11.孤軍奮闘
勇者様の、お里帰りによる第一の試練…!
(竜の墜落やら風呂騒動を除く)
今日はちょっと短め。
視点は客観的・勇者様・王様と三つの視点が入り乱れております。
高い位置の天窓から、昼の光が金色を帯びて降り注ぐ。
磨き抜かれた壁も床も、色褪せることなく以前と変わらぬ美しさを保っている。
以前とは張り替えられたらしいタペストリが、一際目立つ位置を占めている。
真新しいそれをちらりと確認して、間抜けな顔をさらしそうになった。
…硬直するかと、思ったけれど。
自分では固まらずに済んだと思ったけれど、現実にはしっかり表情が固まっていた。
何故ならそこには、勇者様自身の堂々たる姿がタペストリとして鎮座していたからだ。
恐らく、自国の王子が勇者という名誉ある任を与えられた記念として作られたのだろう。
そういうことを発起し、実行し、謁見の間という国の顔に飾る。
それをやらかしそうな人間にも、心当たりはある。
ある、が………全力で「畜生やられた!」と叫びたくなる心情を慰めはしない。
鋼の自制心で、動揺を示すのも叫ぶのも堪えはしたが………それでも。
それでもあのタペストリに乱された心は、どうしようもない。
新しく飾られたタペストリには、剣を持って凛とした横顔を見せる、自分の顔。
本当に、間抜けヅラを晒してしまいそうだ。
誇張という訳じゃないけれど、作った感を満載に感じてしまう、タペストリ。
謁見の間、一際目を引くソレは………どれだけ、衆目の目を集めるだろう。
自分で見ても、出来の素晴らしさがわかる。
だから、だからこそ。
凄まじく、肩身が狭かった。
帰還報告の為、謁見に臨んだ勇者様。
彼は今、顔から火が出そうな程の羞恥を感じていた。
それでも根性と、十九年の王子生活で培った面の皮を全力で駆使。
何とか表情を取り繕い、王子らしいすまし顔で進み出る。
入室を告げる先触れに、感嘆と期待の声を上げながら同席する者達が勇者様へと目を向けた。
一年ぶりに、目にする王国の宝とまで言われる王子。
見目麗しく、文武両道。
人格者であり、誰からも慕われすぎる程に慕われた完璧な王子。
かつてはその剣の腕で王国内に被害を及ぼす魔物の討伐に、王子本人が陣頭に立って尽力した。
この王国に、近隣の国々に。
彼のことを忘れる者はいない。
彼に感謝し、敬愛する者こそいても疎む者はいない。
つまらない逆恨みをする者も、時としているだろう。
しかしそれらを差して謂われ無きものだと、多くの者が口にする。
王国自慢の、宝。
王子でありながら勇者として選出され、長く国を明けていた彼が、ようやく戻ってきたのだ。
未だ本懐を遂げては、いないけれど…。
これが正式な帰還ではない、臨時のものであったとしても。
それでも王子としての勇者様を尊ぶ宮廷人達は顔を輝かせて歓迎している。
その過度な期待を全身で感じ取りながら、勇者様はかつての感覚を思い出していく。
王子として務めた、一年前の感覚を。
勇者様は謁見者に許される距離まで玉座に近づくと、促される前に膝をつき、頭を垂れた。
「第一王子ライオット・ベルツ、本日を以て帰還致しましたこと報告に参りました」
謁見の間に差し込む、天窓からの光。
それに照らされて、勇者様の金の髪が王冠の様に光り輝いた。
威厳ある声が、息子へとかけられる。
「面を上げ、楽にせよ」
王の言葉に、息子は素直に従う。
久方ぶりに、直接の体面。
一年前よりも一層精悍さを増し、何故か美しさも増した息子の顔。
その表情は、覚えている記憶よりもずっと大人びている。
まるで、世の苦難という苦難を試練に成長した男の顔だ。
息子の成長が、その顔を見ただけでも計り知れる。
王は、成長の他に特段変わった様子はないか…怪我や負の面はないか、目を細めて確認する。
…表情に力ないのが、いささか気にはなるが。
それでも、十分に公式の場に相応しく引き締められている。
息子に悪い面での変わりがないことを確認し、王は温かい声音で言葉を発した。
「突然の帰還ではあったが、そなたの帰りを嬉しく思う。よくぞ帰った」
「は、有難く存じます…」
謁見の間であり、公式の席。
仕方のないこととはいえ、親子とは思えぬ程に堅苦しい息子の言葉遣いが寂しい。
このしっかり者で、きっちりしていて、必要以上に立場と責任を知る王子。
その大人びた仕草と隙の無さが、親としては寂しい。
しかし王としてはそれで良いのだと頷かずにいられない。
内心の小さな葛藤をいつものことと押し隠し、しかし少々の茶目っ気を籠めて王は声をかける。
「そなたが魔境から数人の仲間を連れ帰ったようだと聞いているが…その者達はいないのか。
王の城に留まろうというのに、王に挨拶もないとは。この場に連れてこなかったのか」
「無理です」
勇者様は、王の言葉にきぱっと即座に返していた。
それはもう、見事なまでの反射で。
「…は?」
しっかりと立場を認識し、身分相応の振る舞いを心がける王子。
そんな認識にそぐわない言葉を、今聞いた気がする。
聞き間違いかと、王の眉間に皺が寄り…
「………はっ」
王子本人が、その瞬間我に返った様に息を呑んだ。
誤魔化す様な咳払いが、続いて聞こえてくる。
王は思った。
あれ? なんか自分の知ってる息子とちょっと、違う?
どうやら予想外の方向へ成長していそうだという現実の一端が、目の前にちらついている。
しかしそれがたったの一度では、王も未だ気づかない。
咳払いを止めた勇者様が、真っ直ぐに顔を上げて真摯に言いつのる。
「…彼等は魔境の出身であり、私達が当然とする礼儀作法を知りませぬ。
それに強行軍となった長旅の疲れがあり、謁見で見苦しい姿を晒さずにはいられないでしょう。
後々、私の方から紹介の席を設けさせて頂くので、どうかこの場はご容赦願いたく…」
それは咄嗟に考えた言葉では、なかった。
謁見に臨む前から、勇者様が真剣に考えた言葉だ。
そう、連れ帰ったリアンカ達のことを追求されたら、どう誤魔化そうかと。
考えに考えた結果、嘘は後で面倒になるだろうしリスクが高いと考えた。
特に口裏合わせも必要とする。
しかしあの面子で口裏を合わせても、逆にぼろが出るだけだ、と。
それでは、どうするか?
勇者様は考えた末、こういう場合のリアンカの基本姿勢を見習うことにした。
即ち、嘘は言わない。
本当のことしか謂わないけれど、全部は語らない。
そう、都合の悪いことは徹底的に口を噤んで誤魔化そうという方針だ。
この場に、味方は一人も居ない。
嘘も方便とは絶対に言えない。
都合の悪い事実を隠蔽する為、勇者様の孤独な戦いが始まりのゴングを鳴らした。
今日は少し短めですが、きりがいいのでここで。
それに勇者様がひたすら言葉の不思議に悩まされるだけで、そこまで大きな展開はありませんから。
次回の冒頭で会話を幾らか乗せる以外は割愛しようと思います。




