118.増殖
増えます。
なにが?
→黒くてすばしっこいイキモノが。
さてさて始まりました、御前試合の一般参加枠(予選)!
本戦では十六人が戦うそうです。
そのうちの半数八人は各国選りすぐりの戦士からこれぞと選ばれたシード選手。
つまり、予選すっ飛ばしで本戦からの出場者です。
各国の威信がかかっているので、かなり本気で選ばれているそうですよ?
出場枠が狭いので、毎年違う国に出場権が回るようになっているそうです。
でも内二つは開催国であるこの国から。
なので他国に回される出場枠は毎年六つ。
サルファの故郷には去年その枠が回って来て、奴の父親が出場したとか?
…つまり、今年は他の国に出場枠がある、ということで。
枠外から参加を希望する人は、一般参加として予選を勝ち抜かなきゃ駄目だそうです。
ということは、フィーお兄さんも予選参加者ということで。
鉢合わせしないと良いね、サルファ(笑)
でもあのお兄さんが甥っこのあの扮装…
…不審人物という印象を前面に押し出すようなNINJYA姿を見て、どう反応するのか。
ちょっと楽しみなのは仕方ないよね! 全力で仕方ないよね!
さあ、予選の枠は七つ!
その一つに、彼らは食い込めるのでしょうか。
…ん? 予選の枠が一つ足りなくないかって?
いえいえ、そうじゃありません。
枠の一つは、急遽本戦からのシード枠に回されました。
原因:勇者様が参加するから。
今年は不参加だろうと言うことで、勇者様以外の人から名誉あるシード権参加者が既に選出済みだったそうで。
そこを勇者様が急に参加表明ですからね。
…となるとシード権を一つ空けるか、予選に参加するかという事態です。
勿論、清廉潔白で狡っこいことのお嫌いな勇者様のこと。
必要に迫られて、それ以外に手段がないっていうのなら、それはまた別でしょうけれど。
今回は狡っこを強要されているのでも、それ以外に道がない訳でもないし。
勇者様は正々堂々、仰いました。
自分も、予選から参加する――と。
…が、お城の重臣さん達や騎士さん達に止められました。
勇者に選ばれるような規格外が、予選に出てどうするのかと。
勝負をする前から、勝ち抜きが決まりきっている。
予選の意味が最初からないじゃないか。
そんな勝負に付き合わせては、予選の運営が可哀想だ、と。
そう言われたそうです。
そりゃね、私だってそう言いますよ(笑)
一方的な蹂躙劇が始まるからやめてくれ…とは言いませんけど。
「流石勇者様! 蟻を踏み潰すが如き勝負に真っ向から全力で取りかかっちゃうんですね!」
よ、出来レース! との掛け声付きで、そんなことを言ってみました。
そうしたら勇者様の反論ですよ。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ!
そう言われると、俺が空気の読めない勘違い男みたいじゃないか…!」
「実際に読めてないじゃないですか。今、この時」
「………規則を守ろうと思ったんだ」
「まあ、自分から「試合に出るから特別にシード権もう一席寄越せ!」なんて横暴極まりないことを、勇者様が言える筈なんてありませんけれど」
「いや、シード権を融通させるなんて考えが最初から浮かばなかっただけなんだが…」
釈然としない顔をしながらも、ご自身の立場と実力はわきまえていらっしゃったようで。
そりゃ、魔境にいた頃はそもそも比較対象がおかしいので目立つことはありませんでしたが。
人間の中にいたら、勇者様ってば桁違いなんですよ。
…ということくらいは、私にも分かります。
周囲にいた猛者…魔族とか、魔族とか、竜とか、魔族とか、それらの常識度外視な方々が飛んでもなさすぎて、実感は薄いですが。
それでも勇者様が軽く人間やめるレベルだってことくらいはちゃんと分かってるんです!
そんな勇者様を、人間さん達が御苦労にもえっちらおっちら戦っている場に解き放っても、蹂躙劇が始まるだけですからね!
本人に、その気がなくたって!
そう言って差し上げたら、がっくりと勇者様が肩を落としたのがいつも通りすぎて。
うん、なんだかほのぼのしました。
まあ、勇者様のことは今はどうでも良いんですよ、今は。
ついうっかり記憶を振り返っていましたが、今日の本題はそれとは別で。
そう、賭けの行く末を確認しなくちゃ…!
観客席の入り口で配布されていたパンフレットによると、大戦ブロックは七つ。
それぞれのブロックの覇者が本戦に進み、その時点で賭けの結果が分かります。
本戦は本戦で、賭けの胴元が別だそうですから。
いま受け付けている賭けは、予選限定なんだそうです。
最終的に七人の本戦出場者が確定するまでが、賭けの予定。
…となると、何としてもアドレナリンゴンザレフには勝ち上がってもらわないと!
あと、ついでにサルファ。
わっと観衆の声とともに、現れた司会が高らかと声を張り上げます。
「それではこれより! 午前奉納試合の予選会を開催いたします!」
一斉に舞い散る紙吹雪の中。
戦いへの期待で誰も彼もが興奮中。
アドレナリンゴンザレフも、フィーお兄さんも、サルファもいない退屈な試合を野次とともに見送って、三試合目。
私達はそこに、黒づくめの怪しく不審な姿を見出しました。
それも、四つ。
「あれー…? サルファったら、分裂なんていつの間に」
「いや、違うだろ」
流石に、奴も分身の術は使えない。
まぁちゃんはそう言うけど、一瞬奴なら…と妙な期待が膨らんで。
でもよくよく見ると、ちょっと違う。
ちょっと違うけど、それでも酷似したよく似た姿。
何でNINJYAが四人もいるんですか。
思わず首を傾げて二度見しました。
本当に、どっからどう見てもNINJYAとしか言いようのない。
そんな輩が何故に四人も。
あれ、誰かとネタ被った?
黒づくめの、不審な怪しい正体不明の誰か達。
それぞれ仲間なのか、連携か。
横に高速移動の蟹走り。
息の揃った動きで、三人のNINJYAが最後の一人を取り囲む。
他の参加者、ぽかーん。
うん、無理もない。
二十人程が集まる空間の中、だって他の戦士達を丸無視なんだもの。
空気読め、NINJYA。
それともNINJYAの癖に空気が読めないの?
これから試合だっていうのに、何故そこで独特の場を作り出しちゃうの。
共に戦いを繰り広げるはずの、他の選手達十九名がぽかーんとしてますよ。
まるで取り囲む三人で四人目のNINJYAを吊るし上げにでもしようという雰囲気に、観客も選手も呆けてしまいます。
『NINJYA…NINJYAだ……』
『何故NINJYA…』
『NINJYAって実在したのかよ…』
『架空のイキモノだとばかり思ってた!』
どよめきも気にせず、謎のNINJYA達は自分達だけ違う空気を吸っています。
どうやら取り囲まれた最後の一人が異分子………って、
アレ?
「貴様…っ どこの手の者だ」
「我らの任務を知って、阻もうというのか…?」
一人を取り囲むNINJYAのから、厳かな声。
冷徹な、厳しい感情を殺した仕事人の声です。
っていうか、任務ってなんですか、任務って。
こんな衆目の真っ只中で、闇に潜み陰に生きてるはずの方々がそう簡単に事情や素情の片鱗を覗かせちゃってどうするの。
それともわざとですか? わざとなんですか?
これ、何かのアピールですか。それとも余興なんですか。
どうにもツッコミどころが満載です。
勇者様はどこですか、なんでいないんですか、あの人。
くそぅ………ツッコミ不在時にばっかり、面白い事態がなんで起きるの。
内心でギリギリと悔しい気持ち。
歯でも食いしばって唸っちゃいそう。
そんな私達も、平然と置いてきぼりにして。
どう対処したものかと困惑する、対戦者達十九名を置き去りにして。
「任務の前には非情あるのみ…」
「我らの道を塞ぐと言うのであれば、露と消えてもらう」
平然と自分達の事情らしきものを意味ありげにひけらかす、NINJYAの皆さん。
あんたら、本当に何がしたいの。
NINJYAαとNINJYAβがちゃきっとあまり見ない武器……
…多分、この辺の人は見たことないでしょうね。
刀を構えて、取り囲んだ一人に油断なく…
「ま、待て…! 俺はっ」
囲まれたNINJYAが慌てたように両手をわたわた上げて、武器を構えたNINJYA達を制止しようとしたけれど。
「貴様の目的は知らん…だが、目の前をうろちょろされて黙認は出来ぬ」
「いざ覚悟…!」
一糸乱れぬ、その動き。
絶妙のタイミング、素晴らしい息の合い方。
この上はないだろうと、そう思わせる連携。
年季の入った修練を思わせる連携の動きで、NINJYA(複数)はNINJYA(単体)に、とうとう襲いかかって…!
危ういところで、間一髪と攻撃を避けるNINJYA(単体)。
まるで先を予見でもしたかのような、どこに攻撃が来るか読み切っていたような動き。
それでも完全に避けきることはできなかったようで、頭巾の端が刀に引っ掛かり、危うく頭巾が取れそうになるけれど。
危ういところでNINJYA(単体)は頭巾を押さえ、事なきを得ます。
焦りが、顔が見えなくても伝わってくるよ。
次々に繰り出される、波の様な攻撃。
それも単調な物じゃく、緩急つけられた攻撃。
フェイントがいくつも仕掛けられたような恐ろしい攻撃。
攻撃する側も、どんなパターンで攻撃するのか熟知していなければ、むしろ味方の刃に自分達が切られて死にそうな攻撃の波。
避ける方も、きっと攻撃パターンを完全に掴んでいないと今頃刺身でしょう。
なのにNINJYA(単体)は避け続け、追跡するように攻撃を繰り出すNINJYA(複数)も攻撃を止めることはできず。
苛烈さと、連携の複雑さを高めながら、確実に頭巾を狙っていきます。
この衆目の中で、正体を露見させようというのでしょうか。
顔を曝させて、NINJYA生命を断とうというのでしょうか。
闇に潜み陰に生きる裏の仕事人が、素顔を曝す。
それがどんなに命取りか、別の意味で暗黒な世界で育った私にだって分かります。
うん、御前試合の規則で故意の殺人は即失格→投獄だもんね!
そりゃ殺せない。
一体何の任務が、何の目的があるのかは知らないけれどね?
何かしらの目的を果たそうとしている身で、投獄されちゃ意味がないでしょう。
試合に参加している以上、失格も御免の筈です。
だからまず、きっと社会的に殺すつもり。
あと顔を掴むことで、試合が終わってからじっくり料理するつもりなのかもしれません。
まあ、これらは私の推測で、真意は知らないけれど。
でも多分、そういうことなんじゃないかな?
いきなり始まった、介入し辛いNINJYA同士の不思議な戦い。
本当に、割って入り難い空気だし。
何だか無視もできず、ついつい見ちゃいますよ。
試合が始まっているにもかかわらず、皆が固唾を呑んで見守ります。
いやー…今日はいい日ですね!
ここまで面白いことになるとは思っていませんでした。
今日は半ば付き合いでここにいた訳ですが。
まさか、ここまで楽しいことが起きるとは。
事前に飲み物とおつまみをしっかり確保していて正解でした!
「んくっ……まぁちゃん、これ美味しいよ! 初めて飲む味!」
「んー? ココナッツミルクじゃないのか?」
「それがよく見たら、九つ魅留苦って書いてあってね?」
「………ちなみに原料は?」
「無記名。液体は不思議なラヴェンダーパープル」
「せっちゃーん? これ、どこで買ってきたぁ?」
「あぐあぐあぐ……くんっ あに様、どうなさいましたの?」
「うんうん、よく噛んで食べるせっちゃんは良い子だな」
「わぁい♪ せっちゃん、褒められちゃいましたのー」
「んで、だ。ちょいとあに様は今から殴り込みに行かなきゃなんねーんだけどな?
………この奇妙な液体はどこで買ってきた?」
「んー? 灰色になっちゃった白いローブのおじいさまが茣蓙の上で売っていましたのー」
「せっちゃんよ……何故、それを買ってきた」
「売れない売れないって、泣きそうなお顔をしていましたの…可哀想でしたの……」
「………で? そのじーさんは今どこよ?」
「もう、まぁちゃん? 美味しいんだから良いでしょ!」
「いや、怪し過ぎだろーが! それ呑むの止めとけ! 毒消し飲むのも忘れるなよ?」
「やだなぁ、まぁちゃんったら。
毒なんて私には効かないんだから、どんな食べ物飲み物だって問題ナシよ?」
「くっ……自分の体質を過信するんじゃありません! いくら効かないっつっても、もしかしたら能力を上回るやべぇナニかかもしれねーだろうが!」
「………魔王の魔眼能力を上回るような毒物なんて、この世にあるの?」
「ないとは言い切れねーだろ!?」
「ないよ! 少なくとも人間の国々の、その辺にほいほいないよ! あったらそこ、絶対に毒素にやられて不毛の大地になってるって!」
「あ、あぅぅぅ…っ あに様、姉様、喧嘩しちゃ嫌ぁですのー!」
せっちゃんが、泣きそうな顔をして。
私とまぁちゃんは大人げなくも、久々に互いに意地の張り合いで。
結局、妙な飲料販売に励んでいた謎の老人は見つからず、喧嘩の行方もうやむやで。
そうこうしている内に、試合の方は新たな局面を迎えようとしていました。
サルファはどこに?
これが次回にまたぐNINJYA乱舞のポイントです。




