125.腐った復讐・卵編
前回の続き方から、まじめで真剣なバトルを期待している方、申し訳ありません。
やる気はあったんですが…実際に書き出したら、なぜかコメディ要素の方に走りました。
ええ、バトル展開どこいった状態です。
汚い手段に一日の長があるのは、やはりサルファの方でした。
フィーお兄さんも、頑張ったんですけどね…
「くらえ☆ シフィ君!」
「まて、ちょっ………それは駄目だろう!!」
「あっはー☆」
サルファが振りかぶって、第一球………腐ったトマト。
うん、どっから持ってきた…。
いつしか、試合は完全な泥仕合となっていました。
うん、物凄く傍目に美しくない光景が繰り広げられています。
真っ赤に染まり、腐臭を漂わせるフィーお兄さん。
臭いによって集中力が途切れがちなご様子。
これは堪らんと、そうフィーお兄さんも思ったのでしょう。
手段を選ばなくなったサルファを前に青い顔で逃げ回っとります。
そして次はこれ、と懐から次なる危険物を取り出すサルファ。
次は腐った卵のようです。
私は見ていられなくて、そっと目を逸らしました。
またなんでかサルファの命中率が半端じゃないんですよ。
無駄に小器用な奴の本領が、こんな嫌なところで発揮されて物凄く見苦しい。
「くそっ……全部が全部、くらってたまるか!」
しかしフィーお兄さんも、反骨精神豊かだったようで。
自分ばかり地獄を見てはやってられないと、攻勢に打って出るのでしょうか。
今まで以上になりふり構わず反撃に出ました。
「フィサル…っ」
「え゛…うわ、シフィ君たんま!」
問答無用でした。
最後の最後で、とうとう真正面から行きましたよ。あの騎士。
ダンっ
固く重々しい、人間の体重で出せるとは思えない音。
一歩の踏み込みから、フィーお兄さんは全力で、前へ。
前へ。
真正面からサルファに腐った卵×24を投げつけられても、全く怯むこともなく。
回避行動すら取らないので、全弾見事に命中してしまい腐臭が凄いのですが。
観客が総ブーイングで沸く中。
フィーお兄さんは最後の反撃…もとい、復讐に出ました。
ぐちゃ……
「うえぇ……………シフィ君…」
「不幸の御裾分けだ。自業自得だ」
そこには、黒づくめの忍者っぽい不審者に全力でガッシと抱きつく、若々しくも腐った卵とトマト塗れな騎士がいました。
うん、なにこの状況。
先程の人外級の戦いが始まったかと思った時よりも、私の中はずっと空虚に死んだ魚のような目で成行きを見守っていました。
しかし、結果がこれとは…
原因は、勿論ちゃんと分かっています。
サルファがまともに戦おうとしなかったせいです。
いえ、最初はちゃんと戦うかと思われたんですよ?
でも考えてみれば、あのサルファに真っ当に、まともに戦えなんて無理な注文だったのでしょう。奴は見事に、真剣という言葉も真面目という言葉も溝に捨ててくれました。
とにかく最初から、フィーお兄さんを煙に巻くことしか考えていなかったとしか思えない遊びぶりです。
というか懐から腐ったトマトだの卵だの出てくる時点で、明らかに仕込みを万端行っていたとしか思えません。
…そういえば試合に赴く前、何かこそこそ準備していたんですよね。
思えばあの不審行動も、対戦表を確認した後だったような気がします。
でも全力で嫌がらせすぎでしょう、サルファ。
奴は叔父さんのことが憎いのでしょうか…
そうでもなさそうに見えたんですが、ね…。
現状、見はるかす眼下、試合会場では筋肉質な腕でぎゅむっと抱きしめたサルファの黒い体に、全身をすりすりとなすりつけて腐った卵&トマトの恩恵を分け与える青年騎士様のお姿。
うん、腐ってる。
「や、やめてぇぇええええっ 気持ち悪っ いろんな意味で気持ち悪い!」
一方サルファの方は身内とは言え男にぬいぐるみの如く抱きしめられることに抵抗があるのか、全力で嫌がっていますね。
だけど密着し過ぎていることと、腕力の差でしょう。
頑張って引き離そうとして離せない叔父様。
そのごつい身体に、身震いしているように見えます。
「シフィ君、はーなーせぇぇえええええっ」
「お前も腐ったにおいを身にまとえばいいんだ…!」
「うわぁ、シフィ君…自棄になってる!」
そうさせたのはお前だと思うよ、サルファ。
見苦しい野郎二人の腐臭漂う抱擁は、最終的にサルファがフィーお兄さんの首筋に手刀落として夢の世界にさようならするまで続きました。
凄いガッツだね、フィーお兄さん。
どうやら彼は中々に執念の人だったようです。
こんな試合でいいのか。
こんな結果で良いのか。
これで幕を引いちゃって良いのか。
いろいろと、渦巻く言葉が躍ります。
観客席だって、期待していただけに物凄く微妙な空気。
試合の前半は良かったんですよ、試合の前半は。
でもそこで期待が高まっていただけに、この終わりに納得できていない方々も掃いて捨てるほど。
特に、フィーお兄さんに賭けてた人。
でも終わってしまったのです。
そう、終わってしまったのです。
こうして、何とも見苦しい戦いの果てに。
サルファに課せられた課題は、見事終わりを遂げたのでした。
…うん、本当にこれでいいのかな?
とりあえず、目覚めたら絶対に面倒なことになるだろう未来が確定でしょう。
審判に即刻退去及び強制入浴が申し渡されたサルファは、気絶したフィーお兄さんを見事な手際で荒縄を操り、その身柄を蓑虫風に纏めるのでした。
奴らの退場は、会場全員一斉のブーイングによって見送られました。
物凄く見苦しかったので、これを神様に奉納しちゃって良いのか関係各所が頭を悩ませそうなものです。
逆にいえば、サルファが次の試合を辞退しやすい空気。
そこまで狙っていたのでしょうか?
でもわざとそうしたというのなら………
物凄く癪なので、縛りあげてでも二回戦に送り出してあげようと思いました。
関係者の嫌そうな顔が、今から目に浮かびそうです。
なんとも釈然としないまま終わった、サルファの試合。
でも終わったら終わったで、今度は私達がそれどころじゃない感じです。
い、一刻も早く、勇者様の試合に駆けつけねば…!
まだ勇者様の前の試合だって始まっていないでしょうに、心が逸って焦ります。
私の胸は期待と、爆笑の予感で高鳴っておりました。
「待ってて、アドレナリンゴンザレフ…!」
「いや、応援する方間違ってるだろ」
そんなまぁちゃんの冷静なツッコミも耳に入らないくらい、私は謎めくヴェールに包まれた某選手のことが気になって仕方ありません。
ああ、貴方は一体、どんな姿をしているの…?
一目散に、勇者様の試合会場を目指して走り出しました。
「ちょ、リャン姉早い…!」
後ろから焦ったような声が聞こえた気がしました。
…が、きっと気のせいでしょう。
その、途中で。
駆け抜けようとした私の足が、ピタリ。
この勢いが止まる事態に遭遇するなんて、思いもしませんでした。
そう、試合会場へと行く、その途中。
私は、見てしまったのです。
「じいじ! じいじ、しっかりしろ…!」
「若……じいやはもう、駄目ですじゃ…」
「そんなことをいうな、じいじ!
お前が死んだら、誰が私のスヴェトニー(猿)に芸を仕込むんだ!?」
「調教師を雇いなされ。う………がくっ」
「じいじぃぃぃぃいいいいいっ!!」
「……………」
うん。なんだろう、あれ…。
何だかものすっごく、放置して行きづらい。
へにゃっと崩れ落ちた髪も鬚も真っ白な枯れ木のようなお爺さんに、取り縋って取り乱す若いお兄さん。
なんだろう、この光景…助けを求めてか、おろおろと見回すお兄さんに、通行人の誰もが視線を合わせることないよう、避けながら逃げて行きます。
「………今日は反応に困るようなことが多い日、なのかな」
何とも滑稽ながら、どうやら当人達は本気っぽい不思議な光景。
枯れ木のようなお爺さんはぐったりとしていて、お兄さんは抱きかかえるようにして上半身を起こさせ、その手をしっかり握っています。
「じいじ…っ お前が死んだら、俺は、俺は…!」
「若…ぁ このような老骨、捨て置いてくだされ…そして若は、若の覇道を……! じいはここで、野に咲く花となりますじゃ…」
「そんなことを言うんじゃない…っ 諦めるな!」
盛り上がってる。
ものすっごい、盛り上がってる…!
どうしましょう。
物凄く放置していきづらい。
ここで置いて行ったら、こんな面白光景、二度と見られないかもしれない…!
そう思うと私の足には根が生えたようになってしまいました。
瞳はしっかりがっちり彼らから逸らすことができません。
「ぐふっ…」
「じ、じいじ…? じいじ! じいじ、死ぬなぁぁああああああっ」
あ、どうやら状況は佳境のようです。
もう、我慢できない…!
私はもう黙って見ていることが出来ず、どう見ても面倒くさそうな柄に中々愉快そうな二人組へと、音もたてずに近寄りました。
ええ、ただの好奇心ですが何か?
そして、若と呼ばれる男性の背後からじっくりお爺さんのことを観察します。
ふむふむ、ふむ…。
「……………」
見れば見るほど、青年とお爺さんの反応が大げさとしか言いようがなくなっていきます。え、これってあんなに大騒ぎすること?
「……………そのお爺さん、ただの夏バテみたいですけど」
「…!?」
ばっと振り返ってくる、お爺さんを看取る体勢だったお兄さん。
私は至近距離から見下ろして、ますます確信を深めていきます。
これ、完全に夏バテですね。
それも現状既に日陰に避難し、水分を与えているようです。
応急処置できてるじゃないですか。
あの大騒ぎは、一体…。
私が微妙な顔で、見下ろす相手。
驚愕の顔で見上げてくる顔は、意外に幼く見えるけれど。
体がしっかりしているところを見るに、既に大人の男性じゃないでしょうか。
そんなお兄さんが、今までぎゃんぎゃん騒いでいた訳ですが。
今はただただ、私のことをぽかんと見上げているだけ。
その顔を見ていると、何故だか落書きをしてみたい衝動に駆られるのでした。
私がそんなことを考えているとは、知らないで。
お兄さんの震える指が、私に向かって…
「て、天使………っ?」
「……………は?」
前言撤回!
え、何この人。感性おかしくないですか。
今明らかに、私を見て言いましたよ!?
私を指して、天使って言いましたよ!?
よりにもよって、この私を!
節穴! なんて立派な節穴でしょう!?
血迷いすぎじゃないでしょうか!
落書きなんてしてる場合じゃありませんね!
私、今すぐ逃走したい気持ちでいっぱいです。
でもこっちから声をかけた手前があります。
このお爺さんを復活させないことには薬師の矜持に関わります。
だって薬師だもん! そら患者がいたら、逃げられない。
わあ、逃げられない!
いま、私は物凄~く後悔しそうな予感の中。
何だかとてつもなく厄介な相手に声をかけてしまったような。
そんな戦慄に囚われ、棒立ちになってしまうのでした。
青年と、老人。
南方国家ペルアシェールの大公閣下と、そのじいや。
そんな面倒くさい肩書を持つ相手とは、露知らず。
これが私と彼らの初接触でした。