12.謁見の間
前回に引き続き、謁見の間にて。
特に動きという動きもありませんが。
リアンカちゃん達の登場は、次回をお待ちください。
3/31 誤字訂正
一人場違いに追い詰められた錯覚を覚えながら、勇者様の精神がギリギリと削られていた。
削っているのは、実の父。
国王だ。
国王の何気ない問いかけが、勇者様の良識と生命力を削っていく。
相手は父として当然の質問をしているだけ。
それがわかってもなお、勇者様は過度のストレスで潰されそうだった。
悪気のない父親に、内心で申し訳なさが渦を巻く。
「王子、そなた此度は竜に乗って現れたと。そのような荒唐無稽な報告を受けているのだが」
「…陛下、それは真実にて」
「なんと! 真か!?」
目撃者、多数。
勇者様は間違いなく、竜に乗ってド派手な登場をかましています。
それを勇者様本人が肯定したので、半信半疑だった王の目が丸くなる。
「して、その竜は。場内の厩舎に、竜を収容したなどと報告は受けていないが…」
「厩舎にはつないでいないので、それも当然でしょう」
「何、野放しか!」
なんと物騒なと、父王の声に咎めの色が混じりこむ。
竜のような生き物は、人間の本拠地とも言えるこの国の王都で見られるものではない。
しかも、竜といえば獰猛と相場が決まっているというのが、彼らの共通意識で。
そんな物騒すぎるほどに物騒な生き物を放したのかと、咎めの色は強い。
しかし息子王子はその声に、心配無用と穏やかな声を続ける。
「ご心配には及びません。竜は、こちらにいます」
そう言って勇者様が掲げたのは、小さな壷。
光竜ナシェレットが封じられた壷だ。
その壷は、ふっくらとした胴に細く長い口が伸びていて。
胴部分に、鮮やかな彩色。
それは、なんだかにやけた顔に見える文様だった。
とてもとても、胡散臭いことこの上ない。
謁見の間を、いかがわしいものを見るような重々しい沈黙が吹き抜けた。
眉間にぐっと皺を寄せ、実の父たる国王が息子に真偽を尋ねようと声をかける。
「………、その壷に、か?」
「はい、この壷の中に封じてございます」
「……………今この場で、竜を呼び出すことはできるか」
「…………………」
勇者様は無言でついと目線を上げ、自分の周囲…
玉座を取り囲む、謁見の間の四方を見渡した。
「……どうか、ご容赦願いたく」
「何故だ?」
「………この場で壷から出すと、確実に十人からの人間が押し潰されます。
奥行き、高さはありますが…竜の巨体では、謁見の間を突き破り、壁を破壊することでしょう」
「……………」
え、竜ってそんなに大きいの?
実際の竜を見たことのない王様は、無言で押し黙る。
しかし近くで見れば明白なほど、その額から滝のような冷や汗が伝い流れていた。
安易に竜を出せと強制していたら、犠牲者が何人出ただろう?
部屋を突き破るほどの大きさならば、謁見の間に隣接する部屋にも被害が出るだろう。
瓦礫に押し潰される人間も出てくるかもしれない。
竜を出せなどと…今後は、野外以外でそれを言うまいと心に決める。
気まずい空気の中、話題を変えようと国王は慌てて他の話を振ることにした。
実は竜などよりもずっと気になっていたことがある。
聞く機会をうかがっていた、それ。
この期に聞いてしまおうと、王様は気まずさを隠すために咳払いひとつ。
「ああ…王子よ、聞きたいことがある」
「はい、なんなりとお聞きください」
口ではそう言いながらも、勇者様は思った。
どうか、当たり障りのない内容でありますように…!
答えに窮するような話題が、出てきませんように……!
しかし、勇者様の望みは無断に砕け散った。
返答に困る質問を、王様は何気なく口にする。
「その、王子よ」
「はい」
「この度、そなたが妙齢の美しい女人を供に連れ帰ったと聞いたのだが……それも、二人も!」
びしっ、と。
音がしそうな勢いで、勇者様が固まった。
それでも王子様の意地で、動揺を押し隠しながら何とか口を開く。
「は、もうご存知でしたか…」
彼女達のことを聞かれたらなんと答えるべきかと、めまぐるしく脳内が回転する。
一瞬、投げやりに。
以前まぁちゃんが言っていたネタで誤魔化そうかと血迷いかけた。
『--マジカル☆ランドの王様なんだ!』
いや、だめだ。
それは駄目だろう。
人生を投げ捨てることになる。
どうやら混乱と焦燥で自分の頭がやばいことになっていると、勇者様は今更自覚した。
だからこそ、これ以後はより一層の注意を払わなければならない。
ごくり。
無意識に、喉が溜まった唾を飲み込んだ。
「………それで、どうなのだ?」
「は?」
頭の中が混迷していた勇者様は、一瞬自分が何を尋ねられたのかわからなかった。
そんな息子の様子に焦れた国王が、不機嫌そうに息子を見下ろしている。
「何を聞かれているのかくらい、わかっておろう。そなたが、王子が女人を連れてきたのだぞ。
王子がこの世に生まれ、十九年。初めてそなたが自分から女人と関わったのではないか?
それとも、やむにやまれぬ事情があって連れてきたのか」
「…いえ、そういう訳では。誤解です、陛下」
「では、そなたが連れてきた女人とは、どういう関係なのだ」
さあ、勇者様にとって辛い時間の到来です。
真実を言うのは容易い。
しかし国王の目には明らかに、何らかの事情を追求しようとする期待の色がある。
浮かれ、無自覚に頬が緩んでいる。
何しろ女性に寄ると触ると恐怖に震えていた息子が、女性を連れて帰ったというのだから。
うっかり華やかなあれやこれやを連想して、国王の心は浮き立っている。
このような公式の場、衆目の前であるという状況も忘れているのだろう。
迂闊なこと、この上ない。
世継の王子の女性関係など、人目のある場所で聞きだすことではないだろうに。
国王がそうと認めた瞬間、事実がどうあれ「それが真実」となってしまう。
それに王子が肯定するようなことを言えば……
妬みから血の雨を降らせようと画策する者が出てもおかしくはない。
幸いなことは、そのような輩が出ても対処できる自信が標的サイドにあることだが…
しかしそんなものは、ただの気休めだ。
何とか話題を逸らしたい気持ちいっぱいで。
変な邪推が広まる前に、この場で後顧の憂いを断っておかなければ…勇者様の覚悟が、決まる。
勇者様は、王の求めに応じて口を開いた。
王に、己の思うところを告げるため。
さて、何と言おう?
勇者様が頭の中で逡巡したのは、一瞬。
だけど基本方針は既に立ててある。
嘘をつくわけじゃない。
それだけ心の支えに、後ろめたさに封をした。
「陛下、私や私が連れてきた者達にどのような邪推がかけられようと仕方のないことですが…
私はこの場で、はっきりと明言させていただきます。
私が連れてきたのは、魔境でも縁の深い大事な友人です。友人と、その従兄弟になります。
陛下がご期待されるような間柄ではありません」
勇者様の目はまっすぐで、曇りなかった。
「ふむ…」
勇者様を「ライオット・ベルツ」として育て上げた国王は、ううむと唸る。
相手は実の息子だ。
本人に自覚のない癖を、国王は知っている。
嘘が苦手で不器用な、この息子の癖を。
それを判断基準に、勇者様の曇りない瞳は真実であると判断する。
それと同時に、どうしようもないがっかり感。
折角、せっかく息子が女性を連れてきたと浮かれていたのに。
女に縁がありすぎるが故に、災難に遭い続けてきた息子。
婚約話でさえ、既に鬼門。
死線を潜り抜けて消耗する息子に、話を整えるのは無理だと匙を投げた覚えは遠くない。
この上は、本人の巡りあわせに期待しようと。
大国の王子でありながら、勇者様には自由意思が任せられている。
必要に迫られて。
自由恋愛主義を掲げるつもりは国王にもなかったが、仕方のない話。
嫁は自分で見つけてくるように言い渡しながらも、そんな日が来るのか常に不安だった。
いつか、いつかはと期待しながらも半ば諦めかけていた。
この息子は、果たして生きている間に結婚できるのだろうかと。
そして王国の次なる世継ぎは、いつか生まれてくることはあるのだろうかと。
国王は、いつかお祖父ちゃんになりたい。
一瞬、そんな甘い夢が叶いかけたかと思った。
しかしそれは砂上の楼閣。
砂の向こうの蜃気楼。
期待も甘く、脆く儚く崩れて行く…
政略結婚当り前の王侯貴族にあって、しかも引く手数多の息子を持つ大国の王でありながら。
こんなに息子の先行きと結婚問題に不安を感じている王が、他にいるのだろうか…
幸せな結婚をと、この上はささやかながら祈るしかない自分が歯痒い。物凄く歯痒い。
やはり毎日の礼拝は欠かせないなと、最後の神頼みの継続を国王は決めた。
勇者様の故郷では、愛の神への信仰心が日夜高まっている。
勇者様御一人の功績だった。
全身を苛むがっかり感に包まれながら、王は一縷の望みをかけて息子をじっと見つめる。
「しかし、王子の連れてきた女人は真に見目麗しいと聞く。
これからも、そなたとは何もないのだろうか?」
王様の期待が過分に含まれたお言葉だ。
しかしながら、それに勇者様が返したのは虚ろに遠い目だった。
何だか、凄く荒んで見える。
投げやりな訳ではない。
だが、どことなく捨て鉢な言葉が続く。
「陛下は御存知ないので仕方ありませんが…
あの二人は、間違いなく世界一の高嶺の花です 」
勇者は、素晴らしくきっぱりと断言した。
脳裏ではそう評した元凶…まぁちゃんが、きらりと微笑む。
そして思った。
この公衆の面前。
会話の内容がすぐに噂となる謁見の間。
誂えたように、今は聴衆もとびきり多い。
好都合なので、この機に他の男達にも釘を刺さねば。
さもなくば、大惨事が起こるかもしれない。
聴衆が多いのは、王子の帰還を聞きつけた者達が王子の顔を見ようと殺到した為で。
特に王子を慕う若い者が詰めかけていた。
即ち、興味本位で余計なちょっかいを掛けそうな好奇心旺盛な世代の者達が。
懸念を向けずにいられない若者の集団。
ちらりと視線を流し、勇者様は念を押すように強い口調できっぱり続ける。
「今回、私に同行してきた三人は魔境でも屈指の実力者(むしろ一人は世界最強)。
私も敵には回したくない者達です(それはもう、切実に)。そして彼らは、敵には容赦しません(斜め上の方向で)。生半可な覚悟で余計な手出しをすれば、その者は周囲を巻き込んで死ぬ目に遭うことでしょう(言葉通りの意味で)」
勇者様の顔は、悲壮なまでに真剣だった。
言外に漏れる本音の声は完璧に隠しながらも、何となく声音にニュアンスがにじんでいる。
変わらぬ顔色のまま、淡々と告げられる言葉の数々。
瞳に込められた無言の気迫が、他を圧倒する。
ここは勇者様の故国。
謁見の間にいるのも、勇者様の実力の一端を目にしたことのある者ばかり。
彼らの認識で言うと、勇者様の実力は化け物並だ。
その、勇者様が。
気迫を込めてそこまで言うのである。
国王は、背筋にぞっと得体の知れぬ悪寒が駆け抜けるのを感じた。
もしや、知らぬ間に洒落にならない客人を招き入れているのでは。
恐怖が、湧き上がりそうだ。
得体の知れない恐怖を紛らわす為、国王は再度会話の転換を試みた。
次に王が息子へと振った話題は、勇者様も忘れかけていた人物に関するもの。
サルファと、ムルグセストに関してだった。
一瞬、苦情かと思って勇者様が身構える。
だが、告げられたことは、ま逆の意味合いで。
「王子よ、サルファ、ムルグセスト両名を王国に仕官させる気はないか?」
「は……はぁ? あの二人を…ですか?」
思いがけない言葉に、勇者様は思わず素で答えていた。
まさかそれはないだろうと、欠片も予想していなかった言葉だ。
「……………」
ムルグセスト…むぅちゃんはまだ分かる。
彼は有能な薬師で、魔法薬を作れるほどの才がある。
魔力が乏しく、扱いに劣る人間の国。
こちらでは、喉から手が出るほど貴重で勧誘したくなる人材だろう。
しかし、サルファ。
サルファ………サルファ、なのである。
正直、欲しいと思う気持ちが勇者様にはさっぱりわからない。
素に戻ってしまったまま、素直に首を傾げてしまう。
欲しいか? あいつ。
勇者様は、今ほど父がわからないと思ったことはない。
遠い心の距離を、父親の方は気付いているだろうか…
直感的に、面倒な臭いを嗅ぎ取る。
以前なら気付かなかったような、勘が囁く。
ここは、自分で責任を負ってはならない。
勇者様は、率直に述べた。
「…あの二人は、確かに私の代理として、私が王国に遣わした者達です。
しかし彼らは魔境の住民。どこにも帰属せず、誰にも仕えていない者達です。
当然、私に仕える部下という訳ではありません」
「なんと、違うのか?」
息子の言葉に、王様の片眉がぴょんと上がる。
「頼みごとならば、聞いてくれます。しかし魔境の民は誰かに服従するのをよしとしない。
そして己の手綱は、自分以外に委ねない。
彼らを従えようと思われるのでしたら、直接本人と交渉するのがよろしいでしょう」
むぅちゃんはともかく、サルファの方は純粋な魔境の住人ではないのだが。
勇者様の中では、既に一緒くたに魔境のイキモノに分類されていた。
魔境の民は、囲い込んでも良いことはない。
窮屈と感じたら、囲いどころか囲い込んだ本人諸共木端微塵にしそうな危機感があるからだ。
そんなリアル爆弾、できれば生国に抱えてほしくないのだが…
勇者様の願いは、果たして国王に通じるだろうか。
「………王子よ、そなたがそこまで言うのであれば、そうなのだろう」
お父さんは、息子を無条件に信頼していたようです。
勇者様は、心の中で拳をぐっと握り締めた。
しかし、
「そなたがそう言うのであれば、士官の件は直接本人達と交渉するとしよう」
「……………ッ!?」
漏れそうになった悲鳴は、辛うじて喉を引き締めて食い止めた。
直接本人との、交渉。
え、やっちゃうの!?
交渉は自分の手を離れ、責任を負わないでいいはずなのに…
この湧き上がる不安感は、何だろう?
万一にも彼らが了承するとは思えなかったが…
もしもの場合を想起して、勇者様の顔が一気に青くなる。
そんな息子の様子に、国王は怪訝な気持ちが胸の奥から湧き上がるのだった。
どうやら王様の息子は、奇妙な地雷を人知れずいくつも持ち帰っていたようだった。
竜に仲間たち、彼が先行させていた代理など、尽きせぬ謎が湧き上がる。
そのことを会話の端々から悟り、王様の口がひくりと引きつった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「おい、オーレリアス。聞いたか」
「何を。主語を言わないか、主語を。そして読書の邪魔」
「あ、わりぃ…」
円錐形の不思議なお堂の中、オーレリアス青年はいつものようにこっそり読書三昧。
ここならば邪魔が入らないと目論んでいたというのに。
それを潰えさせてくれた、目の前の幼馴染を剣呑な目でじろりと睨む。
しかし邪険にされても、幼馴染の青年…シズリスは気にしなかった。
いつものことだからである。
だから、シズリス青年もいつものようにお構いなしに言いたいことを捲くし立てる。
「殿下のことだよ、殿下の! お前だって聞いているだろ?」
「殿下…? なに、殿下に何かあったのか?」
王族は数いれども、現在この国で殿下と短縮して呼ばれるのは限定一人である。
それは彼ら幼馴染二人の間でも同じこと。
いや、彼らだからこそ余計に、ただ「殿下」と呼ばう相手は一人しかいない。
ライオット・ベルツ
勇者の選定を受け、せっかちにも三日と経たず予定を切り捨て旅立った美形王子である。
その王子様と、二人の青年は深い関わりがあった。
「なんだよ、まだ知らないのか。どうせ今日も朝から此処で本でも読んでたんだろ」
「馬鹿を言わないでくれ。昼食に一度席を立っている」
「変わんねぇよ、ばか!」
「君に馬鹿呼ばわりを受けるなんて屈辱だよ。六歳の頃の黒歴史を君の妹達に言いふらすよ」
「やめてくださいおねがいします!!」
こんな感じの関係で、上下関係は確実にオーレリアス青年の方が上だった。
「それで、どうしたのさ」
「あー…! そうそう、そうだ! オーレリアス、殿下がお帰りになられた!」
「それを早く言え貴様ぁ!!」
今まで大事に抱え込んでいた分厚い百科事典を投げ捨て、オーレリアス青年がすくっと立ちあがる。
そうしてそのまま、朗報を持ち込んだシズリス青年を置き去りに爆走しようと走り出す。
いきなり走り出した幼馴染を慌てて追いかけながら、シズリス青年はにっこにこの満面笑顔だ。
「殿下がお帰りになられて、また、楽しくなるな!」
「楽しい、楽しくないじゃない。殿下がいれば私も共にいる。それが当然」
「わぁ、殿下コン!」
「変な造語を口走らないで。仕える者の立場として当然でしょう」
青年貴族シズリスと、オーレリアス。
二人は勇者様の幼馴染にして御学友という奴だった。
ついでに言うと、かつて勇者様に男色疑惑がかけられた時、共に風評被害を被った同志である。
「ところでさあ、オーレリアス」
「なんだ」
「殿下が、美少女を連れ帰ったって噂なんだけど。それも二人も」
「デマだろ」
「………だよ、なあ」
二人は、王子様が女性を連れ帰るなどあり得ないと信じて疑っていなかった。
→勇者は『物は言い様』をおぼえた!
小賢しさが15あがった!
言い訳スキルのレベルがあがった!




