128.腕比べ
次回に引き続き、まじかるなナニかが大活躍。
さてさて、相対する二人。
じじい→美少女という謎の変貌を遂げたじいやさんもとい、アドレナリンゴンザレフ(蛮族装備)。
対するは青コーナー!
我らがツッコミ☆勇者様は、いま…
虚ろな目で、アドレナリンゴンザレフを見ていました。
勇者様、目が死んだ魚みたい。
ノリノリできゃぴるんるん(死語)しているアドレナリンゴンザレフを相手に、そんな様子で勝てるんですか…!?
「………なんっか、あのマジカル☆じじい、どっかで見た格好だな」
「え、まぁちゃんまさかの知り合い…?」
「違う。…が、なんかあの格好に見覚えが……………ああ」
ぽむっと。
納得したと示すように、まぁちゃんが手に拳をぶつけました。
すっきりした面持ちで、フェンスに身を乗り出して。
外聞も気にすることなく、目の死んでる勇者様に向かって声を張り上げました。
まぁちゃんの美声は、野次や絶叫を切り裂いて勇者様へと辿り着いたみたいで。
そして声が聞こえた瞬間、勇者様はがばっとこっちに振り向きました。
「なぁ勇者! あの格好、お前が磯巾着に立ち向かった時の装備に似てねぇ!?」
果たして、勇者様の返事はすぐに返ってきました。
「言わないでくれ、まぁ殿! 考えないようにしてるんだから!!」
私は直接見た訳じゃ、ないんですが。
かつて私の託したおつかいに、なんと勇者様は本気で立ち向かってくれたらしく。しかし装備は万全といえず、止むを得なしに凄い恰好をしたとか…。
まぁちゃんは一言、こう言いました。
「蛮族」、と…。
そしてそんなマジカル☆じじい(?)の服装に、何故か大打撃を受けている勇者様。ここからだとちょっと遠いので分かりにくいですが…
どうやら、特にアドレナリンゴンザレフの武器…
流木っぽい棍棒に衝撃を受けているようですね。
立ちつくしたままだった勇者様は、やがて深まる苦悩に呼応するように自然と頭を抱え…
「くそっ…地味にトラウマに訴えてくる……!」
何がそんなに琴線に触れたのか、謎ですが。
どうやら私の知らない何かが、勇者様の心に潜んでいるようですね。
勇者様は本当に、精神的外傷が多いなぁ。
本当に凄く多いから、私の理解できない傷が十も百もあっても驚きませんよ。
傍目に、勇者様はとても試合どころじゃないように見えるんですが…
そう見えたのは私だけではないようで。
「殿下、お加減が優れないのですか…? 大丈夫でしょうか」
「心配しないで、いい…試合には、問題…ない……ないさ。うん、ない」
繰り返し自分に言い聞かせ、唱えるような口調ですね。
その時点でもう既に問題ないという言葉の信憑性は薄いんですが…
審判もそう思ったのでしょう。
より一層案じる目線が、ぐっさり勇者様を串刺しにする勢いです。
「もしも体調が優れないようなら…」
「いや、本当…大丈夫だから。ただ、動いていないと、この口を暴言が突いてしまいそうだ…早く試合を始めてもらえない…か………っ!」
何に気付いたのでしょう。
言葉の途中で、いきなり勇者様がはっとしたお顔。
険しい眼差しに眦もきりっと上がって。
難しい顔をまっすぐ、審判に向けます。
「審判! 対戦者が変身…本当に変身したのか、それとも摩り替ったのかはわからないが、当初の相手とあまりに様変わりしている。そう、年齢性別服装まで! 最早別人の勢いだが、問題ないのか!?」
あ。
言われてみれば。
うん、確かに。
通常の人間に変身ができるのかどうか。
ちょっとそれは、魔境基準で育った私にはよくわからないのですが…。
うん、探せばそんな人も普通だと言っちゃう地方があるかもしれないし。
でもいま、問題はそれが普通といえない場所に私達がいるということで。
この国の良識の基準であろう勇者様が、問題提起したのです。
ということは、この国で変身は普通じゃないことなのでしょう。
そんな、此処で。
しかも厳正なる試合の場、で。
変身って、ありなの?
それはもはや、試合の根本から覆すような問題提起。
そして透けて見える勇者様の本音。
『アレと…あの変態と戦いたくねぇ(まぁちゃん意訳)』
うんうん。どう考えても、アレと戦ったって碌な目に遭いませんよ。
一人ノリノリポージング状態で待ち構えるマジカル☆じじい(?)に、勇者様は盛大に嫌そうな顔をしています。
しかし、勇者様に下されたのは無情なお達し。
「あ、問題ないですよ。アドレナリンゴンザレフの名で登録されているのは、此方のお嬢さんです」
「さっきのお爺さんは度外視するつもりか…!?」
おおっと…!
審判、さっきまでのいろんな意味で目と心に大打撃☆なマジカル☆じじいのことをあっさり華麗に無視ですか…!?
すかさず勇者様が信じられないモノを見たと言わんばかりの顔で見つめます。
己の良識を前に、不正を見逃してしまったかのようなお顔です。
「さっきの老人ですか…しかし試合開始前のことですし。試合開始段階で登録者に間違いはないと確認が出来てしまいました。こうなっては我々も静観するほか…」
「くっ……お役所仕事か! いつか改善してやる…!」
勇者様が言うと、その場しのぎの洒落にはとても聞こえません。
そう言ったからには、実際にいつか改革を推し進めるつもりかもしれませんね。
そうなった場合、お役所には鬱陶しがられるでしょうが国民は大喜びでしょう。
前、人間の国々出身の村人が「お役人ってやつはよぅ…お役所仕事なんて、なぁ……」とお酒に身を浸しながら愚痴っていた記憶があります。
あの時は散々村長の父さんを相手に管を巻いていて、最終的には泥酔状態に陥ったから、家から摘み出したんですよねー。
まあ、私の生まれ故郷・ハテノ村にお役所なんてものは存在しないので、その苦労も苦痛も被った迷惑も、一切合財私には共感できないのですが。
ただ知識として、お役所とかお役人の怠慢に憤慨する人は結構多いらしいと知っているだけです。
でもそんなお役所に勇者様(王子)が革命を起こしてくれるなら、きっと国の将来は泥沼の政治不安とお役所仕事の更なる滞りに苛まれる暗黒の未来か、上手く改革が作用して一気に未来が明るくなるかの、二通りの未来が示唆される訳ですね。
ん? 私はどっちになると思うか?
勇者様のお国の未来がどうなろうと、現時点で知ることのできない未来なんてきっと考えるだけ無駄でしょう。なるようになるさ、といったところでしょうか。
そしてどっちになっても勇者様が過労死寸前まで働き過ぎて頭痛と胃痛と苦悩に苛まれると思います。
勇者様、ふぁいと!
勇者様の抗議虚しく。
自国の王子を相手に、押し切って知らぬ存ぜぬと言い張った審判も凄いですが。
ですがどうにもならないこととして、勇者様も覚悟を決められたようです。
蛮族系魔法少女(?)と、雌雄を決するその覚悟を。
………そういえば、結局あのじいやさんって性別どっちなんだろ。
「それでは第四試合――はじめっ」
あ、深遠なる謎に気を取られていたら、試合始まっちゃった。
どうでもいいことを考えるのは後に回して。
そう、今は勇者様の雄姿を目に刻む時。
ひっそり珍プレー好プレーに期待を寄せつつ。
笑いの発作を予感しながら、勇者様の試合を私は見守ろうと思います。
アドレナリンゴンザレフを警戒して出方を窺う勇者様に、さしたる間も置かずアドレナリンゴンザレフは攻撃に踏み切りました。
「いっくぞぅ! みらくるまじかる☆どめすてぃっく・ばいおれんす(呪文)!!」
「それもう呪文じゃない…! 直接的暴力だ!!」
アドレナリンゴンザレフは甲高いぶりっこ声で、呪文…
…呪文?を唱え、流木を振りかざします。
一瞬、流木がしゃらんら~っと音を発したような気がしました。
…が、きっと錯覚でしょう。
何だかそういったものも出そうな予兆は、確かにあったのですから…
音も光も出る前に、アドレナリンゴンザレフは流木を思いっきり振り下ろしたのですから。
アドレナリンゴンザレフは、流木の動きに合わせて再度叫びました。
「どめすてぃっく☠ばいおれんす(呪文)!!」
す、凄い………凄く、物理だ!
勇者様の脳天一本狙いで躊躇いなく振り下ろされた攻撃は、「物理!」と叫んでしまいたくなるほどに、物理攻撃でした。
まじかる(笑)もみらくる(爆)も、立ち入る隙がないでしょ…。
「まぁちゃん、ドメスティックバイオレンスってなんだったかな…私の気のせいかもしれないんだけど、家庭内暴力って意味の単語ととってもよく似てるね?」
「安心しろ。俺もそう思ったから」
手加減も容赦も一切が省かれた攻撃。
その予備動作で一瞬、魔法を予想したのでしょう。
結果的にそれがフェイントとなる形で、勇者様の防御が遅れます。
このまま受け止めるには間に合わないと踏んだのでしょう。
勇者様は、咄嗟に足を前に出しました。
そして魔境で鍛えた反応速度(主にツッコミ)で、がしっと!
がし、と…攻撃を振り下ろさんとしていたアドレナリンゴンザレフの両腕を掴みとりました。そのまま両者、力比べの様相です…。
………これ、私の知ってる魔法☆少女の戦いじゃない気が。
力比べって。
力比べって…!
しかも結構いい腕力持ってるご様子で。
なんと、あの八割がた人間やめちゃってる疑惑濃厚な勇者様と、拮抗してるんですよ…!?その対決はまさに一進一退。
どちらが先に足を退けるか…根比べにも似た、緊張感。
退けようとして、退けられず。
撥ね退けようとして、撥ね退けられず。
ぶるぶると互いの力が作用し合って、大きく震える腕。
身長差的に勇者様が上から押す形になっているのが、この場合は僅かながらも確かな優位性をもたらしています。
次第に勇者様の力が押してきだしたのでしょう。
歯を食いしばる魔法少女(?)。
力を収束できるようになってきたのか、震えの大きくなる魔法少女(?)に対し、勇者様の方はむしろ腕の震えも収まり、静止に近い安定感を見せ始めて…
……ですが、その決着をただ待ち、己の負けを受け入れるような諦めの良さはアドレナリンゴンザレフにありませんでした。
「みらくる☆きーっく」
蹴ったよ、あの女(?)。
互いに渾身の力を込めた、腕力比べ。
そちらの方に気がいきすぎて、足下が疎かになっていると見て取ったのか。
アドレナリンゴンザレフの直蹴りが、軽々放たれました。
木靴に覆われた爪先が、勇者様の弁慶の泣き所を寸分過たず狙っています…!
あのひと、わかってる…!
全く躊躇いのかけらもなく、急所狙いにきてますね。
しかし勇者様もただではやられません。
足の攻撃に気付いた瞬間、勇者様は逆にアドレナリンゴンザレフの注意が足元にいっているのを利用し、力比べ状態だった両腕を弾きます!
そのまま、弾いた勢いを利用してアドレナリンゴンザレフの死角に回り込もうとして…それを許さないとばかり、アドレナリンゴンザレフも勇者様に弾かれた勢いに身を任せ、全身のバネも乗せて後方へと大きく身を引きました。
風が一陣、吹き抜けていく…
熱くなってきた戦いの狂騒を、空気を冷ますように。
互いの動きも、表情や視線の変化も。
それらを目で確認できるほどの距離を、間に開けて。
勇者様とアドレナリンゴンザレフは無言で向き合っていました。
何時の間に抜剣したのか。
勇者様はその手に、剣を。
アドレナリンゴンザレフは、流木の棍棒を硬く握って…。
対峙する、二人の戦士。
彼らの張り詰めた緊張は、観客達の息をも詰めさせる。
そんな光景を見ながら。
私は首を深く傾げていました。
あれぇ…これって、こんな空気だったっけ………?
いつの間にか、いつものノリとテンションが消え去っていました。
しかしそれも、勇者様の対戦相手がアレだと思うと。
全て台無し感がするのは、仕方のないことですよね…?
まさかのナイスファイト。
しかして、その相手はあのじいやさんなんだゼ…?
今までにも数々強敵となりうるヤツはいただろうに…。