄なアドレナリンゴンザレフが蹴る仕草をしても、ただ中空を蹴るだけ………と、思われましたが。


「その体どうなってるんだぁぁぁあああああああっ」


 勇者様、絶叫。

 

 何が起こったのか、私もちょっと吃驚して言葉が見つからないのですが…。

 アドレナリンゴンザレフが空を蹴った瞬間、アドレナリンゴンザレフの棍棒が怪しく不気味な紫の光を放ちました。


「みらくる☆ちゃーじ! みらくる★きぃーっく(立中K)!!」


 その、 瞬 間 。

 ありえないことが起きました。


 ………伸びたよ、足が。


 え、やっぱ人間じゃないの。人間じゃないんだよね。

 一歩も移動していないのに、軽々勇者様に届こうかという前蹴り。

 勇者様は驚きに一瞬動きを止めるも、そこは戦いの中で培ってきた感覚と危機回避能力が働いたのでしょう。

 とっさにしゃがみ…いえ、スライディングで物凄い速度で伸び届いてきた足を掻い潜るように避けました。

 流石勇者様、ナイス反射神経…。

 これが生半可な相手であれば、驚きから立ち直ることも出来ずけりの餌食となったことでしょう。

 しかし今、避けた勇者様に利点があります。

 相手は未だ前蹴りを放った姿勢です。

 リーチの長い攻撃を放った分、足が戻ってくるまでに少し猶予があるようです。

 それはつまりどういうことか。

 ………つまり、足が伸びている間は片足一本立ちで姿勢を保たないと倒れる、ということで。

 勇者様はスライディングと同時に、行動に移っていました。

 身を大きく起こすことなく、スライディングの勢いを殺さずに低い姿勢を保ったまま、前方…アドレナリンゴンザレフの本体を目標と定め駆け抜ける!

 過剰に傷つけないためでしょう。

 いつの間にか剣は鞘に収められ、両手でそれをしっかりと握り締めています。

 今すぐにでも、それで誰かを殴ることはやぶさかではない、と示すように。

 そうして。

 魔境で散々修行して鍛えた勇者様の反応速度と、単純な速度自体にも凄いものがありました。

 足音を殆ど感じさせずに目標へと迫った勇者様は、アドレナリンゴンザレフの眼前へといつの間にか迫っていて。

 そのまま低い姿勢から、殆ど頭上に近い位置…未だ片足一本立ちで立ち尽くすアドレナリンゴンザレフの頸部を狙い、鞘ごと剣を振り上げたのです…。

 ですが。


「くっかぁ…」


 ……ミスっ!

 なんとアドレナリンゴンザレフは足元から放たれた攻撃が当たりそうになるや、敢えてわざと体勢を崩し、自ら倒れこむことで勇者様の攻撃を避けたのです!

 ですが元々姿勢に乱れたところのない勇者様。

 迎え撃つ彼は、初撃を避けられてもまだ余裕がありました。

 いえ、もしかしたら余裕なんてなかったのかもしれませんが、私には常と変わらないように見えたのです。

 虚勢かもしれませんけどね!

 本当は攻撃避けられて、衝撃受けてるかもしれませんけどね!


 倒れた姿勢から転がって勇者様との間に距離を作り、身軽に体勢を持ち直すアドレナリンゴンザレフ。

 身構えた彼…彼女?彼?は手に持った棍棒をまるでバトンのようにくるくると回し、勇者様に警戒の目を向けています。

 勇者様は誰がどう考えても、油断ならない相手です。

 アドレナリンゴンザレフの顔にも、真剣な色しか見えません。

 …その姿や言動が、如何にふざけていても!


 くるくるくるくるくる…っ

 棍棒(バトン)の回転率が上がり、それとともに光を発し始めます。

 きらきらきら…っとまるで星屑が飛び散るように。

 そうして。

 魔法少女(爆)は再び呪文を唱えました。


「まじかる☆みらくる! どめすてぃっく☢ばいおれんす!!」


 きゅららららっ✮

 

 今度こそ間違いなく、発光を強めて音まで発し始める棍棒。

 前回のどめすてぃっくばいおれんすで棍棒が光りかけた気がしたのは、気のせいじゃなかったんですね…。

 セコンド席で、変態大公が叫びます。


「そうだ、じいじ! お前に必要なのは堪え性だ!」


 どうやら前回は呪文の発動まで待てずに殴りかかっていた模様。

 喧嘩っ早い魔法少女(?)もいたものですね。

 ひかりはますます強まり、勇者様も固唾を呑みます。

 この隙に攻撃すれば良いのに、とも思います。

 でもそれをしないのが、多分勇者様の勇者様たる由縁。


 そうして、高まった光が収まったとき。


 そこには、全く姿の変わらないアドレナリンゴンザレフが………あれ?

 いや、変わってますね、姿。

 顔も背丈も、体格も皮膚の質感も変わっていないけれど。

 頭から被っている熊の毛皮も、流木っぽい棍棒も変わっていないけれど。

 でも確かに変わっていると、その姿をよく見て気付きました。


 なんだかとても、戦いの場には不釣合いな…。

 ある意味、とても邪悪な服装。


 それは白く全体的に面積はあまり多くない、ふわふわひらひらした布製品で。

 ふんだんにフリルが付けられ、レースもついていて。

 とても実用品とは思えないけれど。

 でもそれが何なのか、私達には一目でわかりました。


 そして会場の、全員の声が。

 その意思が、ピタリと一つになる。




「「「「「新妻エプロンか…っっ!!」」」」」




 そうとしか、言えない布製品。

 柔らかそうなそれは、アドレナリンゴンザレフの胴体…前を覆っていて。

 でも服装に他にも変化があったのでしょうか?

 エプロンの下に、服を着ているのかわからないのですが…


 ………ま、まさか裸エプロンじゃないですよね?


 アドレナリンゴンザレフの体の背面は、頭からお尻まで、いえ太腿まで、すっぽりと熊の毛皮が覆っていて。

 そして体の前面は白一色。

 その布切れの下に、着衣しているのか…否か。

 見ただけではわからない変化の有無に、誰もが目を見張り硬直しました。

 それは当然、勇者様だって。


「チャンス…! どめすてぃっく✮ばいおれんす!!」


 アドレナリンゴンザレフの棍棒が、勇者様へ向かう。

 硬直していた勇者様は、はっとしました。


「まさかエプロンを付けて家庭的な外見になったから、家庭内暴力ドメスティックバイオレンスだ…とか言わないよな!?」


 それならそんな攻撃、食らって堪るか、と。

 勇者様の剣が、振り下ろされる棍棒を弾き返しました。


 激しい、剣と棍棒の打ち合いが続きます。

 しかし互いに攻撃を避ける、弾き返すとしているので、両者互いにダメージはありません。

 だけど。

 この傍目にも異様な試合の行方…

 

 特にアドレナリンゴンザレフのエプロンのすそや、毛皮の縁がひらひら動きに合わせてゆれる度。

 試合を見守る私達は、誰もがはらはらし通しで…

 うっかり翻って、中身が見えちゃったらどうしよう。

 そんな恐怖から、私達は見逃すことも出来ずに彼らの戦いを見守るのでした。




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